こんにちは。
世界四大の一つ古代エジプトにも文学作品が存在します。
それが『シヌヘの物語』です。
(どちらにも全訳が掲載されています)
成立は遅くとも紀元前1800年。およそ3800年前です。
古事記成立からさかのぼること2500年前です。
一人の男の波乱に満ちた激動の半生を描いており、古代エジプトの『ギルガメシュ叙事詩』と評することもできそうです。
ただ、『シヌヘの物語』と『ギルガメシュ叙事詩』には、決定的な違いがあります。
それは『シヌヘの物語』は英雄譚ではないということです。

目次
『シヌヘの物語』のあらすじ いかにも古代エジプトな展開
(1)シヌヘの逃亡
シヌヘはファラオの臣下です。
彼は皇太子センウセレト1世のリビア遠征に同行していましたが、ある日彼の父であるファラオが亡くなってしまいます。
皇太子がエジプトに向けて出立した直後、もう一人の王子がクーデターを起こすべく追いかけます。
それを見てしまったシヌヘは恐ろしくなり、遠征軍から逃げだしてしまいます。
シヌヘは砂漠をさまよい、渇きに苦しみながらもどうにかシリア・パレスティナに流れ着きます。
そして、地方の有力者に取り入り、臣下になります。
(2)異国での功績と募る望郷の念
シヌヘは異国で領主として働きます。
困っている人を助け、時には遠征の先頭に立ち、剣を振るいました。結婚もしました。
一方、彼の領地に悪漢たちがやってきたときには多くの人が加勢に来てくれました。
いつの間にか、多くの人から好かれ、尊敬されるようになっていたのです。
やがて、月日は流れ、彼の身体は老いていきます。
徐々に死を意識するシヌヘの心を苛むのは、望郷の念でした。
帰ることが叶わないシヌヘはただエジプトを思い続けます。
(3)ファラオの恩赦とエジプトへの帰還
ある時、シヌヘのことがファラオの耳に入ります。
シヌヘが逃げだしたときは皇太子だったセンウセレト1世です。
センウセレト1世はシヌヘを赦し、帰還の許可を出します。
エジプトに戻ったシヌヘは感激に震えながらセンウセレト1世に謁見します。
センウセレト1世はシヌヘを寛容に許し、廷臣に加えました。
そして、シヌヘは自分の墓となるピラミッドの建設を待ちながら、王宮で幸せな老後を過ごしました。
『シヌヘの物語』の魅力(めまぐるしく変わる情勢に振り回される、古代エジプト文学における『社会人』)
古代エジプト人に最も愛された文学作品、
『シヌヘの物語』が僕達の心を動かすのは何故なのでしょうか?
シヌヘが等身大の人間であること
シヌヘの人間らしさが最も現れているのは、物語の核を担った3つの行動でしょう。
(1)クーデターに巻き込まれるのが怖くて逃げだす。
どの派閥について、どういった振舞いをするのか。
少し間違えば命を失うような時代です。
怖くなったとしても、我々には責めることはできない意味でしょう。
神や英雄のように強引に困難を打ち破る力が、シヌヘにはないのです。
(2)与えられた環境で真面目に働く。
勤め先が古代有数の先進国エジプトから、『蛮族』の地に変わろうとも、彼は必死に働きます。
文章の節々からも当時のエジプト人が『エジプトがほかの地域よりも文明的』であることを自負していたことがうかがえます
しかし、シヌヘは文句を言わず黙々と務めを果たし、地域に馴染んでいきました。
(3)故郷へのノスタルジーに捕らわれてしまう。
自らのアイデンティティとなる地に思いを馳せるのは自然なことでしょう。
ましてや死の恐怖が近づき、心の強さが萎れつつある時ならば。
古代エジプト的なエキゾチックさ
現代日本人が作る物語にはない、エキゾチックな匂いも魅力的です。
『シヌヘの物語』がシヌヘの墓に刻まれた碑文というスタイルで書かれていること。
生前のことを刻ざまれた墓は、古代エジプトではしばしば作られていました。
波乱に満ちた生涯を終えたシヌヘのために建てられたピラミッド。
その内部に壮大なレリーフと共にヒエログリフで刻まれた物語、という設定にドキドキしませんか?
高貴で偉大なファラオの魅力
ファラオは普通の王とは違います。
神の化身として扱われ、本人もそのようにふるまいます。
一番印象的なのは、エジプトに帰還したシヌヘとの謁見です。
ファラオのあまりの神々しさにシヌヘは気を失います。
え……見ただけで気を失うの……?
と、呆気にとられる読み手のことなんてつゆ知らず。
ファラオは淡々と「その者を起こせ。話をさせろ」と命じます。
さらには、畏怖のあまり固まっているシヌヘを不審に思う王妃達を宥め、「彼は既に自分の廷臣である」と宣言します。
神の如く全てを見定めているのです。支配者たる威厳そのままに。
オリエタルな王の在り方が、とてもかっこいいです。
結び 古代エジプト文学の至宝『シヌヘの物語』とは【ギルガメシュだけでなくシェイクスピアにも】
シヌヘは弱さを抱えているし選択を間違えることもあるけれど、性根はまじめな人物なのです。
ピラミッドが建てられていた太古にも、私たちのような普通の人間を描いた物語が存在していたのです。
シヌヘは「一瞬一瞬を懸命に生きる」ことを教えてくれます。
逃げだしたという過去の過ちに囚われたまま生きていれば、シヌヘはピラミッドに埋葬されることもなかったでしょう。
もちろん、逃げださないほうが良い人生が待っていたかもしれませんが、
まあ、それはそれ。
エジプトのシェイクスピアとも評されているようですが、たしかに似ているかもしれませんね。
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