角部屋の孤独と暖色灯の重力

角部屋の孤独

最近、何かと寂しいと感じることが多い。

自分の状況を考えれば当然だとは思うし、その感覚は無理やり押し殺したり否定したりするものでもないとも思う。

だって、僕の感情は外部の状況に対して自然な反応をしているのだから。
以前よりも強く寂しさを感じるのは、少しずつ自分の心身が良い方向に向かっているだと信じたい。


僕の部屋は角部屋で、明り取りの小窓がある。
カーテンを閉め切って部屋を真っ暗にしようとしても、どうしたって外の光は入ってくる。

その光を見ているときが特に寂しい。

でも、真っ暗闇の中で孤独を感じないよりも、手の届かない光を見上げているほうが、少しだけマシなはずだ。

この寂しさは前に進みたいというベクトルでもあるからだ。

暖色灯の重力

僕は白色系の照明が大嫌いだった。

職場の照明と同じ色だから。
職場のストレスと照明の色が重なってしまったのだろう。

僕にとって白い照明には重力だった。肩に重くのしかかり、前に進むのを拒ませるような。
電車に乗っても駅ビルに入っても牛丼を食べても、世界はまるで僕を押しつぶすようかのだった。
(博物館は大丈夫だった気がする)

だから、自室の光は全て暖色系に変えた。
灯りは優しかった。部屋の中でなら、僕は重力を感じなかった。

だけど、最近は白色系の照明に重力を感じることがなくなった。
かつての職場でさえ、僕は光の重力から解き放たれた。
自然な感覚で、行ってみたいなと思える場所も増えてきた。

だけど、今度は自室の照明との相性が悪くなってしまった。

自室の暖色系の照明に、心身がいまいち馴染めないのだ。
柔らかながらも重力感を薄っすらと感じてしまう。
白色の重力よりはマイルドだけれど。

何でかは分からない。
部屋の照明を白色に変えても駄目だった。むしろ気分が悪くなってしまった。

最後の砦のようだった自室の照明に、僕は重力を感じている。

自分自身に近づいた瞬間

ぼんやりとだけど、いくつかの「答え」が目の前に近づいてきた気がする。

いや、自分の奥底にある自分自身の姿にちゃんと気づけるか、という表現のほうが正しいだろう。

そして、今までずっとそうだったように、たぶん僕は何もつかめないで終わるだろうことも薄っすらと理解している。

それでも僕は自分を誇りに思っている。

なぜなら、今この瞬間こそが僕の人生において「答え」に最も近づいた瞬間だからだ。
今この瞬間こそが僕が僕自身に最も近づいた瞬間だからだ。

本当に地獄のようだったこの数年間にも、今なら小さな意味を与えることができる。

もし明日死んでしまうとしても、多くの絶望と後悔の奥底にほんの少しだけ納得を潜ませることができる。
そう言い聞かせることくらいはできると思う。

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