異世界転生したらWARP所属のアーティストが擬人化されてた、っていうライトノベルを書いてみた。part.1

むしゃくしゃしてやった。

主な登場人物と実物

Clark

物語中のキャラ

ツンデレポニーテール

現実

bibio

物語中のキャラ

小動物系ロリ

現実

Aphex Twin

物語中のキャラ

年齢4桁見た目十代前半

現実

Rustie

物語中のキャラ

ギャル

現実

ワープ神殿の巫女

序章

「さてさて、お待ちかねの異世界転生だよ」

信号無視したトラックと少年の身体がぶつかる刹那、運転手は笑った。

その瞬間、時が止まった。飛び交う鳥も公園から飛び出したサッカーボールも、宙に浮いたまま動かない。

静寂の中で、運転手だけが微笑んでいる。

「僕はロバート・ゴードン。危機に瀕した僕の世界を救うためなら、異世界の命を理不尽に奪うことも辞さない経営者の鏡のような男さ」

男の顔立ちはヨーロッパ系だが、運送会社の制服が不思議と似合っていた。

少年はトラックを避けようとする。だが、体が動かない。コンマ数秒後には自分をつぶす鋼鉄の塊から逃げることができない。

「うんうん、わかるよ。死にたくないよね、せっかく十七才の夏休みが始まったばかりだもんね。ただ、さっきも言ったけど僕は経営者なんだ。そこはわかってもらいたいな」

ロバート・ゴードンはハンドルから手を離し、腕組みをしながら勝手に納得し、勝手に頷いている。その自分勝手な態度に少年は怒りを覚えるが、表情によって自分の気持ちを表明することさえできない。

「さて、導入は短いほうが良いと相場が決まってる。さっそく異世界に行ってもらおうじゃないか」

少年を見下すロバート・ゴードンの笑みから清涼感が消えた。
相手を軽蔑するような酷薄な笑顔に変わる。

そして、ロバート・ゴードンは指を鳴らす。

「良き冒険を」

次の瞬間、止まっていた時間は再び流れ、考える暇さえないまま少年の身体はトラックに潰された。

第一章

「い、いやあああああああああああああ!」

そして、少年は少女の悲鳴によって目を覚ます。少年が思わず目を開けるのと同時に少女は少年の身体は突き飛ばした。

「いでっ!?」

少年は思わず抗議の声を挙げようとする。だが、できなかった。
半裸の少女が目の前にいたからだ。

「え……女の、子……?」

少年は呆然とすることしかできない。
一方、少女も気が動転しているようだ。何かを喋ろうとしては上手く言葉にすることが出来ず、あわあわと唇を動かしている。

「な、な、な、何でこんなところに男が……!?」

ベッドの上でアヒル座りをしているのは、溌溂とした雰囲気の少女だ。

年は少年より少し下だろうか。
ポニーテールにされた桃色の髪。活発さが宿る茶色い瞳。すらりとした鼻筋に、引き締まった口元。高い身長に長い手足。
凛とした雰囲気にそぐわぬ、大いに乱れたブレザーの制服姿が何とも扇情的だ。

少年の思考能力はいまだに回復しない。
当然だ。ついさっきトラックに引かれたと思ったら、突然目の前に半裸の少女が現れたのだ。

無理もない。まったくもって無理からぬことだ。

だが、動揺している少女に適切なフォローをしなかったのは致命傷だった。少女は徐々に怯えだす。そして、冷静になるにつれ、自分の裸を見られたことに怒りを覚えだす。

少女の目に宿る怒りが半端ではないことに気づいて、少年はようやく我に返った。だが、時すでに遅し。

「あ、いや違うんだよ。これは……!」

言い訳しようとして少年は気付く。自分でも今の自分の状況が全く説明できないことに。夏休みの初日に家を出た。車に引かれて死んだ。美少女のベッドにいた。

まるで訳が分からない。

だいたい少女の部屋は、少年の知っている世界とは違う。ファンタジー小説に出てくる石造りの宮殿みたいだ。紫色のタペストリーが飾られ、調度品にプラスティック製品は見当たらない。ベッドにだって天蓋が付いている。人形は良い生地を用いられているが、作りが素朴だ。

「なんだ……ここは……」

少年は呆然とつぶやいた。

少女の恐ろしく低い声がゆらりと響いた。

野獣/犠牲祭<ビースト/フィースト>

少女が呪文を唱えた瞬間、その瞳はまるで蛇のように細くなっていった。
次の瞬間、暴力的なノイズを発しながら、少女の右腕がまるでゴーレムのように巨大化した。しかも数えくれないくらいに増殖している。

「な、何で女の子の腕が急に……!?」

魔法のような出来事にも衝撃を禁じ得ないが、殺意に満ちた少女が未知の凶器をまとっていることも大問題だ。

あんなもので殴られたら死んでしまう。致命的なミスを取り返すべく、少年はとにかく少女との交渉を試みる。

「ああ、ちょっと落ち着いて! 少し落ち着いて話し合おう!?」

だが、少女の目は血走っている。話し合いがどう見ても無理だ。

ワープ神殿の…! あたしの部屋に突然男が侵入して…! 落ち着いていられるわけないでしょ…!?」少女はベッドから降りてゆっくりと近づいて来る。

「いや、俺だってよく分からないんだって! 夏休みの初日だからちょっと楽しい気分にそれでつい!」

少女は怒りで肩を震わせながら一歩一歩近づいてくる。

「あたしを、このあたしをワープ神殿のテクノ巫女でランクAに序されているクラークと知っての狼藉かしら?」

少女は少年の前に立ち、鬼のごとき形相で睥睨する。
そして、ゆっくりと、少女の右腕が、振り上げられる。

「いや、だから!? 俺だって訳が分からないんだよ!? お願いだから落ち着い――」

「死ねえええええええええええええええええええええ!」

こうして3分と経たずに、少年はまたしても意識を失った。

====

そして、少年は夢を見る。

「ふふふ、災難じゃったな。少年」

真っ暗に染まった背景の中、幼い少女が安楽椅子に座って編み物をしている。

神秘的な雰囲気の少女だ。

外貌は十代前半だが、その佇まいは幾百年の時を生き抜いた魔術師のようだ。
サイドテールにされた亜麻色の髪。聡明さを宿す碧い瞳。丸みを帯びた頬。口元に湛えられた余裕の笑み。小柄な体躯を包むのは黒くて古びたローブだ。

「君は……」

「おぬしが救世主か……。思ったよりもわらわ好みの容貌じゃのう」

少女は椅子に座ったまま少年の顔を見上げる。からかうような雰囲気ではあるが、言われて嫌な言葉じゃない。ただ、少年はアラサーのお姉さんが好みだった。

「救世主……俺が……」

救世主など不釣り合いにも程がある。
何せ少年はついさっきまで、もうすぐ始まる夏休みに胸躍らせるただの高校生だったのだから。

たしか、今日は友達と一緒にプールに行く約束をしていた。伊世区立プールに、同じクラスの石井と渡辺と一緒に。帰りには新宿のディスクユニオンによってレコードを買うつもりだった。それから翌日に控えるバイトの面接のために、コンビニで履歴書を――。

少年はそこでふと気づく。

「あれ……俺の名前は……?」

自分の名前が、思い出せない。

おかしい。両親の顔も、姉の顔も、飼ってる柴犬の名前だって思い出せる。
クラスメイトの名前だって概ね思い出せる。可愛いなってあの娘の名前だって当然。

それなのに、十七年間連れ添ってきた自分の名前だけが、どうしても思い出せない。

だが、不思議と悲壮感はなかった。気に入っていたキーホルダーをなくしてしまった程度の、ちょっとショックだなって気持ち以上の何かは感じなかった。

急展開の連続にまだ気持ちが追い付いていないのかもしれない。

「ほれ、茶でも飲むか?」

少女の声がして、少年は我に返る。
湯呑が少年に差し出されている。

「ふむ。おぬしの世界ではこれで茶を飲むのか」

自分で差し出した湯呑を、少女は興味津々の様子で観察している。

「異界の魂の夢に入り込むと、こういうことがあるから面白いのう」

少女は笑った。不思議な笑顔だ。見た目は幼いのに、物腰があまりにも落ち着いている。

そして、少年は気付く。少女の口には牙があることに。

やはり、ここは異世界なのかもしれない。

「遠慮するでないぞ。もっとも、ここはお前の夢じゃがな」

少年は湯呑を手にする。飲む。

自分がいた世界のお茶の味がした。牛丼屋で出てくるような、安っぽい茶の味だ。落ち着く味。少年は少し笑みをこぼした。

そんな少年を見て、少女も嬉しそうに口を開いた。

サバスじゃ」

「……え?」

サバス・サバラス。ここではそう名乗るがよいぞ」

「は、はあ……サバス……」

ゲームのキャラクターみたいな名前だと少年は他人事のように思う。
異世界に来たら救世主扱いで、夢の中でややロリっぽい少女に名付けられる。

落ち着いて考えると、何とも二次元な展開だ。

「おぬしは死んだのじゃ。そして、ちょうど冥界に溶け行くその刹那、ちょうど我らの召喚術に呼ばれたのじゃ」

「しょ、召喚て……」

少年は驚愕せざるを得なかった。当然だが異世界召喚モノはただのフィクションだ。それくらい理解できる程度の分別はあるつもりだった。だが、それが本当に自分の身に起こるとは。

「おぬしがどんな役割を課せられているかを話す時間はないのじゃ。神殿で巫女達と生活をしていれば自然と見えてこよう」

少女が再び編み物を始めようとした途端、少女の身体がゆっくり透明になり始めた。

「あれ、君の身体……」

「ふむ。言ってるそばからこれか。おぬし、他人に心を許さぬタイプなんじゃの。見た目どおりじゃ」

少女はそう言って笑う。

「さて。夢に勝手に入り込んだのだから、立ち去る前に名乗るのが礼儀じゃな」
礼儀について語った直後にも関わらず、少女は口元に手を当て小さなあくびをした。

エイフェックス。わらわの名はエイフェックス・ツインじゃ」

それから考え事をするように、人差し指に頬を当て、天を見上げた。
そして、何かを決めるようにうなずいた。

「一つだけわらわの秘術を見せてやろう。光栄に思うがよいぞ」

エイフェックスと名乗った幼き少女は、人差し指を立てて蠱惑的な微笑みを浮かべた。

有限の寂製<セレクテッド・アンビエント・ワークス>

少女の唇から紡がれた咒言は、余韻を残して暗闇の中へ静かに溶けた。

その刹那、視界を覆いつくすほどのマグマが無音の濁流となって天から降り注ぎ、少年の身体は瞬く間に蒸発した。

====

「……どうしよう、大丈夫かなあ?」

聞き覚えのある少女の声が、少年を覚醒にぐっと近づけた。

その不安げな声には聞き覚えがある。間違いない。目覚めた瞬間、でかい腕で自分をぶん殴った少女だ。

名前はたしかクラークといったか。

「おねえが心配する? おねえ、気絶させた超本人」

続いてクラークより幼い声がする。抑揚がなく、感情が控えめだ。

そのあたりで少年――いや、自分はサバスだったか――の意識が完全に覚醒した。

サバスは目を開ける。
そこはクラークの部屋ではなかった。

大広間のような場所だ。サバスが寝かされているソファのそばには暖炉がある。石造りの瀟洒な壁、立てかけられたタペストリー。
一見すると、まるで中世の城だ。

(なんだけど、まるで教室だな……)

しかし、レイアウトがまるで教室そのものなのだ。黒板があって、教壇があって、机がある。

そんなお城風の教室で、二人の少女が窓際の席に向かい合って座っていた。

クラークは唇を尖らせながら弁解する。

「だって、目の前に突然現れたらびっくりするでしょ、普通」

「でも、いきなり音霊顕現<アルバム>は使わない」

もう一人の少女は幼い。
クラークより四、五は年下だろう。肩まで伸ばした姉桃色の髪。感情を表に出さない瞳。小さな口元。クラークと同じようなブレザーを着ている。

小柄なため、椅子に座っていても足が床に届かず、左右交互にぶらぶらさせている。表情を変えずに自分の顔より大きなメロンパンを食べている姿は、小動物のようだ。

「うぐっ……そうよねえ。ねえ、ビビオ? 謝ったほうがいいと思う?…」

「それくらい自分で考える。おねえはもうランクA」

ビビオと呼ばれた少女はつんけんした態度をクラークにとっているが、まじめに答えている。クラークが嫌いなわけではなさそうだ。

「そう、そうなんだけどさあ……。はあ……分かってはいたんだけどついついやっちゃった……」

クラークは机に頭を伏せ、自己嫌悪に沈んでいる。

サバスを殴った時の危ない雰囲気は微塵も感じられない。活発な雰囲気の可愛らしい少女だ。ポニーテールだって、とてもキュートだ。

「それにしても、どうして今日に限って皆いないんだろう。プラッド先生ボーズ・オブ・カナダ先生がいれば、どれだけ心強かったか……。ラスティバトルズもなぜか遠征中だし、ダークスターはなんかラリってるし、まあ、それはいつものことか」

フライング・ロータスならいる。さっき、校庭で一人サイファーしてた」

「一人サイファーって何よ。それサイファーじゃないじゃん。相変わらず訳分かんないわ、あいつ……」

「暇つぶししてたってこと。頼めばおねえを助けてくれる」

「……やだ」

どうやら、クラークとビビオは姉妹とみて間違いないようだ。確かに見た目も似ている。

「……どうして、いや?」
「あいつ、なんか気に入らない」

駄々をこねるクラークに対し、ビビオはメロンパンを食べる手を止めた。
そして、呆れるようなじとっとした視線を投げつけた。

「おねえ、同級生なのに先にランクSになったフライング・ロータスを嫉妬してる」

「そ、そんなこと、そんなことないし! あいつが強くなろうがどうなろうが知ったことじゃないし!」

「おねえ、こないだフライング・ロータスの撃墜数こっそり見てた。オウテカが教えてくれた」

オウテカ先生が!? 何で!? 何でそんなとこみてたの!? 相変わらずのド変態だな、油断がならない!」

クラークは鳥肌を鎮めるように自分の体をなでながら、恐ろしそうに天井をあちこち睨みつけている。

そんな二人のやり取りを眺めていて、サバスは心底実感したことがある。

(どっちが姉なんだかさっぱり分からないなあ)

ビビオは幼いのに感情の機微に敏いのだろう。一方のクラークはおそらく非常に直情的だ。

クラークって娘、なんかアホっぽいぞ……)

そんなことを考えていると、クラークがふとサバスを見て、そして目があった。

クラークは、当然少年の目が開いていることに気付く。

サバスとしても何か言わなくてはいけない気分になるが何を言えばいいのか思いつかない。

息が詰まりそうな沈黙がしばらく続く。ビビオは関係なさそうにメロンパンを食べている。沈黙は続く。二人とも徐々に緊張感に耐え切れなくなってくる。それでも沈黙は続き、そして、

先に口を開いたのは――

「おねえたち、両想い?」

ビビオの無邪気でとんちんかんな問いかけだった。

第二章

「ということがあったんだ…」

サバスは、ことの顛末を手短に説明した。別の世界にいたこと。ロバート・ゴードンと名乗る男にトラックで引かれたこと。エイフェックス・ツインという少女に名前を授けられたこと。

クラークビビオは最初こそ怪訝な様子だったが、途中から表情が変わり、やがて驚きの沈黙へと変化した。さらにクラークは疑惑の眼差しへと至った。

張り詰めた静けさの中で、暖炉の薪が爆ぜる音が生れ落ちては消えていく。

「なるほど、ねえ」

少しの間をおいて、クラークは腕組みをした。眉を潜めながら、サバスをつま先から頭のてっぺんまで観察している。

(そんな目で見なくても……)

すらりとしたポニーテール少女に疑惑の目で見られれば、人一倍モテない17年を過ごしてきたサバスといえどさすがに傷つく。

悲しい気持ちになったせいか、教室の温度も気になる。元いた世界が夏だったこともあり、肌寒く感じた。

というか、何故石造りで、何故タペストリーがあって、何故暖炉があるのか。そんな世界の仕組みそのものが、サバスにはまだ分からない。

「あんたが、本当にあの救世主なの…?」

 クラークの顔には<にわかには信じ難い>と分かりやすく顔に書いてある。やはり、素直な性格なのだろう。

「いや、俺もよく分からないけど……」

「ふーん…。ねえ、ビビオ。どう思う?」

エイフェックス・ツインが言ったなら本当。この人は救世主」

ビビオは姉のほうを向くこともせずそれだけ答えた。
ビビオは、両手で持ったリンゴをゆっくり齧る。メロンパンはどこにいったのだろうか。

ビビオはじっとサバスを見つめている。紫水晶色をした瞳には、感情の揺らぎや陰りが一切ない。まるで森の泉水のようだ。覗き込んでいると吸い込まれそうなほどに深く澄んでいる。

床につかない足をぶらぶらさせていなければ、本当に妖精のように見えたかもしれない。

「こいつが嘘ついてる可能性だってあるじゃん。ロバート・ゴードンなんてあたしたちは知らないし」

「嘘をついてるだけの人がワープ神殿の、それも巫女霊廟の内側に入れない。しかも、この人はきっと男。普通だったら、今頃ICBYDシステムの雷を受けて丸焼け」

「そりゃあ、そうだけど。でも……だって……救世主は……」

クラークはうつむき、唇をかみしめる。救世主という存在に何か思うところがあるのだろう。

むろん、それは異世界に放り込まれたばかりのサバスには分からない。

だが、妹のビビオにはその痛切さが分かるようだ。立ち上がり、自分が座っていた椅子をクラークの隣に置き、その上に乗る。それから、クラークの頭を静かに撫でた。

「よしよし」

「こ、こらっ。ビビオ。あいつが…見てる……」

クラークがちらりとサバスを見る。見られたら恥ずかしいと思われる光景なのだろう。まあ、そうだろう。

ビビオは小さな手で宥めすかすように姉の頭を撫でる。

無感情な表情の内から、姉の力になりたいという真摯さがにじみ出ていた。

ビビオ……相変わらずいい子だね……」

クラークは目を細め、瞳を潤ませる。
仲の良いのは大変良いことだ。

だが、そばにいるサバスとしてはなかなか辛い。

(あれ……。俺、場違いにも程がある感じじゃね……?)

これが駅ビルのエレベーターだったらさっさと降りるだけなのだが、如何せんここは異世界だ。

そもそも教室っぽい部屋の外には何があるかまったく想像がつかない。さらに言えば、さっき耳にした男は丸焼けとかなんとか、そんな不穏な言葉もとても気になる。

とりあえずポケットの中にあった電源の入らないスマートフォンの画面を見つめていることにした。

だが、不幸中の幸いというやつか、そんな状況は長くは続かなかった。

姉妹仲良しイベントの回収は終わったようで、いつの間にか通常営業の様子に戻っていた。

クラークは多少視線を泳がせつつも、何事もなかったかのようにふるまっていた。

「皆が戻ってきてからちゃんと確認するけど、あんたはたぶん救世主。間違いないと思う」

クラークは制服ブレザーのポケットに両腕を突っ込みながらサバスを見つめた。

その表情にサバスへの不信感を見えない。ビビオからの評価がクラークからの評価に繋がったようだ。

一度殺されかけたサバスからすれば、大きな関係改善だ。素直に嬉しい。

しかし、それはそれとしてこの世界について情報収集をしなくてはならない。クラーク達は第一村人なのだから。

「えっと、クラークビビオに聞きたいことがあるんだ。そもそも救世主って何?」

「この世界が破滅の瀬戸際に追い詰められた時、異界から送り込まれる高貴なる魂よ。その時代で最も強い神殿の最も強い巫女が召喚をするの」

クラークの表情は得意げだ。おそらく彼女の所属するワープ神殿が築いた実績を自慢したいのだろう。そして、サバスを召喚したエイフェックス・ツインは一番強いらしい。というか、一番強いってどういうことだろう。

「へー、ワープ神殿は強いの?」

「そうよ。ニンジャチューンとかコンパクトみたいな強豪神殿を押しのけ、スコアは例年トップに君臨してる超名門。しかも、あたしはランクA」

今度はド直球の自慢がきた。クラークは大きく胸を張りながら、絵にかいたようなドヤ顔をする。顔立ちがモデルっぽくて凛々しいから、どんな表情も綺麗にはまる。平々凡々たる外見のサバスとしては恨めしいところだ。

「つまり、この世界は今危機に陥ってるってことかい?」

「まあ、そういうことになるわね…」

そこでクラークの表情が曇る。右の掌をこめかみのあたりに当てながら、椅子に深く腰掛けなおす。

「今、音基触媒<シーケンス>産出量が激減してるの。このままじゃ。人間は噪暗獣<ザンジュウ>達に滅ぼされるでしょうね」

「えっと……どういうこと……?」

「……音基触媒<シーケンス>産出量が激減してるんだから、いずれ巫女は神性を失うでしょ? そしたら、誰も噪暗獣<ザンジュウ>と戦えなくなるし、
噪暗獣<ザンジュウ> の増殖率も高くなるでしょ? 人類は滅ぼされてしまうでしょ?」

「えっと……神性……なに……?」

この世界にとって音基触媒<シーケンス>とか噪暗獣<ザンジュウ>は、おそらくサバスにとってのスマートフォンとか横断歩道のような存在していて当然の概念なのだろう。だが、それを持ち合わせていないサバスにはまるで理解が出来ない。

だから、まずはその認識を埋めなくてはならない。サバスがそう思った矢先、ビビオが口を挟む。

「要するに、この世界は噪暗獣<ザンジュウ>の数が増えてる。たぶん、お前の世界よりも」

「俺の世界に噪暗獣<ザンジュウ>はいないかなー……」

ビビオはリンゴを持ったまま固まってしまった。表情では分からないが、たぶん驚いている。

それから姉妹は顔を見合わせ、もう一度しげしげとサバスを見たのだった。

クラークは水族館で珍妙な深海魚を見るような顔で口を開いた。

噪暗獣<ザンジュウ>のいない世界かあ……。だから、サバスって救世主のくせに頼りなさそうな顔してるのかも……」

「うるせえ。それは俺が万年帰宅部だからだ。文句があるなら最初っから陽キャを召喚しろ」

 それなりに失礼な言い方だが、悲しいかなサバスは女子からぞんざいな扱いをされることにはなれていた。だから、軽く怒ってるふりをしつつ突込みっぽい返しをする。そして、場はちょっと盛り上がる。嗚呼、悲しき処世術。

のだが、そういうコミュニケーションはクラークには通じなかった。

「な、なによ。何でそんな怒ってんのよ」

と、真に受けて当惑してしまったのだ。
サバスは当惑されたことに当惑し、会話は何だか変な方向に向かう。

「別に怒ってねえし。あと、色々気を使わせて悪かったな」

「はあ? 気を遣うって何が?」

クラークのベッドにいきなり召喚されちまっただろ。そりゃあ、ビックリするよな」

「な……!? あ……ああ、そう……そうね……」

 相変わらずクラークは困惑しているが、雰囲気が少し変わった。今のクラークは言わなくてはいけないことを言えずにいる、という感じなのだ。照れている、とも読み取れる表情だ。

ビビオが呆れたようにわき腹を指で突っつくが、クラークはもじもじしたままだ。事態が進展することはなさそう。

そして、またしても予想していなかった方向へ事態が進む。
石が動く重苦しい音を立てて、教室のドアが開いた。

「ただいまー」

気だるげな、しかし芯の強さが感じられる少女の声が聞こえた。

声に釣られて、サバスは反射的に振り返る。そして、唖然とせざるを得なかった。あたかも顎が落ちたかのように。

なぜなら、そこにいたのは。

「ギャルじゃん……」

ギャルJKだった。

華奢な雰囲気のギャルだ。
毛先にパーマがかかった明るい色の長髪。長いまつ毛に縁どられた茶色い瞳。耳元にはシルバーのピアス。背丈は高くもなければ低くもなく、制服の胸元は大きく開いている。腰回りにはカーディガンがまかれ、スカートの丈も短い。

バッグには見覚えのある京都産イエロー電気鼠のイラストが描かれ、人形もたくさんついている。

ラスティ、ちょうどよかった! もう聞いてよ、どうして誰もいないタイミングでこんなことが――」

ラスティと呼ばれたギャルはクラークの愚痴を右から左に流す。そして、じっとサバスを見つめる。

それからサバスを指を差しながらビビオに尋ねた。

「何で男がここにいんの?」

「この人、救世主」

「……は?」

「この人、救世主」

「…………は?」

ラスティサバスを凝視する。次にビビオを見て、クラークを見て、教室を見渡して、もう一度サバスを見た。

そして、口元に手を当て一瞬だけこらえるしぐさをしたあと、大爆笑した。

「あははははは、はははははははは! まじうける! こんなふっつーの顔の奴が、救世主様。うち達の? 救世主様!? あは、あはははははははは!」

ラスティはソファに座って腹を抱えて笑い転げている。

サバスは頬を引きつらせている。さすがに失礼なんじゃないだろうか。

そんな様子を困ったように見ていたクラークだが、笑いの発作が落ちついたところでラスティに助力を求めた。

「それでさ、ラスティサバスに世界の仕組みを説明しようとしてたんだけど、なんかうまく伝わらないんだ。手伝ってくれない?」

「やだ」

「え。何で?」

「だるくね?」

ラスティの興味は他のことに移っているらしく、自分のバッグを漁っている。

救世主への関心が随分と薄い。世界の危機とは一体。

「そんなことよりさあ。このゲームやろうよ。このゲーム」

ラスティが満面の笑みで取り出したのは、ボードゲームのセットだった。ただ、描かれているキャラクターが、もと居た世界でいうところのオタクっぽいものだった。信じられない合致だ。まさしく奇跡と言わざるを得ない。

バッグを見た時から薄々感づいていたが、陽キャ面してオタクだったようだ。

ちなみに、クラークは完全にドン引きしているものだし、ビビオは明後日の方向を向いてリンゴを食べている。

「…あの、何それ?」

「新しく発売した新撰組二十番槍! マジねえ、歳三様鬼イケメンだから! 心まで鬼イケメンだから!」

クラークは困ったように自分の髪をいじり、ビビオは『あたしに話しかけるなオーラ』を全開にして、決して顔を合わせようとしない。

ラスティは不服そうに唇を尖らせる。

「ありえねえし。こんなにかっこいいし、可愛いのに。マジ上がるのに」

どうやら、この世界でもオタクは虐げられる文化らしい。

サバスも一応オタクの端くれだった身だ。彼女のバッグについている京都生まれの黄色い電気鼠の人形を見ると、悲しい気持ちにならないでもない。

というか、何故サバスの世界のコンテンツが異世界にあるのだろうか。

などと考えながらじっと見つめていたら、ラスティがいつの間にかサバスと目があっていた。

「君、興味ある?」

ラスティは目を爛々に輝かせながら身を乗り出してくる。

サバスの頭の中には打算が働く。興味がないわけではない。なんせ、異世界のオタクカルチャーだ。しかも新撰組て。というか二十番槍て。それに不自然なまでの自分の世界との一致は、この世界との関係が分かるきっかけになるかもしれない。

「まあ、多少は」

「マ!?」

半端ない食いつきだった。いつの間にか、目と鼻の先にラスティの顔がある。

「マ、マです……」

「よし。じゃあ、後で一緒にやろう! まじ沸くわ! うんうん! フラロんナイナイバトりん以外に分かってくれる人がいるなんて!」

「う、うわ!?」

ラスティはそのままサバスを抱きしめて、ソファへと引きずり込んだ。

ほとんど押し倒されるようにサバスはソファに寝転がる。少年たるものこの距離感に滾らないはずがない。顔がにやけないはずもない。

のだが、氷のような冷たい視線のクラークと目が合ってしまった。何やら機嫌を損ねたようだ。

そのことに気付いているのかいないのか、ラスティは普通に会話を続ける。

クラりん、この人に説明するの手伝ってあげてもいいよー」

ラスティ。さっきまでと言ってることが百八十度違うんじゃん」

「っていうかね、さっきBPMで確認したんだけどポリゴンウインドウの森で噪暗獣<ザンジュウ>がもうすぐ発生しそう。一緒に退治しにいこうよ。めっちゃ近いし、ちょうどいいよ。実際に見てもらうのが分かりやすいっしょ?」

「……まあ、確かにそうね……。それじゃあ、準備してくるわ。下駄箱で待ってて」

そう言った後、クラークはもう一度サバスを睨み、立ち上がる。そして、そのまま去っていった。

「ちょっと待ってて。下駄箱まで一緒に行ったげる」

そう言い残し、ラスティもまた去っていった。

部屋の中に沈黙が訪れる

薪が爆ぜる音だけがはじけては消えていく。異世界に飛ばされて以来、ようやく落ち着ける時間が訪れた。

部屋の中にはまだ人がいる。ビビオが相変わらずリンゴをかじっている。

その仕草は小動物やマスコットのように可愛らしく、サバスはほっこりしながら声をかけた。

ビビオ、君は行かないのかい?」

「私はおねえやラスティのような攻撃型じゃなくて防御型だから」

どうやら、噪暗獣<ザンジュウ>はRPGでいうところのモンスターなのだろう。そして、ビビオは戦士型ではない。おそらく結界を張って噪暗獣<ザンジュウ>とやらの侵入を妨げるタイプだ。

ビビオは抑揚のない口調でさらに説明する。

「それにお前が現れたことで、神殿の結界にひずみが出てるかもしれない。これから神殿中を調べてまわる」

(ああ……これはやっちまったな……)

そう告げるビビオの顔を見て、サバスは己を恥じた。ビビオが強い使命感を帯びていたからだ。

今、神殿には巫女があまりいないとも言っていた。きっとビビオの肩にかかっている責任は大きいはずだ。

確かにビビオは幼く可愛らしいが、立派なプロなのだろう。マスコットのような扱いをすべきではなかった。それは誠意を込めて職務を全うするプロへの単なる侮辱だ。

だから、サバスはただの高校生だった自分のできる精いっぱいの敬意を込めて、まっすぐに正面から見つめた。

ビビオ、気を付けてね」

そこにはいつも通りの無表情なビビオがいた。驚いたり、笑顔を見せてくれたりするわけではない。

だが、ビビオは小さく頷いた。

「おにいも気を付けて」

その一言は一杯の紅茶のような優しさで、サバスの心を満たした。

====

「えー……まじっすか……」

神殿を一歩出たサバスは、まず仰天した。

ワープ神殿はヨーロピアンな内装からは想像もできぬほど、古代エジプトな外観だったのだ。

というか、色こそ大理石のなめらかな乳白色だが形状は明らかにピラミッドだ。
さらには周辺の街道や付属の神殿、やたらと立ち並ぶ立像やオベリスクも古代エジプト風味だ。

しかし、行きかう人々の服装は中世ヨーロッパ風。そりゃあ、肌寒いのだから砂漠の国の格好はできないだろうが。さらに言えば、土産物屋で売り子をしている巫女達の服装は現代日本の制服に告示をしている。

(混沌極めすぎだろ…)

呆然と眺めていたら、誰かから袖を引っ張られた。

「ほらっ、行くっしょ、サバサバ

ラスティがまばゆい笑顔を見せながら、先に歩くクラークの背中を示す。

待つ気がないのか、それとも立ち止まっているサバスに気付いていないのか。直情的なようで難しいところもある少女だ。

ラスティに引っ張られるように、サバスは賑やかな石畳の道を歩き出した。

さすが、異世界。目に付く全てが謎だ。ピラミッドの前にそびえる巨大な立像に静かに祈りをささげる者もいれば、屋台では大声で客を引く者もいる。だが、最も人だかりができているのは、白い円とブーメランが刻まれた黒曜石のオベリスクが立っている神殿だ。そこでも巫女が何かを売っている。

サバスは目を凝らす。売られているのは、両手で持てるくらいの円盤だ。光沢があって黒く美しく、不思議な文様が細かく刻まれている。

「そっか。サバサバは違う世界から来たもんね。ワープ神殿を外から見るのも初めてか」

「ああ、そりゃあ、まあね……」

「へへっ、うちが説明したげる。ここはワープ神殿の神下街。ワープ神殿の巫女達が創った霊魂銅<レコード>を買いに来る人達がいっぱいいるの。うちらの霊魂銅<レコード>は、すっごく品質良いからね」

クラークと同じように、ラスティも鼻高々だ。ワープ神殿の巫女になることは、かなり名誉なことなのかもしれない。

霊魂銅<レコード>って何なんだい?」

「へっ。サバサバの世界には霊魂銅<レコード>ないの!?」

「んー……。たぶん、ラスティ達と同じものはないかな」

「なんていうかなあ……私達の心の中にはいろんなことを楽しんだり、安らかな気持ちになるための魔力<セロ>があるんだ。でも、それは毎日少しずつなくなっちゃうの。寝てるだけでもお腹が減るっしょ? そういう感じ」

突然、前を歩くクラークが会話に入ってきた。

「だから、魔力<セロ>を補充するためには霊魂銅<レコード>から補充するしかないのよ。そして、霊魂銅<レコード>」は私達巫女しか作れないの」

「ふふ、相変わらずクラりんは意外とちゃんと聞いてるねえ」

ラスティは耳を近づけ、ひそひそと笑う。南国の太陽を思わせる、本当にキラキラと楽しそうな笑顔だ。そこには悪意なんてない。きっと、彼女のそばにいて不幸になる人間なんていないだろう。そう思わせてしまうほどに。

見知らぬ世界に放り込まれた身としては、非常に安心する存在だ。

(ああ、ギャルは仏だ……)

サバスはよく分からないトリップをしかけながらラスティを見上げる。ああ、後光がさしている。そう。ギャルは仏。ギャルは大仏。ギャルこそ千手観音。

だが、クラークはそんなサバスを妙に冷たい目で見ている。

気遣いの塊ラスティは、不機嫌な猫みたいにぴりぴりしてるクラークに気付き、あえて彼女に話を振る。

「ねえ、クラりん。魔力<セロ>がなくなるとどうなるんだっけ?」

「人それぞれだけどね、概ね気持ちが沈んで何もやる気が起きなくなる感じだよ」

クラークはそう言うと再び前を向いてしまう。随分とつれない反応だ。

ラスティはしげしげとサバスを見た後、一瞬困ったような、悲しいような表情でクラークを見た。だが、すぐに元の笑顔に戻る。

「そして、霊魂銅<レコード>を創るためには音基触媒<シーケンス>っていう液体が必要なんだけどね、その産出量が世界的に減ってんの。音基触媒<シーケンス>がないとウチら巫女は神性を維持できなくなるわけ。そうすると大気中の神性が減って、噪暗獣<ザンジュウ> が凄い勢いで増殖するようになるし、巫女も噪暗獣<ザンジュウ> と戦う力を失ってしまう。」

少し分かってきた。巫女の役割は三つある。まずは人々の心に安定をもたらす霊魂銅<レコード>を創ること。それから、 噪暗獣<ザンジュウ> と戦うこと。そして、ただ存在していることによって噪暗獣<ザンジュウ> の活動を抑えること。そのすべてに音基触媒<シーケンス>を必要とする。

そして、 音基触媒<シーケンス> がなくなることにより世界は大きな混乱を迎えつつある。
それがこの世界の状況だ。

(っていうか、俺、救世主なんだよな……。どんな役割を期待されてんだ……俺、モンスターと戦うの……?)

不安は尽きない。大変心細い気持ちになるサバスだった。

ピラミッドのようなワープ神殿から遠ざかるにつれ、いつしか人けは少なくなっていった。廃墟のような小神殿が立ち並ぶようになる。そして、打ち捨てられた神殿が徐々に木々に侵食され、いつの間にか森の中になっていた。

森は少し薄暗く、鳥や獣の声も聞こえた。人の支配が及ばぬ領域のような不気味さを、空気が含み始める。

だが、二人の巫女には変化はない。ラスティは相変わらず太陽のように笑っているし、クラークは時折サバスを振り返っては冷たい眼差しを向ける。

だから、本当に突然起きた二人の変化を理解するのに、少し時間がかかってしまった。

朽ちた倒木が多く転がる開けた場所に差し掛かった時、突如、二人の動きが止まった。

その表情から余計な感情が削ぎ落され、張り詰めた集中力がみなぎっている。そして、そのうち漏れ出す隠しきれぬ攻撃性も。まるで獲物を見据えるチーターのような。

数秒の後、サバスは理解する。おそらく、自分たちは噪暗獣<ザンジュウ>と遭遇しようとしている。

「あたしは大竜タイプをやる。サバスのお守りと雑魚退治よろしく」

「りょ」

二人の会話が終わる。それが始まりの合図だった。クラークは音もなく駆け出していく。

同時に森が震えるような巨大な咆哮が響く。青白いオーラが噴火のように吹き上がり、すぐに消え、そこに竜が現れた。雑居ビルくらいの大きさがあるほどに、巨大な。

サバサバはうちの後ろにいて」

ラスティが指示する。いつの間にか、周囲を数多くの獣に囲まれていた。

ライオンほどの体格のある狼だ。しかも背中に翼が生えている。十頭以上いる。
サバスは震える足を動かし、どうにか後ろに入る。
ラスティは、腰に当てていた両腕を地面に向かって静かに降ろす。

硝子の双剣<グラス・ソード>

ラスティの両手から光が淡く放たれ、次の瞬間には一対のガラスの剣となった。

「秒で片して、クラりん助ける」

二刀流のギャルに力みはない。構えをとることなく剣の切っ先を地に向け、噪暗獣<ザンジュウ>達の動きに気を配っている。

楽しく話をしていた時の華やかな雰囲気はない。

噪暗獣<ザンジュウ>達は威嚇するように吠えたける。二人を取り囲む輪を小さくしながら。

(こ、怖え……)

サバスは怯えていた。恐怖のあまり歯の根が震える。身体が動かない。叫びたくても声が出ない。

サバサバ。一歩も動いちゃだめだよ。そうしないとサバサバも一緒に切っちゃうから」

獣達が一斉に襲い掛かってきた。サバスにはコンマ数秒後に自分の身体が食いちぎられる未来しか見えなかった。だが、ラスティは強く勇敢だった。

その流麗な動きは力任せの獣とは対照的で、まさしく剣舞と呼ぶにふさわしい。軽やかに、優雅に、二対の剣が複雑な弧を描く。切っ先は幾度もサバスの目と鼻の先を通り過ぎるが、決して彼を傷つけることはない。そして、確実に獣達の肉を裂き、命を削り取る。

噪暗獣<ザンジュウ>の咆哮はあっという間に断末魔の悲鳴に変わっていき、十数秒後には全てが血を吹き出しながら絶命していた。

「ま、こんなもんっしょ」

血だまりの真ん中でラスティは振り返る。剣を持ったままピースサインをする華奢な少女の顔には、いつものまばゆい笑顔があった。

だが、その身体は返り血で真っ赤に染まっている。サバスは世界の過酷さを垣間見た気がした。

ひょっとしたら、血まみれになることくらいラスティにとっては当たり前のことなのかもしれない。
今はまだ、何もわからない。ただ、自分にもかかっている血のぬくもりを感じながら、サバスは胸の痛みを感じていた。

一方、ラスティクラークに加勢をすべく前を向く。しかし、駆け出そうとしたのは一瞬だった。

「さて。クラりんを助け……る必要なさそうだね。やっぱ、ランクAはパないわ」

ラスティクラークに哀しそうな視線を寄せた。サバスも釣られて同じ方向を見た。そして、絶句した。

「ねえ、サバサバクラりんのこと、嫌いにならないであげてね」

竜と血で血を洗う殴り合い噛み合いをしていたのは、巨大な虫達だった。カマキリ。ムカデ、カミキリムシ。蜘蛛。

そして、その全てがクラークの全身から飛び出していた。腹部から飛び出しているハリガネムシもいれば、耳から飛び出しているムカデもいる。口から飛び出しているカマキリだっている。

雌雄は決しているのだろう。竜の身体はほとんど食われかかっていた。

「よりにもよって顕現蟲身<ボディ・リドル>を起動させるなんて……。何で自分から嫌われようとするんだろ。不器用すぎるっしょ……」

ラスティは哀しそうに呆然とするサバスを見る。そして、説明する。

「巫女は、音基触媒<シーケンス>音霊顕現<アルバム>という魔術に変えて、噪暗獣<ザンジュウ>を倒すの。音霊顕現<アルバム>は巫女によって種類も人それぞれで、本人の心理的要因が反映される魔術が発現することが多いんだ」

「じゃあ、クラークのあの音霊顕現<アルバム>は……」

ラスティはさみしそうに微笑んだ。そこにあるのは彼女の深刻なトラウマか。あるいは先天的な凶暴性か。だが、ラスティはそれ以上何も言わなかった。

クラークは鬼良いやつ。それで十分っしょ!」

ラスティは渇を入れるようにサバスの背中をたたいた。

ラスティは天使のように笑っていた。血まみれでも、相変わらず後光が差しているように見えた。

だから、サバスも自然に笑うことが出来た。

「ああ、俺もそう思う」

そして、断末魔の悲鳴を上げる。大竜は大木をなぎ倒しながらゆっくりと地に倒れた。

クラークの身体から湧き出ていた虫達もまた消え失せる。そして、ため息をつく。振り返る。その全身は血と虫の欠片や体液にまみれていた。

クラークは嫌そうに身体を払いながら、突っ立っているサバス達に苦言を呈した。

ラスティ、何でぼけっと突っ立って見てんの? 終わったら手伝ってよ」

「うち虫嫌いだから」

「うっわー……。相変わらず真面目に働く気ゼロね」

クラークラスティは慣れた調子でそんなやり取りをする。二人には連帯感があるのだろう。戦友みたいなものだろうか。

クラークサバスの目が合う。クラークは傷ついているような、だけど挑発するような表情になる。

「なによっ」

攻撃的な態度だ。一見、敢えてマイナスの感情を向けられようとしているように思える。だけど、本当はそうじゃない。そうじゃない何かを欲しがっている。

平凡な十七歳のサバスには、それが何なのか分からない。また、分かったところで自分がそれを持っているのか、それを差し出すにふさわしい人間なのかも分からない。

サバスは悩む。そして、決める。自分に唯一伝えられる言葉を告げることに。

クラーク。ありがとう」

余計なことを考えず、彼女の行為に感謝をする。無力な十七歳にできるのはそれくらいだ。

クラークは少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。

「……まあ、別に感謝されるようなことは何もしてないけど」

クラークは頬を指で掻きながら視線をそらした。普通なら茶化しそうなラスティも何も言わない。

クラークはふと何かを思い出すと、意を決するように深く呼吸した後、勢いよく言葉を発した。

「ああ。それと!」

ブレザーのポケットに両手を突っ込みながら、再びサバスに背を向ける。

「悪かったわね。召喚されたところをいきなり殴っちゃったりして」

「俺もいきなり寝室に現れたのは悪いと思ってるよ」

「本当なんだから! 次はちゃんとドアの前に現れなさいよ!」

「いやいや、次なんてないよ、きっと」

「……それもそうかも」

そして、二人は笑いあう。

この世界に来て初めて出会った少女と、サバスはこれから仲良くなれる気がした。

新しい世界での、新しい日常が、順調に動き出したようなそんな気がした。
何もかもが上手くいきそうな、晴れやかな気分で。

まさにその時だった。耳を覆うような轟音が轟いたのは。

それは雷が落ちた衝撃に似ていた。だが、ただの落雷と違うのは、その後に巨大な咆哮が轟いたことだ。

そして、その地鳴りのような咆哮をサバスは良く知っていた。何故なら、今しがたクラークが倒した巨大な竜によく似ていたからだ。

だが、今回はその咆哮が無数に重なり合い、うねり、波動のように飛んでくる。

しかも、ワープ神殿の方角から。

サバスは驚愕のあまりつぶやく。

ワープ神殿が燃えてる……!?」

遠くに見えるワープ神殿の周りを、まるで蚊の大群のように大竜が飛び回り、襲い掛かっている。しかも、どういう原理か分からないが、庭園や木造の建築物だけでなくピラミッドからも炎が出ているのだ。

ビビオ!

クラークは悲痛な感情を吐き出しながら妹の名を叫び、そのまま駆け出した。その背中はあっという間に見えなくなった。

サバサバ、全速力で走るからついてきて!」

ラスティはそれだけ言うと走り出す。まるで鹿のように速さだ。ついていけない気もするが、サバスには冷静に状況を分析できるだけの経験がなかった。

(どんだけ身体能力高いんだよ、この世界の巫女さんは……!)

サバスは離れていくラスティの背中に必死に追いすがる。肺が破れそうに苦しいが、足は止まらなかった。

(私は攻撃型じゃなくて防御型だから)

その言葉が脳裏をよぎる。そして、今のワープ神殿には巫女がほとんどいないことも。

 焦るサバスの目の前で、神殿は少しずつ炎に覆われていく。

 (おにいも気を付けて)

 幼き少女が見せた優しさが、サバスの脳裏にこびりついて離れなかった。




Part2はこちら。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です