心の闇。彗星の軌道。コーヒーメーカーの消えない焔。

SNSの小さな微笑み:長めの導入

最近クスっとしてしまうことがあって。

Twitterでこのブログを紹介してくれた方がいて。
もちろん嬉しかった。そして、一番嬉しかったのは、ヤケクソで書いた『異世界転生したらWARP所属のアーティストが擬人化されてた』を「寒気がした」と評してくれたことだ。

クスっとした。笑みがこぼれて、心がすっとした。

先に言っとく。俺は全然怒ってないし、悲しくもなってない。
クスっとしただけ。楽しくなっただけ。本当に。

なんていうかのな、俺はムシャクシャを解消するために己の残念なユーモア感覚をフルスロットルで動員して面白おかしく書いたつもりなだけで「イタい」などと思われることは想定していたのだけれど(クオリティが低いのは当然として)、寒気がする(=おぞましいもの?)として捕えられるのは、全く想定していなかった。

そこには圧倒的なギャップがあって、彼我の認識があまりに違い過ぎて、ついつい笑ってしまったのだ。

それから、気持ち悪いものをインターネット世界に忍ばせてごめんなさい。

「あちら側」「心の闇」「俺」

ただ、まあ、しょうがない面もあるけどね。
最近は自分の体質の話なんかも書いてたし。
そんな記事を見返してみると悩みの深さが結構強めに出ている。

最近このブログにやってきて、
悩みを語る記事を見て、
俺に対して「自分とは違うヤバいヤツ」という認識をして、
それからワープ擬人化の記事を見たら、
そりゃあ、まあ、寒気もわな。

俺が「心の闇」を抱えているとも仰っていたけれど、まあ、そう思われるのも致し方ないと思う。

ただ、俺は自分では「心の闇」を抱えているとは感じていない。
一切。
俺の中には一切「心の闇」なんかない。

惨めだとか哀れだとか、そう思われる。
そういう認識はある。
そういう風に思われるがゆえの苦悩もある。
そういう風に思われる根本の原因を端緒とする苦悩もある。
情緒が安定しない体質ゆえ苦悩も多々ある。
そもそもコミュ力が低いとかいう残念な部分もある。

めちゃくちゃ悩む。傷つく。どうにかしようとして失敗を繰り返す。

そういう生き方とあまり縁がない人には、
ものすごく苦しそうに見えたり、
「ああはなりたくない」って哀れに見えたりするのかもしれない。

ただ、俺からするとそういう感覚に「心の闇」という言葉が付されることに違和感しかない。
俺は確かに悩んでるし、苦しんでる。
でも、ただ、それだけのこと。
それは重たいけど、湿っているわけではない。
伝えるの難しいなこの感覚。

俺の周りには普通の人にはない「壁」があるかもしれない。
その壁のせいで苦しむことや絶望することは有るけど、ただそれが俺の性格を変えるわけではないんだ。
ただ、壁があろうとなかろうと、俺はあっけらかんとした性格で。

苦しんでる俺は、俺の中の苦しんでる部分ではある。
でも、そんな俺を内包する総体としての「俺」は結構明るいし、たぶん楽天家でさえあると思う。

というか、俺には心の闇なんかまったくないと思ってて。
「普通」の人が「普通」と思ってる人間性と全く同じものを持ってるんだけど。

でも、自分とは違う「あちら側」の人と思われちゃったんだ。
なぜなら、自分たちは持ってない「壁」が目をひいちゃうから。
そして、自分たちが「白」なら、あの人たちは「黒」、つまり別の人たち! ってラベルを貼ってしまう。

ポストロックというラベルを張られてもtoeがポップでキャッチーなように、ラベルなんて人の本質のごく一部なんだけどね。

(Twitterにこのブログのことを書いてくれた方へ
もしも不快に感じられたら当記事の該当部分は消去します。お手数ですがこの記事にコメントください)




さて。本題に入ろう。

穏やかなコーヒー

今朝、コーヒーを飲みながら本を読んでいた。
一人で。
ふと気づいた。久しぶりに気持ちが落ち着いていた。
この落ち着いているという感覚が、俺にとっては深い安らぎだ。

俺の人生においてもっとも重要な要素は、この安らぎなのだと思う。
安らぎには、コーヒーと文章が必須だ。

それから、もっとも重要なこと。
一人でいるということだ。
誰かと「接点」があれば、様々な形の波風が心に立つ。
「接点」のほとんどは、俺を苦しめるものだ。

波風にブーストがかかりやすい体質だからさ、悲しいけど。
ブーストがかかるとバランスが崩れるのよ。

心の落ち着きを得るためには、一人で文章を読む必要がある。
他の全ては削ぎ落してもよいのかもしれない。

だけど、本はお金がかかる。お金のやりとりには「接点」が生じる。
いつかは減らさねばならないかもしれない。
代わりにネット小説やエッセイを読むのも良いだろう。
だけど、ネット小説だってインターネットを介さなければ読めない。
いつかは見られなくなる未来が来るかもしれない。

だから、俺は自分で文章を書く。
そして、それを印刷しておこうと思う。

誰もがそうなのか俺だけがそうなのかは分からないけど。
自分が書いた文章でさえ、数か月前のものになると自分の文章とは思えなくなるのだ。
書いたという事実に対して記録はぼんやり残っているけど、記憶としての繋がりがない。連続性があまり感じられなくなる。

過去の自分と今の自分の間に一体感がない。
つまり、自分で書いた文章も結構楽しめる。

今のうちに書き溜めておこう。

ただ、コーヒーがなー……。豆をイチから育てるわけにもいかんしなー……。
珈琲に限らずカフェインにすればもう少しコストは下がるかな。どうすっか。
タンザニアあたりに移民でもすっか。

そこまで好きなわけでもないな。

交わる彗星、そして

ここで残念なお知らせがある。
完璧な穏やかさをいつか手にできたとしても、俺は決して幸福にならない。

なぜかって?
なんだかんだ言っても寂しいからだ。
孤独を感じるからだ。

だが、誰かと接するとたいていの場合は俺は苦しむ。
だから、波長が合う相手がもう少しだけ欲しい。
都合の良い相手が少しだけ欲しい。隠し味程度で構わない。

俺はまるで宇宙の果てを突き進むいびつで醜い彗星みたいだ。
少しずつ壊れながら太陽を目指して進んでいく。
あるいは太陽から尻尾を撒いて逃げていく。

そんな道の途中でさ、瞬く星すらない宇宙の片隅でさ、同じような彗星とほんの一瞬交われたら、涙が出るほど嬉しいんだ。

だから、俺は今から旗を立てる。
白旗じゃない。SOSじゃない。
白旗かもしれない。SOSかもしれない。

それが何を意味する旗なのかは俺にも分からない。
だけど、それが何を意味する旗なのか分からなくても、何かを分かってくれる相手がほしいからだ。

無謀? そうだね。受け身? 百も承知だ。勝機がない? これ以上の勝機がある手段はもうないんだよ。


手持ちの手札、最強の一枚だ。胸を張って投げつける。

石油のように燃えるコーヒー

俺はコーヒーを飲んでカフェイン不足でそわそわする体を鎮めた。
正直、俺はそんなにコーヒーが好きじゃない。
ただの中毒だから本当は完全に断った方がいいんだけど。
ただ、飲まないと仕事中に意識がぼやけることがあって。

コーヒーは、前に進むエンジンでもあり自分に処された火刑でもある。

なんにせよ、だ。
俺は解読不能の旗を真っ暗闇の宇宙にかざして、結局は引力から抜け出すことができない惨めさを背負って、自分の意思で進んでいるような未来を切り開いているような感覚とともに日々を駆け抜ける。




誰か、いませんか。
どこか、誰か。


誰か。


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