『ウルの滅亡哀歌』について。絶望の底で粘土板に記された、叶わなかった希望の詩。

こんにちは。

紀元前文学 第29回は『ウルの滅亡哀歌』です。

メソポタミア文明を築いたシュメール人による最後の統一王朝が滅び去った嘆きと絶望、そしてかすかな希望を詠った珠玉の哀歌(エレジー)です。

成立年代は紀元前2000年ごろ、メソポタミア史における大きな転換期に創られたと考えられています。

『ウルの滅亡哀歌』の背景:紀元前2000年ごろのメソポタミアについて

まずは『ウルの滅亡哀歌』が成立したころの時代背景について簡単に。

メソポタミア文明を生み出したのは、シュメール人です。
文字、建築物、文学作品。
5000年以上前から現代にまで世界中の文明に多大な影響を与えた、人類の叡智の最も大きな源流と言えるでしょう。

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そして、紀元前2100年頃に成立したウル第三王朝は、そんなシュメール人最後の統一国家でした。

ウル第三王朝はウルナンムやシュルギなどの名君に支えられ、大いに発展を遂げます。
度重なる遠征、
外敵防御のための「長城」の建築、
大規模な検地の実施、
道路や運河の整備、
常備軍の設置など大規模な王朝にふさわしい体制を構築します。

しかし、100年後には東方のエラム人や西方のアムル人からの侵入が勢いを増し、さらにアムル系(異説あり)の将軍イシュビ・エッラが反旗を翻してイシン第一王朝を建設したことも重なり、支配領域が減少していきます。

そして、『ウルの滅亡哀歌』の舞台となったウルは、ウル第三王朝の最後に残された都市でした。


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ウル第三王朝最後の王イッピー・シン。

ウルの陥落と共にシュメール人は民族的な独立を失い、文化と言語を残して歴史から姿を消していくことになります。

『ウルの滅亡哀歌』のあらすじ

導入:災禍のような絶望

『ウルの滅亡哀歌』は読むための作品ではなく、詠われるために創られた作品です。
そのため同じ言い回し・語尾のリフレインを効果的に繰り返し、聴き手の感情を強く揺さぶる手法を全編にわたり多用しています。

特に冒頭部分では、物語的な展開よりもこのリフレインで聴き手を引き込む作りになっています。



物語は、まず状況説明から始まります。

神々がウル第三王朝の諸都市を見捨てたせいで都市が荒廃してしまったことが、「羊小屋」が空になるという独特の比喩を語尾に用いて表現されています。

彼(主神エンリル)は、彼の牛小屋を見捨てた。彼の羊小屋は空になってしまった。
野牛は彼の牛小屋を見捨てた。彼の羊小屋は空になってしまった。
諸国の主は(彼の牛小屋を)見捨てた。彼の羊小屋は空になってしまった。
エンリルは彼の聖堂ニップールを見捨てた。彼の羊小屋は空になってしまった。
彼の妻ニンリルは(彼女の家を)見捨てた。彼女の羊小屋は空になってしまった。

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P95

「彼女の羊小屋は空になってしまった」という語尾が35行に渡って繰り返されています。

そのあとには嘆きの対象がウル第三王朝全体からウルへと焦点を絞られ、「哀歌が激しいことだ」という語尾が木霊のように重ねられています。

ああ、町よ。お前を嘆く哀歌が激しい。
お前を思って哀歌が、ああ、町よ、激しいことだ。
(中略)
ウルのレンガ(神殿)よ、お前を思って哀歌が激しいことだ。
エキシュヌガル(神殿)よ、お前を思って哀歌が激しいことだ。
聖堂エガラよ、お前を思って哀歌が激しいことだ。
大いなる土地キウルよ、お前を思って哀歌が激しいことだ。

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P98~P99

「お前を思って哀歌が激しいことだ」というセリフが続きます。

4000年前のシュメール人たちはこの繰り返しに心揺さぶられ、悲しみに涙腺を潤ませていたのかもしれません。

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ウルの跡地。

ウルの破壊:涙に沈む町の女神

ここで物語の視点が街を司る女神ニンガルへと移ります。

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ニンガルのお姿

ニンガルは、同じく町の神であり配偶者でもあるナンナルのもとへ赴きます。
そして、リラと呼ばれる弦楽器をつま弾きながら、町を襲った災禍が如何に惨く自分の抵抗が何の意味をなさなかったことを涙ながらに語ります。

嵐が私を訪れて、悲歎が私を満たした。
その日には、辛い嵐が私を訪れた。
私はその嵐が、怖くてうち慄える。
この嵐の力には私は立ち向い難い。
(中略)
私は叫んだ。「荒野へ、暴風よ、戻れ!」と。(このように)私は彼に叫んだ。
(しかし)暴風は立ち上がろうともしなかった。
(中略)
引き裂かれてしまった(静かな町の)私の家は、
羊飼いの小屋(である)かのように破壊されてしまった。
(その)町の中に置いておいた私の財貨は略奪されてしまった。

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P102~P105


それから、メソポタミア文明の主神のエンリルやアンに対して、町が破壊されることがあってはならないと訴えます。しかし、それが聞き届けられることはありませんでした。

「私の町は破壊されるようなことはあってはなりません」と私は彼らに行ったのに。
(ところが)アンはその言葉で翻意しなかったし、
エンリルは「それが良い。そうであるべきだ!」と私の心を静めてくれはしなかった。

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P106~P107


そして、エンリルは再び暴風を巻き起こします。
それだけでなく、さらには火を放ち、ウルは徹底的に破壊されてしまいます。

エンリルが憎しみに任せて命令を下した暴風(エンリルは嵐の神)は、国土を切り刻む暴風は、
ウルの上に、衣服のごとくに覆いかぶさって、リンネル(布)のごとくに広がった。

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P110


嵐が去った後には瓦礫と化した町が残り、数多の死体が散らばっていました。
ウルを守ろうとしたニンガルもついに鳥になって飛び去ってしまいます。


神殿は破壊され、さらにはエラム人やスー人といった人々の侵略が重なり、生き残った人々はさらなる絶望へと突き落とされます。

ニンガルは再び嘆き悲しみます。

『私、(良い)婦人の、私の町は壊されてしまい、私の家は壊されてしまった。
ナンナルよ、ウルは壊されてしまい、それの民は散り散りになってしまった!』

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P113

悲歎の終幕:祈りのような希望へ

ここで物語の視点がニンガルから歌い手(語り部)へと移ります。

歌い手は町の神であるニンガルとナンナルに対する呼びかけの言葉が紡ぎます。
町の惨状を改めて説明し、彼等を祀る宗教行事がもはや行われなくなっていることを訴えます。

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一部修復されたウルのジッグラト(神殿)

ニンガルとナンナルに再びウルへと戻ってくるよう祈りの言葉を捧げます。

私の貴婦人よ、あなたは町から出て、町から去った方、
いつまであなたは、まるで敵みたいに、あなたの町の外にとどまっているのですか。
母なるニンガルよ、(いつまで)あなたはあなたの町に、まるで敵みたいに、敵対しているのですか。

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P124


そして、最後に。
もしも神が戻ってきたら訪れるであろうささやかな希望を詠って、哀歌は終わっています。

供物を(もってきて、あなたの前に)立つ人にあなたが慈愛のこもった目を向けるならば、
ナンナルよ、(かれらの)あらゆる体内を透視するあなたの一瞥は、
その人の陰うつな心をすっかり明るくするでしょう。
国土に存するものたちはそのことの故に幸せになるでしょう。
ナンナルよ、もしあなたが町を再建するならば、(町は)あなたを(永遠に)誉めたたえることでしょう。

「ウルの滅亡哀歌」『シュメール神話集成』筑摩書房,2015,P128

『ウルの滅亡哀歌』の魅力:深い絶望の詩的な表現

魅力1:畳みかけるような絶望の言葉

ポップソングが同じフレーズを使って聴き手を盛り上げるのと同様に、『ウルの滅亡哀歌』は効果的に同じ語句を配しています。
ポップソングと違うのは、ほぼ全編にわたって激しい絶望が迸っていることでしょう。

ウルを滅ぼされたシュメール人たちの絶望はそれだけ深かったのかもしれません。

でも、そんな歌が創られることもそんなにおかしくないと思うのです。
現代に置き換えて考えてみましょう。
例えば、東京が戦争に負け、建物を破壊され、火を放たれ、略奪され、街中は死体だらけになり。

もしもそんな状況を目にしたら。
もしもそんな状況で大切な人を失ったら。
もしもそんな状況で何もかも失ったら。
町角には、深い絶望の詩があふれかえると思うのです。

現代人には時に冗長に思えるリフレインは、あまりにも深い絶望を表現した結果なのでしょう。

人類が繰り返してきた戦争の歴史の、その一端が垣間見られます。

魅力2:珍しい、敗者の歴史

「歴史は勝者が紡ぐ」という言葉がありますが、『ウルの滅亡哀歌』はとても珍しい敗者の歴史です。

破壊者に打ちのめされた後の敗者の率直な感情を語っているのは珍しいのではないでしょうか。
実際、『ウルの滅亡哀歌』には勝者の歴史からは見えない人間の生々しさがにじみ出ています。


また、『ウルの滅亡哀歌』は非常に迫力がある作品です。
生きることの苦みを、とても4000年も前の人々の感情とは思えない躍動感と共に魅せてくれます。

なお、同時代だとエジプトで『生活に疲れた者の魂との会話』も敗北者の苦悩を歌っている点で興味深いと言えます。ただし、こちらは歴史的というよりも個人的な内容になっています。

魅力3:ささやかな希望

徹頭徹尾絶望に塗れている『ウルの滅亡哀歌』ですが、最後の最後にすがるような希望が垣間見えているのも非常に印象的です。

灯のような希望を胸に抱かなければ生きていけないような心理状態だったのかもしれません。

そうやって希望を抱いてしまうことが人間の性なのでしょうし、そうやって希望を抱いてしまうこと自体が人間という生命体にとっての希望なのでしょう。

暗闇の中でかすかに見える小さな光を目指して歩くことは、とても美しいことだと思います。

でも、4000年後を生きる我々は知っています。
シュメール人の希望は決して叶わなかったことを。

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