浦島太郎の文学史/三浦佑之


こんにちは。

浦島太郎の物語、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

貧しいながらも心優しい漁師で、
いじめられてる亀を助け、
乙姫のいる竜宮城に行って、
帰ってきたら何百年も時が流れて、
玉手箱を開けたらあっという間にお爺さん。

子供の頃に一度は耳にしたことがあると思います。

本作『浦島太郎の文学史』は浦島太郎が史料に初めて登場する奈良時代から現代に至るまで、浦島太郎の物語がどう姿を変えたのかを辿っています。



個人的に面白いと思った個所をまとめてみました。

『浦島太郎の文学史』1300年に渡って俯瞰した物語の変遷

『浦島太郎の文学史』の構成

本書は序章+四章+終章の編成になっています。
序章は浦島太郎と著者との出会いなので省略しますが、それ以外の下記の章立てになっています。

  • (第1章)明治以降、我々が知る浦島太郎がいかに形成されたか
  • (第2章)奈良時代、我々がたどり着ける最古層の浦島太郎物語の形成と受容
  • (第3章)中国の神仙小説による浦島太郎の影響
  • (第4章)鎌倉時代から江戸時代における、浦島太郎物語の変化と需要層拡大
  • (終章)児童向けの物語へと改変された、我々が知る浦島太郎

では、第一章から内容を見ていきます。

第一章 児童文学 浦島太郎

国定教科書と浦島太郎

第一章では現在我々にとってなじみ深い浦島太郎の物語が、明治43年に発行された第2回国定国語教科書に記載されているものと全く同じであることが指摘されています。

そして、国定教科書における浦島太郎物語のキーマンとなったのが、教科書の編纂に携わっていた巌谷小波であると指摘されていました。

巌谷小波は明治27年に児童向図書『日本昔噺』(明治27年)を発行しており、そこに記されていた浦島太郎の物語と国定教科書の内容は酷似しています。

この物語のプロットは、小波以前には存在していなかったのです。

教科書版浦島太郎の矛盾

この物語には重要な矛盾があります。

亀を助けるという良いことをしたのに、浦島太郎は報われませんでした。
報われなかったうえに「めでたし、めでたし」で終わります。


また、最後にお爺さんになってしまう「時間」がテーマとして掲げられているのも、日本の昔話においては非常に珍しいことです。

日本の民話には、なかなか見られない物語展開が浦島太郎には含まれているのdす。

第二章 神仙小説 浦島太郎

浦島太郎の作者

第二章では、この我々が知る浦島太郎の物語が内在する歪さを解決すべく、著者は奈良時代の文献から順に辿っていきます。

奈良時代は日本における文字記録が存在し得る最古層であり、浦島太郎は遥か昔から存在していたことになります。
日本書紀、万葉集、風土記などに浦島子という名前が浦島太郎は登場します。

そして、それらの記述のもとになった文献は、伊予部馬養連なる人物が書いた浦島太郎の物語(今は現存していない)であると推測しています。

奈良時代の浦島太郎

奈良時代の浦島太郎の物語展開は、明治以降のものと異なっています。

簡単にまとめます。

風流な男である浦島子が、
五色に光る亀を釣れるとそれが亀比売と名乗る女に変わり、
一緒に蓬莱山に向かってそこで夫婦になって、
ホームシックにかかって帰ってくると300年の時間が流れ、
開けてはいけないと言われていた玉匣を開けるとおじいさんになる。


といったところです。
亀が女になるんですね。

中国の神仙思想の影響

重要な点がいくつか挙げられています。

例えば、支配者の地位を肯定する口承由来の始祖神話ではないことです。
(これこれの神様は子を産み、偉大なるだれそれがその子孫であるといった文言が登場しない)

また、蓬莱における父権の不在や、浦島子と亀比売の間に子供がいないことなどもこの文脈で理解すべきものとされています。

そして、「五色の亀」「蓬莱」「人間の男と積極的な仙女との恋愛」などの概念が、不老不死を追求する中国の神仙思想の流れを組んでいることを指摘しています。
それゆえ、お爺さんになったという結末も仙人になったと理解すべきとも指摘しています。
(すると冒頭の「風流」という形容詞が上手く機能します。最後に浦島太郎は風流な仙人となるわけです)

そして、著者たる伊予部馬養連は日本書紀の編纂に携わる超エリートでした。
日本に流れ込んできた中国の思想に惹かれないはずはなかったと予想しています。

第三章 小説の発生

第三章では中国の神仙小説と浦島太郎の構造の類似性に触れています。

4~6世紀に流行した中国の小説は古くから日本に流入していた可能性が指摘されています。
女仙とともに享楽の時を過ごし、半年後に故郷に帰ると七代の時間が過ぎていた『幽明録』、
異境から帰ったら現実世界では長い時間が流れており、それに気づいた瞬間に男が朽ちて死ぬ『異苑』、
などが具体例として挙げられています。



また、「時間」というテーマが明確に神仙小説由来であることが指摘されています。
さらにいえば、こうして仙界に辿り着くのは男性のみであり、そこには子宮回帰的なアナロジーもあったそうです。

何にせよ、そんな神仙小説の影響を受けた浦島太郎は日本における「物語」=「小説」の始発として位置付けられると著者は考えています。

また、本来は亀に変わった女との性的/恋愛関係が重要であったことも指摘しています。

第四章 中世小説「浦島太郎」

神様になる浦島太郎

第四章では浦島太郎がエリート的な漢文の世界から庶民的なひらがなの世界へ広がっていく過程を描いています。

この過程の中で数多くの浦島太郎が書き継がれ、創造されていきます。

和歌の題材にもなるようになり、人々の間で徐々に存在感を増していきます。
12世紀には、5世紀に蓬莱世界にいった浦島太郎が9世紀に帰ってきたという歴史的事実が発生するようになります。
鴨長明も浦島太郎が神になったと書き記しています。

お伽草紙の浦島太郎

『お伽草紙』や、そこから派生した作品も庶民にも知られるようになりました。

また、この時代の浦島太郎物語は、仏教思想の影響を受けた民話的の影響を受けています。

例えば、浦島太郎は貧乏であり、
亀を助けた後、海に還すという恩を与え、
その後、亀は女になり、蓬莱へと向かって夫婦になり、
ホームシックになって浦島太郎は玉手箱を開け、
浦島太郎はお爺さんになった後、さらに鶴になって浦島明神となり、天上で竜宮の女(亀)と結ばれます。

亀を海に還すという恩が、浦島明神になるという報いを受けています。

終章 小説から昔話へ

ある程度、物語展開の自由さを残しつつ、浦島太郎の形態はこのまま明治時代まで続きます。

しかし、明治時代に浦島太郎が教科書へと取り入れられるに際して性的/恋愛的な要素を取り除かれ、正体不明の「めでたしめでたし」が残ることになりました。

そして、国の権威のもとで固定化された浦島太郎の物語が、受け継がれていくことになります。

結びに代えて 『浦島太郎の文学史』と浦島太郎の変遷

面白かったです。

私達の知ってる浦島太郎はいわばお国公認のフェイクであり、本来はもっと性的で活き活きとしてて話も筋道だっていたなんて。

いわば私達の知ってる浦島太郎はジョージ・オーウェル的ディストピアの正当化なわけです。

そして、ディストピアの正当化が全くめでたくない「めでたしめでたし」で終わってることは、もっと真剣に受け止める必要があるようにも感じました。


僕達も全くめでたくない「めでたしめでたし」を囲まれて、追い求めて、生きているのではないでしょうか。




それでは。

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