ニック・ランドと新反動主義/木澤佐昇志



こんにちは。

『ニック・ランドと新反動主義』はブロガー/評論家の木澤佐昇志さんによる著作です。


90年代以降の欧米において、近代啓蒙主義が生み出した社会正義や平等主義に反旗を翻し、終末思想的/ディストピアSF的な想像力をベースに生み出された「暗黒啓蒙」「新反動主義」の動向について追っています。

非常に印象深い内容だったので、個人的に面白かったところをまとめてみました。

『ニック・ランドと新反動主義』 絶望の先 フルスピーードで逃げたその先にあるもの

本書『ニック・ランドと新反動主義』は、四章構成になっており大きな影響を与えた三人の思想家と、その影響についてざっくり下記の通りに分けることができます。

  1. 保守的な家庭で育った起業家ピーター・ティールが、「競争」がはびこる社会から逃避する思想を生み出す過程
  2. 全能的な支配者による企業的な小国家が理想的な統治の在り方だと考えるカーティス・ヤーヴィンの思想「新反動主義」とそこから生じた余波
  3. 「暗黒啓蒙」の中心人物であるニック・ランドの思想と、彼の思想が様々なカルチャーに影響を及ぼした過程
  4. 「暗黒啓蒙」の中軸を成す思考形態「加速主義」の発展と、その音楽における一例であるヴェイパーウエイブが社会的文脈において持つ意味

と、いったところですしょうか。

では、章ごとにまとめてみます。

第一章 ピーター・ティール

ピーター・ティールはPayPalの共同創始者でもあり、投資家でもあり、シリコンバレーで大きな影響力を持つ人物であり、「新反動主義」「暗黒啓蒙」の原点ともいえる存在です。

学生時代、ピーターは共同体内の暴力について思索していた哲学者ルネ・ジラールに師事します。そして、競争社会を戦い抜いてきた自分の生き方を考え直すようになります。
クリスチャンであったルネ・ジラールが「信仰」に救いを見い出したのに対し、ピーター・ティールは競争を不可避的に生じさせる共同体からの「脱出」に答えを見い出します。

また、この競争の忌避がリバタリアニムズとピーターの相違点とも言えます。
「競争」と「暴力」が支配するフィールドには自由はないとピーターは考えていました。

ピーターは未知の新しい分野を開拓し、辿り着き、新世界の空白地帯を支配することが重要視しました。

第二章 暗黒啓蒙

「暗黒啓蒙」とは、近代が生み出した啓蒙思想(平等主義や社会正義)などが現代社会において機能していないことを糾弾し、それを乗り越えるための思想といえます。ニック・ランドが2012年にオンラインで発表した文章のタイトルが元になっています。

そして、そこにはカーティス・ヤーヴィンというソフトウェア・エンジニアがインターネットで公表していた反近代的な思想の思想の影響も色濃く反映していました。

ヤーヴィンは近代的な(つまり市民の権利を侵害するような)主権の在り方に疑問を呈し、完全なる主権として専制を理想として掲げています。
ただし、その専制を行う者はヒトラーのような悪魔的な人物ではなく不可侵・全能・超知性的で宇宙人のような存在である必要がありますが。

また、ヤーヴィンの思想は突き詰めれば「自由にとって民主主義は悪」ということになります。
ヤーヴィンの主張によれば国家は企業のように運営されるべきであり、支配者と被支配者はCEOとシェアホルダーの関係になります。
ヤーヴィンは理想のCEOとしてスティーヴ・ジョブスを挙げています。

ただ、著者は彼等に反対する意見として哲学者ホイ・ユクの意見を挙げています。
ユクによれば新反動主義者はヘーゲルが言うところの「不幸な意識」にあります。「不幸な意識」とは自己の中に思い通りにならない「他」の要素が入り込み、自己の矛盾に苦しむという自己意識最初の挫折段階です。
つまり、啓蒙思想は新反動主義者にとっての自己に入り込んだ異物としての「他者」なのでです。

本書ではその具体的な例として、ヤーヴィンのキリスト教の取り扱いが挙げられています。
ヤーヴィンは神もキリスト教も否定していましたが、自らが考える君主に正当性を付与するにあたって、宇宙人、スティーブ・ジョブス、さらには未来のある一点で現れるAIなどを一神教的救世主を担ぎ出さねばなりませんでした。

なんにせよ、ヤーヴィンがブログに書き留めた思想をニックランドが体系的にまとめたことによって、「暗黒思想」は生まれました。

第三章 ニック・ランド

ニック・ランドにとって乗り越えるべき近代とはカントの思想でした
西洋哲学を根本から塗り替えた哲学者カントによれば、我々は他者を認識することができません。
我々が認識する「他者」であり、認識をする「我々」=「主体」の認識を経る必要があるのです。

つまり、認識された「他者」は「主体」に取り込まれます。
ニックによれば、主体とは西洋による植民地主義/資本主義であり、「他者」とは異民族、女性、第三世界などにあたります。


そして、その植民地主義を打ち破るのは、植民地主義/資本主義的な運動プロセスを加速させ、限界まで悪化させるというもの、いわゆる加速主義でした。

本書で例として挙げられているのが囲碁のAIです。
2016年には人間のチャンピオンに勝利したAIは、最初は囲碁の練習を何千万回と繰り返してその腕を挙げていましたが、やがてその練習が不要になり、ついには囲碁以外のチェスなどでも応用が可能になりました。
性能が進化する/加速するにつれて囲碁という概念から離れ、どんどん抽象的な存在へとなっていったのです。

また、ニックはオカルト、SF、ホラー、クゥトゥルフ神話などからもインスピレーションを受け、独特の思考/文章を生み出していきます。
そして、所属するウォーリック大学内にCCRC(サイバネティック文化研究ユニット)という大陸哲学、SF、オカルティズム、クラブカルチャーを学際的に研究する学生主体の研究組織を立ち上げます。後にHyperdubを立ち上げるkode9ことスティーブ・グッドマンも在籍していました。

CCRCはオンライン上に造語に溢れたテキストを発表したり、テクノミュージック/クラブカルチャーとSFなどを結び付けたイベントの実施などもしており、アカデミズムの外部に影響を与えました。

また、音楽は概念を生成するキーとして重要視されており、グッドマンは「情動」を生産/伝達させる音/ウイルスと定義していました。
現実を生産/変容させる触媒としての記号的機能を持つハイパースティションと呼ばれる概念も生み出されました。

第四章 加速主義とは何か

加速主義の多様さ

資本主義を限界まで加速させ、突き進めた先にある到達点があり、そこで来るべき何かを待つというニックの思想に加速主義という名前が付けられます。
資本主義を打破するためには「悪くなればなるほど良くなる」と考えられていました。

加速主義は多様化していき、様々な人物による思考が登場します。
資本主義的に加速をしていく社会についていけない発達障害者も薬で無理矢理社会に紐づけられることを嘆いたり、
人間の進化とマシンの進化がともに進み、人間の脳をアップロードして両者の同一化を力強く目指したり、
AIが人間に友好的ではない可能性を論じ、映画『マトリックス』をサンプルスタディとして論じたり、
その形態は多種多様ですが、皆一様に加速していく社会の先にあるモノを見据えています。

ヴェイパーウェイブとは何か。

そして、最後にこの思考と親和性の高いとされるヴェイパーウェイブについても論じられています。

「無政府資本主義的」と評されるヴェイパーウェイブですが、現実逃避的なものあれば加速主義的なものもあります。加速主義的なものはダークな未来を掲示し、またヴェイパーウェイブというジャンル自体への攻撃性も含みます。

また80~90年代の音楽のサンプリングというスタイルには音楽自体に亡霊性が含まれているといえます。なのでヴェイパーウェイブ自体を含めた様々な媒体から攻撃をされても決して死ぬことはありません。

そして、その亡霊は豊かな時代だった過去をサンプリングして創り上げられた、本来は存在し得ない失われた(そして美しい)未来なのです。

まとめ 個人的な所感

面白かったです。
現代思想については詳しくないので批評まがいのことは出来ませんが、単純に勉強になったと感じました。

当然ですが、思想は社会の趨勢に大きく影響をうけるものです。
そして、それは音楽もまた同じです。
あまり理解力の高くない私には、ヴェイパーウェイブと『暗黒啓蒙』の繋がりを丁寧に叙述してほしかった気もしますが、とりあえず勉強します。

また、近代的な発展の果てに行き詰まりがあって、多くの人が絶望的な未来を目にして現実逃避をしている、というのは色々なカテゴリーで見受けられる結末だと思います。世知辛いです。

それからヴェイパーウェイブにおいて美しいものとされている過去も、本当は決してそんなことはなかったと思うのです。


今よりも少ない多様性、今よりも限定的な人生のありかた。ただ、そんな美しいものが存在しているということを信じ込ませようとする力は、現代よりも遥かに強かったと思います。
希望を持っている層は今も昔も一部だけ存在していて、ただ絶望の表明が今の方がより大きな存在感を持つことができる。


まあ、そんなことは当然著者もヴェイパーウェイブを作った音楽家達も分かっているとは思うですが。

ただ、そのギャップにも何か面白そうなものが見い出せそうな気もしています。



それでは。

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