『サトニ・ハームス奇談』について。 アレクサンダーとクレオパトラの隙間に花開いた、夢幻の魔術絵巻。

こんにちは。

紀元前文学第25回目は、古代エジプトの『サトニ・ハームス奇談』です。

プトレマイオス朝という古代エジプト文明の最終期に書かれたということもあり、多くの注目を集めている文学作品とは言えません。
しかし、古代エジプトにおいて魔法などの(現代人にとっての)超常現象がどのような感覚で理解されていたのかを示す貴重な物語です。

成立年代は紀元前233年頃とされています。

アレクサンダー大王の死からおよそ100年が過ぎ、クレオパトラの登場までおよそ200年、『サトニ・ハームス奇談』は古代エジプト文明に訪れた最後の栄華となる一時に花開いた幻想奇譚と言えるかもしれません。

『サトニ・ハームス奇談』のあらすじ

主な登場人物

  • サトニ・ハームス ウシルマリ王(ラムセス2世)の王子。エジプトでも並ぶ者のいない程の魔法使い。実在した人物。
  • アンハト・ホルラー サトニの弟。力自慢
  • ネフェルカプタハ メルネブプタハ王の息子。ミイラ。
  • アフリ ネフェルカプタハの王妃。ミイラ。
  • テブブ バステト神殿に使える巫女。

1.最強の魔術書を求めて

物語の舞台は紀元前13世紀頃です。
ウシルマリ王(ラムセス2世)の息子サトニ・ハームスは神聖な書物を読み、不思議な力を持つ文字を書くことができるエジプトでも最強の魔法使いだったのです。

ある日サトニが学者たちと魔力のある書物について語らっていると、一人の老人が突然笑いだしました。
当然、サトニは当然その理由を尋ねます。
すると失礼にも、老人は「お前がろくすっぽ魔力を持たない書物についているので笑いたくなったのだ」と言い放ったのです。

さらには「本当に力のある書物を読みたいというのならわしとともに来なさい」と畳みかけます。
その呪文は強大なものであり、「第一の呪文を唱えれば、天と地と地獄と山と海にも魔法をかけられるようになり、天の鳥や地の蛇も自由にできる。第二の呪文を唱えるならば、死んで墓に入っても地上と同じときの姿でいられる」とさえ言ったのです。

知的探求心が深かったことを考古学資料でも知られているサトニにとって、その提案は魅力的だったようです。サトニは迷う様子も見せずに首肯しました。

老人はその呪文が記された魔法の書はネフェルカプタハ王子の墓にあるとサトニに告げました。

サトニはウシルマリ王(ラムセス2世)と相談をしたうえ、弟のアンハトを連れて墓へと向かいました。

2.ミイラの嘆願 輝ける魔術書

サトニアンハトはメンフィスにあるネフェルカプタハ王子の墓へと忍び込みました。
すると、驚いたことにお墓の中がまるで太陽があるように明るいのです。

そして、その光源になっているのが魔法の書物でした。

お墓の中には主であるネフェルカプタハだけでなく、妻アフリや息子マーケンスの「うつし」もいました。
当然、全員ミイラになっています。

サトニは書物を要求しますが、アフリは拒否します。
そして、「書物を持っているだけで数多くの不幸が起きる」とアトニを脅すように告げます。

そして、アフリたち一家の身に起きた悲劇を、等々と語り出しました。

3.繰り返される悲劇(過去編)

生前のネフェルガカプタハは知性的な人物であったらしく、しばしば様々な書物を読み漁っていました。
しかし、ある日見知らぬ老人に「お前がろくすっぽ魔力を持たない書物についているので笑いたくなったのだ 」と言われます。


さらに老人は「自分はトト神によって書かれた魔法の書物のありかを知っている」とさえ言うのです。
ネフェルカプタハは好奇心を抑えることができなかったようです。
「その書物の場所まで連れていけ」と老人に要求をしました。
老人は自分の墓を建てる費用として銀を要求しましたが、ネフェルカプタハはすぐに与えました。

老人は「魔法の書物はナイル川の中央にある小島にある」と教えてくれます。

ネフェルカプタハは周囲の反対を押し切ってナイル川へと向かう決心をします。
そして、家族を小舟に乗せてネフェルカプタハは、魔法の書物が埋められている小島へと向かいます。

ネフェルカプタハは書物を封印している箱を見つけ出します。

その周りには不死の蛇がいました。ネフェルカブタハは呪文を唱えて撃退します。
そして、見つけた箱は鉄製でした。開けるとその中には青銅の箱があり、それを開けるとヤシの箱があり、さらに象牙と黒檀と木の箱があり、その中には銀の箱があり、その中には黄金の箱がありました。
その中には、魔法の書がありました。

ネフェルカブタハが第一の呪文を唱えてみると天と地と地獄と山と海にも魔法をかけられ、第二の呪文を唱えると神々を伴って太陽と月と星を見ることができました。
老人の言ったとおりのことが起きたのです。

ネフェルカプタハは船に戻り、アフリに魔法を見せます。
そのあと、新しいパピルスに魔法の書物の内容を書き記し、香水をまぶして水に溶かします。それを一気に飲みこんだところ、魔術書に書かれていた内容を我が物にすることができました。

あと一歩で、ネフェルカプタハは大きな名誉を手にすることが出来たのかもしれません。
しかし、事態は急変します。トト神が自分が書いた本が奪い去られたことを知り、激怒したのです。
ラー神はトト神がネフェルカプタハ一家を自由にする許可を与えます。


まるで気が触れたかのように、息子マーケンスや妻のアフリが船から落ちて溺死します。
そして、ネフェルカプタハも胸に書物を括りつけたまま、ナイル川に飛び込み溺死します。

4.魔術書を巡る戦い

アフリの長い話も、サトニの決心を揺るがせませんでした。
サトニは力づくでも奪い取るという強迫さえするのです。


ネフェルカプタハは立ち上がります。
二人は古代エジプトでの将棋で勝負を決めることにします。

まずネフェルカプタハが勝利しました。
すると、ネフェルカプタハは呪文を唱え将棋盤で無理やり足まで墓の出口まで押し戻しました。

さらに三回負け続け、サトニは桃のあたりまで出口へと押し込まれました。
さらに六回負けて、耳まで穴の外まで出てしまいました。
もう絶体絶命です。サトニは機転を聞かせます。


サトニはそこで将棋盤の向かいにいるネフェルカプタハを掴みます。
そして、墓の外にいる弟のアレハトに王のもとから護符と魔法の本をもらってくるよう命じます。
アレハトの持ってきた護符の力でサトニは魔術書を奪取し、そのまま逃げ去ることに成功しました。

光を放つ魔法の書が失われ、墓の中には暗闇が残りました。

5.ファム・ファタル?

地上に戻ったサトニはウシルマリ王(ラムセス2世)から魔術書を返すように諭されます。
しかし、耳を貸そうとしませんでした。

そんなある日、サトニがプタハ神殿を歩いていると大勢の少女を連れた美しい巫女に出会います。
召使の者に確認したところ、バステト神殿に使えるテブブという名の巫女であるようです。

サトニテブブのことを魅力的だと思ったようです。
自分が王子であり、なおかつ一晩を共にしてくれたら金10片を渡すと召使を経由して伝えました。

テブブは激怒します。そこまでは良く分かるのですが、なぜか、自分に会いたいなら自宅に来いと告げます。

テブブの言葉につられて、サトニはあっさりとついていきます。
サトニは欲望のままに事に及ぼうとしますが、テブブはその勢いを巧みにいなします。
香を焚いて雰囲気を出しながら、
「自分と夜を超すならば、財産を全て寄こせ」
「あなたの子供では出なく自分の子供が相続で有利にするように」
「というか、そもそもあなたの子供を殺しなさい」
という衝撃の要求をするに至ります。
そして、サトニはこの要求すら飲み込みます。

そして、さすがにもう本番だろうと思ってサトニテブブの身体に近づくと、テブブが口を開きます。
その口は驚くほど大きくなっていき、それから嵐が巻き起こって……。


ふと気が付くと、サトニは裸で台所に転がっていました。

6.すべての調和

サトニはウシルマリ王(ラムセス2世)の命令を受け、魔法の書物を返しに行くことにします。
ネフェルカプタハの墓を再訪し、彼等は互いをほめたたえました。


サトニネフェルカプタハの依頼を受けて、「うつし」ではない本物のアフリとマーケンスを墓に運び込もうとします。しかし、方々歩き回り、古い石碑を読んだりしても、どこに埋められているのかなかなか分かりません。

見るに見かねたネフェルカプタハが老人に化け、適切なヒントをサトニに与えます。
そして、サトニはついに墓を見つけ出すことに成功します。

そして、二人の亡骸はネフェルカプタハのもとに戻ります。


不運な先祖の霊は家族と共に安らかな死後の暮らしを手に入れ、物語は幕を閉じました。

『サトニ・ハームス奇談』 の魅力

物語全体を通して魔術的なギミックが多数登場します。
その多くが、現代の読者には魅力的に映ります。


いくつか例を見てみましょう。

魔力を持つのは、人ではなく書物

エジプト最強の魔法使いだったサトニは魔術の本を読むことができたし、不思議な力のある文章を書くことができました。
面白いのは、力は人間ではなく本・文字・知識の側に宿るということです。
そして、サトニは見知らぬ老人に「ろくすっぽ魔力を持たない」本について話していると笑われます。

その一方で、魔力の宿った本を水に溶かして体内に摂取すればその本の力を得ることができるという概念があることも、 ネフェルカプタハ の過去から判明しています。

ほぼほぼわざマシンですね。

光る魔書

話のキーになる魔法の本は、ながらく ネフェルカプタハの墓を照らしていました。

光る本。これも意外と珍しい発想でしょう。

ミイラの「うつし」

この「うつし」、原文ではどういう意味なんでしょうね。

グレッグ・イーガンのSFなどに頻発する大元の人格をスキャニングした<コピー版人格>のようなイメージなのでしょうか。

そうすると、この「うつし」は無数に存在することが可能になります。
普通に考えれば、自我が無数に存在することになり、アイデンティティの崩壊も起きるような気がします。

「うつし」と大元の関係が気になります。

式神みたいなウシェブティ

作中において
1,人形の水夫と舟に呪文を唱えて、
2,渡し船と人工を実体化させ、
3,自動的に労働をさせる。

というシーンも登場しています。(本記事では省略)

来世の使用人代わりに埋葬されているウシェブティという人形の事ですね。
王族や貴族などが来世でも困らないように送り込まれる人形です。
実際に使っているシュチエーションが見られるのも、考古学的史料が実際に使われている状況をみられるのも紀元前物語の楽しい特徴です。
(もちろん精査が必要なことは重々承知しております)

将棋バトル

サトニネフェルカプタハは魔法の書をかけて将棋で勝負をします。そして、何とも悲しいことにサトニは10連敗してしまい、ネフェルカプタハの魔術によってサトニの身体は徐々に墓の外へと押し出されていきます。

これもかなり不思議な魔術です。
何故将棋で負けると体が押し出されるのでしょうか。
というか、最初っから押し出せばいいじゃねえのでのしょうか。


しかも、この魔術もウシルマリ王(ラムセス2世)の護符を身に付ければ若干相殺されているようです。

幻術? 色仕掛け?

散々お預けを食らったサトニがようやくテブブの身体に触れようとすると、突然テブブの口か大きくなり、嵐が巻き起こり、気づいたたら朝になっていた。

という、あまりにもみっともないシチュエーションですが、物語の構造においては非常に重要な要素です。
強大な魔力の本を手にして調子に乗っていたサトニが完全に鼻をへし折られたことを象徴しているシーンだからです。


そして、この作中でもトップクラスに幻惑的な部類に属する魔法を経たうえで、サトニは大人しくファラオの忠告を聴くようになり、魔術の本を返すことを決心しています。

現代ファンタジー的には幻術、というやつでしょうか。
ファンタジックな幻が現実を突きつける。話の構成としてよく出来ています。

(こちらは子供向けであるため、大人びた内容が削られています)

結びに代えて 現代にも通じるような文脈?

『サトニ・ハームス奇談』の最大の特徴は、分かりやすいお話ということだと思います。

魔法を用いた派手なギミック、いかなるときも正論を述べる偉大な王・ラムセス二世、欲望に流されやすい男が周りの静止を押し切って幻の栄誉を手にして、それがすぐに幻だと気づく。
そして、魔法の書を返すべきところに返し、現在も過去もあるべき調和に納まる。最後に納まりの悪い違和感は残りません。

古代エジプトと現代日本では状況が全く違うので、どういう文脈において『サトニ・ハームス奇談』が存在していたのか理解することは難しいでしょう。
ただ、こういうシンプルで分かりやすい物語を求める層がいたのはそれなりに確からしいように感じます。


そして、人目を惹きつける派手さがあって、シンプルで分かりやすい「物語」を好き好んで「消費」している団体は、現代日本語圏のインターネットコミュニティに散見されます。
互いに馬鹿にしながら、互いをシンプルな正義だと思っている方々が。

『サトニ・ハームス奇談』を読んだ後に、彼等の「物語」を読むと、新たな発見があるかもしれません。


それでは。


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