深夜の林道/Sの6年間に祝福を

気持ちが変な方向に沈みそうなので、気分転換がてら週末の出来事を。

午前中、久しぶりにスマートフォンに着信があって。
いつもならシカトするんだけど、その時はできなかった。目を疑った。

俺より6年前に仕事を辞めた同期のSからだった。
6年ぶりの連絡だった。

Sとの出会いと別れ

Sとの出会いはよく覚えている。
採用面接待ちの時間中、緊張を紛らわせたかった俺は隣に座るSに声をかけた。

Sには緊張してるそぶりなんか全然なかった。
内心イチイチ声かけてくんなよって思ってる感じはしたけど、それでも無難な会話をちゃんとしてくれたことを覚えている。

優秀な奴なのかな。俺は何となくそう想像していた。
あと、きっとスクールカーストは高めの奴だったんだろうなと。
そして、同じ会社に入って、自分の想像が間違っていたかったことを俺は知った。

研修中はどんな課題も器用にこなし、飲み会ではジョッキ片手にあちらこちらを盛り上げて回る。
簡単に言えばリア充で、どんな時でも話題の中心にいるような奴だった。

ただ、少なくともただのチャラい奴ではなかった。
やらなくてはならないことに対しては、とにかくストイックだった。

しかも、自分にも他人にも厳しい奴で、俺に対しても「そんなことも分かんないの?」とか平気で言うやつで。
最初はちょっとむかついたけど、俺はすぐに考えを変えた。
人に言うだけのことはあって、あいつは凄まじい努力家だった。

あいつも俺も、配属されたのはいわゆる「働かないおじさん・おばさん」しかいない部署だった。

入社早々毎日深夜まで残業し、土日も出勤して、必死に働かない連中をフォローしていた。
その後、Sは新人とは思えない大役をS任されるようになり、見事に期待に応えていく。

俺は強い刺激を受けた。
俺は、あいつのことを一番尊敬できるやつだと思うようになった。
いや、もっと率直に表現すべきだろう。
あいつは、かっこよかった。
あいつに、憧れていた。

「働かないおじさん・おばさん」しかいない部署に配属された俺はカルチャーショックに立ちすくんでいたけれど、必死に歯を食いしばるSを見て気持ちを入れ替えた。
そして、俺もまた歯を食いしばって、やるべきことをやろうと決めた。
例え、基礎能力はあいつより遥かに劣っていたとしても。

その後、どうにかあの会社で10年間働けたのは、Sの影響が大きい。
俺たちは土曜日の会社帰りに一緒に飯を食いに行ったり、飲みに行ったり、時にはドライブをしたりするようになった。

俺もあいつも音楽が好きで、一緒にCloudnothingsやFountains of Wayneを聴いて盛り上がったり。
一緒にバンドやりてえな、なんて話もしてたっけ。

今思えば、結構仲は良かったと思う。
それに、何で俺なんかと仲良くしてくれたんだろうとも。


だけど、そんな俺たちの付き合いはあるときに終わりを告げる。
Sが会社を辞めたからだ。

「あんな奴らに付き合うのは、もう限界」
そんなことを言っていたように思う。

最後のほうは、少し元気がなかった。
だけど、俺はそんなに心配してなかった。

だって、Sなら絶対に大丈夫だと思ったからだ。
Sのこと、まじですげえやつだと思っていたからだ。

どんな会社でもSなら絶対にやっていける。

俺はそう信じていた。

その後、時々Sの噂を聞いた。
部署の連中を見返すために業界最大手に転職したとか、
音楽が好きだからライブハウスで働いてるとか、
どれもこれも、てんでバラバラ。
でも、俺は心配してあかった。
あいつならうまくやれてるだろうと思った。

その後、すぐ俺は調子を崩し、数年間踏ん張ったあと休職した。
時々、あいつに会いたいなと思うこともあった。

だけど、できなかった。
俺みたいなどうしようもない奴と、Sが釣り合うはずもないと思った。

たまたま同じ会社で同じ境遇にいたから俺と仲良くしてくれた話をしてくれただけで、こんなに落ちぶれた俺に、あんなに格上の男があってくれるはずがないと思っていた。

そして、落ちるところまで落ちた俺はついに仕事を辞めた。
その2か月後、6年ぶりのSからの電話の要件は、「今から会いたい」というものだった。

Sの6年間

6年もあれば、人は変わる。
整っていたSの顔立ちも少し老けたように見えたし、雰囲気も少し落ち着いたように見えた。

だけど、それは俺も同じだったらしい。随分太ったと笑われた。
そっか。自分で鏡見てる分には気づかないけれど。

俺たちは少しずつ6年間の話をした。

俺の話をしたけれど、そんなに驚いた風ではなかった。
むしろ良くそんなに持っていたなと笑っていた。

だけど、Sの話は、正直に言って、驚天動地だった。

入院をしていた。
精神的な不調が原因で。

「働かないおじさん」に囲まれて孤軍奮闘していた日々は、想像以上に彼の精神に負担をかけていたらしい。
どうしても良くならず、誓約書を書いて。

正直、信じられなかった。
あんなにすげえやつが、どうして、と。

あんなに頭が切れて、そのうえ面倒見の良くて、話も楽しいSが、どうしてこんな理不尽な目にあわなくちゃならねえんだと。

どうしようもねえゴミみたいな同期が甘やかされてのうのうとした挙句に辞めてる一方で、なんでSが。

それに、それにだ。俺は何であいつのピンチに気づかなかったんだ。

でも、Sは俺の想像を絶するほどに凄い奴だった。
そんな状況でSは必死に勉強して、資格とって、年明けから立派な職業に就いて働いていた。

なんか、もう文章書いてても涙が出てくる。
あいつは、やっぱり、すげえよ。

でも、それでも俺は思うんだ。
もし、あいつがあんなゴミみたいな部署に配属されなかったら、あいつはもっと幸せな人生を歩めていたんじゃないかって。Sは昔から結婚したいと言っていた。あいつはモテたし、あんな不運にさえ巻き込まれなければ子供がいたっておかしくないだろう。

もしも、あいつの不運を肩代わりしてやることができたなら。
俺みたいなどうでもいい奴が苦しむぶんには別にいい。誰も悲しまないし、順当だ。
だけど、あんなにすげえやつが理不尽に苦しめられるなんて、俺には許しがたい。あいつを追い詰めた連中がのうのうと怠惰に生きてるってのに。

俺は怒りだって覚える。
でも、それでも、本質はそういうことじゃないんだよな。

俺は知ってる。
あいつがすげえ頑張ったってことを。
今も昔も誰よりもすげえ奴が、誰よりもすげえ頑張ったってことを。

その努力は何物にも代えがたい宝石のようなもので、大切なことはそこに宝石があるということなんだろう。

人の上っ面しか見られないゴミどもがSのことを馬鹿にしたとしても、
そういう連中が世の大半だったとしても、
俺は全力であいつの背中を押してやれるだろう。

そして、願わくばあいつの背中を押してやるにふさわしい人間に、俺はなりたい。

一方の俺には

だけど、どうやって?

失われたやる気はあんまり戻ってこない。
怠惰に日々を過ごすだけ。
株のデイトレでほんの少しは稼げてるけど、生活費を賄うにはほど遠いし、別にこんなことはやりたくないし、いつなん時全部吹っ飛ぶか変わらない。

終わりに、少しずつ、為すすべもなく、近づいている。

Sは這い上がっていくかもしれない。だけど、俺は埋もれていくだろう。

だから、俺は思い出す。
俺もSもまだ若かったころ、深夜の山梨を車で走りながらくだらないことを話していたころを。

周りは暗くて、何も見えなくて、だけど可愛い女の子とか好きな音楽とか社会の理不尽とか、そんなことを笑いながら駆け抜けていた。

暗くたっていいんだ。
その先には凄惨な結末しか待っていなくたって構わない。

ただ、あの頃みたいに、
笑いながら突っ込んでいけるように、
何も考えずに楽しく突き進めるように、
突き進むこと自体がとても楽しいと思えるように、
もう一度そんな風になれたのなら。

いや、違うな。

あの頃も俺は、いつか自分がSみたいになれると思っていた。
だけど、俺はもう現実を知っている。
だから、アクセルを踏む意欲がもう湧いてこないのだ。

明かりもない山の奥で、道行きを照らす光もなく、俺は立ち尽くすことしかできない。

大切な何かが壊れてしまったまま、少しずつ痩せ細り、やがて骨になるだろう。

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