ポスト・クラシカルはクラシックにとってのパンクか? ~その歴史を振り返りながら~


こんにちは。

ポスト・クラシカルという音楽のカテゴリーをご存知でしょうか。

定義は非常に曖昧模糊としていているのですが、
「クラシックで使われるような楽器を主に用いながら、インディーミュージック的な感性で創られた音楽」というところはおおむね共通の理解になっているようです。

ポストロックやエレクトロニカを好む方から愛されているカテゴリーといえるでしょう。
カテゴリーとしてはまだ新しいということもあってか、ポスト・クラシカルの歴史をまとめた文章はあまり見かけません。

というわけで、簡単に書いてみました。

ポスト・クラシカルはパンクか?

「ポスト・クラシカルはクラシックにとってのパンク革命みたいなものだよ」

https://www.bigissue.com/culture/johann-johannsson-interview-post-classical-punk-pigeonholes/

なかなかインパクトのある言葉ですね。

ポスト・クラシカルの黎明期に重要な作品をリリースしていた130701のオーナーDave Howellの発言です。

「クラシックの楽器を冒険的で伝統的ではないやりかたで演奏してる。電子音楽の要素だって取り込むものもいる。クラシックの教育を受けていないアーティストも多いんだ」

https://www.bigissue.com/culture/johann-johannsson-interview-post-classical-punk-pigeonholes/

とのこと。

従来のロックに反旗を翻し若者の心を一気につかんだパンク。
きちんとした教育を受けない者が革新的なスタイルで奏でるクラシック音楽。
言われてみれば、確かにポスト・クラシカルはパンクなんじゃないのかという気もします。

しかし、本当にそうなのでしょうか。
ポスト・クラシカルの歴史を振り返りながら、考えていきたいと思います。

黎明期 原点にしてポスト・クラシカルの頂点 おすすめの名盤ぞろい(2001年-2005年)

まずはポスト・クラシカルの歴史を振り返っていきましょう。

ただ、文章だけではわかりにくいと思うので、参考までに図にしてみました。

いかがでしょうか。


さて、ポスト・クラシカルと呼ばれる音楽が世に出始めたのは2000年過ぎです

Johann Johannsson、Max Richter、Colleenをはじめとしたポスト・クラシカルのオリジネイター達が金字塔ともいうべき名作をリリースしています。
彼等の音楽がポスト・クラシカルというイメージを形作りました。。

そして、彼等はその後も強い影響力を持ち続けます。

Johann Johannsson

Johann Johannssonはアイスランド出身の作曲家・演奏家です。
ティーンの頃はジザメリやSpaecman3を愛するノイズギター少年だった彼は、独学で管弦楽を含む作曲を学び、やがて映画音楽などにかかわるようになります。

そして、2002年には自身名義のアルバムEnglabörnをリリースします。

特徴は、極北のオーロラを思わせる冷たく幻想的な荘厳さでしょうか。
深々と響くストリングスの音色や、白銀の雪を思わせるグロッケン。
月光のように清らかなピアノ。

また、いかにもクラシカルな線の太さがないのも特筆すべきところでしょう。
華奢な雰囲気、触れたら壊れてしまいそうな音色がたまりません。
遺作となってしまったOrpheeは、本作とは対照的な重厚さが魅力的です。

Max Richter

Max Richterはドイツ生まれイギリス育ち。
英国王立音楽院でピアノと作曲について学んだあと、John Cageなどの現代音楽に出会い、ミニマルミュージックに影響を受けていきます。
バンド上がりのJohann Johannssonとは違い、正真正銘のエリート教育を受けていました。

2004年にリリースしたThe Blue Notebookはポスト・クラシカルのイメージを決定づけた不朽の名作です。

彼の魅力はSEや小説の朗読なども含めた幅広いサウンドアプローチです。

それに、同じフレーズをリフレインしながら情緒豊かなサウンドを積み重ね、じわじわと聴き手の感情を揺さぶるような曲展開には壮麗さを感じます。

Colleen

Colleenはフランス出身。
幼少期はジャマイカ音楽に傾倒していたそうです。
クラシックのレッスンを受けることもなく独学で様々な楽器を学び、2003年に30歳でデビューした努力家の才女です。

その魅力は変幻自在にして幻惑的、おとぎ話を思わせる音の世界でしょう。
ハープ、ヴィブラフォン、ギター、オルゴール、SE、オルガン等々様々な楽器を操り、ジャカイカ由来のダブをメルヘンな妖しさを強調するために巧みに使う。
新しい曲が再生されるたびに、おとぎ話の森へと足を踏み入れていく。

他のポストクラシカルが宮廷的ならcolleenは森林的というか、人と人ならざる物の境界のような不思議な世界へと招いてくれます。
ポスト・クラシカル界隈では異色の存在でしょう。
当時も今も孤高の存在です。

※こちらの記事ではColleenの全アルバムについて語っています。

その他の音楽家

Haushuka,Sylvain Chauveau

まとめ

といった感じで、同じような傾向を持った素晴らしい音楽家が同時期に出てきます。

彼等はクラシカルな楽器を用いていました。
しかし、クラシック的ではない音楽的背景を持っていて、それがオリジナリティにつながっていきました。

しかし、彼等が奏でる音楽を表す言葉は当時ありませんでした。
となれば、この一連の動きに名前を付けたいという思いがメディアや聴き手から生まれるのは自然なことでしょう。

『ポスト・クラシカル』という言葉の誕生(2006-2010)

ポスト・クラシカルという言葉が初めて世に出てきたのは、2006年とされています。
なんと、名付け親はオリジネイターの一人Max Richterです。

当時、メディアはMax Richter達の音楽を指してネオ・クラシカルという表現をしていたそうです。

ただ、Max Richterはクラシックのエリート教育を受けています。
そんな彼にとって、ネオ・クラシカルという言葉はストラヴィンスキーのような20世紀前半の新古典主義を指す言葉でした。

そして、インタビューの際に、ポスト・クラシカルという言葉をある種のジョークとして使ったそうです。
ポストロックや電子音楽にも影響を受けているという意味を込めて。


さて、この時期は黎明期のころよりサウンドが少しずつ多様化していきます。
王道的なサウンドのみならず、ピアノやチェロのような特定の楽器に焦点を当てた作品も登場します。

王道なる後継者  Olafur Arnalds

オリジネイター達と一番似通っているのは Olafur Arnalds でしょう。
アイスランド出身の彼は、映画音楽にあこがれ古典音楽もインディーミュージックも分け隔てなく自分のサウンドに取り込むようになったのだとか。

人を引き付けるキャッチーは唯一無二でしょう。
静かに紡がれる優美な音色。
思わず惹きつけられるピアノの旋律。
そして、盛り上げる場面では大胆にドラムスを導入するなどのポップ感覚。

ポスト・クラシカルというカテゴリーの代表格といっても過言ではないでしょう。

また、アルバムによっては作風が変化するのも刺激的です。

ピアニスト達の登場 Goldmund

ポスト・クラシカルの中で大きな存在感を放っているのがソロピアノによるアルバムです。
ポスト・クラシカルの暖かくアットホームな側面がとりわけ強く出ている音楽でしょう。

その嚆矢となったのが、Goldmundです。

2008年リリース。
控えめで繊細で、物憂げなピアノの音色。
古い写真を見た時のような、優しい喪失感で胸があふれかえります。
背景を淡く染める電子音もただただ美しいです。


手編みの刺繍を思わせる、暖かくて味わい深いメランコリーです。

弦楽器(チェロ、ヴァイオリン等)奏者を主役へ
Danny Norbury

クラシックの楽器を主体としている以上、弦楽器を主体としたサウンドも出てきます。

特に美しいのは2009年リリースのDanny NorburyのLight in Augustです。

清澄なピアノの音色、美しい響きを保ちつつ、何かを訴え叫ぶチェロ。
ぶつかりあったと思えば、ひっそりと距離を置き。

またぶつかっては、距離を置き。
息をのむほどに美しい調べの奥には、ひりひりとした緊張感が漂います。


the boats,aus,library tapesなどの作品に参加してきた名脇役が見せた、比類なき存在感。名作です。

その他の音楽家

Hildur Guðnadóttir,emilia

まとめ

サウンドは多様になっていきます。

黎明期のJohann JohannssonやMax Richterがコンポーザー的な立ち位置でアルバムに関わっていました。
一方、後発組はもっとロックバンド的です。
ピアニストだったりチェリストだったり個々の演奏者としてのアイデンティティも強く打ち出し、作品を発表します。
作り手のアイデンティティが、少しずつロックに近づいていきます。

ポスト・クラシカルの拡大と名盤の数々(概ね2010年以降)

ポスト・クラシカルサウンドの多様化と成熟はさらに進みます。
また、従来はポストロックの文脈に置かれていた音楽家に対しても、ポスト・クラシカルのタグが付けられ始めたのもこのころでしょう。

王道の極致

A Winged Victory For Sullen

ソロでも活躍するDustin O’Halloran とstar of the ridのメンバーAdam Wiltzieによるユニットです。

「世界で最も美しいアンビエント」という評が全てでしょう。

天使が舞う大聖堂で一人佇んでいるような気分にさせてくれます。
室内楽的な楽器編成。電子音。柔らかく、どこまでも広がる神聖な音色。
まるで浄化されているかのようです。

ポスト・クラシカルの完成形とも言える一枚です。

※A Winged Victory For Sullenについての記事はこちら

A Tiny Leaves

イギリス出身の作曲家です。こちらもコンパクトな編成です。
A Winged Victory For Sullenのサポートをしていたこともあるそうですが、雰囲気は随分違います。

活き活きとしたサウンドが印象的です。
美しい情緒が贅沢に詰め込まれていています。
ピアノ、チェロ、コントラバス等、エレキギター。
室内楽的なコンパクトな編成が生み出す優雅な躍動感は、ポストクラシカルならではの魅力でしょう。

他の音楽家

moon ate the dark,Stefano Guzzetti,Hior Chronik, Rachel Grimes,

ピアニスト達の深化

ソロピアノのポスト・クラシカルアーティストもその数もバリエーションも増加していきます。
世界中に魅力的な音楽家がいますが、ここでは代表的な方を。

Nils Frahm

Nils Frahmはドイツ出身。
ポスト・クラシカルの一大拠点ベルリンで活動するピアニストです。
ソロピアノ的なアルバムもあれば、多彩なサウンドを織り込んだ実験的なアルバムもリリースしています。

ピアノソロものは、余韻をやさしく響かせるような音色が印象的というか、愛おしくなるアルバムです。
ゆっくりと丁寧につま弾かれるピアノは、胸の奥を少しだけ温めてくれます。



Dustin O’Halloran

Dustin O’Halloranはアメリカ出身のピアニスト。
彼は音を聞くと色を感じる共感覚者なんだそうです。

ストリングスをやや強めにフィーチャーした本作。
静かで、ふわりとした浮遊感があり、でも触れたら消えてしまいそうなほどに脆くもあり。
暗闇の中で小さな光をそっと掴むような、そんなイメージが浮かぶ曲が並びます。


共感覚者に見える「光」とは何なのか? 思わず考えてしまいます。

その他の音楽家

Jean-Philippe Collard-Neven,Andrea Carri,Stefano Guzzetti,
Yuki Murata,shogun,sonic brat

フォークとポスト・クラシカル

Peter Broderick

Peter Broderickはアメリカ出身。
ギターを中心にしたフォーキーな作品もリリースしていますが、クラシカルなサウンドのアルバムもあります。

根底にあるフォーキーで純朴なポップセンスが楽しいです。
ギターのうえに積み重ねられるクラシカルな楽器と飾り気のないボーカル。
仰々しさがなく、自然体。
ポスト・クラシカルでは珍しいタイプです.

その他の音楽家

We like We,Takeshi Nishimoto,Aukai

弦楽器主体

Quartetto Fantastico

Ray Charles,commonやflying lotusらのストリングスアレンジメントを手掛けてきたMiguel Atwood Fergusonによるストリングス・カルテットです。
クラシックを大学で学びA Tribe Called Questを愛した異才による、徹頭徹尾即興のポストクラシカル・アルバムです。

スリリングな解放感は他にはない個性でしょう。
互いに相手を探るように鳴っていた弦も、やがてはおそるおそる絡まりあい、時には一塊になって空高く舞い上がるように広がっていきます。
かと思えば、その高貴な音色を静かに重ねあい、美しいレイヤーを生み出していく。

即興らしい緊張感と即興とは思えぬ完成度を併せ持つ異色の傑作です。


Christoph Berg

Christoph Bergはベルリン在住のヴァイオリニストです。
コラボレーション作品や別名義作品も出しています。

Field Rotation名義ではドローン寄りの作品をだしているせいか、本名名義の本作でもあまり起伏はあまりありません。
ヴァイオリンの豊かな響きを魅せることに主眼を置いているかのような、穏やかなアルバムになっています。

ヴィブラフォン主体

Masayoshi Fujita

ドイツを拠点に活動しているMasayoshi Fujitaは日本出身の音楽家です。
特筆すべきはヴィブラフォンを曲の中心に据えていることでしょう。

ヴィブラフォン特有の凛然とした音色と妖しく後を引く余韻。
チェロやバイオリンの重厚さと高貴さ。
双方の長所が見事に混ざり合い、魅惑的なサウンドスケープになっています。


湖畔沿いの廃城に差し込む月明りのような、気品と幻想が相合わさった音世界です。

ハープ主体

Mary Lattimore

Mary LattimoreはLA在住のハープ奏者です。
Thurston MooreやKurt Vileなどの名だたる顔ぶれのライブのサポートを行っています。

ハープのみでの独奏です。
優雅な音色が軽やかに跳ね回る。かと思えば、煌びやかだけど重々しい音色を降り積もらせたり。
静寂の中に、水滴が落ちるようなひそやかな音色を配したり。
時に深いディレイ・リバーブをかけながら、幽玄な雰囲気を奏でたり。


何百年も前に描かれた幻想的な絵画のような底知れぬ魅惑を放っています。

ポストロックから(へ)の接近

90年代からポストロック界隈でクラシックに接近していくバンドはいました。ただ、あまり規模が大きくないため、ムーブメントにはならなかったようです。
しかし、クラシック寄りのサウンドは連綿と受け継がれ、ポスト・クラシカルとポストロックの境界は徐々に曖昧になりつつあります。

テキサス出身のBalmorheaが代表格でしょうか。

Balmorhea

ギターとヴァイオリン、チェロによる演奏です。
いわゆるポスト・クラシカルとは空気感が非常に違うところが面白いです。
クラシカルな楽器も使われていますが、明らかにロック的なメンタリティを感じます。
しかし、底抜けに明るいわけではなく、ポストクラシカル的な叙情性は非常に強くあります。

テキサスの乾いた風へのメランコリー。といったところでしょうか。


※Balmorheaの全アルバムについてこちらで語っています。宜しければご覧ください。

その他の音楽家

Rachel’s,cicada,eluvium,hammock

まとめ

ポスト・クラシカルと呼ばれる音楽家達は増加し、それに合わせて多様性を増していきました。
併せてポスト・クラシカルというタグが多くの音楽家に付されるようになりました。

ピアニストは特に顕著です。
ピアノが内在的にクラシカルなイメージを持つため、歌なしの落ち着いたアルバムを出せばたいていの場合ポスト・クラシカルと呼べるものになってしまうのです。

さらにポスト・ロックとの境界線が徐々にあいまいになり汽水域的なゾーンが徐々に拡大しつつあります。
ポスト・クラシカルの隆盛とは連動していなかったポスト・ロックのクラシックへの接近ですが、徐々に両者は同一化しつつあります。
ポスト・クラシカルの周辺層が形成されているのです

ひょっとしたら今後も広がっていくかもしれません。
カテゴライズはますます難しくなっていくでしょう。

まとめ ポスト・クラシカルは革命だったのか?

Max Richter達はパンクスだったのか?

さて、冒頭に戻ります。

「ポスト・クラシカルはクラシックにおけるパンクだ」
というDave Howellの発言、果たして本当と言えるでしょうか?

僕はこう断言します。
ポスト・クラシカルはパンクではありません。


パンクはイギリスのロックシーンに多大な影響を与えました。
従来の音楽とは180度違う存在としてシーンに現れました。
その影響はニューウェーブやUSハードコアを通し、現在まで連綿と続いています。
また、若者達のフラストレーションの表出という社会的意義も大きかったでしょう。

しかし、ポスト・クラシカルはクラシックには何の影響も与えていません。

従来のクラシックファンには興味の対象外のようですし、ポスト・クラシカルもポスト・ロックやエレクトロニカの愛好家達に好まれるカテゴリーです。
社会に対する怒りをぶつけるものは皆無と言っていいでしょう。

実際、黎明期から時を経るにつれてポスト・クラシカルの音楽性はクラシックからの距離は遠ざかっていきます。

結局のところ、ポスト・クラシカルはインディーミュージックを愛する者達がクラシカルな楽器を用いて、心の中にある音楽を鳴らしただけなのです。
革命的な影響力など持ち合わせていないのです。社会との関係においても。音楽シーンとの関係においても。

ポスト・クラシカルの未来

では、ポスト・クラシカルとは何なんでしょうか?
僕はブルースだと思っています。

解放された黒人奴隷達が自分達の労働歌を、白人のギターを使って奏でたように。
当時と白人と黒人に比べたらその差は小さいけれど、特定の人にしか扱うことができなかったクラシカルな楽器と方法論を使って若いインディーミュージシャン達が曲を創り、演奏する。

自分達の存在を証明するための道具を、また一つ手に入れたのです。
それは革命ではないけれど、とても尊い小さな一歩。そんな気がします。
そして、本物のブルースのようにポスト・クラシカルが大きな影響を後世に残すかは、今はまだ『神のみぞ知る』といったところでしょうか。







いかがでしたでしょうか。

それでは、また。

2 件のコメント

  • こんにちは。記事を興味深く拝見いたしました。

    僕も昨年からポスト・クラシカルに興味を持ちあれこれと手当たりしだいに聴いてきたのですが、このように時系列や楽器、スタイルなどで整理されていると、全体の流れがとてもわかりやすかったです。

    聴いたことのないアーティストもいくつか紹介されてましたので、これからさらに掘ってみますね。

  • こんにちは。

    ご覧いただきありがとうございます。
    私自身も体系的で分かりやすい情報が欲しいと常々思っていましたので、そう仰っていただけるととても嬉しいです。

    私もポスト・クラシカルを色々掘ってる身ですので、何か良いものを発見したら気が向いた時にでも是非教えてください。

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