俺は俺の地縛霊で、だから空を見上げる。

いつも自分に言い聞かせている。

本当の俺は非業の死を遂げて、今の俺はその残留思念とか地縛霊とかそういうやつなんだって。

そうすれば、仕事で最悪の気分になっても「まあしょうがないか」って諦められる。

だって、俺はもう本当の俺じゃないのだから。
だって、俺はもう死んでるから。
だって、俺はここにいる意味がないから。
ゴーストバスターズやら陰陽師に駆除されるのを待っている、哀れな化け物だから。

最初は「俺は余生を生きてる」なんて言い聞かせてたけど、余生にしちゃあ惨めに過ぎる。
それでよくよく考えたら「こんな生き方は死んでるも当然だ」って気づいて、今に至る。

それでも正直、限界はきてる。とりあえずは定期の使用期限までは頑張ろうって決めてるけど、どうやることやらね。

臥薪嘗胆なんて言葉もあるけど、薪の上で寝ようが肝を舐めようが、そこから先の展望が正直見えない。

仕事へのモチベーションも完全に切れた。言い換えれば、もう何十年もここにいることは不可能だ。


それでも、それでもだ。地縛霊は時々夢を見る。



なんか、完全に人生がぶっ壊れてから、空を見るのが好きになった。

当然だけど、空は広い。あと、綺麗。それから、人間が作った建物とか自然が生み出した木々や山々とはスケール感が違う。

晴天の突き抜ける青さとか、曇天の雲のうごめきとか、暮れていく日に染まる雲とか。

色んな場所の色んな時間の空を見上げられたら。いつもそう思う。
誰かと話をしているときよりも、俺にとっては幸せな時間だとさえ。
たぶんね

ただ、俺は空を好きだななんて思うことは今までなかった。
生きてる時の俺は、空なんて見上げる余裕がなかったのだろう。

そういった意味からするとさ、俺は死んでよかった。

死んで、色んなものを失って、だから気づけたのだ。
そんな当たり前にあるものを。

たぶん、俺はどうしようもなく頭が悪いから一度死ななくてはならなかったのだ。
死んだところで状況が変わるわけではないけど。

見上げた空のどこかへと、本物の俺の魂は昇っているのだろうか。
あの青のどこかに、俺は溶け込んでいるだろうか。

ダメだな。こういう糞ロマンなところが俺の良くないところだ。




明日は月曜日だ。心の底から大嫌いな連中や不愉快な態度しかとらない連中とうやり合わなくてはならない。時には頭を下げなくてはならない。最悪だ。あんな奴らと。吐き気がする。

本当に、本当にこの仕事さえなければ。でも、俺は割り切って、心を遮断してあいつらとコミュニケーションしなくてはならない。

でも、でもだ。
死から時が経てば残留思念も少しずつ壊れていく。
だんだんと俺から離れていく。
たぶん、それ自体は正解だ。
もうそこにしか道はない。

ただ、取り返しがつかなくなるほど、後々治療ができなくなるほどおかしくなる前に、俺はここから逃げなくてはならない。

あいつらと同じクソの匂いに染まるのはまっぴらごめんだ。俺はあいつらが大嫌いだ。

定期を握りしめ、その裏面をしっかり目に焼き付ける。

無謀、か。

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