『ギスリのサガ』。舞台は中世アイスランド、復讐に縛られた者たちの哀しく凛々しい生き様

「だが、このことでお前を責めたりしない。それというのも人は運命を定める言葉を語らねばならないことがあるからだ。起こるべきことは起こるまでだ」

渡辺洋美訳『ギスリのサガ』北欧文化通信社,2008,P54

こんにちは。

『ギスリのサガ』は十二世紀から十四世紀にかけてアイスランドで成立したサガ文学の一編です。

サガSagaは「物語る」「歴史」を意味するアイスランド語。英語でも日本語でも「たくさんの人物が登場する物語」を表す単語として一般名詞化しています。本家本物である中世アイスランドのサガ文学も多数の人物が織りなす、複雑な人間模様が展開されています。

『ギスリのサガ』はサガ文学としてはコンパクト、なおかつ夫婦愛や兄弟間のアンビバレンツな感情が鮮やかに描かれています。現代人にとっても共感しやすい作品と言えるでしょう。

『ギスリのサガ』のあらすじ

ノルウェーからアイスランドへ

物語は作品の名を冠する主役ギスリの一族がアイスランドへと移住する前日譚から始まります。

舞台は10世紀のノルウェー、スルナ谷地方領主ソルケルの息子アリはインギビョルグと結婚します。しかし、狂暴戦士<ベルセルク>のビョルンがやってきて「自分と決闘をするか妻インギビョルグを渡せ」と要求します。アリは決闘を選びます。しかし、あえなく敗北。

兄の名誉を守るため、アリの弟ギスリがビョルンと戦います。インギビョルグは、自分の奴僕が持っていた名刀<灰脇>グラーシーザを渡します。<灰脇>グラーシーザの力もあってギスリは勝利を収めます。ただ、<灰脇>グラーシーザを返すことを惜しみ、奴僕と喧嘩に発展、両者とも命を失い、<灰脇>グラーシーザも壊れてしまいました。

アリとギスリの弟ソルビョルンは子宝に恵まれていました。長女ソルディース、長男ソルケル、次男ギスリ(主役)、三男アリの4人です。アリは母方のおじの養子になります。ソルケルとギスリの喧嘩が周辺の人々を巻き込んだり、美しいソルディースに侮辱的な誘惑をする輩が現れたりと色々あって、周りの人々との決闘や殺し合いが発生。一族はノルウェーにいられなくなりアイスランドへと向かいます。

アイスランドの新生活と交易

ソルケル(親の方)が亡くなった後、ソルケル(長男の方)はアースゲルス、ギスリはアウズと結婚します。また、ソルディースは首領の地位にあるソルグリームの下へと嫁ぎます。

その後、ソルケルとソルグリームは材木など売りにアイスランドにやってきたノルウェー人から奪い取った船で交易へと繰り出し、ノルウェーのハラルド灰衣王に手厚く迎えられます。

その頃ギスリも妻アウズの兄ヴェスティンと海外へ向かいます。しかし、ノルウェーへの到着と同時に突風と吹雪に見舞われ、船が木っ端みじんに壊れてしまいます。その後、ビャルビという男から船の権利を半分買取り、一緒にデンマークへ向かいます。彼等は交易に成功、ギスリたちはアイスランドへ帰ろうとします。しかし、ヴェスティンに個人的な商業においてトラブルが発生し、問題解決に動かざるを得なくなります。ギスリとビャルビはアイスランドへ、ヴェスティンはイギリスへ向かいます。

ソルケルとソルグリームも大きな利益と共に帰国します。

人間関係のこじれ

ソルケルが家で休んでいるとアウズとアースゲルズの世間話が耳に入ります。そして、アウズがソルケルの妻アースゲルズがヴェスティンと浮気をしていることをほのめかします。ソルケルは大きな声で詩を吟じてその話を聞いてしまったことをほのめかしたあとその場を去ります。

その夜、ソルケルはアースゲルズに「お前とはもう二度と一緒に寝ない」と宣言します。しかし、アースゲルズは強気にも「離婚をしたら結婚支度金と持参金(結婚時に妻の家族から支払われる財産(金・土地・家畜)。所有権は妻にあり、管理するのは夫。利益も妻のもの)は引き払う」と経済的にゆすりをかけます。結局、ソルケルは離婚を諦めます。

その後、ソルケルはギスリの下を離れたいと告げます。引き留めるギスリに対して

「お前が農場の難事を一手に引き受けていて、おれの出る幕がないのでは、これは大変間違っていることだからな

渡辺洋美訳『ギスリのサガ』北欧文化通信社,2008,P55

と言い、財産を分けてソルグリームの下へ向かいます。

その後、帰国したヴェスティンは何者かに殺されました。ギスリはすぐさま使いをソルグリームの屋敷に送ります。すると、ソルグリームとソルケルが武装した姿で座っていました。

復讐の始まり

ここからギスリとソルケルは姉弟の絆を維持しようとしながら復讐の連鎖を繰り広げます。葬儀の最中にもソルグリームは堂々としていますが、ソルケルはアウズが落ち込んでないか気にしています。

そして、ソルケルはギスリに対してボール競技をして和解しようと提案します。そして、ソルケルはソルグリームをボコボコにしながらゲームに勝利。両者の仲は険悪になります。

後日の真夜中、ギスリは槍として修理された<灰脇>グラーシーザを持って、皆が寝静まったソルグリーム宅に侵入。ソルグリームの妻/ギスリの姉であるソルディースのすぐそばで、ソルグリームに槍を突き刺して殺害します。

逃亡と死

決定的な証拠がないため、ギスリは訴訟されません。しかし、「ソルグリームを殺した者には決して救いが訪れないように」という呪いが行われ、これがギスリの運命を決定づけます。

ボール競技の最中、ギスリはどういうわけか、姉ソルディースの前で自分がソルグリームを殺したことをほのめかすような詩を吟じます。また、ボール競技のプレーから再びギスリ達の間で喧嘩が勃発。そこから両者の親族を巻き込んだ殺し合いが始まります。

ソルディースはソルグリームの弟(で現在の夫)ボルクに対してギスリの殺害を促しました。一連のやり取りを聴いていたソルケルは、ギスリに逃亡を勧めます。しかし、全面的なサポートはできないとも伝えます。警告などはするが自分が罪に問われるような助太刀はできない。それがソルケルのスタンスです。ギスリは姉と兄が自分の味方にならなかったことを憤慨します。

その後、ソルケルが民会の訴訟に向かう途中、ボルクたちが襲撃を企てます。ソルケルは再びギスリにその事実を伝えます。その後、ギスリは長年に及ぶ逃亡生活に入ります。ギスリの機転・周囲の者の助け・アウズの献身的なサポートによって、どうにか長い年月を生き延び続けます。

その頃、ソルケルはヴェスティンの息子ヘルギによって殺害されます。

一方、ギスリは徐々に追い詰められ、悪夢を見る頻度が増していきます。男たちの集団に追いかけられますが、妻アウズが棍棒で助太刀。ギスリは本当に良い妻を持ったと感謝します。

その後、ギスリは十二人の男を相手に大立ち回りを繰り広げ、ついにその命を落とします。

ボルクはギスリを殺害したことを意気揚々とソルディースに告げますが、ソルディースは

弟ギスリを思うと泣けてきますわ。このギスリ殺しにはおかゆでも作ってやったら十分ですわ

渡辺洋美訳『ギスリのサガ』北欧文化通信社,2008,P189

と言い、後ほど刀でボルクの殺害を試みるが失敗。しかし、離婚を宣言し、ボルクの下を去りました。

残された者

アウズやヴェスティンの息子ヘルギたちはノルウェーへと逃れます。その後、ヘルギはグリーンランドに向かって有力者になります。しかし、ある日、漁から帰ってこないまま行方不明になってしまいました。アウズはデンマークでキリスト教に改宗。さらに南へ向かい、もう北欧には帰ってきませんでした。

個人的な感想:後々読み返したいポイント

義務としての復讐

昔の社会だと、名誉が本当に重要だったんだなと思います。法律がない以上「舐められたら終わり」という感覚が、さらに重大なモノでした。侮辱された以上は、復讐せねばならない。それが、さらなる復讐を生むことが分かっていても(そのままでは、自分の親族にも不都合/不便が及びます)。それが、見ていて辛かったです。

現在よりも重たい意味があった兄弟の絆も大事にしながら、それでも復讐をしなくてはならない。その相反する感情に引き裂かれながら、動く登場人物たちが、とにかく苦しそうでした。

「したい」「したくない」というよりも「しなくてはならない」という価値観だったわけで。弟ギスリへの復讐を夫に促したソルディースが、弟が死んだ後に夫の命を奪おうとするシーンが象徴的だと思いました。

強い女性

棍棒を振り回して男をぶん殴る女性や、刀で男性を刺す女性が登場します。彼女たちは、自分の意思で離婚だってしています。中世アイスランドは、そういう社会だったんだなという印象を受けました。

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