むしゃくしゃしてやった。
part1はこちら。
Part2はこちら。
Part3から登場する人物と実物
Boards of Canada
物語中のキャラ
先生。深窓の腹黒系令嬢。
実物
!!!(chik chik chik)
物語中のキャラ
見た目は普通の少女。でも、戦う時は半狂乱で半裸に。
現実
PVT
物語中のキャラ
猫を被ってる猫系美少女。
現実
ワープ神殿の巫女
第6章
色々な意味でその場を圧倒する沈黙が、フライング・ロータスを中心にして吹き荒れていた。
花束を差し出すフライング・ロータスは傲岸不遜な笑みを浮かべ、他の面々は何も言うことができず茫然としている。オウテカだけはニヤニヤしながらそんな一同を眺めているが。
フライング・ロータスは花束を早く受け取れと言わんばかりにサバスの胸元に押し付ける。小柄な体格からは想像もできないほどの自信だ。
「えっと……」
正直、サバスとしてはもうすればいいのか分からない。
巫女の中で一番早く我を取り戻したのはビビオだった。
「フライング・ロータス」
「質問を許そう、ビビオ」
「サバスと結婚して、何をする?」
真顔で尋ねるビビオを、フライング・ロータスは嘲笑した。
「乳臭いな、ビビオ。そんなことも分からないのか」
そして、一切のためらいなく言い放った。
「決まっているだろう、初夜だ」
推定年齢一桁のビビオは心底嫌そうな顔をサバスに向けた。
「サバス、汚い」
理不尽である。
バトルズは清楚な見た目を存分に生かして恥ずかしそうにもじもじしていた。とても、わざとらしい。
ダークスターはそんなバトルズを軽蔑の眼差しで見ながら真っ赤な煙を吐き出している。
ラスティは手を叩きながらゲラゲラ笑っている。楽しそうだ。
「びゃはははは、初夜? 何それ、何百年前の世界だよ、まじウケるわ。ぶひゃ、ぶひゃひゃひゃひゃ」
と、混迷を極める病室だったが、そんなカオスな雰囲気も長くは続かなかった。
いきなりクラークがキレたからだ。
「冗談じゃないわよ!」
すごい剣幕だ。背の高いクラークは、小柄なフライング・ロータスを押しつぶしそうな勢いで迫っていく。
「なんであんたなんかにサバスを取られなきゃならないわけ!?」
もともと感情が豊かなクラークだが、フライング・ロータスへの怒り方は尋常ではない。
(二人の仲はあんまり良くないって皆言ってたな)
サバスは思い出したが口には出さない。キジも鳴かずば撃たれないのだ。
フライング・ロータスは冷静にクラークを見上げる。
「ふむ。その問いに答えるためには、まずは我から尋ねなければならないな」
「はあ? 何でそんなもったいぶってんの?」
「貴様にとってその少年は何なのだ?」
「な、なにって……!」
クラークは顔を真っ赤にして挙動不審気味に僕の顔を見たり、窓を見たりとせわしない。
「何って……それは……それは……!」
「もたもたするな。答えよ。少年は、貴様にとって特別な存在か?」
「それは……! それは……! それ、は……」
クラークは何も言えなかった。
フライング・ロータスは困惑しているサバスに花束を握らせながらクラークに勝ち誇った。
「ふむ。答えられぬか。中途半端な貴様にはお似合いだな」
「じゃあ、あんたにとってそこの唐変木はなんだっていうわけ!?」
「我がどれだけ偉大かを証するものだ。我はやがてこのワープ神殿から独立し、自らの神殿を打ち建てたいと思っている。その時、周囲を納得させるに値するトロフィーが必要になる。救世主を夫とすることが、我の権威を大いに高めるであろう、クク」
それからサバスを一瞬見た。生け捕った獲物を見る猛禽のよう視線だった。
「あとはそうだな。たまには我と一緒にサイファーしてくれると嬉しいが」
「馬鹿じゃないの? ワープを離れるっていうの? ここがどれだけ恵まれた環境なのか分かってるでしょ?」
「我にとって停滞は死と同義。我が目指すは常に頂。やがてはワープを超える神殿の主になりたいのだ。神殿の名前ももう決めてある。ブレインフィーダーとな」
クラークはまだ食って掛かろうとしたが、オウテカがうんざりしたように手を叩いて注目を自分に集めた。
「さて。そろそろ先生のお話を聞いてくれるかね」
オウテカ、明らかに面倒くさそうだ。今から無理して大人モードに入りますよ、と顔に書いてある。
「フライング・ロータスさ。独立の話、初耳だったんだけど他の導師には話をしてる?」
「答えは否だ、導師オウテカ。勘違いしてほしくないのだが、我は貴公らを尊敬しても服従するつもりはない」
「あーはいはい、そうだね。とにかく二人ともサバス君を欲しいんでしょ? それでどっちも譲る気はないんでしょ。こういうときにやることは決まってるでしょ?」
次にオウテカが発したのは、大人モードを演じる大人としてはまずあり得ないものだった
「愛する人をかけて、いざ決闘」
====
「うふふふ、オウテカ先輩って本当に面白いですね」
その美女は柔らかに微笑んでいた。だけど、目は一切笑っていなかった。
「ねえ、先輩。それ、本気で言ってるんですか?」
石造りの職員室で、椅子に腰かけるオウテカを正面から見下ろしている。
所作も口調も優雅で落ち着いているが、深い怒りが濃い粉塵のように美女の周りに吹き荒れている。
「かっこいい大人ムーブした結果がそれなんですか、オウテカ先生?」
オウテカは本気でビビっていた。いつものことだが、彼女を怒らせてしまうと本当に恐ろしい。
「あ、あは……。あはは……。まあ、そんな怒らないでくださいよ、ボーズ・オブ・カナダ先生……」
文学を嗜みそうな、柔らかな雰囲気な美女だ。
年は二十三、四といったところか。
黒髪のおさげ、しゃれた丸眼鏡、整いつつも主張しすぎない目鼻立ち、丸みを帯びた顎のライン。淡いグレーのカーディガンに白いブラウス、モスグリーンのプリーツスカートを合わせている。やや小柄で線は細い。
おとなしめで聡明そうで、好きな人にはたまらない美しさを完璧に体現している。
のだがその瞳には一切の光がない。
「オウテカ先輩、いまワープ神殿は人手不足なのご存じですか?」
「ぞ、存じております」
「まあ、そうなんですね! それはとても嬉しいです。 じゃあ、神殿の復興作業や周囲の町への祈祷で、猫の手も借りたいくらい人手が足りなくなることも想像できたはずですよね? しかも救世主が現れてるんですよ? 他の神殿との連絡や調整がどれだけ大変になるくらい普通は分かりますよね?」
「い、いやあ……その時は忘れちゃってた、かな……的な」
「忘れちゃってた? どうしてですか?」
「……そのほうが面白そうと思ったら、ついうっかり」
「ぶっ殺して良いですか?」
「ひ、ひー! ご、ごめんなさいー!」
本気ビビりの半泣きにボーズ・オブ・カナダも矛の収めどころだと思ったらしい。
「まったく……。救難信号をキャッチして急いで帰ってきたら神殿がめちゃくちゃに壊れてるし、救世主が現れるし、仕事は山積み状態だし、わけのわからない決闘が決まってるし」
ボーズ・オブ・カナダは深い深いため息をついた。
「まあ、決まってしまったものは仕方ありません。おとなしく受け入れてやっていきましょう」
「本当にすみません、後輩」
「いえ。……それと、先輩は気づきました? サバスさんの顔」
ボーズ・オブ・カナダは物憂げな表情で窓の外を見上げた。遠い昔を懐かしむような、感傷的な表情だ。
「もちろん。あの子の顔さ、そっ」
オウテカはそこで言葉をきった。
こんこんと、ノックが響いたからだ。
「はい、どなたでしょう」
ドアが開いた。そこにいたのは、ビビオとラスティだった。
二人の表情は妙にキラキラしている。いわゆる憧れの人に向ける視線というやつだ。そして、その先にいるのはオウテカではなくボーズ・オブ・カナダだ。
「あら、ビビオにラスティ。こんにちは」
清楚お嬢様モード全開でボーズ・オブ・カナダは微笑む。
オイタしてたスカム学院時代のボーズ・オブ・カナダを知ってるオウテカとしては、微妙な気分この上ない。
「どうしたんですか、お二人とも」
ビビオとラスティは嬉しそうにボーズ・オブ・カナダに駆け寄る。
「ブ、ブリストルでの音基触媒<シーケンス> 、終わった」
「ウチら、超完璧にやってきたよ、ロス率0.02!」
二人は四角錐状の陶器をボーズ・オブ・カナダに差し出した。
「まあ、それはすごい! 二人とも立派ですね。いつも助かっています」
(けっ、気にいらないなあ)
オウテカは、ボーズ・オブ・カナダが人気を博していることに納得がいかなかった。見た目こそお嬢様だが、中身はただの腹黒だ。
ラスティはまだしも人間性への嗅覚は動物並みのビビオさえ騙しているんだから本当に底知れない。
オウテカとボーズ・オブ・カナダがよその神殿に出張するとビビオみたいな可愛くて純朴な子は皆ボーズ・オブ・カナダに目をキラキラさせる。自分のところにくるのは、バトルズみたいな変り者ばかりだ。納得がいかない。
(まあ、どうでもいいけど)
オウテカは投げやりに振り返り、暖炉に薪を投げ込んだ。
====
「つまり、初夜ということらしいです」
と、バトルズはティーカップを優雅に口元に運んだ。
「何のことか、私にはよくわかりませんが。報告は以上です」
そして、つんと澄まして口を閉ざした。
バトルズの顔立ちは整っている。清楚さと聡明さと自信があふれ出す、大輪の白百合のようだ。
だが、そんな白百合を取り巻くロック生徒会室の空気は極めて微妙だった。
(うわー、またいつものあれだー)
とロック生徒会副会長のチック・チック・チックは平静を装いつつ、内心で大変面倒くさいと感じていた。
チック・チック・チックは極めて普通の容姿をしている。
もちろん可愛い。肩まで素伸ばした髪や二重瞼はチャームポイントと言えるだろう。だが、バトルズやクラークのような圧倒的な個性と成り得るような美ではない。
チック・チック・チックは以前あいさつしたサバスが自分を見て「普通のJKだ」と感激していたことを思い出す。失礼なニュアンスを感じ取ったので、サバスのことはあまり好きではない。
チック・チック・チックの目の前では、書記のPVTが心底気持ち悪そうにバトルズを見ている。だが、チック・チック・チックの視線に気づくとわざとらしく咳払いをして、百点満点のキュートな笑顔を顔に張り付けた。
(うわー、こっちもまたいつものあれだー)
と、チック・チック・チックの胃がキリキリしだした。
PVTの見た目を一言で表すなら、自分の価値を良く分かっている血統書付きの高級猫といったところだろう。美しい光沢のブラウンのショートボブ、自信を漲らせた大きな瞳、小さな鼻に小さな顔。小柄は体躯だが佇まいは優雅だ。
スイッチが入ったPVTは愛想よくバトルズに相槌を打った。
「そうなんですねー。会長大変でしたねー、お疲れ様ですー」
鼻にかかったよう甘ったるい語尾で適当な同意をする。
そして、ほんの一瞬悪意たっぷりの視線を対面に座るチック・チック・チックに向ける。
その目は雄弁に物語っていた。(会長に『そのキャラきついからやめろ』って言ってやれよ)とチック・チック・チックに強要している。目の奥に底意地悪い楽しさが輝いている。
だが、チック・チック・チックは見た目も普通だし、性格も普通だ。進んで厄介ごとに首を突っ込みたくはない。
そして、二人は視線で無言の押し問答を繰り広げる。
(嫌です)
(やれよ)
(嫌です)
(先輩が命令してんじゃん)
(先輩関係ないです。っていうか、私のほうが副会長です。偉いです)
(へー、そういう生意気なこと言うんだー)
PVTの口元が意地悪く光った。次の展開が読めた。チック・チック・チックは心の底からうんざりした。
PVTは立ち上がると小さな歩幅でとてとてと歩き、本棚から「PVT のマル秘シール」と丸文字で書かれた大きなアルバムを取り出した。
そして、ページをめくるそぶりをした後、
「あれー、手が滑っちゃったー」
とわざとらしく忌々しいページを大開にしていた。
(クソ女……。何であんなもんを写真に撮ってるんじゃ)
PVTがちらっと見せたのは、下着姿で半狂乱になって戦っているチック・チック・チックの姿だった。
チック・チック・チックが切り札にしている音霊顕現<アルバム> を使うと何故か気が高ぶって服を脱ぎ捨てるクセがあった。
よりにもよってそれを写真に収めて恐喝をするとは。性悪にも程がある。
ナイスナイスやマキシモパークがいれば止めてくれるのだが、生憎ワープ神殿は人手不足。二人とも噪暗獣<ザンジュウ> の出張中だ。
チック・チック・チックは現実を受け入れることにした。
「あの、バトルズ会長」
バトルズは洗練された所作でカップを置き、チック・チック・チックのほうを向いた。
「なんでしょうか、チック・チック・チック副会長」
「その自分はキレイまっさらで何も知らないアピール、たぶん誰も得してないじゃないかなー……なんて」
バトルズ会長は静止して、二度三度瞬きをする。一瞬恥ずかしそうにうつむいたが、それはあくまで一瞬。すぐに自分のキャラクターを再構築し、それから首を傾げた。
「アピール……? 本当にわからないのですが……?」
どうやら頑なにこのキャラを貫くつもりらしい。
チック・チック・チックは何もかも面倒になった。手元に置いてあった紙パックの苺牛乳をストローで飲んだ。
幸いPVTも満足したらしい。下種な笑いをこらえて取り澄ました微笑を維持するのに必死だ。
子憎たらしい。チック・チック・チックは対策を取らねばと決意した。
「それにしても、フライング・ロータスが独立を考えているのは意外でした」
バトルズは再びカップの口元に運びながらつぶやいた。誰かに向けて、というよりも自分にも向けて、という口調だった。
「というか独立なんてする意味わかんないですー、せっかく業界最大手のワープに入れたのにー」
「少数民族である我々ロック族にとっては、ワープ内で勢力を増していくこと自体が既に反乱を意味します。しかし、フライング・ロータスにとっては、そうではないということでしょう」
「生徒会としては、成り行きを注視する必要がありそうですね」
チック・チック・チックが意見すると、二人の先輩はうなずいた。バトルズは重々しく、PVTは面倒くさそうに。
「場合によっては冷厳と対処する必要も出てくるでしょう。二人とも覚悟をしておくように」
バトルズは振り返り、窓の外を見上げた。険雲一つない晴天が、険しい表情のバトルズを見下ろしていた。
====
「納得いかない!」
クラークの絶叫と共に、地鳴りのような爆発音が足元から轟いていた。
土埃が引いた後に見えるのは、グラウンドに空いた巨大なクレーターだ。その真ん中には地面に拳を叩きつけるクラークの姿があった。
クラークはピリピリしている。いつもの快活なポニーテール少女の趣は感じられない。
そして、サバスはそのクレーターのすぐそばに立っていた。「あたしこれから訓練するから! あんたはそばで見てなさい!」と恐ろしい剣幕で言われ、サバスはとりあえずついてきた。
「あの、なんで俺はここに」
「あたしはあんたのために戦うんでしょ!? そのための訓練してるんでしょ!? あんたが部屋でくつろいでるおかしいでしょうが!」
「いや、この世界のことを勉強……」
「あとでやりなさい!」
「……は、はい」
あまりの迫力に反論する気力もわかなかった。
クラークは眉間にしわを寄せながら、サバスに顔を近づける。
もう鼻と鼻がくっつきそうだ。
「……あーもう、何でこいつのためにイライラしなきゃいけないんだろ」
と言い終わったところで何かに気づいたように赤面し、慌てて離れていった。そして、またすさまじい気迫と共に地面に大穴を開け始めた。
サバスはただ、茫然とその姿を眺めるしかできない。
(一体、何でこんなことに……)
「災難ですねえ。クラーク君」
「うわっ」
ダークスターがいつのまにか隣で膝を抱えて座っていた。相変わらず外貌はショートカットで健康的だけど目は座っているし、口から変な色の煙を出している。
「え、いつからいたの?」
「ついさっきですよ。たまにはボクも男の子で目の保養をしようかと」
ダークスターは瞳孔が開いた眼でサバスをつま先から頭のてっぺんまで眺めた。
「ボク、苦しんでる男の子を見るのが好きなんです」
「ダークスターは全ての趣味が変わってるな……」
「ボクは普通です。変わってるのはボク以外の人間です」
極論を言いながら、ダークスターはタバコ状の何かを僕に手渡した。
「吸いますか、おいしいですよ」
「いやー……身体に悪いやつは……」
「大丈夫です。これは害がないやつです」
遠慮しておこうとも思ったが、ダークスターの根っこは結構純朴であることも何となく察していた。たまには好意を受け取るべきだと思った。とても世話になっている友達なのだから。
「じゃあ、一本だけ……」
「……えへへ」
ダークスターが嬉しそうな顔をした。サバスがそのタバコっぽい何かを加えるとニコニコ笑いながら火をつけてくれて、そのあともニコニコしながらサバスの顔を見つめていた。
「……えへへへ」
いつものラリってる姿からは想像も好かない、普通の女の子の笑顔だった。
ただ、吐き出す色の煙は僕とダークスターも同じ紫色だった。
本当に害はないんだろうか。
と、のんびりしたひと時を過ごしていると、巨大な岩石がサバスめがけて飛んできた。
「形城尖島<フォーム・アイランド>」
ダークスターが音霊顕現<アルバム> を顕現して灰色の電磁シールドを発生させてくれなかったら、サバスは木っ端みじんになっていただろう。
仁王立ちでサバス達を見下ろす、クラークはもはや羅刹のようだった。
「ねえ、あたしが訓練してるときに、よりにもよってほかの女といちゃつくなんて、どういう神経してんのかしら」
完全にビビってるサバスの代わりに、ダークスターはしれっと反論した。
「別にいいでしょう、ボクがサバスといちゃついていたって」
「はあ? 喧嘩売ってんの? 言っとくけどあたしは身内だって容赦は」
「だって、クラークにとってサバスは特別な存在ではないんでしょう」
フライング・ロータスとの会話を、ダークスターは改めて突き付けた。クラークはサバスが自分にとって、どういう存在なのか明言できなかった。
「それは……そうだけど……。でも、なんか取られるのがイヤだ!」
「ぷふっ」
ダークスターは小さく嘲笑すると、サバスに耳打ちをした。
「ボク、こういうの苦手分野なんです。経験ないんで。サバスさんは?」
「え……経験ないって、何が?」
「…………は?」
「…………え?」
「ありゃりゃ、これは救いようがないみたいですね」
ダークスターは実に楽しそうに、そして人を小ばかにしたような笑みをクラークとサバスに向けた。
それから真剣な表情に戻り、クラークを見上げた。
「ねえ、クラーク。フライング・ロータスはランクS、巫女格最強のフライング・ロータスですよ。勝ち目があると思いますか?」
ダークスターの言葉はクラークの癇に障ったらしく、むきになって言い返す。
「あたしだってランクAよ。十分対等にやりあえる」
「模擬戦での戦績には随分と差があったと記憶していますが」
サバスも詳しいことはまだよく分からない巫女の中にはAからFまでランクがあるらしい。そして、ずば抜けて優秀なものが特例としてSにランク付けされる。現在ワープ神殿ではフライング・ロータスとバトルズがランクSで、トップを争っているらしい。だいぶ離れたところから二人を追いかけるのが三番手のクラークの立ち位置なのだそうだ。
あと、優秀な実績を残すと導師に格上げされるらしい。
「だから、いまこうやって猛特訓してるんでしょうが!」
それだけ言い残すと、再びクラークはグラウンドに備え付けてあるオートマタ<機械人形>を十数体起動させ、模擬戦を開始した。
「うぇー……」
ダークスターは心配する気持ちと呆れた気持ちが混ざり合ったような表情でその後ろ姿を見つめている。
「まあ、なるようになるでしょう」
ダーク・スターは煙をふわりと吐き出した。紫いろの体育館の澱んだ空気の中にゆっくり広がっていった。
第7章
そして、ついに決闘の当日がやってきた。
決戦の舞台は屋内型競技場だ。
巨大な闘技場周辺は何故か熱帯雨林のように木々が生い茂っている。
まるで東南アジアの密林深くにある朽ちた神殿のようだ。
サバスはどういう仕組みなのかバトルズから説明を受けたが、何一つ理解できなかった。
その中央でクラークとフライング・ロータスは向き合っていた。
クラークは闘志を剥き出しに、フライング・ロータスは不敵な笑みを浮かべたまま。
そして、ジャッジの位置にいるのはオウテカだ。あんまりやりたくないんだけど、という感情が顔に出ている。おそらくオウテカは決闘を観戦して楽しみたかったのだろうが、それにしても大人失格の態度だ。
「サイド1 ランクS フライング・ロータス」
ジャッジを務めるオウテカが良く通る声で告げた。
「サイド2 ランクA クラーク」
ちなみにサバスはトロフィーかチャンピオンベルドのように一番良い席に座らされていて、隣にはロック生徒会の皆様と、少し離れた場所の導師格の巫女が並んでいる。
ワープ神殿関係者限定の公開試合のようになっているらしく、見知った顔も見知らぬ顔もたくさん見かける。
フライング・ロータスは自分よりもかなり長身のクラークを堂々と見上げた。
「逃げなかっただけでも上出来だ。あとで勲章をくれてやろう、三下」
「その鼻っ柱、再起不能になるまでボコボコにしてやるから」
オウテカが間に入り、二人に問いかける。
「両者、ここに決闘を行うことに意義はないか」
「異議なし」
「ないわ」
「では、所定に位置につけ」
二人は数メートルの距離を置いて向かい合う。
密林風の闘技場の中には、緊張感が静かに激しく渦巻いている。
「では、いざ尋常に」
オウテカの澄んだ声が、刃のように静寂を割いた。
「勝負」
その一言と共に静寂は打ち破られ、怒涛の爆音が響き渡った。
試合はクラークの圧倒的な攻勢から始まった。
野獣/犠牲祭<ビースト/フィースト>や顕現蟲身<ボディ・リドル> など、など持ってる手札を惜しみなく出していく。
だが、フライング・ロータスは不敵な笑みを崩さない。巧みな体裁きで華麗にかわし続けていく。クラークの攻撃も彼女の体から発生する不気味な虫からの攻撃も、余裕の表情で受け流す。
「クラークさん、そうとう気合入ってますね……」
サバスの横では、チック・チック・チックが感心していた。
「PVTはあいつ苦手だなー。あんな暑苦しい戦いしたくないもん」
一方PVTは心底嫌そうにしている。
生徒会長バトルズは何も言わず二人の戦いを真剣な面持ちで見つめている。
怒涛の勢いで続いたクラークの攻撃が一旦止まった。
「ほう。今日は随分と気合が入っているな」
フライング・ロータスは馬鹿にするような拍手をしてみせた。
サバスはクラークが彼女を嫌う理由が何となくわかってきた。
「師匠面すんな、チビ!」
「チビか、確かにな。貴公らしい高度な皮肉だ」
「精霊の劫火<トーテムズ・フレア>!」
サバスが初めて見る 音霊顕現<アルバム>も発動された。
巨大な無数の火の玉が、フライング・ロータスの周りを取り囲んでいる。
「反撃すらしないとか……。人のこと馬鹿にすんじゃないわよ……!」
そして、クラークは地を蹴り、一気にフライング・ロータスに詰め寄る。
再びクラークのラッシュが始まった。
一段階ギアを上げたらしく、その手数も勢いも段違いだ。
野獣/犠牲祭<ビースト/フィースト> で繰り出される拳のスピードはすさまじく、 顕現蟲身<ボディ・リドル> でクラークの身体から生える虫の数も膨れ上がっている。周囲では精霊の劫火<トーテムズ・フレア>が漂い、フライング・ロータス を焼き尽くそうとする。
そして、クラークの全身から漲る気迫が凄い。まるで群れを守ろうとする狼の長のようだ。
しかし、フライング・ロータスには効いていない。相変わらずそのすべてをかわし続け、攻撃が当たることすらない。さらに相変わらずクラークに反撃をしない。
チック・チック・チックが心配そうにクラークを見ている。
「クラークさんの攻撃、あんまり効いてないみたいですね……」
「でもでも、フライング・ロータスも笑わなくなってますねー。表情が硬いっていうかー」
サバスはPVTの言葉で初めて気づいた。確かに笑っていない。少し余裕がなくなっているのかもしれない。
ひょっとしたらクラークにもチャンスがあるかもしれない。
「もしクラークさんがこのままラッシュをかけ続けることができるのであれば、どこかの段階で双方がぶつかりあうフェーズに入るかもしれませんね」
チック・チック・チックは試合を見つめながら呟いた。
そして、試合はチック・チック・チックの言うような展開を見せ始めた。クラークは少しずつギアを上げていき、フライング・ロータスは徐々に余裕がなくなっていき、ついにクラークの精霊の劫火<トーテムズ・フレア> が直撃しそうになった。
「静寂を永遠に待ちて<アンティル・ザ・クワイエット・カムス>」
フライング・ロータスは静かに詠唱した。黒と赤の帯状のオーラが発生し、 精霊の劫火<トーテムズ・フレア> の炎を飲み込んだ。
両者は再び距離を置き、立ち止まった。
そして、その全身からは巨大な昆虫が生え、右手は無数の巨大な手と化している。それでも、クラークが持つ清冽な闘志は微塵も失われていない。
フライング・ロータスは初めて拳法家のような構えを取った。
クラークはようやくフライング・ロータスを戦う気にさせた。
どうやら、ここからが本当の勝負のようだ。
「試合が動きそうですね……」
「えー、まだ続くのー? PVT もう帰りたーい」
チック・チック・チックとPVT は試合が展開すると予測している。
他の皆も同じようで、場内の空気もざわめき始めた。
だが、予想外の人物が予想外の行動を取った。
今まで無言を貫いていたバトルズが、立ち上がったのだ。
サバスも生徒会の二人も思わず面食らってしまった。
「あれ。会長、どこにいくんですか……」
バトルズは振り向きもしない。
「勝負ありました」
それだけ言い残し、凛然と歩き去っていった。
====
一方、クラークは勝負を仕掛ける。ここが勝負どころだと言い聞かせる。ようやく手ごたえがあったのだから。
クラークは吠え、疾駆した。
フライング・ロータスは正面から受け止めるつもりらしい。
(上等……! そのまま月までぶっ飛ばしてやる……!)
右手を振り上げ、全力で振り下ろす。周囲は渾身の魔力<セロ>で強化した虫と炎で覆っている。逃げ場はない。
(二度と……サバスに手出すなよ、この雌猫が……!)
そして、クラークは渾身の一撃を叩きこんだ。
勝負あった。確信があった。勝利した。その未来以外は見えなかった。
だから、自分の身体に何が起きたのか分からなかった。
放とうと思っていた拳が空振りし、クラークの身体は静止している。
次に腹部に痛いことに気づく。そして、フライング・ロータスの拳が自分の腹部に押し当てられていることにも。
あまりにも予想できなかった現実を、クラークは上手く受け止められない。
フライング・ロータスは哀れみの双眸をクラークに向けている。
「もっと楽しめると、思ったのだがね」
そして、身体中で壮絶な痛みが爆発するのと同時に、クラークは背後に崩れ落ちるように倒れた。
(待って)
クラークは心の中で叫ぶ。
(行かないで)
薄れていく自分の意識をどうにか引き留めようとする。
(まだ、あたしは戦えるから、だから!)
しかし、必死の願いもむなしく、クラークの意識は暗転していく。
そして、一番最後に聞こえたのは感極まるフライング・ロータスの宣言だった。
「さあ、サバス! 今この瞬間から君は我の夫だ!」
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