Tootardという国籍なきロックバンドについて。音楽を愛する『山の民』による変幻自在のレベル・ミュージック

こんにちは。

Tootardはシリアとイスラエルが領有権を主張するゴラン高原出身のロックバンドです。

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Tootardはジャマイカン・ミュージックを土台としながらサイケデリックロック、アラブの伝統音楽、中東の80’sダンスミュージックなどを織り交ぜ、荒涼としたオーガニックさを湛えたサウンドで奏でています。

ゴラン高原は長年イスラエルに占領されており、シリア系であるTootardのメンバーは国籍もパスポートも持っていません。

歌詞の内容としては故郷の「自然、性質(nature)」を描いていると述べており、上述のような政治的な問題だけでなく、彼等にとっての生まれ育った「故郷」としてのゴラン高原も反映されているそうです。

Tootardは自身の音楽を『マウンテン・ロック』と称しています。

2020年5月現在、彼等は3枚のフルアルバムをリリースしています。
本記事では、その全作を語ります。

Tootardの故郷 ゴラン高原について

ゴラン高原とは?

最初にTootardの故郷であるゴラン高原に少しだけ触れたいと思います。

ゴラン高原は最低地点は海抜- 219mである一方、最高地点は海抜2814mにもなる高低差の激しい地域です。

また、周辺地域に比べると降雨量も豊富ですが、比較的新しい火山活動でできた土地であるため、放牧や果樹に適した地域となっています。

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1946年のシリア独立に伴い、ゴラン高原はシリア領となりました。
しかし、1967年に第三次中東戦争の際にイスラエルに占領されてしまいます。

その後、国連安保理の決議によるシリアへの返還要求がなされていますが、今だ返還されていません。

日本を含む多くの国はシリアへの併合を認めていません。
しかし、2019年にトランプ大統領が同地域へのイスラエルの支配権を認め、大きな話題になったことを覚えていらっしゃる方もいるかと思います。

なお、シリア系住民の多くはドゥルーズ派というムスリムの少数派に属しています。
シリアの多数派であるスンニ派とも異なる宗派に属しています。
現在のシリア系住民たちは、地理的にもアイデンティティ的にも難しい立場にあるのかもしれません。

『山の民』Tootardのアイデンティティ

Tootardは自身の音楽を『マウンテン・ロック』と定義づけています。
Laissez PasserのMVでは(現在、唯一のMV)山間部の映像が非常に多くなっています。
また、彼等は標高2000mを超える山のふもとにあるMajdal Shamsとう町で育ちました。

どうやら、Tootardにとって『山』は重要な意味を持つようです。

サウンド面にもそんな『山』の側面が強くあります。

Tootardはジャマイカン・ミュージックやサハラ砂漠的な旋律からの影響を強く感じさせるサウンドを奏でます。
レベル・ミュージック的な熱量もあります。
しかし、どんな地域からの影響を取り入れようとも、Tootardのサウンドからは荒涼としたオーガニックさが常に立ち込めています。

ゴラン高原に自然も日常も政治も、その全てがTootardの音楽の源になっているのかもしれません。

Tootardの全アルバムについて

これからTootardの全アルバムを見ていきますが、文字だけでは分かりにくいと思って相関図を作ってみました。

では、続いてアルバムごとに見ていきましょう。

(1st) Nuri Andaburi

前史:リリースされるまで

ギタリスト/ボーカリストのHasanとドラマーのRamiの兄弟がバンドを組んだことがTootardの始まりです。

彼等の両親はアラブ古典的音楽のミュージシャンでしたが、息子たちは両親とは違う音楽の道を選びたいと感じていたそうです。

そして、インターネットを通して出会ったボブ・マーリィなどのレゲエ・ミュージックに大きな影響を受けることになります。
そして、何年もの間、彼等のカバーをすることでそのグルーヴを体に染み込ませていったそうです。


彼等は主にカバー曲を中心として地元のバーやライブハウスで演奏を繰り返していましたが、徐々にオリジナル曲も披露するようになります。
すると人々からの反応が良いことに気付きます。

Tootardはイスラエル/パレスチナへと拠点を移して(聴衆は主にアラブ系の住民。つまりパレステナ中心での活動)、演奏を続けていきます。

数年間の活動を経て、Tootardは2011年に1stアルバムNuri Andaburiをリリースします。

アルバムの魅力

ジャマイカン・ミュージック全般への傾倒が最も強く現れている作品です。

ただし、決して単なるコピーではありません。
強いエネルギーに満ちている作品です。
しかしながら、それと同時に徹頭徹尾、クールなビート感と荒涼とした肌寒さが澄み渡るように広がっています。

派手さはありません、どちらかというと質実剛健というべきでしょう。
楽しそうにゆったりとした旋律を奏でるボーカル、
タメを利かせたカッティングギター、
力強い印象を残す管楽器とエレキトリックギターのユニゾンによる旋律、
おおらかなグルーヴを生み出すドラムス、
絡みつくようなベース、
時折顔を見せるダブ的で妖しい空間処理。

ジャマイカン・ミュージックとは全く違った土壌で育ったことにより、異なった進化を遂げています。
高原的で穏やかさな冷たさもそうですし、時折顔を見せるアラブ的な雰囲気にも澄んだ情熱を感じさせます。

まさしく『マウンテン・ロック』!といった感じです。
中東という複雑な地理的要因が入り組む地域の、さらにその狭間で埋もれるように力強く咲く、一輪の野花のようなアルバムです。

(2nd) Laissez Passer

前史:リリースされるまで

Tootardは前作のリリース後も数多くのライブを精力的にこなしていました。
しかし、段々と同じ日々の繰り返しであるように感じてしまいます。

そして、そんな感覚を打ち払うべくメンバーはそれぞれヨーロッパ各地を旅することにします。

そして、さらに活動を休止させて二年の間、様々な経験をしたうえでアルバム制作に入ります。

そして、ラマッラで開催されたパレスチナミュージックエキスポでの演奏を通してドイツの Glitterbeat との契約を勝ち取り、2ndアルバムLaissez Passerを2017年にリリースします。

アルバムの魅力

バンドのブレイクスルーになったと評されているだけのことはあり、極めて高いオリジナリティとクオリティを兼ね備えています。

取り入れている音楽が実に多種多彩、変幻自在に姿を変えて聞く者を魅了する『マウンテンロック』を高らかに響かせます。

ジャマイカン・ミュージックをベースにしつつも……、
サハラ砂漠に暮らすトゥアレグ族が生み出した『砂漠のブルース』、
アラブの古典音楽、
欧米のサイケデリックロックバンド・ジャムバンド、
インドの伝統音楽的な旋律、
といったサウンドとビートが混然一体となって混ざり合い、山の冷たい空気の奥底にエネルギッシュなパワーをたぎらせた、クールで高熱量の『マウンテン・ロック』を奏でています。

そして、楽しそうな躍動感が常に満ちていて、途切れることなく軽やかに進んでいきます。

前作も本作も変わらず楽しさに満ちていますが、こちらのほうが「本気でやるから感じる楽しさ」に近い、より強い情熱とストイックさを感じます。

本作には音楽が持つ楽しさがいかなる時も花開いています。

もちろん決して、スターダム的な派手ではありません。
ライトアップを背にして歓声や嬌声を引き連れる音楽ではありません。
しかし、地に足のついて、生活に根差して、最高に土っぽくて最高に美しい音楽といえるのではないでしょうか。

(3rd)Migrant Birds

前史:リリースされるまで

世界各地の多様な音楽を吸収して前作 Laissez Passer はリリースされました。

その反動という面もあったのでしょう、Tootardは子供のころから愛用していたシンセサイザーにインスパイアされてニューアルバムの制作を開始します。
その過程でHasanは過去へのノスタルジーを募らせていったそうです。


ただ、2018年の段階では2019年に完成するといっていたものが2020年5月までずれ込んでいます。
苦戦する面もあったのかもしれません。

そして、80年代の中東を席巻したエジプト由来のダンスミュージックであるシャアビーの影響を受けたサウンドを中心にしたアルバムが完成します。

(シャアビーは長い歴史があり時代と共にサウンドも変化します。ここでは80年代のシンセとリズムマシンによって中東的な旋律と四分音を多用したサウンドを指します)

アルバムの魅力

オリエンタルで80’s風ダンサブル、それでいながら妖しくも『山』のようにクールな雰囲気を漂わせています。

余分なものが削ぎ落された、シンプルさが明確な特徴といえるでしょう。

ジャマイカ的なカッティングギターやオーガニックなビート感もかすかに残っているため、レベル・ミュージック的な空気感の残滓は存在しています。
ただ、80’s的なシンセによる強烈なアラビア古典音楽の鮮烈があまりにも印象的です。


「これぞ中東!」というイメージをそのまま具現化したメロディがうねり、飛び跳ね、ダンスしています。
チープな打ち込み系ビートのシンプルで妖しいリズムにも、何とも言えない蠱惑さがあります。


もちろんハーレムのごとき華美さや豪華さは皆無で、ストイックで聡明な響きを豊富に含んでいます。

そして、いかなる時もメランコリックな風がふわりと吹いているのも本作の特徴でしょう。
ダンスホールで熱狂的に踊るというよりも、その様子を尻目にふと夜風に当たっているような感傷とでもいえばいいのでしょうか。

今までで最もダンスミュージック的ですが、一番凛としたサウンドでもあるように感じます。
ニュー・ウェーブ的/ポストパンク的とも言えるかもしれません。

熱と冷が矛盾なく存在する、アラビアの夢幻郷。
本作は、そんな比喩で表現することもできるかもしれません。

主要参考サイト

Interview: TootArd – Playing on the Borders (January 2018)
TootArd, a band that is literally without a country
The band TootArd is back again on Glitterbeat Records for new album Migrant Birds 
https://news.yahoo.co.jp/byline/takaokayutaka/20190326-00119723/ https://en.wikipedia.org/wiki/Shaabi

結びに代えて Tootardと音楽

ゴラン高原の極めて特殊な政治的環境にもかかわらず、Tootardは『政治的』なバンドになりたいと感じていたことはないそうです。
(自分たちの故郷の「自然」について歌えば必然的に政治の話は入ってくるとも話していますが)

演奏している自分たちと聞いている側が楽しさを感じられるようにしたいと思ってライブをしていたそうです。
「楽しみたい」「楽しませたい」という人間の根源的な欲求にとても素直だなと感じます。

ただ、彼等はとても聡明でもあるようです。
自分たちが政治的な存在になりうる過程についても理解を示しています。
彼等はゴラン高原という政治的に特殊で、なおかつあまり有名ではない地域の出身です。すると人々の関心が自分の出自に集まり、自分たちの言動が政治性を帯びることがあるとは述べています。本人たちとしては音楽のためにやってきいているのに、何気ない発言が大きく受け止められてしまうわけです。

知らない相手を、一部分しか知らないのに「理解」した気になってしまう。というやつでしょう。
この部分、人間が今後解決していかなきゃならない部分なのかもしれません。
望むにしろ望まざるにしろ、人はマリノリティにレッテルを張る。
(マイノリティとはどの角度から見たマイノリティなのか、という問題もありますが)

Tootardは自分の状況を冷静に見つめているようです(というか上手に利用しているのかもしれません)。


誰かをあるがままに受け入れるには、差別をしないためには、自分の中にある無知を減らしていく必要があると思いました。

ゴラン平原はシリアとイスラエルが領有権を主張する地域です。
多くのシリア系住民は国籍を持っていません。
ゴラン高原のライブハウスで演奏しているバンドたちの姿を、果たして私達は想像できるでしょうか?

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