地獄の主人に生きることの本質を問うインドの古潭『カタ・ウパニシャッド』 ~分かりやすいあらすじと共に~



こんにちは。

紀元前文学 第23回は『カタ・ウパニシャッド』です。

『ウパニシャッド』とはサンスクリット語によって記された古代インドの神学書・哲学書を指します。

総数は二百以上とも言われていますが今回取り上げる『カタ・ウパニシャッド』は、古ウパニシャッドと呼ばれるとりわけ古い作品の一つです。

『カタ・ウパニシャッド』の成立年代は紀元前6世紀から紀元前4・5世紀頃とされています。

『カタ・ウパニシャッド』の背景にあるもの 分かりやすい哲学書とするために

『ウパニシャッド』とは何か?

内容に入る前に、『ウパニシャッド』とは何なのかを具体的に見ていきましょう。

『ウパニシャッド』とはサンスクリット語の語根「近くに坐る」に由来し、「秘密の教義」を意味する言葉です。

当時のインドでは移住してきたアーリア人によって『ヴェーダ』と呼ばれる宗教文献群が編纂され、聖典としての地位を得ていました。

そして、『ヴェーダ』を口承で語り継ぎながら、宗教に関する祭式などの知識を独占していたのがカースト最上位のバラモン達たちです。
バラモンたちは格式ばった煩雑な祭式を行うことにより、神々の権威を笠に着るようにして独占していました。


当然、他のカーストの者たちは彼等に不満を持っていたはずです。
しかし、バラモン達に不平を言おうものならバラモンたちは敢えて儀式を誤って行い、神々を怒らせることもできたのです。
他のカーストの者たちは従わざるを得なかったのでしょう。

おそらくそんなバラモンへの反発があったのでしょう、一部のクシャトリヤ(戦士のカースト)やその庇護下にあったバラモンたちは、格式ばった祭式ではなく、真の意味での真理探究的な思索を追求するようになりました。

その成果が反映されているのが、現代まで残されている数多の『ウパニシャッド』です。

『ウパニシャッド』の思想

全ての『ウパニシャッド』の思想には二つの大きな特徴があります。

  • 「梵我一如」の思想があること
  • 輪廻・業と解脱の概念があること

以上の2つです。

梵我一如とは?

梵は宇宙の本体を表す語でブラフマンとも言います。
我は個人の本体を指す語でアートマンとも言います。


宇宙全体と個人の本体を同一のものとして見る思想ということになります。

輪廻・業

輪廻とは死んだ生命が再び別の生命として生まれ変わることを意味します。
また、業は生前の行いを指し、良い行いや悪い行いが必ず因果となって自分に帰ってくるという概念です。

『カタ・ウパニシャッド』のあらすじ

主な登場人物

  • ナチケータス バラモン。主役。まだ幼いが思慮深い。
  • ウシャット  バラモン。ナチケータスの父。信心深い。
  • ヤマ     死者の審判を司る神。閻魔。

あらすじ

ナチケータス、死の神へと贈られる。

ある日、敬虔なウシャットは全財産をお布施として寄付することにしました。

ナチケータスはまだ幼いにも関わらず、その振舞いに感銘を受けます。
そして、ウシャットに「自分は誰に贈られるのか?」と尋ねます。


ウシャットの答えは「死の神に贈るのだ」という言葉でした。

ヤマとの出会い

死の神であるヤマが住む場所へとナチケータスは到着します。
しかし、ヤマは留守でした。


当時のインドでは来訪したバラモンに歓待をしないことは大変失礼なことでした。
しかし、ナチケータスはじっとヤマを待っていました。

三日後にやってきたヤマは三つの恩典(恵みとなるよう取り計らい)をナチケータスに与えます。

ナチケータスヤマに対して一つずつ要求をします。
1つ目は死後に天上界へと還れることで、
2つ目には天上界で不死を享受すること(ヤマは併せて祭火に関する知識を授けます)です。
この2つは問題なく受け入れられました。

しかし、3つ目として要求した死者の実存に関する知識について、ヤマは神々でも分からないと答えます。

ヤマナチケータスに、実存に関する知識ではなくこの世での繁栄を恩典として選ぶように諭します。

しかし、ナチケータスはそれは儚いものであり、自分はあくまでも死に際してどのようなことが起こるのかを知りたいと食い下がりません。

長いヤマの話

そして、ヤマの長い説法が始まります。

賢人たるもの肉体的な快楽よりも精神的な幸福を選ぶことを選ぶこと、

アートマンは解説によって理解されるものでなく向き合う人にのみ理解できるものであること、
人間が覚える五感を馬のようなものであり、それをコントロールするのがアートマンであること、
また、アートマンは自己の内側だけでなく外側にもあること。

ブラフマンこそが永久不滅で不死性の存在であり、世界の拠り所となるものであること。
そして、あらゆる欲望から解き放たれて初めて人はブラフマンと一体になれること。

心の結び目がほどかれるときにはじめて人間は不死を得るのであり、その時アートマンも不死性を持つことを人々は知るべきであること。

などが語られました。

そして、ナチケータスはブラフマンを得て情欲から離れて不死となりました。

『カタ・ウパニシャッド』の魅力 比較的わかりやすい物語展開と古代インドの神秘的な思想

『ウパニシャッド』は長い間少しずつ形を変えながら口承で語り継がれていたものであり、現代日本人にはとっつきにくい側面もある文学作品群です。

しかし、『カタ・ウパニシャッド』は比較的短編であり、物語の筋道もしっかりしているため読みやすいのです。

その一方で梵我一如といった古代インド的な思想やその背後にあるカーストなどの社会制度を色濃く感じることができます。

もちろんストイックでありながらミステリアスな心理への探究も。
様々な概念を『論語』のシンプルな語り口と比べると、その差は明白です。

もちろん『バガヴァッド・ギーター』などのインドの諸作品とはある程度共通した空気感がありますが。

また、見たされない欲望を抱えて生きる現代日本人にとって、精神的な安寧に最適解を見出している『カタ・ウパニシャッド』は良い指南書ともなるかもしれません。

智識ある人は語と意思とを制御せよ。それを智識として自我の中に保て。知識を偉大なる自我の中において制御せよ。それを平静なる信条として自我の中に保持せよ。

岩本裕編訳『原典訳ウパニシャッド』,筑摩書房,2013,p.299



それでは。

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