物語はイナゴの大群で、僕達は食い尽くされて骨になる。 ~『浦島太郎の文学史』を読んで~


浦島太郎の物語を知らない人は、あまりいないだろう。

浦島太郎は貧乏で心優しい漁師で、
いじめられてる亀を助けて、
竜宮城で乙姫と会って、
帰ってきたら何百年も時が流れて、
玉手箱を開けたらあっという間にお爺さん。
めでたしめでたし。


めでたしめでたし?

能天気な子供だった僕は何も考えてなかったけど、感受性の強い少年少女たちはこの理不尽な結末について考察していたらしい。

そんな豊かな感性を持つ少年少女の中には太宰治もいたし、『浦島太郎の文学史』を書いた国文学者の三浦佑之もいた。

去勢された浦島太郎

奈良時代の浦島太郎

三浦佑之によれば、浦島太郎の物語は中国の神仙思想(不老不死なんかを希求する神秘思想)に影響を受けて奈良時代に執筆されたらしい。

当時の内容は僕達が知るものとだいぶ違っていた。
性的なニュアンスが強く含まれていた。

あと乙姫がいない。助けた亀が仙女になるから。
浦島は風流なナイスガイで、
2人は蓬莱山に行き、
浦島は積極的な仙女とやれる。

でも、3年も経つとホームシックになる。

故郷に帰ると長い月日が流れている。
女から渡された玉匣を開けると、浦島太郎は年老いた仙人になる。


仙女と同じ身分になって、一応ハッピーエンド。


中世の浦島太郎

中世になると仏教の影響を受ける。
浦島太郎の物語は若干姿を変える。

まず浦島あ貧乏になっている。
主人公が貧乏。日本の昔話の基本。

浦島は亀を釣り上げ、恩着せがましく海に返す。
すると亀は女になって、2人は蓬莱山に行く。
奈良バージョンと同じように浦島は仙女とやれる。


やっぱり3年経つとホームシックになる。

故郷に帰ると長い月日が流れてる。
浦島は玉手箱を開けた後、いったん老人になる。それから、鶴の姿の神になる。

そして、天上で元々は亀だった仙女と結ばれる。ハッピーエンド。

明治の浦島太郎

だけど、明治時代に入ると決定的な変化が起きる。
国定教科書に採用されるにあたり、恋愛要素が全て排除されてしまったのだ。

浦島は亀を助ける。でも、亀は亀のまま。
その背中に乗って竜宮城に行く。
まるでアイドルさながら、偶像のような乙姫が現れる。

浦島はやれない。

当然ホームシックになる。
そりゃそうだろ、ふざけんなって話だ。
浦島は故郷に帰る。数百年の月日が流れている。

浦島太郎は玉手箱を開ける。ジジイになる。何も起こらない。

めでたしめでたし。
めでたしめでたし?

どう考えても地獄の始まりだろう!

都合の良い男:浦島太郎

僕達が知ってる浦島太郎は去勢されている。

お国に都合のいい物語として一番大事な部分を抜き取られ、
そのくせお国公認のハンコで権威づけられ、
そんなものをありがたく甘受しながら成長し、
やがてはまた次の世代に語り継いでいくわけだ。

まがい物を語り継いでるなんて、考えもしないままに。

物語は時代に染まる

怪人物語二十一面相

どうやら、物語は時代に合わせて簡単に姿を変えるらしい。

その時々の倫理観や空気感に意図せず染まることもあるだろう。
或いはそういうものに意図的に抗おうとすることもあるだろう。

ただ、最も影響力を持っているのは、その物語が流布することで利益を得る人達だと思うのだ。

『浦島太郎の文学史』が主張するように、浦島太郎の物語が個人の創作物だったとしよう。
当然、著者には(あるいはそのスポンサーには)最先端技術である神仙思想を日本に流布するという意図があったはずだ。

さらに言えば、浦島太郎の話が日本書紀や風土記に取り込れるときには、形式的ではあるが、地域の有力者の先祖ということにされている。

昔は紙も筆記能力も今より遥かに価値あるモノだった。
書き残されたのは、社会的な有力者達にその価値あるモノを費やすだけの見返りがあると認められたからだ。

そして、浦島太郎はそんな時代の有力者達の思想と利益にどっぷり漬かりながら1300年もの時を生き永らえる。

奈良時代は神仙思想に染まり、
室町時代以降は仏教思想に染まり、
明治以降はお国様による児童向け教育に染まり、
戦後は厳しい資本主義のルールに染まり。

無数の類似物語を生み出しながら。

溢れ出す物語

物語、凄いな。

人を引き込む物語は多くの人に重宝される。
特に物語を使う側に。


そして、思うのだ。
今の時代には、物語が溢れかえっている。
物語が、あまりにも多すぎる。

現代における物語の過剰すぎる増殖

「消費者はものではなく物語を消費してる」
どっかの広告代理店の人かコピーライターが言ってた気がする。
ぐうの音も出ない正論だ。

ただの「ざるそば」よりも「良い水を使って、昔の人が編み出した製法で作られたざるそば」と言われたほうが美味しく感じる。
観光地の飯って、そんなのばっかりだ。
でもさ、だいたいの飯ってさ、どこでも食ってもそんなに変わらないじゃん。


心を動かされたとき、僕達は誰かの術中に嵌まっている。
広告もそうだし、SNSに溢れかえるストーリーとやらでもそう。

分かりやすくては心動かされる物語は、確かに良い。
日頃の鬱屈を代弁してくれたり、
世界に感じる苛立ちを超シンプルに表現してくれたり、
自分は悪くなかったんだって気付かせてくれたり、
キラキラした世界が存在することを教えてくれたり、
ひょっとしたら自分もそこにいけるかもしれないって思わせてくれたり。

本当に、夢のようで、希望のようで。
視界が一気に開けたような気持ちにさせてくれるよね。
雨雲が一瞬で消え去って青空が現れたような気持ちにさせてくれるよね。
自分がとても賢くなったような気持ちにさせてくれるよね。


でもさ。

んなもん、嘘に決まってんだろ。

誰かの手のひらの上で、転がされるだけに決まってんだろ。


キラキラした気持ちになってるあんたを見て、何処かの誰かが冷静に金勘定してんだよ。

クッソつまんねえ仕事してるときのあんたと、全く同じ目で。

物語に喰らい尽くされる僕達

でもさ。
僕達はさ。

本当は心の底で嘘に騙されたいと皆思ってるんじゃないのかな。
転がされて楽になりたいって願ってるんじゃないのなか。


だから、物語はどこまでも広がっていく。
物語は僕達の大切な日常を食い散らかして、さらに大規模化して、もっと多くの人間の日常を喰らい尽くしていく。

物語に支配されて考えるとき、僕達は実は何も考えていない。
物語に支配されて行動するとき、僕達は誰かを守るつもりで傷つけている。


物語は、畑を食い荒らすイナゴの大群だ。

誰かの物語に操られている間は、何かを消費することしかできない。
後には、一時の満腹感とすぐにやってくる飢餓感が残るだけ。


じゃあ、自分で物語を書けばいいのか?
は? 馬鹿も休み休み言った方がいい。
ゴミが溢れかえっているのに、また新しくゴミを増やすなよ。

誰にも見聞きされてない物語はクソだ。

多くの人から愛されてる物語も、あんたを食い物にしようとしてるクソでかいクソだ。

分かりやすくて、感情的で、なんとなく代弁してくれてるような気分にしてくれるやつな。
代弁? 言いたいことがあるなら自分の頭で考えろ!

馬鹿だと思う。クソだと思う。正気かよとさえ思う。
きっと、あんたらのことを理解できる日は来ないとさえ思う。



このブログだって好きなものについて語りたいっていう尊い意志だけじゃない。
僕の自己顕示欲だってあるし、グールグアドセンスやアフィリエイトで小遣いくらいの稼ぎが出たら良いって思ってる。

まあ、哀しいほどに出てないけど。

僕だって物語に飲み込まれている

だから、そう、僕だって物語なしでは生きていけないってことだ。
それが本当に最悪だ。

クソみたいな物語の典型的な例が僕だと言ってもいいかもしれない。
恥ずかしいし、惨めだ。他に言いようがない。


とにかく。
何かを分かりやすく整理することはその時点で物語だ。
起承転結、序破急、三幕構成。
誰かに説明するときに、誰かを説得するときに、頭で考えながら喋るはずだ。

目の前にある何かを説明するとき、人によって差異が生じる。
言葉のチョイスは人によって違う。
ある家の特徴を語るとき、その言葉は人によって違う。
形状から始めるか、色から始めるか、景観との関係から始めるか。
それはもうあんたが奏でる物語だ。

たぶん、それは、それこそが希望でもあるのだろう。
だけど、僕には物事のほんの一面だとしか思えない


無限地獄だ。
僕もあんたらも一緒だ。
物語に右往左往させられて気持ち悪い自意識を振り回して自分だけは特別って思ってくるせに、橋の上の人間に餌をねだるコイの群れみたいな連中。


俺だってその一人だ。あんただってその一人だ。

誰かの手のひらで踊っていて、そのことに気付いてない。
誰かを手のひらで躍らせて悦に浸って、でも自分だって踊らされてる。
キラキラした世界に手を伸ばしながら、でも実は泥沼で溺れていて、
傷つけられてるって喚きながら誰かを傷つけて。

僕達の自我はイナゴに身体中を喰らい尽くされ、もう生きているとは呼べない状態なのかもしれない。

そして、僕達は生きていくためには、どうしたって誰かにとってのイナゴを作らなくてはならない。
経済的にも、たぶん精神的にも。

玉手箱が欲しいだけ

どうすればいいんだ。
どうしようもないだろ、こんなの。

僕達は多分永遠に玉手箱を開けることができない。
無限に続く竜宮城の享楽の只中で、本当に欲しいものが何かも分からない。
そして、もう出口は消えてしまっている。

僕はただ終わりが欲しいだけなのに。


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