親友のこと。先輩のこと。『言の葉の庭』と。

七年前。『言の葉の庭』


新海誠作品の『言の葉の庭』という物語がある。

人生に迷う高校生のタカオ、
職場でのストレスが原因で仕事に行けなくなったユキノ、
そんな雨が降った日にだけ新宿御苑で出会い、心を通わせ、それぞれの道に戻っていく物語だ。

ついこないだ見に行ったような気がしたのに、もう七年も経っていた。

マジかよ。

『言の葉の庭』と親友

今は会わなくなってしまったけど、僕にとっては親友のような友達と一緒に見に行った。

新宿のバルト9で見て、外には新宿御苑があって。
ただ、雨は降ってなかったかな。

感想は一致していた。面白かったけど、結局いつもと同じ新海的なお話だった。

風景描写のような静けさに満ちた展開が続く。
盛り上げる所で一気に感情が噴き出す。
登場人物の心の機微を美しい風景が描き出す。
どこか湿っぽくて、だからこその美しさがある。
それはつまり、いつものように賛否がはっきり分かれる作風ってことで。
だが、裏を返せば、ある一面においては人間の本質に深く迫っているということでもあり。


ただ、と僕は親友に付け足した。
最後のシーンでユキノはタカオの独白を最後まで聞いてくれた。
あんな良い女は現実世界には絶対にいない。
あんな良い女は現実世界に絶対にいるはずがない。
熱弁。
だが、僕の熱意は親友にイマイチ通じなかったらしく、気持ち悪がられたことを覚えている。

ついでに。僕も親友もちょっと良いなと思っていた子に振られて、なんかそのハライセみたいなノリで北欧系の雑貨を使うユキノは趣味がよくないとかなんとか、しょうもないことを言って近くの居酒屋で笑っていた気がする。

仕事は当時からクソとしか言いようがない状態だったけど、あいつとゲラゲラ笑えるからどうにか耐えることができた。嫌なことがあるとあいつと新宿や渋谷で会っては、酒で肉とか刺身で流し込んでいた。

先輩のこと。『言の葉の庭』


会社に、新海誠が嫌いだと公言している女性の先輩がいた。
同棲してる彼氏が好きだから仕方なく見ているとも付け足しながら。

ただ、それは彼氏に対するツンデレ的な反発なのか、あるいは人前で新海好きを公言することに抵抗があったのか、よく分からないけど薄っぺらい建前のようなものだったらしく、お酒を飲んだ折に『ほしのこえ』が一番好きだとか『秒速5センチメートル』だと第二話が一番感情移入できるとかぽろっと漏らすことがよくあった。

『言の葉の庭』の公開日の翌週、僕たちは会社ですれ違った。
先輩から笑顔で「もう見たんですしょ?」と切り出され、僕たちは感想を言い合った。
たしか、僕が「ユキノが可愛い」と言ったら先輩は「ユキノには男の幻想が入りすぎ」というようなことを言っていた。
「追い詰められたときの悩み方がリアルじゃない」というようなことを言っていたような気もする。
言っていることは辛らつな酷評なんだけど、先輩は子供みたいに目を輝かせていた。
僕たちは色んな話をしたはずだ。正直、あんまり覚えてないけど、結構楽しかったと思う。

先輩の話を少しだけ。
世間の基準からすれば、先輩はそんなにきれいな人ではなかったらしい。
男性の同僚との飲み会で僕が彼女を褒めたときに同意してくれた人は一人もいなかった。
性格も良い人なんだけど、ずば抜けて良いというわけではない(この辺のニュアンスは微妙ですが)。
彼女自身の愚痴や昇進のスピードからすると何でも卒なく仕事をこなすわけでもないらしい。

ただ、なんていうんだろ。
彼女を構成する様々な要素が、絶妙に調和がとれている人だったのだ。
少なくとも僕にとっては。

先輩も僕のことを若干気に入っていたらしく、仕事の帰り道に偶然会うと一緒に飲みに行ったりこじゃれたカフェに連れて行ってくれることもあった。

求職中の僕のことを気にかけて、食事に誘ってくれた会社の人間は彼女だけだった。

あの頃の僕と『言の葉の庭』。子供と大人。


あのころ僕はまだ二十代で、だけどユキノの苦悩だけに感情移入するのではなく、タカオにもずいぶんと感情を寄せていた。

タカオはとにかく将来が不安だった。靴職人になりたいけど、どうすればいいのか分からない。学費だって自分で稼がなくちゃならない。
学校で机を並べて勉強しているだけじゃダメな気がしている。

焦燥感。

そんな時に出会う二十七歳のユキノはとても大人びて見えた。
だけど、ユキノは二十七歳という年齢と自分の内面が釣り合っていないことを自覚している。

その時の僕。
精神を壊す寸前の状態で、それでも休むことなく健気にバカみたいに毎日通勤していた。
だから、通勤できなくなってしまったユキノにも感情移入していた。

だから物語の終盤に二人が接近をして、そしてタカオが感情をぶつけ、そして分かれていく過程はが自分同士がぶつかり合っているようなに思えた。
幼い自分ともっと幼い自分が戦いあっているような。

十代の終わり。二十代の終わり。『言の葉の庭』の終わり。

そして、物語は終わる。 登場人物たちは少しだけ変わる。 降り続いていた雨は止み、二人はそれぞれの道に進んでいく。

だけど、僕は何にも変わらなかった。
ただ、変わらないなりに、当時の僕はあの日々を楽しんでいた。
地獄のような苦しみの中から小さな楽しみの小石を拾い上げていた。

見終わった後、俺はこの作品を決して絶賛はしなかった。
良かったよね、と言いつつも結構な文句を言っていた。
『言の葉の庭』は新海作品の魅力を分かりやすく詰め込んだ作品だった。
新海節ともいえるような、変わらないその魅力を。

地獄のように苦しいながらも、崩壊に向かって突き進みながらも、それでも楽しい瞬間もあったような、そんな日々のど真ん中に現れたのが『言の葉の庭』だった。



もう一度だけ。先輩の話を。
先輩は「お前バカだな」とケラケラ笑いながら言うことがあって。
そういわれたとき、僕は、なんか嬉しかった。

自分の心の中にいる素敵な人を一人だけ選べ、と言われたら。
僕が選ぶのは初恋の人でもないし、世間体を気にして付き合ったあいつでもない。
クラスで一番キレイだったあの人でもない。
先輩だ。


一年半近い休職の後、会社に戻ると先輩の勤務地は変わっていた。
僕の机は何も変わらず同じ場所にあった。
あの頃必死に作っていたマニュアルの用紙が、少しだけ黄ばんでいる気がした。

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