ゾロアスターが生み出した、旧き拝火の呪文 『ガーサー』



こんにちは。


紀元前文学 第4回は古代ペルシアの呪文『ガーサー』です。
『ガーサー』はゾロアスター教の聖典『アヴェスター』に含まれている韻文詩です。
開祖ザラスシュトラ本人が創った呪文であり、ゾロアスター教の呪文において一番霊力の高い聖呪とされています。

成立年代は、紀元前12世紀から9世紀。
およそ3000年に渡って、火を崇める神聖な儀式で絶えず唱えられてきました。


『ガーサー』には開祖ザラスシュトラのエネルギッシュな人間性が存分に反映されているような、生々しい情感が脈打っています。

というわけで、まずはゾロアスター教と開祖ザラスシュトラについて簡単に語ります。

『ガーサー』の背景について ザラスシュトラとゾロアスター教

開祖ザラスシュトラの生い立ち

開祖ザラスシュトラは中央アジアからイランへと民族移動の途中にあった古代アーリア人の神官の家系に生を受けます。

宗教は当時最先端の技術で、神官はいわば知的エリートです。
目の前に敷かれていた人生のレールに乗るようにザラスシュトラは呪術を身につけます。

そのまま何不自由暮らしていくこともできたはずです。


しかし、彼は20歳の時に古代アーリア宗教に反旗を翻し、放浪の旅に出ます。
血族という後ろ盾を持たず、古代の部族社会を生きていくのは困難だったはずです。
ザラスシュトラは様々な部族を渡り歩きながらどうにか生活をしていたようです。
しかし、彼は同じところに長く留まることができませんでした。
彼が主張する宗教のせいです。

ザラスシュトラの宗教

古代アーリア人は多神教の世界でした。

キリスト教のような唯一の神がいるのではなく、ギリシャ神話や日本神話のように数多の神々がいる宗教観です。

多神教社会の真っ只中で、ザラスシュトラは全く新しい神アフラ・マズダーを創造します。
そして、先祖代々崇拝されていた神々を全て否定し、信仰に値するのは自らが創造したアフラ・マズダーだけと主張したのです。

さらに、善の神アフラ・マズダーの下には6つの善なる聖霊がいると主張し、それと対応する悪の神と6大悪魔も創造します。
そして、あろうことか、悪の神と悪魔達には古代アーリア世界の神々を零落させるように配したのです。

そりゃあ、神官達との折り合いも悪くなるでしょうね。

放浪の終焉

当時としてはあまりにも過激すぎるザラスシュトラの主張は、やはり最初は受け入れられなかったようです。

しかし、信徒が1人しかいない超弱小宗教だったゾロアスター教にも転機が訪れます。
ザラスシュトラはナオタラ族の王に取り立てられたのです。

王は従来のアーリア宗教の神官を追放し、ザラスシュトラを専属神官の地位につけます。
一躍宮廷お抱えの神官となったわけです。


この時ザラスシュトラは42歳。22年に及ぶ放浪生活の末、
ようやく、彼の宗教を大きく広める土台を手にしたのです。

『ガーサー』要約 ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の中枢を担う聖呪

『ガーサー』の多くは放浪しながら布教を推し進めていくなかで創られた呪文のようです。

拝火の儀式のために作られた呪文ですが、内容としては苦悩するザラスシュトラによる『神との対話』を通した独白そのものです。

呪文の奥で渦巻いているのは、ザラスシュトラの苛烈な人間性、自意識の強さ、世にはびこる悪(暴力・貧困・自分の不遇)への強い憤りです。

(ゾロアスター教やザラスシュトラの生涯や人となりについて、大変参考させていただきました)


では、章ごとにざっくりと内容をまとめます。

アフナワティーガーサー

物語の舞台になっているのは、死者が霊界で受ける裁判です。

(裁判は正義と悪に分かれて行われていて、両者を炎や溶岩が分けているそうです)


牛の魂は「自分は飼い主達から暴行・虐待を受けている」と主張します。
しかし、飼い主は「牛の主張を聞く制度はない」と冷たく言い放ち、審判者もそれに同意します。
主神アフラー・マズダの指示により、ザラスシュトラは牛を虐げるものがいる社会を変えるべく、主神アフラ・マズダと裁判に集う面々に等々と語ります。

そして、ザラスシュトラの長い長い主張が始まります。

世には悪が運びっていること。弱者が虐げられていること。
そして、本来は良き者であるはずの飼い主達が牛を虐待していること。
そして、それを救う宗教的理論がないこと。
自分は弱きものが救われる王国を作りたいと思っていること。
しかし、そのための力がないこと。だから、力を欲しいこと。

何度も何度も「アフラ・マズダーよ」と神に呼びかけながら。

そして、マシンガンンのごとく放たれた主張の甲斐あってか、アフラ・マズダーは言葉少なにザラスシュトラの祈りを聞き入れます。

ただ、そこで終わりと思いきや、今度は悪に満ちた振る舞いをする者への非難を凄まじい勢いで繰り広げるですが…。

ウシュタワティーガーサー

ザラスシュトラによってアフラ・マズダーとの出会いが語られます。
そして、最初に力を与えてくれたことに感謝を述べています。
さらに、悪がのさばるのをふせぐため、正しき宗教の布教のため、再び力をび乞い願います。

次に神に求めたのは知識です。
月の満ち欠けはなぜ起きるのか。光と闇があるのはなぜか。敵対する両軍が戦ったらアフラ・マズダーはどちらに勝利を授けるのか。

しばらくそんな文章が続いた後、唐突な展開を迎えます。
ザラスシュトラは「牡馬を交えた牝馬10頭と駱駝一頭」をもらい、
自分はこれをもらうに値するのか神に問うているのです。


牧畜社会では馬と駱駝は相当な資産だったはずです。
長く不遇だった彼が、突然高価なものをもらって、「自分は見合うだけの人間なのか」あれこれ考えているうちに出来上がった呪文なのかな、と考えちゃいますね。

純粋で義理堅い人だったのかもしれません。



そして、場面が変わります。

どこに布教しても皆から避けられ、もはやどこに行けばいいのか分からないというザラスシュトラの悲嘆から幕を開けます。

「わたくしは、なにゆえにわたくしが無力か知っています」
「わが貯蓄が少なく、家人が少ないからです」

という強烈な言葉が印象的です。
とても呪文とは思えない人間らしさです。

精神的にもかなり追い詰められていた時期なのでしょう。
悪がはびこっているのに何もできない無力さを嘆き、脅迫めいた言葉で神に力を求め続けます。

スプンターマンユー・ガーサー

王の神官となった後に書かれた呪文のようです。

呪文全体を覆う感情も今までの切迫した義憤から、未来への漠とした不安へと切り替わっています。

果たして悪は滅ぼされるのか。
神々が保有している資産はどれくらいか。
それはいつ自分に下賜されるのか。
アフラーマズダーの秘儀はどうなっているのか。教祖たる自分は知っておくべきだろう。
牛をたくさん養える楽園はいつやってくるのか。

幾度となく繰り返し神に問いかけながら、このまま進んでもいいのかという不安を吐露しています。

宮廷神官としての地位を得た後も,不安は尽きなかったようです。

ウォフークシャスラー・ガーサー

神に資産を要求するところから始まります。
さらにザラスシュトラや彼の信徒は正しい行いをしており、それに見合うだけの利益を求めています。

また、悪を滅ぼすための力も要求し、最後に神を称賛します。

ワヒシュトーイシュティ・ガーサー

ザラスシュトラの娘とパトロンの息子による結婚式が話の舞台です。
花嫁の献身表明の後、結婚式でのザラスシュトラの訓告が続きます。
切磋琢磨しながら生きなさい、とか。
正しく生活していれば悪が襲ってきてもアフラ・マズダーの威光がついてくれる、とか。

この部分はザラスシュトラの作ではないという説もあるらしく、なるほど随分と苛烈さが薄まっています。




『ガーサー』の魅力とはゾロアスター教開祖の人間性

詩から噴き出す、燃え上がるような熱量でしょう。

何度も何度も言葉を変えては繰り返される悪への激しい非難。
この世の不条理を激しく糾弾する神への呼びかけの数々。
経済的にも追い詰められた時の絶え間なく繰り返される嘆き。
宮廷神官となっ後の未来に対する茫漠とした不安。
一方、虐待されている牛に救おうとする優しさがあったりして。


呪文や詩というよりも、感情の奔流のような読むものを圧倒させるパワーを感じました。
呪文を作ったとき、ザラスシュトラは様々な苦悩を抱えていたのしょう。

呪文を練り上げた夜に自分の主張が受け入れられない怒りとさみしさを抱え、近寄ってくる牛を撫でながら一人夜空を見上げたこともあったのかなあ、なんて考えてしまいます。




(『ガーサー』の全文が収録されています)

まとめ 『ガーサー』  遠い昔の呪文と共に『アヴェスター』によって伝えられたもの


古代ペルシア語というなじみの薄い言語で書かれた、ゾロアスター教というなじみの薄い宗教の呪文。なかなか手が進まないかもしれません。

でも、難解な文章を解読するように読むのが楽しかったです。
それはきっと、読ませたいと思わせるエネルギーが文章にあったからでしょう。


技巧に優れた『ガリア戦記』とは対極のところにあるかもしれませんが、勝るとも劣らぬ求心力がありました。






いかかでしたでしょうか。

それでは、また。

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