平安京のニオイ/安田正彦  平安京はどんなニオイがしたのか。死者の匂いがした。



こんにちは。

今回は平安時代です。
『平安京のニオイ』は平安京における「ニオイ」について論じた一冊です。

偉大な人物がどれほど偉大なことをしたのか、というような我々がイメージする歴史のスタイルとは大きく異なる、人々の暮らしを浮かび上がらせるような研究書になっています。

楽しかったので、少しだけ語ります。

平安京のニオイとは。 桜の花咲き乱れる貴族的雅やかさと、庶民の周りに漂う地獄のような生活と。

見わたせば 柳桜をこきまぜて 宮こぞ春の錦なりける

『古今和歌集』,角川ソフィア文庫,KADOKAWA,p.60

「都をはるかに見渡せば、柳の翠と桜の白を混ぜ込んで、さながら春の錦のようであった」という一句です。

古今和歌集に乗っています。
平安京の美しさを切り取り、現代の我々にまで伝えてくれる素敵な詩です。
そして、本著は冒頭にこの美しい和歌を引用した後、現実の平安京がどれほど凄惨だったのか克明に描き出します。

平安京の現実

まずは不快な匂いについてです。
『今昔物語』や法令や考古学調査などに基づいて、平安京における不快臭の実像を探っていきます。

糞臭に関する逸話

いきなり強烈です。いつくか例を挙げましょう。

  • 清涼殿(天皇がいる御所)の内側に、犬糞の匂いが満ちる。
  • 糞の堆積した場所が町中にあった。
  • 貴族宅において溜まった糞便は自宅外の側溝に捨てられる。
  • 側溝にはゴミ、生首、糞便が溜まり、やがて道路に溢れ出す。
  • というか、下々の者は側溝にトイレをしていた。

等々でしょうか。

おいおいまじかよ、と言わんばかり糞尿パラダイスです。
衛生的にも危険そうですね…。

死臭に関する逸話

続いて死臭について、『方丈記』や公文書などを踏まえつつ、当時の状況を再現していきます。

平安京にとって飢饉、疫病大火、地震、集中豪雨などは日常茶飯事でした。
そして、その日常茶飯事が起きるたびに、大変な数の死者が京中に溢れていたようです。

では、また具体的に。

  • (疫病時)道端に数え切れないくらい死体が転がる。腐敗する。犬や鳥が喰いまくる。匂いが凄くてそこを通る人は鼻を仰ぐ。
  • (日常時)加茂河原と島田の髑髏等を数えたら五千五百余あった(たぶん匂いが風で飛ぶ)
  • 魚の匂いが凄まじく臭い。
  • 人や家畜を土葬しても匂いはあがってくる。
  • 犬は糞を残す上に死んだら腐る。

といったあたりでしょうか。

とりわけ、飢饉の話が強烈ですね…。
また、人が死ぬということは現代よりもはるかに日常茶飯事だったようです。
家族に捨てられた娘が家の前で犬と食いあいながら死んだ記録も残っています。

強烈な世界ですね……。
冒頭の句とはまるで異なる京都の実情です。



糞臭と死臭が混ざり合えば強烈な匂いもしたでしょうし、目に映る光景は地獄そのものだったでしょう。

貴族達の生活

一方、不快なニオイだけでなく良いニオイも存在していました。
ただし、そのほとんどは『源氏物語』や『枕草子』などの高級貴族の世界を描写した文章からです。

そこから雅やかな感性や美意識を読み解くことが出来ます。

主な例は下記のとおりです。

  • 墨の匂い(麝香や竜脳などの香料入り)
  • 松明の煙の匂い
  • 麻や椿でにおい付けされた油で燃やす灯の匂い
  • 白木の匂い
  • 着物に焚きつけた香の匂い(麝香等)
  • 酒の匂い
  • 花の匂い

と言ったところでしょうか。
何かを焚くニオイが多い気がします。

木のニオイが、彼等にとっては身近な良い匂いだったのかもしれませんね。

断絶された香りの世界

そして、美しい香りに包まれた『枕草子』や『源氏物語』のニオイと、現実の京都のニオイが違う理由について推測します。

清少納言や紫式部が住んでいたのは大邸宅です。
その周りには木立さえある大きな庭園が取り囲んでいました。
死臭や糞臭が遮断され、彼等の元まで届くことはなかったのです。


下界から切り離された優雅な世界だからこそ、彼等は豊潤な香りを楽しむことが出来たのです。

まとめ 『平安京のニオイ』 個人的に面白かったところ。 紫式部の憂鬱。

いかがでしたか。
なかなか納得いく結論ではないでしょうか。

ただ、もちろんですが、清少納言や紫式部下界から完全に断絶していたわけではなりません。
彼等は外には厳しい現実があることは十分承知していたのです。
そこが非常に面白いと思いました。

何故なら紫式部の生き方のスタンスが「恵まれてることは分かってるけど、私は憂鬱」だからです。
あれだけ壮絶な現実を見ても、なお、そう思ってしまうのです。

生きることは深い業を背負い続けることなんだな、と思いました。



それでは。

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