『イリアス』 古代ギリシアの英雄譚。 ~あらすじと魅力、個人的な感想など~



こんにちは。


紀元前文学第21回は古代ギリシアの『イリアス』です。
アカイア(ギリシア)軍とトロイア軍との戦いを描いた英雄譚であり、古代ギリシア文明が生んだ最古にして最高の叙事詩とも称されることもあります。

同じくホメロスの作とされる『オデュッセイア』と並び、ヨーロッパ文化の根幹をなす作品ともいえるでしょう。

成立年代は紀元前8世紀頃、盲目の詩人ホメロスによって編まれたとされています。

『イリアス』のあらすじ 読みやすいようにまとめた

物語の要約

『イリアス』は一万数千行に及ぶ長大な韻文叙事詩ですが、その内容を簡潔にまとめると下記の通りになります。

  1. 最強の英雄アキレウスが、アカイア(ギリシア)側の王アガメムノンと仲たがいし、戦線を離脱。
  2. 両陣営の思惑や神々の介入などもあり、状況は混迷を極める。しかし、徐々にトロイア有利に傾き、トロイア側の総大将ヘクトルアキレウスの親友パトロクロスを討ち取る。
  3. 激怒したアキレウスが戦線を押し返し、ついにはトロイア側を城まで押し込む。そして、一騎打ちの末にヘクトルを倒す。
  4. ヘクトルの父プリモウスアキレウスに懇願し、ヘクトルの遺体を返してもらう。そして、葬儀が執り行われ、町中の人々が悲しむ。

といったところでしょうか。



なお、『イリアス』は10年に及ぶトロイア戦争の最初から最後まで描いているわけではなく、クライマックスの部分が語られています。

おそらく当時の聴衆たちは説明されるまでもなく、トロイア戦争の顛末を知っていたのでしょう。
だからこそ、「美味しい」ところが聞きたかったのかもしれません。

主な登場人物

また、主な登場人物は下記のとおりです。

アカイア(ギリシア)側

  • アキレウス  女神テティスの血を引く半神。気性粗めでわがまま。超強い。
  • アガメムノン ギリシア側の総大将。欲張り。
  • ネストル 老将。「昔はああだったこうだった」と教えてくれる。
  • オデュッセウス 知将。『オデュッセウス』の主人公。文武両道。
  • パトロクロス アキレウスの親友。強い。
  • (他にも強い人が沢山)





トロイア側

  • ヘクトル トロイア側の総大将。強いし頭も回るが、やや猪突猛進ぎみ。アカイア側に数多くの並外れた勇将がいるのに対し、八面六臂の活躍。
  • プリアモス トロイア側の王。ヘクトル大好き。
  • パリス トロイア戦争を起こした超本人。割とダメな人。のちにアキレウスを討つが、それは『イリアス』の物語が終わった後の話。



オリンポスの神々

  • ゼウス 全能の神。戦争に介入し、戦士達の命運を握る。
  • ヘレ ゼウスに怒る人。アカイア側に肩入れ。
  • アテナ 戦略の女神。アカイア側に肩入れ。
  • テティス 海の女神。アキレウスの母。子供に甘い。
  • アポロン 芸能・芸術の神。トロイア側に入れ込む。



では、上記要約に沿って簡潔に物語をまとめます。

1.アキレウスの戦線離脱

物語はトロイア戦争の途中から始まります。

アガメムノンは戦いの末にトロイアから奪い取ったクリュセイスを妾とします。
クリュセイスの父が「身代と引き換えに娘を返してほしい」と懇願しても相手にしません。


その報復としてアポロンがアカイア陣営に病気を蔓延させます。

それでもアガメムノンはクリュセイスを頑なに手放そうとしません。
アキレウスとの激しい口論の末、クリュセイスは父のもとへ送り返されます。
しかし、
アガメムノンアキレウスの愛妾ブリセイスをアキレウスから奪い取ります。

アキレウスは涙を流し、母テティスに祈ります。
駆け付けたテティスに対してアキレウスは衝撃的な頼み事をします。
ゼウスにトロイア軍の味方をさせて欲しいというのです。
テティスはその願いを聞き入れます。

その後、アキレウスはアカイア軍の集会にも顔を出さず、戦いの場への未練を抱えつつも軍には加わりません。

一方オリュンポスでは、ゼウスヘレの小言にうんざりしつつもテティスの願いを聞き入れます。

2.混迷を極める戦況

両陣営の様々な人物の思惑や、オリュンポスの神々の介入によって戦況は混迷を極めます。

ゼウスに惑わされたアガメムノンが珍妙な命令を出したせいで危うくアカイア軍が撤退しそうになったり(アテナの叱咤を受けたオデュッセウスのおかげで事なきを得る)、
パリスとアカイア側の戦士の一騎打ちで戦争の勝敗を決めようとしたのに神様が介入してグダグダになったり、
神々もどっちの味方をするのか揉めまくったり。

トロイア側が苦境になったと思えば、アカイア側が押されたり。
状況は目まぐるしく変わりつつ、少しずつトロイア側に傾いていきます。


このままではまずいと思ったネストルアガメムノンアキレウスを和解させようとします。
アガメムノンは非を認め、その旨をオデュッセウスらがアキレウスに伝えます。
しかし、アキレウスは断固として和解を拒否します。

そして、一進一退を繰り返しつつ、トロイア軍はついにアカイアの拠点へと迫ります。

アキレウスの親友パトロクロスアキレウスの武具を借り受けて出陣するものの、ヘクトルに討たれてしまいます。

3.逆転する戦況、アキレウスヘクトルの一騎打ち

親友の死を知ったアキレウスは激怒しました。
テティスに頼んで手に入れた新たな武具とともに、再び戦場へ飛び出します。

そして、数多の敵を討ち取りながら戦況をひっくり返してしまいました。
トロイア軍は城門の内側まで押し込められてしまいます。

ヘクトルは周囲の人物が止めるにも関わらず、アキレウスに一騎打ちを挑もうとします。
しかし、いざ相対すると恐ろしくなってしまいました。
ヘクトルは逃げ回り、アキレウスはひたすら追いかけます。
ヘクトルは再度一騎打ちをする気になったもののあっけなく敗れます。

アキレウスの怒りは収まらずヘクトルの亡骸を馬車で引き回します。

4.プリモウスヘクトルの遺体を引き渡しを要求する

ヘクトルの父プリモウスは神々の助力を得て、アキレウスの陣地へと侵入します。
そして、息子の仇である
アキレウスの手に接吻し、ヘクトルの亡骸を返してほしいと懇願します。
アキレウスプリモウスはそれぞれ大切な者の死を悼み、涙を流します。

そして、ヘクトルの亡骸は引き渡され、葬儀は無事に執り行われました。

『イリアス』の魅力 異文化の英雄達と吟遊詩人達

英雄たちの力比べ

『イリアス』の現代日本人が読んだとき、最初に魅力的に感じるのは英雄達の戦いと思います。
少年漫画的な強さ議論に向いている紀元前の文学作品です

最強だけど気性の粗いアキレウス
トロイア側を獅子奮迅の活躍で支えるヘクトル
見た目は麗しいけど実力は微妙なパリス
文武両道のオデュッセウス
声の大きなメネラオス等々、

個性豊かな顔ぶれがそろっています。

価値観の違い:女性の立場

古い時代の異文化の文学作品を読む意義は、現代日本と全く異なる価値観の中で生活する人々に出会えることです。

例えば、『イリアス』に出てくる英雄たちの女性の立場は、現代のそれと比べても非常に厳しいものです。

古代ギリシア人にとっては(つまり『イリアス』で活躍する英雄達にとっても)女性は戦争で奪い取る品です。
略奪して自分の妻にすることを当然のことと思っています。

トロイエ人の妻を抱くまでは、帰国を急いてはならぬぞ。

『イリアス(上)』,岩波書店,1992,p.59

もちろん女性は他の略奪した品々と同じように戦利品として分配されています。
アキレウスの愛妾ブリセイスも、アキレウス自身が殺した男の妻でした。

この価値観は作品を通して一貫としています。

不思議な展開

『イリアス』の反復

『イリアス』のストーリー展開には、現代人の感覚とすると不思議に感じられるところがあります。

最も得意と私が感じたのは、同じようなパターンが繰り返されることです。
ヘクトルの例に見てみましょう。

  • ヘクトルが奮い立ってアカイア軍に立ち向かおうとする
  • 神の助力を得て強くなったアカイア勢に怯えて引き下がる
  • 味方に叱咤されてもう一度戦場に戻って活躍する



この反復パターンがかなり頻発します。
というか、ヘクトルだけでなくオデュッセウスパリスなどの似たような行動を取ります。

また、トロイアとアカイアの優勢が入れ替わる展開の連続にも同じような反復を感じます。



『イリアス』と『燃えよ、剣』

なぜこのような展開になるのでしょうか。

これはあくまでも個人的な予想なのですが、『燃えよ、剣』と似た構造が原因だと思っています。

司馬遼太郎による幕末小説『燃えよ、剣』は新選組の副長土方歳三を主役にした歴史小説で、昭和37年から39年にかけて週刊文春に連載されていた小説です。

ポイントになるのは、週刊誌に連載されていた小説ということです。
伏線回収のために起伏のない展開を続けていては読者は離れてしまいます。
だから、常に読者を惹きつける展開にしなくてはなりませんでした。


いつ読んでも刺激的で面白いのです。途中から読んでも面白いのです。
しかし、長いスパンでの起承転結は構築できていません。




『イリアス』と吟遊詩人

一方、『イリアス』を披露していた詩人達は、長大な叙事詩を記憶するために物語をパターン化していました。
ホメロスの時代の詩人たちは文字を見ずに内容を暗記していましたが、一万行を超える内容を子細に覚えるのは困難だったのでしょう。
だから、ある程度の型が必要だったのです。

また、詩は人々の前で謡われたと考えられています。
詩人は人々の反応を見て臨機応変に語り口を変えたり省略したりといったことをしていたようです。
それは今日のミュージシャンがお客さんの反応を見て演奏する曲の一部を変えるようなものだったのでしょう。

そして、当然「こうすれば鉄板だ」というパターンがあったはずで、それは『イリアス』のような長大な詩には幾度も登場してもおかしくないはずです。


いまでこそ『イリアス』はお堅い本になっています。
しかし、紀元前8世紀では目の前のお客さんと一緒に場を作って盛り上げる、活き活きとした物語だったのです。


『イリアス』も『燃えよ、剣』も直近のお客さんの反応に大きく影響を受けていたのでしょう。

結びに代えて 『イリアス』は読みやすいわけではない。だけど、読破する価値のある美しさがある。

『イリアス』はヨーロッパ文化の古典とされています。

しかし、優雅で上品のヨーロッパ文化の原点というよりも、そんなイメージの奥に潜む原初の姿を垣間見せてくれる物語だと感じました。

欧米の方々が『イリアス』をどう受けてめているのか、少し気になりました。

それでは。

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