『孫子』について。驚くほどロジカル、良い面も悪い面も現代的。2000年前から語り継がれる、我々を映し出す鏡のような正論の兵法。

こんにちは。

紀元前文学の第24回目は、古代中国最古の兵法書『孫子』です。

古代中国において必読とされた戦術書であり、最も優れた古典と言っても過言ではないでしょう。
日本を始めとした世界各地に行き渡り、戦争(のみならず幅広く「戦い」全般)の叡智が詰まった不朽の書として広く読み継がれています。

また、最近では『キングダム』との内容においても『孫子』の影響が見られることが話題にもなっているようです。

成立年代は紀元前5世紀中頃から紀元前4世紀中頃、いわゆる春秋戦国時代とされています。

『孫子』の概略 兵法の基礎がぎっしり詰まった名著

兵法に記された戦争の教えは、

  • 戦争はなるべく避けて、
  • それでも戦う時はこちらが有利になるよう条件を整えるように気を配り、
  • なおかつ相手が不利な状況になるよう策略をめぐらす

と要約することができます。
彼を知り己を知れば百戦して殆うからずという言葉は非常に有名かと思います。

本著は13篇に分かれており、それぞれの状況に応じて個別具体的に描かれています。
では、1篇ずつ、ほんの少しだけ内容を見ていきましょう。

1.計篇

「計」とは計り考えることを意味します。
戦争を始める前に深く考える必要のあることや心構えについて述べられています。

孫子は言う。戦争とは国家の大事である。(国民)の死活が決まるところで、(国民)の存亡のわかれ道であるから、よくよく熟慮せねばならぬ。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P28

暴徒を飾るにふさわしい、非常に真っすぐで「まさしくその通り」というべき言葉でしょう。
後に続く文章の根幹を成す非常に重要な一節です。


続いての一節も、『孫子』の本質を表している文章です。

戦争とは詭道―正常なやりかた―に反したしわざである。それゆえ、強くとも敵には弱く見せかけ、勇敢であっても敵には臆病に見せかけ、近づいても、敵には遠く見せかけ、遠方にあっても、敵には近く見せかけ、(敵が)理を求めているときにはそれで誘い出し、(敵が)混乱しているときにはそれを奪い去り、(敵が)充実しているときにはそれに防備し、(敵が)強い時はそれを避け、(敵が)怒り猛っているときにはそれをかきみだし、(時が)謙虚なときには驕り高ぶらせ、(敵が)安楽であるときはそれを披露させ、(敵が)親しみあっているときはそれを分別させる。(こうして)敵の無備を攻め、敵の不意をつくのである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P32

正々堂々ぶつかり合うような戦い方を良しとせず、あくまでも勝てる状況を作り出すことを目指しています。
名誉のような虚構に囚われておらず、極めて現実的と言えるでしょう。

さらには、事前の状況を調べれば開戦の前に勝敗を知ることができるとさえ述べています。

2.作戦篇

ここでは軍を起こすことについて述べられています。
中心になっているのは軍費のことです

戦争の上手な人は、(国民)の兵役を二度と繰り返しては挑発せず、食糧は三度と(国からは)運ばず、軍需品は自分の国のを使うけれども、食糧は敵地のものに依存する。だから、食糧は十分なのである。国家が軍隊のために貧しくなるというのは、遠征のばあいは遠くに食糧を運ぶからのことで、遠征して遠くに運べば民衆はまずしくなる。近くでの戦争なら物価が経っ課唸り、物価が高くなれば民衆の蓄えがなくなる。(民衆の)蓄えが無くなれば村から出す軍役にも苦しむことになろう。戦場では戦力が尽きてなくなり、国家の家々では財物がとぼしくなりて、民衆の生活費は十のうち七までが減らされる。(中略)だから、智将は(遠征したら)できるだけ敵の兵糧を奪って食べるようにする。的の一錘を食べるのは味方の二十錘に相当し、豆がらやわら(の馬糧)一石は味方の二十石に相当するからである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P40

自国の民衆にかかる負担を減らす現実的な方法が書かれています。
確かに敵の兵糧を奪うのは味方の消耗を防げるだけでなく、敵の消耗を早める効率的な作戦です。

3.謀攻篇

ここは戦わずして相手に勝つ方法が書かれています。

孫子はいう。およそ戦争の原則としては、敵国を傷つけずにそのまま降伏させるのが上策で、敵国を討ち破って屈服させるのはそれに劣る。(中略)そこで最上の戦争は敵の陰謀を(その陰謀のうちに)破ることであり、その次は敵と連合国との外交関係を破ることであり、その次は敵の軍を討つことであり、最もまずいのは敵の城を攻めることである。城を攻めるという方法は(他に手段がなくて)やむを得ずに行うことである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P45~47

こちらも被害を最小限に抑えながら勝利を手にするにはどうすればよいのか、という観点から書かれています。
戦争の指南書でありながら戦争をなるべくさけるようにしているのが印象的です。

4.形篇

ここは軍の形(状態)について述べられています。
相手の敗北を誘う形(状態)に乗じて戦うことの重要性が述べられています。

孫子はいう。昔の戦いに巧みであった人は、まず(身方を固めて)だれにもうち勝つことのできない態勢を整えたうえで、敵が(弱点をあらわして)だれでもがうち勝てるような態勢になるのを待った。(中略)それゆえ、戦いに巧みなひとは(身方を絶対に負けない)不敗の立場において敵の(態勢が崩れて)負けるようになった機会を絶対に逃さないのである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P56~59

勝ち目がないときは無理に戦わず、勝てるチャンスが訪れたら絶対に見逃すな。
現実世界においても、応用可能な分かりやすい理屈です。

5.勢篇

文字通り、軍隊全体の勢いについて述べられています。

およそ戦闘というものは、定石どおりの正法で――不敗の地に立って――敵と会戦し、情勢の変化に適応した奇法でうち勝つのである。だから、うまく奇法を使う軍隊では、(その変化は)天地の(動きの)ように窮まりなく、長江や黄河の水のように尽きることがない。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P67

しかるべき場所に軍や人などを配置したら、あとは勝利に値する勢いが生まれる。そして、後は転がるように物事が進んでいく。ということなのでしょう

勢いに乗っている人の雰囲気は、確かにこんな感じだと思います。

6.虚實篇

自軍にはきっちりと備えをさせ、その一方で相手を翻弄して主導権を握ることの必要性について述べられています。

孫子はいう。およそ(戦争に際して、)先きに戦場にいて敵の来るのを待つ軍隊は楽であるが、後から戦場について戦闘にはせつける軍隊は骨がおれる。(これが実と虚である。)だから、戦いに巧みな人は(自分が主導権を握って実に処り、)あいてを思いのままにして、あいての思いどおりにされることがない。敵軍を自分からやって来るようにさせることができるのは、利益になることを示して誘うからである。敵軍を来られないようにさせることができるのは、害になることを示してひきとめるからである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P75~76

始まる前に周到に準備をして相手を手中でコントロールすることの大切さが語られています。

7.軍爭篇

ここでは戦いの最中に先手を打って利益を収めることについて述べられています。

孫子はいう。およそ戦争の原則としては、将軍が主君の命令を受けてから、軍隊を統合し兵士を集めて敵と対陣して止まるまでの間で、軍争――機先を制するための争い――ほどむつかしいものはない。軍争のむつかしいのは、廻り遠い道をまっ直ぐの近道にし、害のあることを利益に転ずることである。(中略)軍争は利益を収めるが、軍争はまた危険なものである。もし全軍こぞって有利な地を得ようとして競争すれば、(大部隊では行動が敏捷にいかないから、)相手より遅れてしまい、もし軍の全体にはかまわずに有利な地を得ようとして競争すれば、(思い荷物を運搬する)輜重隊は捨てられる。(――軍隊に輜重がなければ敗亡し、兵糧がなければ敗亡し、財貨がなければ敗亡するものだ――)

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P91~92

良いポジションを取ることの難しさが語られていますね。
やはり勝利を掴むのは大変なことなのでしょう。

8.九變篇

常法に捕らわれず臨機応変に取るべき九つの処置について述べられています。

孫子はいう。およそ戦争の原則としては、高い陵にいる敵を攻めてはならず、丘を背にして攻めてくる敵を迎え撃ってはならず、嶮しい地勢にいる敵には長く対してはならず、偽りの誘いの退却は追いかけてはならず、鋭い気勢の敵兵には攻めかけてはならず、こちらを釣りに来る餌の兵士には食いついてはならず、母国に帰る敵軍は引き留めてはならず、包囲した敵軍には必ず逃げ口をあけておき、進退きわまった敵をあまり追い詰めてはならない。以上――、常法とは違ったこの九とおりの処置を取ること――が戦争の常法である。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P103

「常法とは違ったこの九とおりの処置を取ること」とあります。確かに敵兵を逃がすようなやり方などは当時としても非常に斬新だったのかもしれません。

それにしても、『孫子』においては交戦の機会を徹底的に減らすという考え方は一貫しています。

9.行軍篇

これは文字通りです。
軍を進めていくうえで必要になる軍を休める場所などについて述べられています。

およそ地形に絶壁の谷間や自然の井戸や自然の牢獄や自然の取り網や自然の陥し穴や自然の切り通しのあるときは、必ず速くそこをたち去って、近づいてはならない。こちらではそこから遠ざかって敵にはそこに近づくようにしむけ、こちらではその方に向かって敵にはそこが背後になるようしむけよ。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P118

まさしく正論。地の利をいかに取るべきについての素晴らしい教えです。

10.地形篇

ここでは戦争における地形の重要性について述べています。

そもそも土地のありさまというのは、戦争のための補助である。敵情をはかり考えて勝算をたて、土地がけわしいか平坦か遠いか近いかを検討(してそれに応じた作戦を)するのが、総大将の仕事である。こういうことをわきまえて戦いをする者は必ず勝つが、こういうことをわきまえないで戦いをする者は必ず負ける。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P137

こちらもまさしく正論!という感じです。

11.九地篇

土地の種別を九つに分類し、それぞれの特性やそれに応じた振舞いについて語られています。

少し長いですが、まずは九つの分類を見てましょう。

孫子はいう。戦争の原則としては、散地(軍の逃げ去る土地)があり、軽地(軍の浮き立つ土地)があり、争地(敵と奪い合う土地)があり、交地(往来の便利の土地)があり、衢地(四通八達の中心地)があり、重地(重要な土地)があり、圮地(軍を進めにくい土地)があり、囲地(囲まれた土地)があり、死地(死すべき土地)がある。諸侯が自分の国土の中で戦うのが散地である。敵の土地に入ってまだ遠くないというのが軽地である。見方が取ったら味方に有利、敵が取ったら敵に有利というのが、争地である。こちらが(往こうと思えば)行けるし、あちらも(来ようと思えば)来れるのが、交地である。諸侯の国々が四方に続いていて、先きにそこにゆきつけば(諸侯の助けを得て)天下万民の支援も得られるというのが、 衢地 である。敵の土地に深く入り込んですでに敵の城や村を沢山背后に持っているのが重地である。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P145

そして、土地の特性を理解したうえで軍を進める重要性が語られていきます。

およそ敵国に進撃した場合のやり方としては、深くその国内に入(りこんで重地を占め)れば身方は団決し、あいては(散地となって)対抗できず、それで物資の豊かな地方を略奪すれば軍隊の食料も十分になる。そこで兵士たちを保養して疲れさせないようにし、士気を高め…(中略)……兵士はあまりにも危険な立場に落ち込んだ時にはそれを恐れず、行き場がなくなったときには心も固まり、深く入り込んだ時には団結し、戦わないではおれなくなった時には戦う。(中略)みな(あの有名な)専諸や曹劌のように勇敢になるのである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P150~151

およそ敵国に進撃した場合のやり方としては、深く入り込めば団結するが浅ければ逃げ散るものである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P158

人を駒としてコントロールする手法ですね。現代にも当てはまるのではないでしょうか。

12.火攻篇

ここでは火を使って攻撃することについて実践的な方法が述べられています。

およそ火攻めには、必ず五とおりの火攻めの変化に従って、それに呼応して兵を出すのである。(第一は身方の放火した)火が敵の陣営の中で燃えだしたときには、すばやくそれに呼応して外から兵をかける。(第二に)火が燃えだしたのに敵軍が静かな場合には、しばらく待つことにしてすぐに攻めてはならず、その火勢にまかせて(様子をうかがい)、攻撃してよければ攻撃し、攻撃すべきでなければやめる。(第三には)火を外からかけるのに都合がよければ、陣営の中(で放火するの)を待たないで適当な時をみて火をかける。(第四に)風土から燃えだしたときには風下から攻撃してはならない。(第五に)昼まの風が長くつづいたときは、夜の風には(風が変る火攻めは)やめる。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P169-170

なるほど、と言ったところでしょうか。
二十一世紀ではあまり火攻めをしたりされたりする機会はなさそうですが、感覚的には的を射ていると思います。

13.用間篇

間とはスパイのことです。
間(スパイ)を用いる方法について実践的なことが書かれています。

およそ撃ちたいと思う軍隊や攻めたいと思う城や殺したいと思う人物については、必ずその官職を守る将軍や左右の近臣や奏聞者や門を守る者や宮中を守る役人の姓名をまず知って、身近の間謀に必ずさらに追及してそれらの人物のことを調べさせる。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P181

これも非常に理にかなっています。
とにかく準備をしてから行動をする。暗殺というシチュエーションにおいてもその考え方が徹底されています。

『孫子』の魅力 兵法としてだけじゃない。幅広い切り口で読める

戦争だけでない、普遍的なテーマ性

『孫子』はカテゴリーとしては兵法書に分類されるでしょう。
しかし、生き方全般について広く考えさせてくれる文言が多いのも特徴です。

例えば、『 戦争とは詭道―正常なやりかた―に反したしわざである。』などは「戦争」と言う語を様々な言葉に入れ替えることができるでしょう。


また、こちらも正鵠を得ています。

戦ってよいときと戦ってはいけないときとをわきまえていれば勝つ。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P.53

おくびょうになるか勇敢になるかは、勢いの問題である。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P.70

意外と忘れがちな真理ではないでしょうか。


また、現代社会人のお手本のような考え方も登場します。

智者の考えというものは、(一つのことを考えるのに)必ず利と害とをまじえ合わせて考える。利益のある事にはその害になる面も合わせて考えるから、仕事はきっと成功するし、害のある事にはその利点も合わせて考えるから、心配ごとも解消する。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P.107

素晴らしいですね。


他にもたくさんあるのですが、きりがないので。

先進的な思考パターン

他の紀元前の文学に比して、『孫子』はロジカルな考え方をしています。

普通は2000年以上前の人々の作品ともなれば、現代人とは違う考え方が支配的なのが一般的です。
例えば、軍事的な行動などを占いや神の予言によって決定してしまうことなどが挙げられるでしょう。

だいたい同じ時代の作品であるギリシャの『オイディプス王』『アナバシス』『イリアス』、イスラエルの旧約聖書書作(『出エジプト記』『創世記』『ヨブ記』)などにもみられる思考パターンです。(やや時代は下りますが、紀元前1世紀の状況についてはカエサルの『ガリア戦記』でも触れられています)。

要するに「未開な」社会においては頻発する思考パターンと言えます。

ところが、『孫子』は他の同時代作品よりも現代寄りです。

聡明な君主やすぐれた将軍が行動を起こして敵に勝ち、人なみはずれた成功を収めることができるのは、あらかじめ敵情を知ることによってである。あらかじめ知ることは、鬼神のおかげで――祈ったり占ったりする神秘的な方法で――できるものではなく、過去のでき事の類推できるものでもなく、自然界の規律によってためしはかれるものでもない。必ず人――特別な間謀――頼ってこそ敵況が知れるのである。

金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店,2000,P176-177

この箇所、地味ですが『孫子』の凄みが詰まっている文章だと思っています。
何故なら、神への祈りや占いをあっさりと否定しているからです。
成功を成すためには、その根拠が必要であるとはっきり述べているからです。


天命思想が主流だった古代中国においても少なくない反感があったのではないでしょうか。

しかし、そんな社会に迎合することなく「『常法とは違った』この九とおりの処置をとることが『戦争の原則』である」など時には非常に強い言葉で自説の正当性を主張しています。

先進的ではない思考パターン

とはいえ、2000年以上前の文学作品なので現代人にとっては受け入れるのが難しい価値観も登場します。

死すべきスパイ

たとえば、スパイについて。
先に触れましたがスパイについては一篇を割いて語られています。

そのなかでは彼等の重要な使命を考慮してか、給与を多めに支払うことを推奨しています。
この辺、さすがです。現代にも通じる部分があります。

しかし、驚くのはその職種です。
なかには死を前提としたスパイもいたのです。

敵に捕まって嘘の情報を吐き、敵味方双方をだますような仕事をしていたようです。
そして、捕まって殺されることを前提にしていたので「死間」と呼ばれていたようです。

なかなか現代の倫理観には合わないでね……。
と思いながら書いていたのですが……。

現実にはそういう事例もあるようです。
現代社会の後進的な面が『孫子』の時代における先進的な面とリンクしているのかもしれません。

ブラック企業的マインドコントロール

九地篇では、逃げ出す余地のない極限状態に追い込めば兵士は能力を発揮すると書かれていました。

これも事実だと思います。
そして、こういう考え方のリーダーが未だ少なくないというのもまた事実でしょう。

個人的には人をもののように効果的に扱うことに抵抗を感じます。
ただ、生きていくために2000年以上前にはそうせざるを得なかったことも理解できます。
でも、果たして今もそうなんでしょうか。


ここも現代社会の後進的な面と『孫子』の時代における先進的な面がリンクしてい

るのかもしれません。

『孫子』は良い面でも悪い面でも現代的なのかもしれません。

自分なりの信義を

『孫子』の内容は当時の中国においては「正しくない」とされた内容も含まれ得ていたかもしれません。
何故なら大部分の人が『孫子』と異なる内容を事実と考えていたからです。
天動説と地動説みたいなものです。

ただ、結果的には『孫子』の内容が事実となり、2000年以上あとにさえ愛読されるようになります。

孫子の著者とされる孫武は、何を思っていたのでしょうか。
受け入れられないことを寂しいとか、悲しいとか、考えていたのでしょうか。
それとも「みんなバカだ」と一笑に付していたのでしょうか。

ただ、一つだけ確かなことがあります。
彼が周りの顔色を窺って書き残す(言い残す)内容を変えてしまっていたら、『孫子』は名著にならなかったでしょう。
現代まで残ることもなかったでしょう。


真剣に考えこんで「正しい」と結論づけた考えや行動は、決して曲げてはいけないのです。

たとえ、誰からも理解されなくても。

結びに代えて『孫子』を読んで

最後に。個人的に面白いと思った切り口を。

孫子』はおそらく古代社会の価値観として非常に大きな存在感であった「名誉」や「男らしさ」をばっさり切り捨てています。

しかし、それは「負け犬」になるのではなく、あくまでも勝利者に近づくため。

孫武が振り切ろうとした必要のない価値観は、2000年経った今でも存在しています(それを厭う層でさえ無意識に支配されている)。

たとえ、誰からも理解されなかったとしても、自分が思う正しさの道を真摯に考えながら歩んでいきたい。
そう思いました。


それでは。

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