異世界転生したらWARP所属のアーティストが擬人化されてた、っていうライトノベルを書いてみた。part.2

むしゃくしゃしてやった。


Part1はこちら

Part2から新たに登場する人物と実物

Darkstar

物語中のキャラ

見た目はボーイッシュだけど皮肉屋。いつも変な薬キメてる。

現実

Battles

物語中のキャラ

冷ややか清楚系生徒会長

現実

Autechre

物語中のキャラ

先生。アラサー超美人だけど、中身は社会不適合の変態。

現実

Flying Lotus

物語中のキャラ

見た目は幼いが態度は傲岸不遜。ちょっと天然。

現実

ワープ神殿の巫女 part2

第3章

サバスは普通の男子高校生だった。

十七年間、命の危機を感じたことなど一度もなかった。
せいぜい中一の夏休みにヤンキーからロケット花火を向けられたくらいで。
そういえば、勇気をもって踏み出したことだって一度もない。
せいぜい高一の春にラインで女の子をデートに誘ったくらいで。

そんな環境にいた少年が、巨大な竜に襲われている少女を助けに行けるだろうか。

答えはもちろんノーだ。

サバスは竜達に背を向けて、一目散に逃げだしたい

そして、それは何ら責められる行為ではない。誰だって自分の命を最優先すべきだ。勇敢に立ち向かわないほうが普通なのだ。

アニメの主人公はアニメの中にしかいない。そう。いないはずだったのだが。

「クッソ……訳がわかんねえ……」

サバスは全力疾走中だった。それも死への直行乗車券が神部吹雪のように舞い上がっている、ワープ神殿を目指してだ。

二刀流ギャルJKラスティの背中はスピードはすさまじく、随分前に見えなくなってしまった。

しかし、サバスが道に迷うことはない。

何故なら身体が勝手に動くからだ。

「何で……何で身体が言うことを効かないんだよ!?」

サバスの悲壮な訴えにも彼の身体は反応しない。ただ、英雄的に少女達を助けに向かうだけだ。

神殿とその周りを蚊の大群のように群れる竜達の姿が、随分近くなってきた。

しかも、時折爆発音が起きたり、切断音が響いたりしている。クラーク達が戦っているのだろうか。

「ちくしょう!……俺だって死にたくねえのによ!」

切実な願いは空しく響くだけ。
かくして、サバスは息を切らしながら神殿の門へたどり着いたのだった。

竜は上空を数え切れないくらい飛び交っているが、不思議と神殿や付属建物の周りにはピンク色の煙が立ち込めていて、そこには竜達はあまり近づいてこないようだ。

サバスは息をのんだ。神殿の入口、下駄箱のような場所に倒れている少女がいたからだ。

恐怖に怯えるサバスだって、その姿には胸を痛ませた。

ラスティ!

そこには額から血を流し、誰かの像に背を預けて倒れこんでいるのはラスティだった。

ラスティサバスに気付くと、力なく片手を上げた。

サバサバ、置いてちゃってごめんね。しかも、このざま……はは、ウケるわ……」

「大丈夫かよ、ラスティ?」

「大丈夫、ちょい強めに食らっちゃっただけ。回復用の霊魂銅<レコード>を入れたからもう少ししたら動ける」

ラスティは申し訳なさそうに笑い、血が混じった咳をする。

サバサバ、こっそり逃げてもよかったのに……」

「君達を放っておけるわけないだろ」

ついにサバスの口は勝手に喋りだした。まったくもって主人公めいたお決まりの台詞だ。

しかも、そんな内心の驚愕が表情に出ることもない。サバスは実に決まった顔をしている。お前は主人公かと言いたくなるような。

「ははっ……ほんとバカ……」

ラスティは嬉しそうだった。ラスティが喜んでくれることは嬉しい。特にこんな危機的な状況ならなおさらだ。だからこそ、サバスはとても複雑な気持ちになった。何故ならそれは偽物のサバスだからだ。本物のサバスは臆病で彼女達を見捨てようとした。きっとラスティを失望させるだけだろう。

しかし、高校生サバスを乗っ取った英雄サバスは、よどみなく物語を進めていく。

「ねえ、ラスティ。いったいこれはどういう状況なんだ?」

「ああ、このピンクの霧はダクりんが――」

「ボクの名前はダークスターです。気持ちの悪いあだ名はやめろって何回も言ってるでしょう」

心の底からうんざりしたような少女の声がした。

花壇の隅で、少女が膝を抱えている。

冷ややかな視線を血だらけの同僚に向けているのは、膝を抱えて地面に座るショートカットの少女だ。

年の頃はサバスと同じくらいだろう。

身体を構成するパーツは非常に健康的なのだが、全体としてはとてつもなく不健康な雰囲気を放っている。

黒髪のショートカット。凛々しい顔立ち。くりくりとした大きな眼。砂漠の砂のように程よく日焼けした肌。制服のスカートの下にはジャージを着ており、しなやかな体躯は、身を潜ませた豹を思わせる。

のだが、残念ながら目は完全に座っているし、相手を射抜くような攻撃性もある。
座り込んでいる姿勢も猫並みの猫背だ。そのうえ口からピンク色の煙を吐き出しながら、手元に置かれた文庫本の表紙を見つめている。明らかにやばそうだ。

「ボクの深無の手記<ニュース・フロム・ノーウェア>がなければ、そこのビリギャルは竜の胃袋に収められた後、フライング・ロータス汝既に死せり<ユア・デッド>に切り裂かれていたところです。そこのところ、ちゃんとわかってるんですか?」

どうやら。ダークスターと名乗る少女が生み出しているこの霧は、竜達を近づけない効果があるようだ。

サバスが霧を観察していることを、ダークスターは目ざとく発見した。そして、膝を抱えたまま視線だけをサバスに送る。

「この霧は彼等の認知を遮断させるんですよ。彼等の目にはここには人間や神殿など存在していないように見えるんです」

「すごいっしょ? ダクりんは神殿とお客さん用の避難シェルターをたった一人で守っているんだよ」

ラスティが自分の事のように胸を張るが、ダークスターは自嘲するように唇をゆがめる。

「まあ、持ってせいぜいあと三時間ですけどね。それに完璧ではありません。時には漏れもあります。惨めな話です。シーフィール先生なら二十四時間は完璧な防御壁を形成できるというのに」

ショートカットの健康的な美貌に珍しい少女が卑屈そうに俯いて髪をいじるのは、なかなか珍しい。

なんて思いながらダークスターを見ていると突如ぎょろりと顔を上げ、穴が開くほどサバスを観察する。

……この座っている瞳は、健康的なスポーティ少女のものではないかもしれない。

「……へえ。君が救世主ですか」

「ああ、よろしくね。ダークスター

ダークスターは四つん這いのままのそのそ近寄り、サバスの足腰に手をかけながらゆっくりと立ち上がった。

ゾンビのようである。高校生サバスはドン引きしているが、英雄サバスは動じない。さすが主人公の貫禄だ。

ダークスターサバスを足の先から頭のてっぺんまでじっくり念入りに見つめている。何故それほど健康的な体型でそんな極端に気だるい雰囲気をまとえるのか、とことん理解できない。

そんなことをサバスが考えているうちに、ダークスターの表情が怪訝に変わった。

「変ですねえ。ボクにはでっかいキノコにしか見えないんですけど」

「変なのはダクりんだから。キマりすぎじゃね?」

「ボク、キノコ嫌いなんです。形が気持ち悪くて」

「知らないから。いや、ダクりんがキノコ嫌いなのは知ってはいるけど、今はマジどうでもいい」

ラスティの突っ込みはド正論だ。

しかし、ダークスターはひどく呆れたような顔をして深く息を吸い、ピンク色の煙と共に吐き出した。

「そりゃあ、ボクだって派手にキメたくなりますよ。すごい地鳴りがしたからあわてて外に出てみたら、それこそ幻覚でも見てるんじゃないかってくらいの竜型噪暗獣<ザンジュウ>の大群。こんなのキメなきゃやってられないですよねえ」

ダークスターは、ポケットから不思議な錠剤を取り出すとガリガリとかみ砕き始めた。

サバスの視線に気づくと、不思議そうに首を傾げた。それから二度三度瞬きをしてから、意を得たと言わんばかりに胸を張って錠剤をサバスに差し出した。

「キミも飲みますか?」

ダークスターは危ない気配皆無の、純朴な笑みを浮かべている。どうやら相手が自分のテリトリーに踏み込んでくれるのをとても喜ぶタイプらしい。それ自体は可愛らしいが、今は得体のしれない薬物を摂取している場合ではない。珍しく高校生サバス英雄サバスの意見が一致していた。

「いや。この騒ぎが落ち着いた後に考えるよ」

ダークスターは一瞬残念そうにしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。そして、今度は青い煙を吐いた。

「そうですか。楽しみにしています」

「それで状況はどうなっているんだい? クラークは? ビビオは?」

そうだ。さきほどからクラークビビオの姿を見ない。不安だ。だが、その気持ちは高校生サバスのものなのだろうか。それとも英雄サバスのものなのだろうか。サバスは混乱し始めていた。

「突然神殿の結界の乱れを感じたボクは、地下にある結界維持装置リディウム球に向かいました。その途中でビビオと出会いました」

サバサバ、リディウム球っていうのはね、ワープ神殿の敷地全体に結界をかける装置の事だよ。強い噪暗獣<ザンジュウ>はこの結界の中に入れないの」

ラスティがさりげなく補足してくれるが、ダークスターは苛立たしげに舌打ちする。自分のペースを乱されるのが嫌なタイプなのだろう。

ビビオは結界に乱れがないか確認をしたいと言っていました。防御型はボクとビビオしかいませんでした。だから、ボクもリディウム球まで同行することにしました。しかし、その道すがら、突如として神殿を覆う結界が完全に崩壊したのです。ボク達は話し合い、深無の手記<ニュース・フロム・ノーウェア>を使えるボクが地上に戻って市民の保護を行い、愛製鉱<ア・ミネラル・ラブ>を使えるビビオがリディウム球の復旧を行うことにしました」

「今ここにビビオがいないということはつまり……」

「はい。ビビオはまだ戻っていません」

それからダークスターは思い出したように付け足した。

「そして、クラークはおそらく地下に向かっています。凄い剣幕でボクに居場所を尋ねた後、矢のように走っていきましたから」

その時、ピラミッド型をしたワープ神殿の反対側で竜の断末魔が一斉に轟き、スライスされた肉体の欠片が山のように落ちてきた。

ダークスターが口笛を吹いた。

「さすがフライング・ロータス。ワープ神殿の若手の1番手ですね。史上最年少でのランクSは伊達じゃないですよ」

どうやら神殿の反対側ではフライング・ロータスが獅子奮迅の大活躍をしているようだ。

驚愕の事態はまだ続く。次の瞬間、神殿から少し離れたあたりでも無数の竜の肉片がぼたぼたと地に落ちているのだ。

「おや。あちらは2番手です。どうやら帰ってきてくれたようです。救難信号を出した甲斐がありました。若手二大巨頭が揃ったのは、非常に助かります。残念ながらシスコンの3番手は制御不能ですけどねえ」

ダークスターは不気味に笑う。だが、ラスティは沈鬱そうに口をはさむ。

「あの二人がいるのはラッキーだよ? とはいえ、導師がいるわけじゃないし。この人数じゃやられるだけ。耐えられる時間が延びるだけじゃね?」

「導師級を持つ巫女達から帰還の途に就いたという連絡はブリープ・パピルスに記載されています。おそらくオウテカ先生かボーズ・オブ・カナダ先生、プラッド先生あたりが早いでしょう。とにかく先生方の帰還まで持ちこたえなくてはなりません」

「帰途についた、か……。時間はまだかかりそうだし……。やばみ強め……」

「何にせよ、中にいるクラークビビオの心配をすべきだろう。俺が行って確かめてくる」

「でも、サバサバ音霊顕現<アルバム> が使えなくね?」

「手がないわけではない」

サバサバ……それマ!? 」

サバスの口は勝手に断言した。ちなみにサバスは何にも知らない。

ラスティは非常に感激しているが、ダークスターは顎に手を当て何やら考え込んでいる。

「ボクの深無の手記<ニュース・フロム・ノーウェア>が効果を発揮していますから、内部は安全でしょう」

ダークスターは、それから遠くを見つめながら少し重々しく告げる。

「ただし、リディウム球の周辺はBPM反射が大きすぎてどうなっているのか分かりません。ひょっとしたら障害物があって進めない可能性もあります」

「なるほど。そうなったら俺だけでは辿り着けないかもしれないのか……」

ラスティは明らかに負傷している。治療を行ってはいるようだが、この場からは動かすべきではない。そして、ダークスターはこの場から動けない。

これ以上は進めないかもしれない。

英雄サバスが諦めずにあらゆる手段を考える一方で、高校生だったサバスは、少しほっとしかけた。行かなくて済むかもしれないからだ。

だが、世界の理不尽が容赦なく高校生に襲い掛かる。

「問題ありません。わたくしが同行します」

水晶の鈴を振ったかのような玲瓏な声が響いた。

飛び交う竜の群れの只中を、長い髪を風になびかせながら少女が近づいてくる。

一目見て、今までの少女とは違う風格があった。

清楚な美人だ。しかし、雰囲気は冷たく鋭い。近づきやすいわけではない。

年齢は十代後半だろう。

長く艶やかな黒髪。切れ長の眼。涼やかな鼻梁。すらりとした顔の輪郭に、白磁のような肌。体格は小柄だが、スタイルは良い。生真面目な性格なのか、制服を着崩すこともなく、装身具も一切身につけていなず、長い足は黒いタイツに隠されている。

その佇まいは、雪原に沸く清泉のように清らかだ。どこまでも厳しく、だからこそ汚れ無き透明感がある。

「お話は聞かせていただきました。世界を救う救世主を我が神殿の事情により失わせるわけにはいきません」

少女は、霧の外側を歩いている。その姿は当然竜達の目に触れる。背後から大口を開けた竜が襲い掛かってくる。

しかし、少女は振り返ることもなく、体を横に逸らしてかわす。そして、竜の首元を片手につかむと、そのまま小石でも投げるみたい宙へと投げ捨てた。

「えっ……」

サバスは思わず言葉を失った。人間とは思えない怪力だった。ビルのような巨体を、一切力むことなく片手で投げ飛ばしたのだ。

一方、軽々と投げ捨てられた竜は上空で他の竜とぶつかりあい、怒り出し、仲たがいを始めた。

そんな騒ぎなど知らないかのように、その少女は優雅にして堂々たる足取りでピンクの霧の中に入った。

ダークスターがボーイッシュな顔に似合わぬ皮肉たっぷりの笑みで出迎えた。

「おやおや。さっきまでドンパチしていたとは思えないほど綺麗な身なりですねえ。ああ、羨ましい」

少女はダークスターを完全に無視をしてラスティの前で屈みこむ。


ラスティ、あまり無理はしないよう」

「あざまる」

血だらけのラスティは血だらけの指でピースサインをした。

そして、バトルズサバスへと向き直る。敵意はない。だが、笑顔もない。絵にかいたようなクール・ビューティだ。

「失礼。ご挨拶が遅れました。わたくし、バトルズと申します。ランクはA。以後お見知りおきを」

「俺はサバスだ。よろしく、バトルズ

ダークスターがまたしてもからかうように茶々を入れる。

「くふふ。謙虚ですねえ、来月にはランクSへの昇格が決まっているじゃないですか」

バトルズと名乗る少女は自然にダークスターの発言を流し、サバスに礼儀正しく接する。

「本来であればワープ神殿のご案内をさせていただくべきところなのですが、状況が状況です。さっそくですが、一緒に地下に参りましょう」

「でもさ、バトりん。これだけ大竜型がたくさんいると、ダクりんの結界でもそれなりにカバーしきれない部分が出てくる。いくらフラロんでも一人だけで全てをカバーするのは……」

心配そうに口を挟むラスティに対して、バトルズは明瞭に回答する。

「もう話は付けてあります。多少無理をさせるくらいの方がフライング・ロータスにはちょうど良いでしょう」

「ぷふっ。マ? さすがばとりん。いつもどおりのバリあげ出来る女じゃん」

ラスティは腹を抱えて笑っている。

いつもどおり、というラスティの言葉とリアクションから察するにバトルズは話をつけたというよりも無茶ぶりを押し付けてきたのだろう。

生徒会長気質、とでもいうべきか。その方面でも辣腕なのだろう。

「いやあ、バトリんに会ったらなんか元気が出てきた。うちらのロック生徒会長はやっぱり頼りになるわ」

本当に生徒会長だったようである。しかし、ロック生徒会って何だろうか。

「それに、危機的状況においてクラークフライング・ロータスを引き合わせるのは望ましくありません」

「そうだね。あの二人はヤバみの組み合わせには……」

「しかし、結界を回復させるためには、地下の状態を確認しなくてはいけないのは明白です。よって、現状ではわたくしがサバスさんに同行するのが最適でしょう」

バトリんが言うなら。間違いないっしょ」

ラスティは納得したようだ。バトルズはそれから、サバスに視線を送る。サバスは同意の意味を込めて頷いた。

「決まったようですね」

ちなみにダークスターへの確認は一体していない。仲が悪いだろう。

「では、最後に微力ですが、お二人の負担を減らしておきましょう」

バトルズはそう言うと、上空を飛び交う竜達に右手を差し伸べる。

夢幻鏡影<ミラード>

次の瞬間、上空を飛び交っていた数十体の竜達の周りに黄色い光が現れて、消える。

すると驚いたことに、彼等は突如として一互いを攻撃し始めたのだ。

おぞましい狂騒だった。互いの翼を引きちぎり、互いの腸を食らい、頭をかみ砕く。憎悪と断末魔の悲鳴が肉をつぶすようなノイズと混ざり合い、反響しあう。

「す、すごい……」

壮絶な殺し合いにサバスは絶句する。

もっとも、彼等をそんな壮絶な共食いに追いやったバトルズは澄まし顔だが。
「やはり敵個体強度B程度であれば濃度B射出量200スタイラスでも十分です。射出角度は誤差±1度以内に収める必要がありますが」

バトルズは自分の一撃を分析するように、共食いをしている竜を見上げている
小柄だが、その佇まいには強者の凄みを感じる。おまけにぎらついた自己顕示欲はなくどこまでも清冽だ。

しかし、ダークスターがそんなバトルズを挑発する。

「ククク。お得意の共食い幻影術ですか。いつも澄ました顔してお下品な音霊顕現<アルバム>を使いますねえ」

「自ら好んで幻を見ている者にどうこう言われる筋合いはありません」

苛立ちが限界に来たのか、ついにバトルズは挑発に乗ってしまった。

「おやおや。愛想をつかして出ていった魂の切れ端たちに未練たらたらの自分を、棚に上げるんですかあ?」

「わたくしは前に進もうとしているだけです。停滞している貴方と一緒にされるのは心外です」

バトルズのまなざしは相手を心の底から軽蔑しているものだった。

もっともダークスターには動揺した様子はなく、へらへらしている。

バトルズは咳払いをした。それは彼女にとっての気持ちを切り替えるサインだったらしい。

「では、ラスティと一応そこの巫女にもお伝えしておきます。わたくし達の目的は他の巫女が帰ってくるまで持ちこたえることです。決して命を呈して戦おうなどとはしないでください。仲間達は皆懸命に帰還しようとしています。それは貴方たちを救うためなのです。そのことを努々忘れぬように」

バトルズは真摯に想いを伝えた。ダークスターは瞳孔の開いた眼で虚空を見つめているので伝わったかどうかは分からない。

ラスティは気を引き締めたようだ。表情から不安の気配が消え、意思の強さが戻っている。

まさに生徒会長だ。ロックの意味は良く分からないが。

「では、サバスさん、行きましょう」

バトルズは特に急いだ様子もなく、堂々と神殿の中へ向かっていく。

そして、当然ながらサバスは行きたくない。しかし、サバスの身体は勝手についていく。

サバサバクラークビビオを……よろしくね」

傷だらけのラスティは言った。その言葉に対して、サバスはどう応じればいいのか。分からない。

逃げ出したい心。進みたい身体。こんな悲劇が起きたのは自分が召喚されてしまったからではないかという罪悪感。心の中で感情の奔流が複雑に渦を巻き、考えがまとまらない。

上手な嘘をつけないサバスは何も言いたくない。

「ありがとう、ラスティ

だが、サバスの口は勝手にそんなことを吐き出して、バトルズの背中を追うのだった。

第4章

暗く長い階段を、サバスは降りていく。

バトルズの背中を追いかけながら、サバスは深く葛藤する。クラークビビオを助けたい自分と、逃げてしまいたい自分がぶつかり、心の歯車が軋んでいる。

二人を助けたい気持ちはもちろんある。

(もしも、僕に力があれば迷うことなく二人を助けたのに…!)

だけど、サバスはただの高校生で、力なんてあるはずがなくて、何かと戦ってもやられてしまう自分しか想像できなくて、だから怖くて逃げたかった。

二人を助けたいけど、同時に人間は誰だって自分が一番だ。逃げることが悪いとはサバスは思わない。

なのに、身体は勝手に動く。果敢に戦おうとする。英雄のような言葉を勝手に喋る。

だから、サバスは反抗しようとする。逃げようとする。だけど、できない。突然自分の中に現れた主人公のような人格に対して、高校生の自分は絶対に勝てない。でも、逃げたい。

いつしか、最初から自分の中にあったクラークビビオを助けたいという感情も、自分ではない誰かに取られてしまったような気持ちになる。

それが、どうしようもなくやるせなかった。

サバスさん、つきました」

バトルズの言葉でサバスは我に返る。

そこは生前世界の野球ドームを思わせる広大な空間だ。中央には古代ギリシャの劇場を思わせる石畳の舞台があり、石柱もいくつもそびえている。その上には稲妻状の赤い鉄版が貼り付けられている。

そして、その上には見上げるほどに巨大な紫水晶のような鉱石が浮かんでいる。

おそらく、あれがリディウム球だろう

だが、何よりもサバスの目を奪ったのは、その手前にある光景だった。

真っ黒い体躯に角が生えている人型の噪暗獣<ザンジュウ>がいる。全部で二十数体ほどいるだろうか。

そして、そのうちの十数体に取り囲まれている少女がいる。クラークだ。

クラークは、ラスティ以上に傷ついていた。全身から出血し、あざだらけだ。

呼吸も荒く、ポニーテールもほどけている。噪暗獣<ザンジュウ>を睨む双眸は、直視するのが怖いほど血走っている。右腕は脱臼しているのか力が入っていない。

クラークは気力を振り絞るように吠える。
それは荒々しい憎悪の噴火そのもので、その姿は手負いの獣にしか見えなかった。

彼等を取り囲む悪魔型の噪暗獣<ザンジュウ>は、そんなクラークを嘲笑する。
酷薄な感情は、明らかに獣のものではない。人間特有の、弱者をいたぶる愉悦に満ちていた。

クラークは虹色のオーラをまとった左腕を振り上げ、殴りかかる。あっさり交わされ、腹部に容赦のない膝蹴りが入った。

少し離れたところには腕組みをした三体の悪魔型噪暗獣<ザンジュウ>がいる。

その後ろには、気を失っているビビオがいた。小動物のように可愛らしかった顔はあざだらけで、小さな鼻からは血が流れ落ちている。

おそらくクラークは、最初はビビオを人質にしている連中をけん制しながら戦えていたのだろう。だが、徐々に押されていき、徐々に一方的にやられるような状態になっている、といったところだろうか。

「想像以上に好ましくない状況ですね……」

バトルズは、苦々しくクラークを見ている。

そして、サバスもまたクラークビビオを見ていた。

「……てめえ」

サバスは怒りを覚えていた。

全身の血液が怒りで沸騰していく。それは普通の高校生としてのサバスか。英雄としてのサバスか。

思わず身を乗り出しそうになる。しかし、その前に左手を差し出し、バトルズが止めに入る。

「悪魔型は竜型よりも遥かに能力が高い噪暗獣<ザンジュウ>です。わたくしが彼等を引き付けます。その間に2人を頼みます」

バトルズの歩き方は優雅だが、よく見れば表情の厳しさを増している。多勢に無勢とはいえ、竜型をたやすく倒したクラークが完膚なきまでにやられているのだ。恐ろしい強敵なのだろう。

バトルズは一瞬言いよどんだが、小さな声でサバスに言葉を告げる。

「悪魔型も厄介ですが、クラークの精神も危険な状態です。今、彼女に暴走をさせたらワープ神殿は破滅します」

「えっ……ワープ神殿を……クラークが破壊する……?」

「だから、あの二人を必ず助けてください」

説明を求めようとしたが、バトルズは既に臨戦態勢だった。

夢幻鏡影<ミラード

バトルズが告げると、黄色い光が悪魔達を包む。間髪入れずにバトルズは右手を悪魔達に向ける。

光艶滴撃<グロス・ドロップ>」

七色に輝く光弾が、まるでライフルのように重たくも素早く発射されていく。多くの悪魔は避けることもせず、その一撃を食らい爆発と共に消滅した。しかし、半分以上はかわし、バトルズに対してにやついた笑みを浮かべる。まるで新たなおもちゃを見つけた子供のような。

いかし、救い出すべきクラークは乱れた桃色の髪を振り乱し、鬼のような形相でバトルズに怒りをぶつける。

「手を出すな、バトルズ! こいつらはあたしの獲物だ!」

――悪かったわね。召喚されたところをいきなり殴っちゃったりして。

クラークとの些細な交流を、サバスは思い出した。あの不器用だけど、優しい少女の姿はそこにはなかった。

何で、どうして、こうなってしまったんだろう。自分が召喚されてしまったからだろうか。自分が召喚されて結界が乱れてしまったからだろうか。

そんな罪悪感に、心が食いちぎられていく。

バトルズクラークを相手にしない。だが、その表情は心の痛みでかすかに歪んでいた。

「悪魔型ともなると、夢幻鏡影<ミラード>もあまり効きませんね」

バトルズは襲い掛かってくる悪魔達に崩れた柱を持ち上げ、投げつける。だが、悪魔達はなんなくかわす。そして、バトルズへと襲い掛かる。

バトルズは正面から迫りくる悪魔を缶のように蹴り返し、両脇から迫る二体の悪魔に光弾を浴びせ、絶命させる。彼等は倒れる。
バトルズは敵の群れへ飛び込んでいく。

サバスはその意図を察する。ビビオを守っている敵達を引きずり出すためだ。

まずい。高校生のサバスは思う。どうにかして逃げようとする。

だが、ダメだった。サバスビビオに向けて全速力で駆けだした。

悪魔はクラークバトルズに夢中だ。その隙にサバスはまっすぐにビビオのところに駆け寄ることが出来た。だが、あと十数歩のところで悪魔達に気づかれてしまった。

当然だが、サバスには身を守る術などない。一撃でも攻撃を食らえば即死だろう。しかし、自分でも理解できない反射神経でサバスの身体は勝手に動き、彼等の攻撃をかわしていく。

だが、完璧にすべてをかわしているわけではない。あちこちの肉がそがれ、血が零れ落ちる。

それでも、サバスはどうにかかわし続け、生き続け、走り続ける。

サバスは少しずつビビオに近づいていく。サバスは手を伸ばす。

残り十歩。背後からの攻撃を、身体を側面に逸らしてかわす。

残り五歩。正面からの一撃を腕で払い流し、そのまま悪魔と体を入れ替えるように前に進む。

残り三歩。サバスは身体をかがめ、ビビオを抱き上げようとする。

残り一歩。サバスの手が触れようとしたその瞬間――、サバスは訳の分からない光景を目にした。

悪魔の腕が、自分の腹から突き出ていた。

「――え?」

不思議と痛みはなかった。サバスの身体は、完全に停止する。

世界から音が消える。司会が真っ黒に染まる。ただ、自分の身体と腕だけがある。
ふと、横から黒い顔が近づいてきた。悪魔は笑っていた。

獲物をいたぶる愉悦に満ちた、きわめて人間的な残虐さだ。

「@pasia02afr?」

何かを言っている。嘲られていることは分かる。しかし、サバスの頭は早くも上手く機能しなくなる。

サバス!」

クラークが駆け付けようとするが、その隙に悪魔に顔面を殴打されそのまま吹っ飛ばされてしまう。

バトルズサバスを救うために放った光艶滴撃<グロス・ドロップ> の光弾も悪魔に防がれてしまう。

(あれ…俺は死ぬのか……)

サバスは呆然としていた。死の危機に直面している。その現実をうまく受け止めることが出来ない。

そう言えば、今の世界に転生するときは車にはねられ死んだ。だが、あの時は何かを考える時間がなかった。

だけど、今回はきっと違う。じわじわいたぶられ、痛みと恐怖に晒され続け、あらゆる尊厳を踏みにじられて死ぬことになるだろう。

悪魔はサバスの身体を天に向かって掲げるとそのまま放り投げた。

身体が宙を舞い、石畳に落ちる。少しずつ痛みが身体を蝕む。脂汗があふれ出し、身体に力が入らなくなる。

一体の悪魔はビビオの頭をつかんで持ち上げる。そして、クラークの方へと持っていく。

サバスビビオを取り戻そうとするが、もう身体は動かない。

そして、悪魔達は実の姉に見せつけるように、気を失ったビビオを眼前に突き付けた。

「@axupaoifaw?」

そして、あざ笑う。クラークは怒りに任せて悪魔を蹴り上げようとする。しかし、背中から肘討ちを食らわされ、倒れたところをそのまま組み伏せられる。激昂しても何もできないクラークを見て、悪魔達はさらに笑う。

それからゆっくりと腕を構える。ビビオの身体にも腕を貫通させようとしているのだ。

げらげら笑い。楽しそうに。蟻を踏み潰す子供のように。

あまりにも絶望的な状態でもサバスの身体は動こうとしている。動けないのに。希望なんてもう残ってないのに。

だが、サバスの思考は黒く混濁しつつある。もう、抵抗することはできない。雌雄は決したのだ。

サバスが深い絶望に沈みかけたとき、クラークの声が不思議なくらい良く響いた。

邪竜転生<ターニング・ドラゴン>!!!!!

クラーク! やめなさい!」

クラークが詠唱した瞬間、いついかなる時も冷静なバトルズが初めて焦りを見せた。

クラークは金属質のノイズのような咆哮を途切れることなく放ち続けている。

とても人間の声とは思えなかった。

それはまるで怨嗟のシューゲイズだ。全てを拒絶する音の壁が、まるで竜巻のように凶悪な風圧をまき散らしながら広がっていく。

クラークの瞳孔は爬虫類のように細くなる。身体中を鱗が覆い、羽が生える。顔の形が変わり、牙が生えそろう。

可憐な少女は、瞬く間に巨大な竜になる。

噪暗獣<ザンジュウ>達と何ら変わらない、邪悪な竜に。

そして、顕現した次の瞬間には虐殺が始まっていた。

目にも止まらぬ速さで悪魔をつかみ、そのまま握りつぶした。そのまま、次から次へとかみ砕いたり、炎を吐いて焼き殺したり、悪魔達を蹂躙していく。

優秀な巫女2人であれだけ苦戦していた悪魔が、あっという間に殺されていく。

(たしか……バトルズは……クラークが暴走すると……神殿が……)

おそらく、これが暴走という状態なのだろうか。サバスには想像がつかないが、この先には絶望的な危機が待っているのだろうか。

「……あまり意味があるとは思えませんが」

そう言って、バトルズ光艶滴撃<グロス・ドロップ> を放つ。だが、クラークは避けることさえしない。当たったところで傷一つつかない。

そして、しっぽの一振りは目にもとまらぬほど速く、衝撃波をまき散らしながら避けようとするバトルズの身体をあっさりと捉え、吹き飛ばした。

「……ぐっ」

バトルズは壁に叩きつけられる。そのまま床に崩れ落ちそうになるが、片膝をつくことによって地に倒れることを防ぐ。

表情はいつもと同じように毅然としている。しかし、もう立ち上がることができない。

「……最悪と言わざるを得ません」

そうつぶやいたバトルズの口から一筋の血が流れた。

竜になったクラークは一瞬にして悪魔達を片付けた。さらには、ドームのあちこちを破壊してまわる。石畳を踏み抜いて穴だらけにし、柱を放り投げ、ところかまわず火炎を放射するに飽き足らず、そのまま飛び上がり天井に体当たりをする。

ついにクラークは倒れているビビオに気付いたらしい。

獲物を仕留める獅子のように吠えると、クラークは一歩一歩着実に近づいていく。

「……どこまで馬鹿なことをすれば気が済むのですか」

バトルズが片膝をついたまま光艶滴撃<グロス・ドロップ> の光弾を放つが、見向きもされない。夢幻鏡影<ミラード>も効果はないようだ。

一方、サバスは少しずつ死が身体をむしばみつつあるのを感じる。手足が寒い、震える。腹部から身体が張り裂けそうな痛みを感じる。

それでも、身体は彼等を助けようと動く。ただ、クラークビビオを助けたいと願って。そして、サバスの心も同じことを願い始めていた。

サバスには、まだこの世界の仕組みは分からない。だが、暴走したクラークビビオに危害を加えたら、この世界にある小さな幸せが一つ失われることになる。それだけは分かる。

このままではどうせ死ぬのだ。だったら、一つでも多くの幸せを残さないと。

目を覚ませ。そう叫びたい。だけど、それさえ叶わない。

考えようとする。だけど、もう身体は冷たい。
少しずつ頭が回らなくなっていく。
悔しいけど、無念だけど、もうきっと、妙案を思いついたってそれを実行することも伝えることも――。

交差滑環<キアスティック・スライド>

次の瞬間、バトルズの表情が驚きに染まったことサバスに気付いた。

だが、その意味を考える時間はなかった。

光の砂嵐が地下ドームを覆いつくしていたからだ。凄まじい音が唸りを上げる。複雑怪奇に絡まったグリッチノイズが互いに殴り合うように回転し、その奥では複雑な拍子や機械的な不協和音が爆発している。

そして、その全てが調和することなく無軌道に鳴っている。まるで無限の心臓がバラバラに脈打つみたいに。

クラークは反応する暇さえなく光とノイズに呑まれた。その中で動いている気配はない。

時間にすれば十数秒だっただろう。音と光が徐々に小さくなり、やがて消え去った

そこには、竜はいなかった。一糸まとわぬクラークが、静かに横たわっているだけだ。

クラークは微かに表情をゆがめた。どうやら生きている。

全てを飲み込もうとしていた危機が一瞬にして消滅した。

突然すぎる幕切れだ。巫女達が命を賭して戦い抜き、それでも零れ落ちようとしていた勝利が、いともたやすく転がり込んだ。

「何だよー、出張から帰ってきたら随分楽しそうなことになってんじゃん。大丈夫? 皆死んでない?」

石畳を叩く足音が軽やかに響く。

邪竜と化したクラークを一瞬で打ちのめした、声の主が歩いている。

「何にせよ、このワープ神殿史上有数の大惨事をこれだけの数の生徒で耐え抜いたことはすごいことだからね。いっぱい誉めてあげないと。生徒指導的にも、そして、私のボーナス査定にも!」

年は三十近いだろうか。

堀が深く、非の打ち所がない目鼻立ちでややエキゾチックな外貌をしている。
肩まで伸びた黒蝋のような髪。アメジストのピアス。黒いチョーカーとセーターにダークブルーのスカートが印象的だ。

背丈は高く手足も長い。今まで出会った少女達と違い、大人っぽい美しさ発揮している。
ただ、根っこの雰囲気が下町っぽく、浮かべている笑顔も人懐っこい。

「ただ、クラークはお説教もんだわ。感情制御が出来るまでは変体音霊顕現<アルバム>は使ってはいけないって、何回も半殺しにしてようやく分かってもらえたのになー。なんだっけ、ほら。あの真っ黒い犬に変身する先生だって苦労してんのに。次は半殺しじゃ足りなそうだからほぼ殺しにすっかなあ」

言葉は剣呑だが、口調は軽やかだ。そして、どうやらバトルズに向けて喋っているらしい。

だが、バトルズは上手く返事をできない。表情が安堵で涙ぐんでいる。ずっと高潔に振舞っていたが、やはり不安だったのだろう。表情からもずっとしまい込んでいた歳相応の幼さがのぞき見えていた。

「んー、そんなに心配だったの? 可愛い生徒会長だ。後で存分に誉めてあげよう。だから、いつもどおりテストの問題作と採点はよろしく」

そういうと、女はビビオサバスの方に向かって歩き出している。

バトルズは重圧から解放された安堵の涙を流しながら。その圧倒的な強さを誇る導師の名をつぶやいた

オウテカ、先生……」

オウテカ。

生まれてこのかた聞いたことのない名前だ。

だが、サバスは何故かなつかしさを覚える。サバスの身体は勝手にオウテカのもとへと駆け出そうとするが、既に余力はない。

サバスを見て驚くオウテカを見ていると何かを思い出せそうな気がしたが、その瞬間サバスの意識はついに途切れた。

5章

白いカーテンとタペストリーがふわりと揺れて、優しい風が石造りの病室に吹き込んだ。
心地よい陽気だ。鳥の鳴き声も聞こえる。微睡んでいたサバスは、枕に頭を預けたまま窓を見る。

窓の外にはオベリスクや神殿が立ち並び、神殿の修繕に勤しむ人々の掛け声も重なる。

(穏やかで、平和な時間だ……)

サバスは思わず微笑んだ。

オウテカが一瞬でクラークを倒した後、サバスは病室に担ぎ込まれた。戻ってきた他の巫女達の力を借りつつ治療を受けたらしい。

ずっと意識を失っていたサバスには詳細は分からないが、翌朝に目が覚めた時には腹に空いた大穴はふさがっていた。

サバスが生前にいた社会を上回る医療技術だ。どうやら、 霊魂銅<レコード> を使っているようだが原理はサバスにはよく分からない。

だが、それ以上に驚いたのは巫女達の回復力だ。

(俺が目覚めたら、もうみんなに普通に回復してるんだもんなー……)

ラスティバトルズはもちろんのこと、重症だったクラークビビオでさえサバスが意識を取り戻した時にはもう普通に生活していた。

同じ治療を受けてもまだまだ痛みが残るサバスとしては釈然としないものを感じるが、それだけ彼女達は特異な体質を持っているのだろう。そして、特異であるがゆえに社会からの負担を強いられているのだろうことも、なんとなく感じている。

ただ、今は何よりも重要なことは巫女達の危機が去ったということが嬉しい。嬉しすぎて、思わずつぶやいた。

「本当に、嬉しい」

「何が嬉しい?」

「どわああ!?――って痛え!?」

すぐ近くからビビオの声がしてサバスは思わずのけぞった。すぐに腹部に激痛が走った。

サバスは涙目で声が聞こえた辺りを見る。というかベッドから聞こえた気が……。

ん? ベッドから?

「おにい、落ち着く。まだ体細胞が再起動しきってない。安静にする」

暴れたサバスが跳ね飛ばした布団の下に隠れていたのは、サバスにぴったりと寄り添うビビオだった。

同じベッドの中で小動物のような無感情系幼女に抱き着かれている。あまりにもシュールな状況だ。

「う、うん。そうだな……。っていうかね、何で俺のベッドにいるのかな……?」

「おにいが心配だったから」

(……やべえ。可愛い)

天使のようにくりくりとした眼差しに見つめられたままそんなことを言われれば誰だって陥落してしまうだろう。

「おにいが大怪我したの、ビビオがやられたせい」

だが、続けざまのビビオの言葉にサバスの胸は締め付けられる。

幼い少女が吐露したのは自責の念だった。

サバスは思わず固まってしまう。

無感情なビビオからは、感情の変化を読み解くのは難しい。だけど、自分が彼女の立場だったら絶対に深く自分を責めるはずだ。

そして、今自分を責めているのは、サバスも同じだった。

「違うよ。僕が現れたせいでビビオ達は傷ついたんだ。僕がこの世界に現れたから」

ビビオサバスを抱きしめる腕に力を込める。

「そんなことない」

「しょうがないことはしょうがないんだ。お互いに気にしててもしょうがないよ」

ビビオは、その言葉の意味を素直には受け止めていない。それはそうだ。単純な理屈で罪の意識は割り切れるものではない。その瞳には、葛藤の波が浮かぶ。だが、一瞬で消えた。

「うん」

彼女の中で何かしらの答えは出たのだろう。ビビオはそう言って顔をサバスの身体に押し付けた。

という最悪のタイミングでクラークが現れたのだった。

「何やってんの、あんた達」

ドアの前に立っていたのは、絶対零度のクラークとその後ろで様々な表情をしている巫女達だ。

「ねえ、サバス。あたしの妹をベッドに連れ込んだ罪状に関してね、万が一にも申し開きがあるなら聞いてあげるよ?」

お見舞いの品だと思われる木箱を、そっと無人ベッドの戸棚に置いたのがあまりにも恐ろしい。

「いや、申し開きも何も――って、やめて! 野獣/犠牲祭<ビースト/フィースト>発動しないで!」

「ないみたいね? 結構、結構。じゃあ、今度こそ確実に息の根を止めてあげる」

一歩ずつ近づいてくるクラークは、もはやポニーテールの悪鬼羅刹だ。瘴気のような冷たい怒りを宿し、サバスを殺戮の奈落へと鎮めようとしている。

「何やってん? クラりんたち」

「さあ。わたくしには良く分かりません」

二刀流ギャルJKラスティは全く関心がなさそうだし、冷ややか清楚系生徒会長バトルズの表情はやはり冷ややかだ。

「ふーん。うちは早く終わればどうでもいいし。ってか、うちはサバスと一緒にゲームをしたいだけだし」

ラスティ、せっかくですし、一緒にやりませんか? 最近ナイス・ナイスPVTなど生徒会でも貴方のボードゲームが話題になっているのです」

「さすが生徒会、話が分かるわー。おけまる。えっとねー、まずこれはねー」

バトルズラスティは他のベッドでカードだの駒だのを広げだした。

「クフフ……。堕ちていく救世主を眺めるのも、洒脱瀟洒ですね。落ち込んだところを狙って現実逃避としてのクスリを差し出せばきっとボクと同じ陶酔の世界に……」

キマってる系ボーイッシュ少女ダークスターは、病室の隅に体育座りをしてニタニタと笑いながら窓の外を見ている。というか、目が座っているので本当はどこを見ているのか分からない。

つまり、サバスに助け船を出してくれそうな人物はこの場にはいない。

(あれ……? ひょっとして、これって、万事休す……?)

走馬燈が駆け巡りかけたが、その刹那にサバスはようやく思いつく。そうだ。自分の身体にしがみついているビビオに頼ればいい。

何という名案だろうか。数多の修羅場を潜り抜け大きくサバスは大きく成長したようだ。

「ねえ、ビビオ!? クラークに何とか言ってあげて!」

「おねえ、ビビオに嫉妬してる」

火に油をどばどば注ぐよう問題発言が放たれた。

呆然とするサバスの目の前で、氷のようなクラークの怒りは炎のように燃え盛る怒りへと一瞬で様変わりした。

「お姉ちゃんは! あんたを! そんな娘に育てた覚えは! なあああああああああああああああああああい!」

そして振り下ろされる巨大な右腕。怒りの炎からはもう逃れられない。どうにか拾った命を、こんなお粗末な捨て方をすることになるとは。嘆きつつ、悔やみつつ、サバスは再びの死を覚悟した。

「はいはい、整いましたー」

死の匂いを打ち消したのは、飄々とした女の声だった。

しかも、隣のベッドから聞こえた。思わず振り返ったサバスは仰天する。

なんとそこには、暴走するクラークを一瞬で仕留めた巫女オウテカがベッドに足を組んで腰かけていた。

(え……何でそこにいるんだ……)

この病室にはサバスしかいなかったはずだ。間違いない。後から入ってきた巫女達の反応からしても彼女達も気付かなかったようだ。

おそらく、オウテカ音霊顕現<アルバム>にはそんな能力があるものがあるのだろう。
オウテカはモデルのような美貌に無邪気満面の笑顔を浮かべながら、B4程度のノートを広げた。

「じゃじゃーん、どうでしょー!?」

「……」

サバスは、沈黙した。絶句したというわけではなく、単純にコメントに困るものだったからだ。

そこに描かれているのは今の病室だ。

それは現実そのままではない。漫画調に戯画化されている。素人のサバスの目にも非常に上手いことがよく分かる。イラストはオウテカの特技なのだろう。

だが、問題はそんなところではない。

現実を二次元化したそのイラストには、どう考えても、明らかに現実とは異なるところがあったことだ。

「せ、先生! だからあたしのそういう絵を描くのは!?」

クラークは動揺のあまり戦意を喪失している。

イラストの中のクラークは、言葉で言い表すのが憚られるようなスケベな恰好をさせられていた。

「似合ってるでしょ? 私、実際にこの服持ってるんだけど着てみない?」

「そういうのは止めてくださいっていつも言ってるじゃないですか!?」

「私はね、可愛い女の子にえっちな恰好させるのが大好きなんだよ。ぷりぷり男の子に怒っちゃう美少女には、私のありのままの欲望をぶつけちゃうぞ? んん? ええかの?」

オウテカはスケベなおっさんみたいな表情を敢えて作りながら、イラストのクラークにいやらしく手を這わせている。

というか、オウテカの服装は完全にサバスがもといた世界のものだ。

サバスの目にはどう考えてもこの世界にはマッチしていないように見える。いったいどういう理屈でこんな服装が成立しているのか。

クラークは怒りの眼差しをサバス達に一度向けた後、どうやら折れることにしたらしい。

「……はい」

「分かればよろしいよ。さてさて、救世主君、私のイラストどう思う?」

「ちょ、ちょっと先生!?」

(……ついに、来たか)

クラークはほくそ笑んだ。風が、吹いてきた。

クラークには申し訳ないが、サバスは年上大好き少年だ。
よって、オウテカは好みの女性ドストライクの逆転満塁ホームランだ。そして、これほどまでの大物の半径1メートル以内に接近できる機会など、もう二度とないだろう。この勝機、死力を尽くして掴みにいかねばならない。

「はい。上手だと思います!!! とっても!!!!!」

「……お、おお? そんなに勢いたっぷりに誉められることあんまないわ。なはは、ありがとう」

オウテカは朗らかに笑った。何とも屈託がない。モデル級の年上のお姉さんだが、自然体で屈託がない。しかも至近距離。

死ぬ。こんなに幸福な状況を楽しまなければ、生まれてきた意味などあるだろうか、いや決してない! 既にサバスの頭から冷静な判断力は蒸発していた。

このとき、サバスに多少なりとも冷静さが残っていれば、遠くから「止めておけ」と言わんばかりにサバスを見るラスティや、『人の不幸は蜜の味』顔で笑っているダークスターや、サバスの身体を強く揺さぶるビビオの努力に気付いただろう。ちなみにバトルズはなぜか恥ずかしそうにもじもじしている。

「ねえ、プレ……じゃなくてサバス君。知らない世界に来ていきなりこんな大騒ぎで大変だったね。よく頑張りました」

「はい、めちゃくちゃ頑張りました!」

サバスを隅々まで観察するように、オウテカは顔を近づける。

「よし、素直な男の子だね! もっと褒めてほしい?」

「はい!!! 誉めてほしいです!!!!!」

「うむうむ、素直なのは良いことだぞ。何故なら君はそんなに美少年じゃないからね。そういう魅力は上手に磨き、使うんだよ、なはは」

「はい!!! 俺は美少年じゃないので他の魅力を磨きます!!!!!」

「よろしい。君はなんか面白いからご褒美を上げよう」

そして、奇跡が起きようとした。
オウテカサバスの頭を撫でた後、当然のように唇を近づけてきたのだ。

サバスは心の中で全力のガッツポーズを決めた。

来たぞ。ついに勝利のキスがやってきたではないか!

苦節十七年。命を失い、名前を失い、訳の分からぬ異世界で腹に大穴をあけられ、生死の境をさまよった挙句にようやく手にした栄光だ。

サバスの心中では勝利のファンファーレが終わることなく鳴り続け、色鮮やかな紙吹雪が青空へ舞い上がる。巨大なコロッセオの中央で万客の喝采を浴びながら、サバスは感涙にむせび泣き、そっと目をつむり、近づきつつある祝福を受け入れる準備を整える。そして、その桃園の如きあでやかな唇に――。

――触れることは、できなかった。

代わりに、何か床に叩きつけられるような凄い物音がした。

「ちょっとちょっと、クラーク。あたしに喧嘩売るの、これで何十回目よ?」

再び瞼を開けたとき、そこにはまるで予想外の光景が広がっていた。

オウテカに襲い掛かったクラークが一瞬で返り討ちにされた、といったところだろう。

野獣/犠牲祭<ビースト/フィースト>によって巨大化している右腕を逆手に取られ、クラークは顔を毛皮の絨毯に押し付けられている。どう考えても抵抗が出来ない姿勢だ。

クラークは何も言わない。だが、強い怒りをオウテカへと向けている。

「ったく。何度も何度も殺されかけてる相手にそれでも歯向かってくるんだから、大したもんだよね。また半殺しにしてあげよっか? 腕このままへし折ってあげよっか? また泣きわめき散らしながら許しを請わせてあげよっか?」

オウテカの口調や態度はいつもどおりだ。しかし、それはほんの表層的な部分の話だ。その裏では怒りの暴風が強く渦巻いている。矛先が向いていないサバスでさえ恐怖さえ覚えるほどだ。クラークだって平静を装っているが、それが強がりだということは誰が見ても明らかだろう。

オウテカを上回る巫女はほとんどいないと言われるだけのことはある。放たれる闘争心たるや、風圧で身体が吹き飛ぶんじゃないかと思わせるほどだ。

だが、意外にも恐怖の沈黙は長く続かなかった。オウテカがあっさり折れたからだ。

「まあ、その強い思いは買ってあげよう、これでも一応導師だから。今回は譲ってあげる。これでも教育者だから。導師手当込みで給料もらってるから。あー、大人になるって自分のやりたいようにやることが出来なくなることだよね、阿呆くさ」

と、一人で一気にまくし立てた次の瞬間、オウテカの身体がいきなり消えた。

そして、サバスが驚く間もなく、少し離れたベッドにいたバトルズ達の傍に現れた。

「じゃーん。君達の制服の下はこんな感じになってるのかなー?」

と、オウテカはまたしてもスケベおじさんみたいな顔を作ってノートブックを少女達に見せる。

だが、今回は微妙な空気が立ち込めていた。

オウテカ先生、うち、そのネタ飽きたわ。あと、いつも言ってるけどうちはそんなに胸大きくないから」

「んー。ボクはもっとこう怠惰な肉体に描いてほしいですねえ。落ちた果ての、醜悪の極みを……イヒ……」

ラスティダークスターは動揺していない。慣れているのだろう。

なぜかバドルズはもじもじしている。

「なんだよー。ピュアピュアな反応してくれんのはバトルズだけかよー」

などという声が視界の端から聞こえている。

しかし、サバスはそれどころではなかった。

「おいおい大丈夫かよ、クラーク。って、いたた!」床に倒れているクラークを起こそうとするが、身体が強烈に痛んだ。

「いいわよ。あれくらい日常茶飯事なんだから」

「マジで……。クラークの日常はどうなってんだ……」

「あたしは世界中の人間を全員ねじ伏せるつもりでワープ神殿にやってきた、相手が誰であってもね」

それだけ言うとベッド脇の椅子に腰かける。俯きながら桃色の前髪をいじり、サバスの顔を見ようとしない。

ちなみに、ビビオクラークに気を使ったのかベッドを挟んだ反対側の椅子に腰かけている。

クラークは自分の手元を見ながら、サバスに話しかける。

「あんたにも悪いことしちゃったわね。あたしがついつい暴走しちゃったせいで……」

「いや。俺は何にもしてないから」

サバスとしては本当にその言葉通りの状態だった。何せ、突然身体が英雄みたいに振舞いをしただけなのだから。

危機が去ったら、英雄も身体から去った。身体を乗っ取られたことはあれから一度もない。

「でも、あんたは戦える力があるわけじゃないのに戦ってくれた。あたしとビビオの心配をしてくれて……」

「………」

「あのさ、あたしとビビオは幼いころに色々あって、その……」

クラークはそこまで言いかけて言葉を詰まらせた。膝の上に置かれた両手が、ぎゅっと握りしめられる。

続きを言わせるべきではないことはすぐに分かった。

「なあ、クラーク。これからも俺と仲良くしてくれるか?」

とっさに出た言葉がそれだった。そして、どうやら大はずれの選択肢というわけでもなかったようだ。

クラークははっと顔を上げ嬉しそうに頬を緩めた。しかし、すぐに腕組みをしてツンと顔を背けた。

「……まあ、あんたの心がけ次第ね」

「まじか……。まあ、頑張ってみるけどよ……」

頃合いを見計らったようにビビオがドアのあたりに置かれていた包み紙を取り出し、クラークに手渡す。入室するときのトラブルが原因で起きっぱなしになっていたのだろう。 実によく出来た妹だ。

クラークはさも当然のようにそのままサバスに渡す。

「はい。あたしからのお見舞い」

「あ、ありがとう」

とにかくサバスは、パステルカラーに染められた木箱のふたを開ける。

そこに入っていたものは、どうやらこの世界の甘味らしい。一口サイズの可愛らしい小鳥達だ。メレンゲのようなキュートな白い身体をしているが、パイ生地と蜂蜜を混ぜ合わせたような香りがする。

「これ、あたしのお気に入り。違う世界から来たあんたの口に合うか分からないけど……」

クラークは、そう言いながら楽しそうに身を乗り出してくる。

「でもね、選んだ側が言うことじゃないかしれないけど……」

そこでクラークは一瞬続きを躊躇するが、それでも我慢しきれないように華やかな雰囲気で言葉をつづけた。

「お見舞いを選んでるときすっごい楽しかったんだ! なんかね、こんなに楽しいこと本当に久しぶりだった!」

大輪の向日葵を思わせる、本当に活き活きとした笑顔だった。

もっとはっきり言えば、心の底から「可愛いな」と思ってしまうような愛おしい笑顔だった。

ずっとこんな笑顔をしていてほしいとサバスは思う。だけど、それはこの世界が許さないのだろう。

だけど、今は一秒でも長くそんな笑顔でいてほしい。

サバスはそう思って「これ、一緒に食べよう?」と言おうと口を開いた。

「ここにサバス・サバラスはいるかね!?」

少女の声が、それも自己肯定感の圧倒的高さを感じさせるものが朗々と響いた。

そこにいるのは不敵な笑みが印象的な小柄な少女だ。
その佇まいは、戦場をかける勇猛果敢な女神を思わせた。

年齢としてはクラークと同じくらいだろう。
乱雑に伸ばされた美しい蒼髪。力強い眼力を放つ銀色の瞳。肌は振り立て雪のように白く、鼻や口は丸みを帯びて小さく、どちらも柔らかな幼さを感じさせる。だが、全身から放たれる強い自信が、一切の柔さを感じさせない。

他の巫女達と同じようにブレザーの制服を着ているが、何故か胸元や肩に勲章・記章の類で飾り付けられている。

「あんた、何しに来たわけ?」

クラークが不審げに尋ねるが、謎の少女は完全に黙殺をする。そして、すぐそばにいるサバスに目をつける。

「ほう。いるではないか、少年が。少年ということは救世主だな」

謎の少女は胸を張り、大股で歩き出す。ドアの前に立っているときは背中に隠していたバラの花束を堂々と振り回しながら、サバスの前に立つ。

「あの、俺に何か用?」

「用? もちろん! もちろんさ! 君に大いに用があるのだよ、サバス・サラバス

そう言いながら、布団をめくりあげ、さらにはサバスのパジャマの裾をまくりあげている。さっぱり理解できない行動だ。

「え…? ……本当に、何?」

「ふむ。やはり生えているか。すね毛は無いほうがないほうが望ましかったのだが、仕方あるまい」

困惑せざるを得ないサバスを置き去りにして、謎の少女は自分なりの回答を出したようだ。

再びサバスの前に胸を張って立つ。そして、花束を差し出した。

サバス・サバラス、私と結婚したまえ」

「……はい?」

口元に手を当てて笑いをこらえているオウテカ以外、その場の全員があっけにとられていた。

だが、謎の少女はそんなことなど意に介さず、不敵に口の端を釣り上げるのだった。

「我はやがて世界を統べる者。やがて理に名を刻む者。神にさえ届く者。そして、救世主を夫として、果て無き威光を異世界まで轟かせ、新たな天地開闢を成し遂げる神なる巫女」

自分の言葉に引け目など一切感じていない弁舌を振るって不敵に笑い、最後にこう付け加えた。

「そう、我が名はフライング・ロータス

沈黙に支配される病室に窓から暖かな風が吹き込んだ。

新しい季節が、近づつきあるらしい。



Part3はこちら。

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