「引き金はお前が引け」

体中が重たくて、気分も憂鬱で、何にもしたくない。
そんな気分の時でも指先だけは動くことがある。

そんな状態の僕に何年も寄り添い続けてくれてるのが、FGOというスマホアプリゲームだ。
どんなゲームか。
ざっくりいうと、歴史上の偉人や神話の英雄たちを召喚して世界のために戦うお話だ。

で、そのFGOで今開催されているイベントが結構面白いのだ。
タイトルは「超古代新選組列伝 ぐだぐだ邪馬台国」。

うん、ばかばかしい。

まだイベントは開催途中中なのだけれど……、
内容はざっくりいうと主人公と仲間の織田信長、織田信勝、沖田総司、土方歳三が何故か邪馬台国に飛ばされて、卑弥呼と仲間になって、邪馬台国を滅ぼそうとする芹沢鴨、山南敬助、斎藤一らが率いる闇の新選組と戦う。という感じ。

うん、ばかばかしい。

この馬鹿馬鹿しさにふさわしいコメディタッチで話は進むのだけど、実は物語構成も実に巧みで、とくに登場人物の対比がとても面白い。


史実において、山南は土方の命により切腹させられる。FGOにおいては、山南離反の理由として「まっすぐに突き進んできた道が正しいのか分からなくなって、足が止まってしまった」というような設定がされていた。

そして、邪馬台国に召喚された山南は過去を振り返る。そして、近藤勇ではなく芹沢鴨を局長として選んでいたら新選組には違う未来があったのではないか、と自問して芹沢側につく。
そして、「自分たちは、もっと早く眼を開いていればよかった」という後悔を口にする。

開国という時代の流れに抗った新選組の一員に言わせる台詞としては非常に重たい。

一方の土方はFGOにおいては我が道を突き進む人物として描かれている。それもちょっと過剰なまでに。
違う未来を想像する山南に対しても「そんなものがあると思っているのか」と言い放つ。

土方は五稜郭まで新選組として戦いぬいた。
そして、死んだ。

足を止めて考えてしまう山南。
最後まで止まらず突き進む土方。

足を止め、目を開き、時世の流れを読んでいれば、新選組にもっと明るい未来があったかもしれない。それは正しい。
信念を貫き、ひょっとしたら大切な何かを見落とし、死んでしまった。それは、正しくないのかもしれない。

メタ的に見れば土方は主人公サイドだ。だから、今後解放される物語では、土方が勝つ姿が見られるだろう。
そして、その時土方は山南にどんな言葉をかけるのだろうか。

僕はそれをとても知りたいと思った。

また、彼等の対立は、女王の宣託に頼り切りで自分の頭で何も考えない邪馬台国の民や信長に頼りっぱなしで自分の頭で考えない信勝というもう一つの対立軸とも絡んでくるだろう。

他にも多くの対立軸がある。それが織りなす結末を、僕は知りたい。

何故か?

僕自身が今抱えている不安とリンクしているからだ。
自分の頭で考えて決断をすることの恐怖、ありきたりのレールから飛び出さなくちゃ俺にはもう未来はない。それができない惨めさ。

何年か前までの僕はありきたりの人生というレールからかろうじて外れていなかった。
だから、自分の生き方について難しいことを考える必要もなかった。
今はもうそうはいかない。自分だけの道を拓かなければならない。


一生懸命情報収集はしてみる。それ自体は間違いじゃない。情報がないと何にもできない。だけど、情報があっても能力がなければどうしようもない。自信がないし、それを裏打ちする根拠もない。

そうやってウジウジ考えては、あの時こうしていれば、この時こうしていれば、そうやって考えてしまう。

そんなときに目にしたFGOに登場する土方は、まぶしかった。

どんな未来が待っていようとも自分の信念のために突き進んで、立ち止まることもなく。そして、破滅した。

現代日本の倫理観で言えば、土方は間違ってるかもしれない。山南が正しいのかもしれない。

だけど、この物語では土方が勝つ。
彼の言葉が、僕はみたい。



ダメだな。これは誰かの言葉にすがっているだけだ。
ほら、僕は自分の頭で考えることができないんだ。誰かの言葉や物語にすがろうとしている。僕はもうそういうのを卒業しなくちゃいけないのに。

僕の中にある大切な言葉は、たぶんそのほとんどが誰かのサンプリングで自分の頭で考えたことなんて一つもない。

誰かの言葉をループして、でも、それはあくまでもその人の言葉で、だから僕の人生にはフィットしない。
当然だ。僕はその言葉にすがっているのだから。

荒れた海で藁にすがったところでおぼれるだけなのにな。

僕はもういっそおぼれるつもりで自分の手で絶望の海へ飛び出さなくてはならない。

吐きそうだ。もうダメかもしれない。

「引き金はお前が引け」

これは子供のころ大好きだった言葉だ。大好きだったアニメの。

サンプリング。これもサンプリング。
全部全部、誰かの考え。誰かの言葉。

もうずっと僕の中にある言葉。誰かが考えた誰かの言葉。

でもさ、別に無理の自分の言葉にこだわる必要もない気がする。
だけど、誰かの言葉そのままじゃ、ぼくはやがてぶっ壊れる。

その匙加減が自分の頭で考えるってことなんだろうけど、僕にはその力がないのかもしれない。

ないのだとしたら?
それでも何かを見出して、突き進まなくてはならない。

どこに突き進めばいい? 何を目指せばいい?

俺はただ、世界中の空を見上げていたいだけなのに。
いや、違うな。俺はただ誇りをもって生きていたいだけだ。



めまいがするな。

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