こんにちは。
紀元前文学 その13です。
『ナラ王物語』は、古代インド最大の叙事詩『マハーバーラタ』に含まれている中編物語です。
『マハーバーラタ』が編纂されていく過程において既に成立していた『ナラ王物語』が組み込まれたと考えられており、成立年代は遅くとも紀元前6世紀頃とされています。

目次
『ナラ王物語』のあらすじ
『マハーバーラタ』内における『ナラ王物語』での位置づけ
『ナラ王物語』は作中物語
『ナラ王物語』は『マハーバーラタ』という長大な物語の中で語られる作中物語です。
と、言っても具体的なイメージは掴みにくいと思いますので……。
そうですね……。
分かりやすい例でいうと、『クレヨンしんちゃん』における『アクション仮面』のような立ち位置になるのでしょうか。
『アクション仮面』 は『クレヨンしんちゃん』というアニメ・漫画内に登場する特撮番組です。
そして、『ナラ王物語』は『マハーバーラタ』の作中で高名な仙人が語る古譚です。
マハーバーラタ(クレヨンしんちゃん)サイドの状況
最初に『マハーバーラタ』において『ナラ王物語』がどんな風に登場するのか見てみましょう。
メインストーリーである『マハーバーラタ』の物語軸を豪快にざっくりまとめると下記のとおりになります。
- パーントゥ家の5人の王子 vs カウラヴァ家の100人の王子
彼等とその親族たちが戦ったり、侮辱しあったりしながら物語は進んでいきます。
そして、『ナラ王物語』が登場するのは、主役格たるパーントゥ側が危機に瀕しているときです。
パーントゥ家の長子ユディシュティラがカウラヴァ家に騙されてサイコロ賭博で無一文になってしまう場面があります。
ユディシュティラは徹底的にやられ、自らが支配する王国さえも巻き上げられています。
パーントゥ家は森の奥深くに潜みながら自らの窮状を嘆いていました。
そんなどんよりとしたムードのときに高名な仙人が訪れます。
彼が 「一時的な不幸があっても必ず幸福が訪れる」ことをパーントゥ家の面々に知らせ、勇気づけるために語られたのが『ナラ王物語』です。
という趣旨で『マハーバーラタ』に登場したので、ストーリーは一発逆転のハッピーエンドになっています。
では、『アクション仮面』サイドである『ナラ王物語』の本筋に入っていきます。
主な登場人物
- ナラ王 ニシァダ国の王様。美男。
- ダマヤンティー ヴィダルバ国の王女。美女。
- ビーマ ダマヤンティーの父。ヴィダルバの国王。
- 神々 触らぬ神に何とやら。面子を潰さないように注意。
- プシュケラ ナラ王の弟。王位が欲しい。
- リトゥパルナ アヨードヤーの王様。賭博が上手。
- カリ王 魔神。不運や不和が人格化した存在。ダマヤンティーと結婚したかったので、ナラ王に恨みを持つ。
(1)ダマヤンティー姫の婿選び
ヴィダルバ国には豪勇で知られたビーダという王様がいて、その娘ダマヤンティーは絶世の美女として評判になっていました。
また、ニシァダ国にはナラと呼ばれる美男の王がいました。
互いの評判を耳にするうち、二人は恋に落ちていきます。
娘の様子を見たビーダは婚期が来たことを察し、ダマヤンティー姫の婿選びの儀式を行うことにします。
儀式とは、結婚を希望して集まった者の中からダマヤンティーが選ぶものです。
ダマヤンティーには心に決めたナラという人物がいます。
しかしながら、絶世の美女として名高い姫の婿選びです。当然、ナラ以外にも多くの王や王子が集まってきます。
それどころか、インドラやアグニなど神々さえもダマヤンティーを妻にしたいと声を上げるのです。
これにはナラとダマヤンティーも困ってしまいました。
神々を無下にすることはできないからです。
しかし、ダマヤンティー姫は機転を利かせつつ神々の情に訴え、ナラ王を婿とすることに成功します。
(2)ナラ王、ギャンブルにハマる。
二人は結婚し、子供も産まれました。
幸せは永遠に続くかと思いきや、十二年後に途切れてしまいます。
ナラ王が、賭博にハマりだしたからです。
Oh…一体、ナラ王に何が……。
ナラ王は弟プシュケラに賭博を持ち掛けられ、あらゆる高価な品々を賭けます。
しかし、全く勝てません。
そして、賭け事は負ければ負けるほど熱狂していくもの。
ヒートアップしてしまったナラ王には、諫める臣下やダマヤンティーの言葉さえ耳に入りません。
そして、数か月後にはプシュケラに王権さえ奪われてしまいました。
文字通りギャンブルで身を滅ぼしたわけですね……。
ただ、これには原因があります。
ダマヤンティーと結婚をしたかったカリと呼ばれる魔神に取り憑かれてしまい、ナラ王は我を失っていたのです。
日本でいえば、狐や鬼に憑かれているみたいな状態なんでしょう。
(3)ナラ王、ダマヤンティーを森のど真ん中に置いて逃亡する。
城を追われたナラ王とダマヤンティーは孤独な逃亡を続けます。
草の根を食べざるを得ない過酷な生活に、二人は精神的にも追い込まれていました。
森の奥深くでナラ王は自分を置いて安全な場所に逃げるよう諭しますが、ダマヤンティーは聴き入れません。
しかし、ダマヤンティーが眠っている隙に、ナラ王は妻を残してその場を去ってしまいました。
「ダマヤンティーを愛しているけれど、自分といると彼女は不幸になるかもしれない」というような心情を長々と吐露した後に。
気持ちは分からないでもありませんが、獅子、象、熊が出るような森に妻を置いていくのは1発レッド級のやらかしでしょうね……。
まあ、憑き物のせいで我を失っていたようですが……。
(4)不幸のどん底、ダマヤンティーの流浪
目覚めたダヤマンティーは当然のごとくパニックです。
何せ、猛獣蠢く森の只中で独りぼっちになってしまったのですから。
それでもダヤマンティーは歩きますが、またしても厳しい試練の連続です。
助けてくれた狩人は隙を見せたら襲い掛かってくるし、同行できることになった商隊は荒れ狂う象の群れに壊滅させられるし。
そして、憔悴しきってかつての美貌が見る影もないような姿になりながら、どうにか親族が治める王国へと辿り着きます。
(5)ナラ王、炎に飛び込む。偽名を使って調馬師になる。
一方、ナラ王は重要なフラグを回収しています。
森を歩いていると自分の名前を呼ぶ大きな火を見つけます。
ナラ王は「怖くないぞ!」と叫んだあと(怖かったんでしょうね…)、火の真っただ中に飛び込みます。
すると親指大の蛇の王様カルコータカがいました。
カルコータカはナラ王から彼の美貌を奪いました。
ただ、悪意ではなく機が熟するまで潜んで暮らせるようにするためです。
さらにはカリ王を苦しめる毒をナラ王の体内に与え、衣服もくれました。
ナラ王はヴァーフカと名乗り、調馬師としてアヨードヤーのリトゥパルナ王に仕えるようになります。
(6) ダマヤンティーのナラ王探索活動
ダマヤンティーは父ビーダのもとに身を寄せて暮らしていました。
ビーダはバラモンをインド各地に派遣しますが、ナラ王は見つかりません。
それはそうでしょうね、見た目が変わっているのですから。
ダマヤンティーはバラモン達に『森に自分を捨てたことを責めつつも、愛する人に去られて悲しんでいる』という趣旨の詩を歌いながら探すように指示します。
ナラ王の罪悪感を上手に刺激しようとしたわけです。
すると、見事に釣り針に引っかかる者がいました。
アヨードヤーの調馬師ヴァーフカが、バラモンの詩を聴いて非常に深い悲しみを見せたのです。
しかし、見た目が全く違います。
報告を受けたダマヤンティーはそれでもは心に引っかかるものを感じ、色々思案します。。
(7)ダマヤンティーの機転 再度婿選びの儀式をする
ダマヤンティーは再び婿選びをすることを決意します。
夫であるナラ王が生死不詳のため、というのがその理由ですが実態としてはナラ王を自分の前におびき寄せるためです。
婿選びの話を聞きつけたリトゥパルナ王は儀式に参加すべく、優れた調馬師であるヴァーフカに声をかけます。
ヴァーフカはダマヤンティーの心が本当に自分から離れてしまったか確かめたかったので、 リトゥパルナ王についてくことにします。
道中、ヴァーフカの調馬術に感服したリトゥパルナ王は、彼の持つ賭博技術を授け、ヴァーフカもまた調馬術を授けます。
そして、 リトゥパルナ王の賭博技術を取り込んだことにより、ナラ王に取りついたカリ王がようやく身体が離れます。
(8)再会と王国の奪取 フィナーレ
近づいてくる馬車の音を聴いて、ダマヤンティーは歓喜します。
馬車の音が、ナラ王が駆る馬車独特の大きいものだったからです。
しかし、馬車にはナラ王がいませんでした。
ダマヤンティーはヴァーフカに使者を差し向け、様々な探りを入れます。
ヴァーフカは、『もう一度会いたい』というダマヤンティ―の言葉を使者から聞いたときや、彼等の子供と再会をしたときになど、こらえきれずに涙を流します。
そして、ビーダ王の指示を仰いだ後、ダマヤンティーはヴァーフカと再会します。再会の最中にカルコータカからもらった服を着ると、外見がもとの美男子に戻りました。
こうして、ナラ王はダマヤンティーのもとに帰ってきたのです。
一騎討ちという賭博で王権を弟プシュケラから取り返しました。
そして、二人は幸せに暮らしました。
『ナラ王物語』の魅力 あらすじでは見えにくい部分
ダマヤンティーが賢く、健気
『ナラ王物語』となっていますが、『ダマヤンティー物語』としたほうが適切でしょう。
能動的に話を動かしているのは、間違いなくダマヤンティーです。
好きな相手と結婚するために神々相手にも一歩も引かない
神々は人間とは比べ物にならないほど強力な存在です。
ナラ王と結婚するため誠実に健気にも神々に訴えているのも素敵ですが、それ以上に頭も使っているところが素敵です。
ダマヤンティーとナラ王が最初に顔を合わせたのは、婿選びの前日です。
ナラ王は神々からの「ダマヤンティーと結婚したい!」ってメッセージを伝えるために来た時なんです。
つまり……ナラ王は、パシリ……。
確かに、ナラ王としては精神的にはきついですね。
しかし、ダマヤンティーは抜かりがありません。
まず弱気になってるナラ王を慰めます。
彼が神々から携えてきた伝言(妻になれ)に対して、『神々を卑下するような言い方をせず、あくまで自分が望む夫を選ぶ』という神々への返答をナラ王に託しています。
王様。あなた様もインドラ神をはじめとする神々も、皆様お揃いで、どうかわたくしの婿選びの式のございます所にお越しくださいませ。そこで虎のように雄々しい方よ、わたくしが四方の守護神たちのお目の前で、王様、あなた様をお選びいたします。
『ナラ王物語』P.29より引用
そして、主導権が自分にある婿選びの儀式で勝負を決めようとしているわけです。
絶対的強者のメンツを立てつつも、あくまでも自分の望みを通そうと計算して立ち回っています。
健気ですが、したたかですね。
周りに人間に指示を出して的確に動かす
お姫様・お妃様という立場上、そう簡単には自分が動くことはできません。
ダマヤンティーはその事実を受け入れ、周りの人間を上手に使っています。
ヴァーフカとして陰に潜んで出てこないナラ王を引っ張り出すべくあの手この手で言葉を尽くしていますし、ナラ王が賭博にハマったときには「王からの呼びつけと言っても構わない」と嘘を付いてでも子供を安全な場所に逃がしています。
上手に人を動かしていて――ほとんどがナラ王ですがーー、どれも魅力的です。
すげえ美人
絶世の美女です。
何かとダマヤンティーを誉める形容詞が登場するのですが、とにかく長いんです。
こんなに褒め称えられると、さしもの絶世の美女も面はゆいんじゃないでしょうか……。
例えば、このあたりとか。
満月にもまがう方。麗しく、ふくよかに丸みを帯びた乳房をたくわえた浅黒いお方。四方をばその輝きでまばゆく照らすお妃。マンマタ神の妃ラティーのように、麗しい蓮弁にもまがう。丸く切れ長の目元のお方、あたかも満月の明光に似て、全世界の憧るるお方。
『ナラ王物語』P.106~107より引用
それから、森の隠者達からも人間の範疇を超えていると思われるほどの美貌でもあったようですね。
「麗しい乙女よ。そなたはこの森の女神なるか。はたまたこの山の、またこの河の女神なるか。非のうちどころない乙女よ。真実を語るがよい」
『ナラ王物語』P.75~76より引用
厳しい修行を積んで高い徳を積んだ方から言われるくらいだから、よほどの美貌なんでしょうね。
これに対しての、 ダマヤンティーの答えはこちら。
霊験あらたかなる聖者様。わたくしは森の女神でもございませんし、またこの山や河の女神でもございません。
『ナラ王物語』P.76より引用
まあ、そうですよね。
ナラ王のダメっぷり
ナラ王、相当な美男子であるようです。
物語の最後には一騎討をしたりしますし、馬を駆るのも上手なようです。
偉大な英雄なはずなんですが、どうにも駄目っぷりが目に付きます。
もちろん、カリ王に憑かれていたという事実は悲劇的です。
それは十分に分かっているのですが……。
『ナラ王物語』、局面を打開する機会が多いのが圧倒的にダマヤンティーの機転であることもあり、どうにも局面を悪化させている姿が目に付いてしまいます。
やはり、賭博が原因で城を追われた後、獅子や象がたむろする森にダマヤンティーを置いていったのは強烈なんですよ……。
物語の主人公らしからぬ生々しいやらかしですね。
一応、こちらが森にダマヤンティーを置いていくときの言い訳です。
まさしくわたくしが元で、妃は不幸に陥ったのだ。わたくしがいなくなれば、妃は、いずれ里方に変えるやぬしれぬ。わたくしの許では、紛れもなく、貞節な妃は、不幸になろう。これに引き換え、わたくしが妃を棄て去れば、またいずれの地でか、仕合わせを見い出すこともあるやぬしれぬ。
『ナラ王物語』P.56より引用
それもそうかもしれませんが……、場所とタイミングを考えようよ!
あと、このあたりも笑えて好きですね。
- ダマヤンティーの婿選びの儀式の前日、ダマヤンティーと結婚したいインドラ神のメッセージを伝えるパシリをやらされる
- 火の中に飛び込むとき「こわくないぞー!」って叫ぶ(怖いんだね……)。
あと、ナラ王に関してはこれについても語りたいです。
最終決戦が賭博なのに一騎討ち
数少ない、ナラ王が話の局面を決める場面です。
まず前提として、
- ナラ王は賭博に負けて国を失った
- ナラ王はリトゥパルナ王から賭博のスキルを譲り受けている
という流れがあるので、当然賭博で国を取り返すのかなと思うわけです。
もう一度、賭博をやろう。こう、余は心に決めているのだ。一回勝負で、それで、―ーお前につきが回ればよいのだがーー命もかけようではないか。
『ナラ王物語』P.168より引用
一回勝負。全てをかける。命さえも。これは盛り上がります。いったい何で勝負を決めるのでしょうか。
戦車での一騎討ちで、お前か、余かの決着がつくようにしよう。
『ナラ王物語』P.168より引用
あれ……普通に殺し合うだけじゃん……。
賭博のスキルを譲り受けた意味は……一体……?……あのイベントは……意味あった……のか……???
ナラ王は現代人から見ると少し天然っぽくも見えちゃいますね。
まとめ 『ナラ王物語』の感想 あらすじと魅力を踏まえて
『ナラ王物語』、登場人物が魅力的でした。
『バガヴァッド・ギーター』が非常に求道的・哲学的であるのに対し、
『ナラ王物語』 は生活も欲望も自然に存在する世界観です。
そこに美男美女という非現実的なキャラクターが登場するんですが、彼等はとっても血肉が通った人物だと思います。
ダマヤンティーは機転が効き、勇気があり、大胆で。ナラ王のことになると深く落ち込むこともあり。
ナラ王は勇ましく、優しいけれどちょっと天然なところもあり。
良いとこ育ちの二人が、まっすぐな心を失わぬままハッピーエントへと辿り着いたお話と言えるでしょう。
だからこそ、落ち込む英雄達を慰める物語として『マハーバーラタ』に取り入れられたのでしょうね。
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