奔放な姉妹神の争い『イナンナの冥界下り』 その魅力とあらすじについて



こんにちは。

紀元前文学 その8です。

ギリシャ、北アメリカ、日本など世界各地の神話に、生者が冥界に赴くエピソードが見られます。

古代メソポタミアで成立した『イナンナの冥界下り』は現存する冥界訪問譚の最古の例であり、個性的な姉妹女神の喧嘩話でもあります。

成立年代は紀元前三千年期の前半、紀元前2350年より後とされています。

『イナンナの冥界下り』のあらすじ

イナンナの旅立ち

イナンナは愛、美、豊穣などを司る非常に奔放な女神です。
そんな彼女がどういった理由かは定かではありませんが、冥界に下ることを決意します。


彼女のために建てられた七つの神殿を手放した代償として力を得て、七つの美しい衣装・装身具に身を包みます。
そして、使者ニンシュブルに自分が帰ってこなかった時の言伝を頼み、一人で冥界に向かっていきます。

イナンナの死

冥界の大門番ネティに訪問理由を問われたイナンナは、彼女の姉であり冥界の主でもあるエレシュキガルに会いたいからと答えます。
しかし、何だか判然としない説明にネティも不安を覚えたのでしょう。
ネティはエレシュキガルに相談します。

エレシュキガルは怒りをあらわにしながら「冥界の七つの大門を、その錠を開けなさい。――彼女が中に入ってきたら、彼女のあらゆる高貴な衣装を取り去るのです」と指示します。

そして、ネティはイナンナが門を通るたびに「冥界の掟が実行されたのです」と言いながら、少しずつ衣装を奪われます。
最終的には素っ裸にされてしまいます。

イナンナはあられもない姿でエレシュキガルの前に突き出され、呪いの言葉で殺されてしまいます。
そして、その死体は釘で吊るされてしまいます。

イナンナの救出

三日三晩イナンナが帰ってこなかったため、彼女の使者ニンシュブルは言伝どおりに助けを求め歩きます。

神々は彼女の自業自得であると相手にしませんが、水の神エンキだけが救いの手を差し伸べます。

エンキは爪の垢からガラトゥルとクルガルラという死者を創り、冥界に送り込みます。
彼等は妊娠をして苦しむエレシュキガルに同情して歓心を買い、褒美としてイナンナを生き返らせます。

イナンナの身代わり

イナンナは地上へと帰ろうとしますが、身代わりを冥界に置いていかなければいけないことを知ります。

使者ニンシュブル、エンキなど様々な候補者の名前が挙がりますが、イナンナはいずれも恩義のある者であるという理由で拒否します。

しかし、夫の牧羊神ドゥムジにだけは怒りの眼差しを向け、冥界へと落とします。

そして、最終的にはドゥムジと彼の姉ゲシュティアンナが一年のうちの半分を冥界で過ごすことになりました。

そして、エレシュキガルへの称賛の言葉と共に物語は終わります。

(上記2点に収録されています)

『イナンナの冥界下り』の魅力 あらすじから見えぬ部分も含めて

リズム感の良さ

粘土板に記されるよりもずっと以前から、口承で長らく語られていたのでしょう。
翻訳を通してもなお文章のリズム感が非常に良いのが魅力的です。


七つの神殿を手放す場面や、七つの門を通るシーンなど同じようなやりとりが小気味よく繰り返されるため、すいすいと物語の世界に入り込んでしまいます。

また、物語導入のテクニックにも光るところがあります。

彼女は一番高い天から冥界に思いを向けた。

女神は一番高い天から冥界に思いを向けた。

イナンナは一番高い天から冥界へと思いを向けた。

シュメール神話集成『イナンナの冥界下り』ちくま学芸文庫,p.43

彼女→女神→イナンナ、と主体を少しずつ明らかにすることによって聴き手を引き込んでいるのです。

数え切れぬほどの語り手が面白く話を聞かせるために磨いてきた技術の集大成が詰め込まれているのでしょう。

神話的な寓意

多神教の神は、様々な事物の象徴です。
そして、彼等が織り成す物語には無意識的・意識的を問わず、人々の様々な精神世界が投影されています。


イナンナの身代わりに残された神

牧羊の神ドゥムジが春の終わりに冥界に赴きます。
そして、ゲシュティンアンナ(気高いブドウ樹を意味する名)は夏から秋にかけて冥界に赴きます。

それぞれ家畜が穀物が収穫されて肉の貯蔵のために屠られる時期と、ブドウが収穫される時期に一致します。

それぞれの象徴が活発になっている時期に生き、それ以外の時期は死ぬ。
豊穣の神イナンナによってそう運命づけられた、という考えもあるようです。
人々の日常生活が神に投影されているとも言えますね。


何故、エレシュキガルへの称賛で物語は幕を閉じるのか?

女神イナンナは古代メソポタミアで幅広い信仰を集めていました。
そんな彼女を冷酷に死に追いやるエレシュキガルを、聴衆は畏敬の念をもって聴いていたに違いありません。

ましてや、死は現代日本人の我々よりも生活に根差した恐怖だったに違いありません。

自分の身に不幸が起きぬためにも、称賛を捧げたくなる感覚は少し分かるような気がします。
祟りが起きないよう幽霊に祈る気持ちに近いかもしれません。


妻が夫を捨てる物語

冥界下りというと、ギリシャのオルフェウスや日本のイザナギの話がまず思い浮かびます。

どちらにも共通しているのが、男性が失った女性を取り戻そうとする話です。
未練と過去に捕らわれ、結局は失敗してしまいます。
男性的なウジウジとした側面が出ている話といえるでしょう。


一方、『イナンナの冥界下り』は女神が原因も明かされるまま女神に会いに行く話です。
そして、生者の国に帰るためには身代わりが必要と分かると、躊躇いなく自分の夫を差し出します。

そこには未練も何もあったものじゃありません。

男性優位的な社会が構築される前の感性が投影されているのでしょうか。
それとも単に男性と女性の感覚が違うというだけの話なのか。
非常に興味深いですね。

まとめ 『イナンナの冥界下り』の魅力

『イナンナの冥界下り』には、3000年以上前に粘土板に記された旧い神話という文化遺産的な価値もあります。

ただ、そんなお堅いことを抜きにしても『イナンナの冥界下り』は面白いんです。
リズム感の良い語り口は現代の我々にとっても心地よいものです。
また、話の展開も十分に鑑賞できるものですし、そこから覗き見える聴衆達の感情などを想像するのも楽しいです。


機会があればぜひご一読してみてください。


それでは、また。

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