SerphのMirapydと今の僕

最初に言っておくけど、これはあくまでも僕個人の話だ。

そして、僕の人生のどんな局面において、Serphが流れているかの話でもあり、今も話でもある。

僕は彼の1stアルバムであるAccidental Touristが大好きだ。
生涯でも数本の指に入る屈指のヘヴィーリスニング盤だし、最も聞いたエレクトロニカのアルバムなのは間違いない。

出会ったのは2010年頃、確か新宿のタワーレコードだっただろう。
赤を基調としたデザインと可愛らしい女の子が印象的で、何となく視聴したのを覚えている。
そして、最初の一音から魅了された。

色々あって打ちのめされていた大学院生の僕にとって(詳しくはこちら)その童話的ながらも深海的な響きは、救いのように感じられた。
特にCircusが大好きで。
うちに籠るようでいて、想像力の花畑が一斉に開いていく感じが。

あの頃、未来を切り開く絶望的な戦いに敗北しては、傷を癒すような気持ちで聴いていた。
夜の新宿をふらふらしながら。
Accidental Touristはアイポッドの再生順位の最上位を争う作品だった。

そして、次作のVentも素晴らしかった。
空想的ながらも空を駆け抜けていくような感覚が良かった。
自分に気合を入れたいときに、よく聴いていたような気がする。

それから後の作品もチェックしていた。全部好きだった。
ただ、正直に言えば、最初の頃よりも熱中していたわけではないと思う。

何でだろう。
いまこうやって、文章を書きながら考えてみる。
当時、僕の状況は変わっていた。
就職したりとか、心の病気を抱えてしまったりとか、それでも歯を食いしばって働いていたとか、誰からも(もちろん自分からも)理解されていなかったとか。

まあ、それなりに色々思いつく。
そして、どれも正解ではあると思う。
全部どことなく、腑に落ちないけど。

ただこれだけは言える。

僕は未来を切り開く戦いに敗北した後、自分では必死に抗っているつもりでも、その実、ただ流されるだけの日々を過ごしていた。

そして、そんな終わりのない消耗戦についに陥落した僕は、治療をするために休職という立場を受け入れることになる。

気づいたら、もう一年を過ぎている。
最初は目に見えておかしかったけど、なんにせよ今は落ち着いている。

そして、時間を浪費するような日々を過ごす。
ためになることもしたけれど、正直に言ってここには書きたくないようなこともした。
そして、ある程度やり尽くした。

無になってしまった僕の前には、選択の時が待っている。
それもまたしても絶望的な。
ただ、10年前の僕と違って、今の僕には燃える様なエネルギーはないけれど。

どうしよう。
他人事のように考えていた。

そんな僕の前に転がり込んできたのがMyrapidだった。

驚くほど深く響いた。
初めて1stを聴いたときみたいだった。
1stみたいな深海性はないけれど、童話的で優しくて、柔らかなポジティブが漂っていて。

まあ、なんとかなるだろう。

一瞬だけ、そう思った。
もちろんそんなわけないって自分では分かってるから、そんな言葉はすぐに消える。
だけど、一瞬だけでもその言葉は僕の中に存在した。
微小な希望が僕の中に生まれた。

それから僕はよくMirapydを聴くようになった。
聴きながら色んな事を考えたり、傷病手当の申請書を書いたり、
ふと手を止めて、窓の外を見たり。

まあ、何とかなるだろう。

でもさ、

そんな薄っぺらい希望を今さら抱えてもね、
正論だ。現実だ。
うたかたのような光と預金残高と見比べてみればいい。
鉛のように重たい現実が僕の肺を埋め尽くす。
鋼鉄のように重たい絶望が視界に幕を下ろす。

でもな、それでもだ。

それが現実だとは分かっているんだけど、それでも。
僕はもう一度だけ、足を踏み出してみたいと思っているのだ。
心の奥底でさび付いてしまっているけれど、それが僕の願いなのだ。

僕はまた歩き出したい。

きっと生きる意味は、一歩を踏み出すことだと思うのだ。
そして、踏み出せたら次の一歩をまた。

誰からも理解されなくとも、誰からも笑われようとも。
世界で一番孤独な存在になったとしても。
それでも、自分が思う一歩を探し続け、勇気をもって踏み出したい。

今まで以上に恥ずかしい姿をさらすであろう僕にはぴったりな、恥ずかしい文章。

ただ、別に知り合いが見てるわけでもなし。



さあ。準備を始めよう!

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