『難破した水夫の物語』について。古代のロマンから垣間見える、鋭敏な現代的センス。

こんにちは。

紀元前文学、第31回は『難破した水夫の物語』です。

職務を失敗した上官を慰めるために部下が語った不思議な体験談が、作品の中心になっています。

成立年代は諸説あるようですが第十一王朝頃、紀元前2134年頃~紀元前1991年と考えられているそうです。

『難破した水夫の物語』のあらすじ

主な登場人物

  • 親衛兵 実質主役。任務の失敗についてファラオに報告しなくちゃいけない上官を慰めようとする。
  • 上官  とんでもない失敗をやらかした後に船でエジプトに帰ってきた。
  • 大蛇  親衛兵が過去に出会った神々しい大蛇。香料の産地プントの支配者。

1.(現存する)冒頭:帰国した船

物語の冒頭部分は散逸していて分かりません。
ただし、現存部分については一隻の船がエジプトに帰還する場面から始まります。
誰もが無事の帰還を喜んでいますが、上官は任務に失敗したことを気に病んでいました。


親衛兵上官を気にかけて慰め、ありのままにファラオに報告するように助言します。
そして、上官を勇気づけるためか、自分も似たような経験をしたことがあると言って身の上話を始めました。

2.親衛兵の不思議な体験:無人島の大蛇

親衛兵は勇敢で経験豊富な船乗りたちと大きな船に乗り、王立鉱山に向かって航海していました。
しかし、嵐に襲われて船は難破してしまいます。


親衛兵はただ一人誰もいない島に打ち上げられてしまいます。
数日は茫然としていたようですが、やがて島を探検します。するとそこには果物や野菜が自生しており、魚や鳥も豊富に取れました。お腹いっぱい食べた後に、親衛兵は神々に食料を捧げました。

すると、雷鳴が轟き、木々が裂け、地面が震えました。
そして、親衛兵の目の前には全身を金箔で覆われた大蛇が現れます。
大蛇は親衛兵に「誰がお前を連れてきたのか」と詰問します。

『誰もがお前をこの島に連れてきたのか、小さきものよ。誰がお前をこの島に連れてきたのか。もし、お前が、誰がこの島に連れてきたのかをぐずぐずして言わないのなら、お前に思い知らせてやるぞ。お前は灰になってしまい、もう人の目につかないものになってしまうぞ。』

『難破した水夫の物語』p.47,「エジプト神話集成」,ちくま学芸文庫

親衛兵は地面にひれ伏しながら、船が難破して流れ着いたと説明します。

それを聞いた大蛇は、四か月後に故郷から迎えの船が来ることを予言します。
そして、親衛兵に勇気づけるためか、過去に体験したいささか似たような出来事について語ります。

『ひとたび辛いできごとが過ぎ去ってしまえば、自分の体験したことを話して聞かせることのできる人は極めて幸福な人(といえよ)う。

『難破した水夫の物語』p.48,「エジプト神話集成」,ちくま学芸文庫

という前置きで始まった大蛇の話は、親衛兵のそれよりも辛いものでした。

3.大蛇に降る星

かつて、大蛇は仲間たち75匹と一緒に島に暮らしていました。
そこには大蛇の娘も含まれていました。
ところがある日、空から星が落ちてきて彼等は全員焼け死んでしまいました。

たまたま、その場に居合わせていなかった大蛇はただ一人生き延びます。
死骸の山を見つめて「死んでしまいたかった」と後に振り返るほど深い悲しみに沈みました。

4.香料の国プント

親衛兵は国に戻った後、ファラオに大蛇の偉大さを伝え、神殿用で使われる(外国産の)香料を大蛇の島まで運ぶようお願いしてくると約束します。

しかし、大蛇は笑いながら香料の産地プントの支配者は自分であるため、わざわざ献上してもらう必要はないと返します。
それから、「お前に要求するのはこれだけだ」と言い、親衛兵の町で大蛇の名声を高めてほしいと伝えました。

親衛兵は香料をはじめとした沢山の贈り物を授かり、故郷へと帰ります。
そして、ファラオに大蛇からの贈り物を献上して現在の地位に取り立てられ、奴隷も授かりました。


そして、親衛兵の話は終わります。

5.ビターな余韻

場面はエジプトに戻ります。

そして、上官の簡潔な返答と共に、物語は終わります。

「あまり気を使ってくれるな、わが友よ。だれが、朝には喉を切られる鳥に朝早く水をやろうとするだろうか」

『難破した水夫の物語』p.51,「エジプト神話集成」,ちくま学芸文庫

言葉少ない上官は、きっと己に降りかかる悲壮な運命を予期しているのでしょう。

『難破した水夫の物語』の魅力

最後に見せる文学性

『難破した水夫の物語』は落ち込んでいる上官を親衛兵が必死に慰めようとする物語です。
弁舌巧みに親衛兵は自分の体験談を語ります。その内容は不思議な大蛇が出てきたり、或いは口頭伝承的な似たような台詞・展開のリフレインが見られるものです。

現代人の読み手としては、いわゆる古代文学的な雰囲気をそこに感じ取ります。
しかし、最後の二行で目が覚めるような思いがしました。

「あまり気を使ってくれるな、わが友よ。だれが、朝には喉を切られる鳥に朝早く水をやろうとするだろうか」

親衛兵の言葉は、上官の心には一切響いていませんでした。
言い換えれば、親衛兵の説得は全て無駄だったのです。

上官が何をやらかしたのは散逸してしまい、今となっては分かりません。
自分を潰される家畜に例えるほどなのですから、それ相応の失態なのかもしれません。
あるいは極端に心配性なだけなのかもしれません。

何にせよ、物語の根底を最後の二行で否定するという作風には現代的な感性を覚えます。

古代のロマン:香料の産地

大蛇は自らをプントの支配者と述べていました。

プントはエジプトでは香料の産地として有名で、アラビア半島南西部及びアフリカ東端部のことを指す地名だったようです。
新王朝時代のハトシェプスト女王も香料を求めてプントまで遠征しています。

また、1000年ほど時代は下りますが旧約聖書に登場してソロモン王に香料等を献上したシバの女王も、同じ地域の出身であると考えられていたようです。

五感に訴えかけるような娯楽が現代よりもはるかに乏しかった古代では、良い香りは神秘的に感じられたのだったのでしょう。

そして、荒涼の産地は悠久な時を超えても大蛇や女王といった興味津々な言葉で彩られて語られる、浪漫を誘う場所だったのでしょう。

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