Sun Kil Moonというバンドについて。 叙情とギター。スロウコアの全部。 Red House Paintersという地平線の向こう側へ。

こんにちは。

Sun Kil Moonはサンフランシスコ出身のインディーロック・バンドです。

http://www.sunkilmoon.com/photos.htmlより

Slow Core/Sad Core黎明期を支えたRed House Paintersの中心人物Mark Kozelekによる現行のプロジェクトです。

Red House Paintersの延長線上にある物憂げで長大な曲調が特徴的であり、現在においても最も大きな影響力を持つSlow Core/Sad Coreバンドの一つと言って良いでしょう。

というわけで、そんな彼等の全アルバムについて語ります。
ただし、文章だけでは分かりにくいと思うので各アルバムの関係を図にしてみました。



では、各アルバムごとに語っていきます。

Sun Kil Moonの全アルバムについて Mark Kozelekの現在を聴く。

2019年8月現在、彼等は10枚のアルバムをリリースしています。
作品ごとに様々な特色がありますが、主に前半期と後半期で大きく分けることができます。

  • 透明感高め期(1st~5th)
  • 生々しい渋み期(6th~10th)

という感じです。

では、リリース順に見ていきましょう。

透明感高め期 (1st~5th)

Red House Painters後半期の延長線上にある作品群と言えます。
物憂げだけれども瑞々しい清涼感が含まれているのが特徴です。
Mark Kozelekによる弾き語りのような作品もあり、穏やかな質感を持っていることも共通しています。


(1st)Ghost of The Great Highway

Sun Kil Moonとしてのデビュー作です。

草原を吹き抜ける秋風のような清涼感の中に、やりきれなさとやるせなさが強く滲んでいるのが特徴でしょう。

線の細いウワモノを支えるリズム・セクション、
アメリカーナを意識しつつも物憂げな響きを含んだアコースティックギター、
ディストーションをかけながら淡い旋律を紡ぐエレクトリックギター、
時折顔を覗かせるストリングスはあかたも大草原を舞台にした映画のような空気感を与えてくれます。
そして、何よりも素晴らしいのはMark Kozelekが奏でる美しいメロディラインです。
深みと透明感を併せ持つ声がメランコリックな旋律を囁いています。
愛がこぼれ落ちていくことへの虚無感を歌う曲が多いのも胸を打ちます。

文学的繊細さとエモ的な瑞々しさを高い水準で併せ持つ、Slow Core/Sad Core史に燦然と輝く傑作でしょう。


(2nd)Tiny Cities

まさかまさかのModest Mouseのカバーアルバムです!
しかし、本作のユニークな点は、Modest Mouseサウンドを完全にMark Kozelekスタイルで消化していることです。
基本的にはmark Kozelek節そのままの、穏やかで透明感に満ちたサウンドを構築しています。


ただストロークがやや強めに入ったり、
アルペジオに鋭さやダイナミックさを感じる瞬間があったり、
曲全体に跳ねるようなリズムがあったりとModest Mouseを感じる瞬間も少なくありません。
Modest Mouse的な白木の骨組みを、Sun Kill Moon的な穏やかで蒼い色彩が染め上げることによって独特の文学性を織り成しています。

紡がれているのは間違いなくSun Kill Moonサウンドです。
しかし、微かなModest Mouse的な残り香が絶妙に効いていて、他のアルバムにはない独特の色彩を加えています。

Mark Kozelekサウンドは好きだけど、ほんの少し変化が欲しい方には素晴らしい作品になるかもしれません。


(3rd)April

Aprilの名を冠するにふさわしい、最も透明感漂うアルバムです。

Slow Core/Sad Coreの特徴であるなだらかさを筆にして、優しいノスタルジーに描き上げています。

中低音域を主体として控えめに鳴らされるドラムス、
空間のように自然体で低音域を覆うベース、
春の草原を思わせるおだやかなアコースティックギター、
木々を揺らす風のように馥郁としたエレクトリックギター、
Mark Kozelekは美しくも丸みを帯びたメロディを歌います。

また、歌詞も他の作品に比べると明るい色彩を含んでいます。
ノスタルジックな過去の切り取り方も、
比喩としての風景描写も、
何かを探そうとするテーマ設定も。
愛と共に階段を降りていくUnlit Halfwayなどは愛を探し求めていた1stと良い対比になるかもでしょう。

単純にポジティブなわけではありません。
抗い難い運命も曲の奥深くまで刻みこまれています。 
悲しみを帯びた深く蒼い透明感は、見つめていると吸い込まれそうになるほど魅力的です。


諦観を抱えながら美しい春の草原を見下ろしているような心の在り様を、美しく描いたアルバムと言えるでしょう。


(4th)Admiral Fell Promises

今作の特色はMark Kozelekの弾き語りということに尽きるでしょう。
果てしなく広がる、物憂げな小宇宙と向き合うような音体験ができます。

柔らかに棚引くナイロン弦ギターはいかなる時も物憂げな透明感に満ち、
アルペジオの音色は時に宮廷的に、時に童話的に、
幻想的に絡まり合う音色を爪弾いていきます。

そして、その上に乗せられるMark Kozelekの声は深く澄んでいます。
柔らかな旋律をそっと歌い上げることもあり、
のびやかなハーモニーを奏でることもあり、
そして、いかなる時も影の香り漂う歌詞を詠います。

ボーカルとギターだけで紡がれる小世界には大きな緩急はありません。
しかし、感傷の小雨が降り続ける草原のような、美しいサウンドスケープを創り上げています。

シンプルだけど奥深く、一部の隙もないような完璧な小宇宙。
Mark Kozelekの神髄とも言うべき作品です。



(5th)Among the Leaves

前作の延長線上にあるアルバムであり、Mark Kozelekによる弾き語りがメインになっています。

ただし、状況に応じて他のサウンドも加わっていきます。
控えめながらのバンドサウンドだったり、
壮麗なストリングスだったり、
或いはサウンドレイヤーに澄んだ余韻を残すグロッケンだったり。
前作が完璧な透明感と物憂さをパッキングした作品だとしたら、本作はもう少し情緒に波がある物語です。


不穏になることもあり、
涙腺を潤ませる叙情もあり、
微笑みを感じさせることもあり。
全体的な空気感も透明というよりも、感情の揺れに起因する微かな彩りを感じます。

各曲の歌詞がツアーで回った世界中の女性との出会いについて述べていることも関係しているかもしれません。

人間らしい不安定さが、非常に魅力的なアルバムです。


生々しい渋み期(6th~10th)

この時期から透明感というよりも、不穏な生々しさを押し出すような曲調に転じていきます。
曲はさらに長くなり、歌もメロディというよりもポエトリーリーディングのように変化します。
アルバムによる色彩の相違は小さくありませんが、どれも清濁併せ呑む「生」の凄絶な実感を淡々と奏でています。


(6th)Benji

転換作でもあり、大きな支持を集めている作品です。

サウンド的な観点からすると、前作よりも起伏がなだらかになっています。
しかし、物憂げな透明感を紡ぐアコースティックギターとMark Kozelekの声は変わらずSlow Core/Sad Coreの王道的な魅力を体現しています。

それゆえ、真っすぐな透明さだけでなく苦悩の濁りも印象的です。
必要に応じて加わるピアノやバンドサウンドも乾いた質感が効果的で、艶やかな彩を添えるというよりも渋みに近い味わいを加えています。


そして、一番の特徴はメロディでしょう。
今までよりもとにかく言葉を多く詰め込んでいます。
インディーロックバンドのボーカリストというよりも、路上詩人のようです。

悲痛の揺れに包み隠さずに表現し、その音色は決して心地よいものばかりではありません。

そして、本作におけるMark Kozelekの言葉は全て「死」をテーマにしています。
親戚が家事で死んだことを歌うCarrisa、
75歳になる母の死に怯えるI Can’t Live Without My Mother’s Love、
Postal Serviceのライブを見ながら自らの老いを実感するBen’s My Friend等々、
過去作が美しい詩的表現が印象的だったのに対し、本作は非常に直接的に「死」への感情を歌います。
死への恐怖、死にまとわりつく理不尽、時には性の話も。
そして、共通しているのは生と死に関する無常が一貫して描かれていることです。

無常の詩情と、それを彩るサウンドトラック。
ピッチフォークなど多くのメディアで大絶賛を浴びた本作の魅力を一言で表すなら、これが適切でしょう。


(7th)Universal Themes

前作から一年と経たずにリリースされた7thアルバムです。

前作で姿を見せた新たな特徴を、本作ではさらに強調しています。

揺れ動く感情の勢いそのままに言葉を詰め込むような歌い方や、起伏が少ない曲展開がとりわけ注目すべき点でしょう。

過去作の物憂い透明感が紡ぐ抒情詩ならば、本作は場末の酒場で飲んだくれる訳アリの中年(しかも時折やたらと澄んだ目をする)のブルースといった趣になっています。

硬質で淡々としたドラムス、
柔らかな蒼さを残しながらも土の香りがするエレクトリックギター、
時に幻想的な人生の深淵を、時にブルージィな人生の渋みを奏でるアコースティックギター、
そして、変幻自在の感情変化を披露するMark Kozelekのボーカル、
上記以外の楽器はあまり使われず、全体としてはシンプルな構成です。

夜の荒野をぼろぼろの車で走りながらラジオのスイッチを押したら流れてくる曲、というイメージを想起させられます。
「死」に関する歌詞の言葉は直接的ではなくなりましたが、その気配は変わることなく感じられます。
暗闇の只中で、地平線の彼方にあるはずの希望を追いかけていくような音楽です。

決して届かない望みを掴み取ろうと本気で進む。

そんなアンビバレンツな希望に満ちた作品です。


(8th)Common as Light and Love Are Red Valleys of Blood

6th以降の方向性を一気に推し進めた作品です。

Slow Core的な物憂げさは残っていますが、心地よい透明感は完全に消失しています。
蒸気のように轟轟と立ち込めているのは、攻撃的な緊張感です。


平坦な展開に、時に苛立たしげに、長尺な曲にポエトリーリーディングのように言葉を詰め込むようなボーカル、
タイトで不穏な空気を演出するドラムスとベース、
ざらついたピッキングから苛立ちを匂わせるアコースティック・ギター。

そんなレイヤーが織り成すサウンドは今までのスロウコア・テイストとはだいぶ異なります。
煙たい緊張感を含みながらループするヒップホップ的リズムもあり、
大地の匂いが香り立つブルースな曲調もあり。
淡々延々と変わりないまま続くサウンドスケープは濃厚な不穏さをまとい、息苦しいほどに暗澹としています。

しかし、その音像の内部には隈なく文学的な物憂さが対流しています。
攻撃性の裏に垣間見える必ず艶やかな色彩、
むせかえる様な緊張感の中で時折頬を掠める冷たい憂鬱、
Mark Kozelek節の原初とも言える部分が、アルバム全体の基底音となっているのです。

絶望的な暗闇の中で目を凝らせば叙情的な文様が美しく浮かび上がっているかのような、ダークな美しさを隠し持っている作品です。


(9th)This Is My Dinner

前作から一年後にリリースされた9thアルバムです。

前作のダークさを残しつつも、やや透明感が戻っているのが印象的です。
ただ、それは過去作と似た作風に戻っているという意味ではありません。
活き活きとしたエネルギッシュさが曲の節々から迸っています。


ロック調になったりレアグルーヴ調になったりと様々なカラーを持っていることは変わりません。
そして、曲調が長々かつ淡々としていることも前作から変わりません。

しかし、そんな静謐さの奥でグルーヴが織火のように燃えているのが特徴です。
そして、織火ではなく篝火のように強く燃え上がり、グルーヴィになる瞬間さえ時にはあります。

躍動感を奥底に秘めたギターの音色は冷ややかで、
ディレイがかったピアノ・エレピ・シンセはタイトで優雅なグルーヴを演出し、
リズムセクションは抑制された曲の奥底で息をひそめるようにしなやかなビートを刻んでいきます。

Mark Kozelekのボーカルは今まで通りのポエトリーリーディング調の時もあれば、情熱的に歌い上げながらライブでの観客に詠いかけるような台詞を入れることもあります。
というか、喉を唸らせるような不快な声を出すことさえあります。

不穏さと透明感が互いの奥深くまで混ざり合い、非常に複雑な色味を帯びたサウンドレイヤーが出来上がります。
美しい絹地も泥のような生地も分け隔てなく使って織り成した音楽は、非の打ち所が無い美には決して持ちえない不思議な色気を放っています。

艶めかしい不穏さが感じられる作品です。


(10th) I Also Want to Die in New Orleans

前作から僅か四か月後にリリースされたアルバムです。

前作がエネルギッシュであったのに対し、本作は冷然とした雰囲気を感じます。

前作までの多様性は残しつつも躍動感はありません。
代わりにアルバムを覆っているのは、曇天のように深く立ち込める厭世的な気配です。
とにかく全体が薄暗い色彩で統一されています。
どんよりと、モノトーンで、気だるくて。


前作が多彩であったのに対し、本作は水墨画のように単色な世界が続きます。
物憂げに、つまらなそうに、どうでもよさそうにMark Kozelekは語ります。

また、暗鬱とした雰囲気だけでなくソリッドな質感も本作の特徴です。
冷淡さを強める十分を超えるほどに長尺な曲調、
憂鬱に沈み込むような透徹さを奏でるギター、
うずくまる様なビートを煙らせるドラムスとベース、
独白するかのような歌い方はさらに深度を増し、ほぼポエトリーリーディングと化しています。
余分な感情や甘ったるい叙情性を徹底的に排したストイックさが、心に鋭く刺さります。

徹頭徹尾、深い影に覆われている孤独な世界観に浸ることが出来ます。

終わりに Sun Kil Moonのアルバムの魅力 Red House Paintersにはない自由闊達さ

いかがでしたか。

Sun Kil Moonの作風、かなり自由闊達です。
ソロ名義での作品との境界線も不明瞭なだけでなく、JesuやJimmy LaValleとのコラボーレション作なども出しています。

Sun Kil MoonはバンドというよりもMark Kozelekによる表現の一側面なのかもしれません。


それでは。

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