こんにちは。
紀元前文学 その12です。
今回はギリシャ悲劇屈指の名作『オイディプス王』です。
エディプス・コンプレックスの語源になった作品としても名を知られています。
成立は紀元前427年頃であり、古代ギリシャ悲劇三大詩人の1人ソポクレスの手による作品です。
古代ギリシャ文化が花開いた時代の、珠玉の一作と言えるでしょう。

あらすじ・感想の前に、まずは『オイディプス王』の背景を
ギリシャ悲劇とは
古代ギリシャのアテネにおいて、ディオニューシア祭で神への捧げものとして上演されていました。
内容としては当然悲劇的な内容であり、モチーフには神話ベースのもの選ばれることが多かったようです。
全体的に、我々の知っている劇とは少し違っていたようです。
まず、下記のような異なる役割を持つ者の掛け合いによって物語は進行していました。
- 仮面をつけた俳優(『オイディプス王』の時代は3人。登場人物がそれ以上いる場合は兼役)
- コロスと呼ばれる合唱隊圏開設者(『オイディプス王の時代は15人』)
コロス、ちょっと分かりにくいですがナレーションをしたりちょっとした端役をしたり、そういう役割を合唱によってこなしていたようです。
また、ギリシャ悲劇には舞台装置が一切ありませんでした。
なので、何かと解説的な台詞も多くなっていたようです。
(「おお、あそこに●●が見えるではないか」的な)
そして、参加した劇作家の中で最も優れた作品を投票により決定したそうです。
要するにコンテストですね。
なかなか盛り上がりそうなエンターテイメントだと思いませんか?
作者ソポクレスとは何者か?
紀元前497/6年頃に生まれ、406/5頃に亡くなったと考えられています。
なんと90年ほど生きています。
その長い生涯で120編の作品を残しましたが、2500年の月日を超えて乗り越え現存しているのはわずか7編のみです。
初めてコンテストに劇を上奏したとき、ソポクレスは当時最高の劇作家と考えられていたアイスキュロスを下して優勝を手にしました。
ギリシャ悲劇界への登場は、実にセンセーショナルな出来事だったに違いありません。
公正な判断が出来ないほど異様な状況になっていたという証言も残っています。
その戦績は圧倒的で、コンテスト参加回数30回のうち1位になったのは18回。
勝利を逃した時も2位以下になったことはなかったそうです。
優勝回数は他の三大ギリシャ悲劇作家を上回り、最多を誇っています。
余談ですが、声が小さいものの大層な美貌の持ち主としても有名だったそうですよ。
若い内気な美青年…、お目にかかりたい…。
『オイディプス王』のあらすじ
主な登場人物
・オイディプス テーバイの王
・イオカステ 先王ライオスの妻であり、現王オイディプスの妻
・クレオン イオカステの弟
・テイレシアス 盲目の預言者
物語が始まるまでのいきさつ
コリントスの王子オイディプスは旅の途中テーバイという都市国家に立ち寄ります。
テーバイの人々は、乙女の顔と獅子の身体を持つ怪物スフィンクスに苦しめられていました。
オイディプスはスフィンクスからの謎かけを見破り、テーバイを救います。
そして、ちょうど亡くなった先王ライオスの後継ぎとして迎えられます。
彼の妻イオカステを自分の妃とし、男女四人の子を設けます。
一時、国は繁栄したものの、やがて疫病や飢饉が蔓延するようになりました。
(1)ライオスを殺害した犯人捜しの開始
テーバイの民が、自分達を苦しめる飢饉や疫病がいかに凄惨であるか語ります。
そして、現状を解決するためにアポロンに神託をしてほしいとオイディプス王に請願します。
オイティプス王は民の苦しみを承知しており、既に妃イスカステの弟クレオスを神殿に使者として送っていると告げます。
そんな話をしていると、神託を受けたクレオスが帰還します。
クレオスが語るところによれば神託は『この地より穢れを追放せよ』というものでした。
先王ライオスが殺した者の罪が贖われていないことが災厄の原因だというのです。
当時の事を知らないオイディプス王は詳細を尋ねます。
ライオスは参拝に向かった道中で殺されました。
命からがら逃げかえったのはたった1人の羊飼いです。
彼によれば、ライオスは盗賊達に手にかかったとのことでした。
そして、犯人は見つかっていません。
オイディプス王はライオスを殺した犯人捜しに全力を挙げることを宣言します。
(2)不穏な預言とクレオスへの疑惑
オイディプス王は人間の身でありながら預言を行えるテイレシアスを呼び寄せました。
しかし、テイレシアスは友好的とは言い難い態度で預言を伝えることを拒否します。
感情的な罵詈雑言が交わされた後、テイレシアスは「そなたが探す犯人は、そなた自身だ」と告げます。
つまり、ライオスを殺したのはオイディプス王だということです。
身に覚えのない誹謗中傷にオイティプス王は激昂します。
そして、クレオンがテイレシアスに不吉なことを言わせたのではないかという疑惑を持つようになります。
オイディプス王はクレオンを激しい言葉で糾弾し、オイディプス王から王の地位を奪おうとしているのではないかと疑います。
クレオンもまた身に覚えがないと反論します。
(3)イスカステと更なる不穏な預言
白熱する口論を収めたのはイオカステでした。
イオカステはオイディプス王を部屋に招き、宥めながら怒りの理由を尋ねます。
そして、成り行きを知ったイオカステは「預言など人間の身では出来ない」と諭します。
さらに、かつて「ライオスがイオカステとの間に生まれた子に殺される運命になる」という預言をされたことを話します。
しかし、ライオスを殺したのは盗賊だし、ライオスとイオカステの子供は既に両足を金具で貫通させて捨てています。
つまり、成就しない預言もあり得るということです。
しかし、 イオカステの言葉はオイティプス王を苛ます不安を増幅させたようです。
ライオスの風貌、殺害の場所、人数など細かい話を尋ねた後に唯一の生き残りである羊飼いを呼びつけるよう伝えます。
イオカステは訳を尋ねます。
オイディプス王が母国コリントスにいるとき、「お前は王の子はない」と告げられたことに腹を立て、神託を受けにいったことがありました。
その神託の内容は「父を殺し、母と交わるだろう」というものでした。
オイディプスは王子であり、当然父母は母国コリントスにいます。
であるがゆえにオイディプス王は神託の成就を防ぐべく、母国を離れて旅に出たのでした。
そして、オイディプス王はその道中でテーバイに差し掛かった時、預言と同じような場所でライオスと同じような男を殺していることを白状します。
オイディプス王は自分がライオスを殺したのではないか、という疑惑に怯えます。
(4)コリントスからの使者とオイディプス王の父の死
コリントスからの使者からやってきます。
そして、コリントス王ボリュボスが亡くなったため、後継者としてオイディプス王を迎えたいと伝えます。
オイディプス王の父ボリュボスは病死でした。
預言のとおりにはならなかったと、オイディプス王は歓喜します。
しかし、使者がそこで水を差します。「貴方はボリュボス王の子ではない」と宣言したのです。
昔、その使者はとある羊飼いから両足を金具で貫通されている赤子を預かり、ボリュボス王に渡したというのです。
そして、とある羊飼いはテーバイの者ということ。
さらに、オイディプス王の足には似たような傷がついています。
雲行きが怪しくなってきました。
(5)羊飼いの登場と、絶望的な真実
そして、ライオス殺害事件の唯一の生き残りである羊飼いが登場します。
羊飼いは随分昔に、確かに赤子をコリントスの使者に引き渡したことを思い出します。
さらに、使者に引き渡した赤子はイオカステからライオスの子であるという言葉とともに預かったと白状しました。
赤子はライオス王を殺すという神託を受けたため、ライオス夫妻はオイディプス王を殺そうとしました。
しかし、羊飼いは赤子を殺すのが忍びなかったのです。
つまり、幼きオイディプス王は下記の流れでテーバイからコリントスに渡ったのです。
ライオス→羊飼い→使者→ボリュボス王
預言は既に成就していたのです。
オイディプス王は大きな禁忌を犯していたのです。
オ父を殺し、母を妻として交わった男であり、飢饉や疫病をもたらしている穢れでもあることが明らかになりました。
(6)救いのない結末
イオカステは自殺しました。
オイディプス王は両目を潰しました。
かつてはテーバイで最大の栄誉を受けていたのに、今では神々から不浄とみなされちえるとオイディプス王は嘆きます。
山奥に捨てられたまま死んでしまいたかったさえ口にします。
そして、嘆きの底にいるオイディプス王のもとに、クレオスがやってきます。
そして、最後にオイディプス王と彼の二人の娘を引き合わせます。
オイディプス王は彼女達の人生に多くの困難が待ち受けていることを嘆きます。
オイディプス王の惨状を語り、「これよりのち、誰一人幸せとは言えまい」という台詞を残し、物語は幕を閉じます。
『オイディプス王』の魅力 あらすじから分かる物語の構造と名言
単純に物語として非常に面白いです。
何故なら話の展開が非常に巧みだからです。
重ねて、時折飛び出す名(迷)言も魅力的です。
物語の軸を担う2つのテーマ
まずは物語の構造について。
そして、その展開の軸を担っているのは2つのテーマです。
両者は互いに複雑に結びつき、どちらも素晴らしいどんでん返しが見られます。
(1)犯人は誰か?
本作は話の構成として、『先王ライオスを殺した犯人は誰か?』というミステリー形式をとっています。
犯人はオイディプス王という到底信じられない説が最初に飛び出します。
そこから展開してクレオスが挙げられつつも誰が犯人か分かりません。
そして、最後にはまさかの主役オイディプス王がやはり犯人だったというオチが用意されています。
途中、イオカステの優しい言葉などで「やはりオイディプス王は犯人ではなかった」と思わせたあと、大どんでん返しを繰り広げます。
現代文学作品にも通じるギミックと言えるでしょう。
(2)神の預言に逆らえるか?
到底信じがたい預言が、実は真実であったことがじわじわと明らかになるのも本作の特徴でしょう。
本作の軸になるのは3つの預言です。
- ライオスを殺したのはオイディプス王
- ライオスとイスカステの子によってライオスが殺される
- オイディプスは自分の父を殺し、母と結ばれる
結論から言えば、全ての預言は物語が始まる前に成就していました。
そうとは知らないオイディプス王は民の苦悩を解決すべく真摯に努力していました。
救世主に相応しいふるまいですね。
しかし、オイディプス王が殺したのはライオスではないか、という疑惑は少しずつ深まっていき、ついには彼の努力が無駄だったことが明らかになりました。
そして、かつての救世主は裁かれることになるのです。
オイディプス王自身は心優しい王でしたが、どうにもならない不条理にからめとられ、自分でも知らぬ間に社会的禁忌を犯してしまいました。
そして、この預言が正しいのか、それとも間違っているのか、読者はひやひやしながら読むことになります。
そして、事実が明らかになる直前、オイディプス王が禁忌を犯してなさそうだと一瞬だけ希望を与えるあたりが実に巧みです……。
また、預言には逆らえない運命論的な価値観も、現代とは違って面白いですね。
神の意志がすべてを支配するという観念が流布していたんでしょう。
物語を彩る名(迷)言の数々
なかなか含蓄に富んだ名言が飛び出します。
ここではほんの一部分を。
正しさが分かるには時間がかかります。
裏切者は一日でわかっても。
光文社古典新訳文庫,P57より引用
オイディプス王に背信を疑われたクレオンが、時間さえあれば自分が罪を犯していないと分かると伝えた言葉ですね。
人間関係の難しさを端的にまとめた一言です。
何事にも潮時がある。
光文社古典新訳文庫,P125より引用
再びクレオンの一言。
オイディプス王の罪が分かった後の言葉です。
子供達を抱えて泣くオイディプス王を、裁きを受けさせるために再び歩かせようとしたときの言葉です。
あらゆる局面において当てはまりそうな言葉です。
折れるときでさえ、激しい怒りを抑えないのですね。そのようなご気性では、誰よりもご自身がきつかろうに。
光文社古典新訳文庫,P62より引用
またしてもクレオン。
クレオンが裏切ったと思い込み、激昂が止まらないオイディプス王に放った言葉です。
気性が激しい人とその周囲の関係性を示す言葉として、現代でも十二分に通じますね。
多くの男性が夢の中で、自分を生んだ母と結ばれる夢を見るものです。
それでも気に留めないものが幸せに生きられるのです。
光文社古典新訳文庫,P84より引用
イスカステが預言に怯えるオイディプス王にかけた言葉です。
『オイディプス王』は、フロイトが唱えたエディプス(オイディプスのドイツ語)・コンプレックスの語源になっていますが、そういった側面をまさに象徴する言葉です。
この言葉、さも当然のように出てきますが個人的な感覚としては全く同意できないですね……。
古代ギリシャ人にとっては、そういうものだったんでしょうか。
上記以外にも素敵な言い回しの台詞が沢山出てきます。
唸らされる表現の実に多いこと多いこと。
ソポクレスの偉大な才能を感じます。
感想 『オイディプス王』の魅力とは? あらすじを通して
『オイディプス王』の特徴は、生きていれば誰だってぶつかるような『人生の不条理』という壁を、悲劇的にドラマティックに脚色して描いているということです。
つまり多くの人に刺さるし、刺さり方がえぐいということです。
それと同時に預言の絶対性など現代人にはない観念がエキゾチックさを演出します。
このあたりも、古代ギリシャの物語が多くの人に愛される一因なのかもしれませんね。
それでは。
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