Fenneszはオーストリア出身のアーティスト/ギタリスト/プロデューサーです。

Fenneszの音楽はエレクトロニカ・アンビエント・グリッチというタグ付けによって紹介されることが多いようです。
深く加工を施されたギターを軸にした、エモーショナルかつ実験的なアンビエント・サウンドを特徴としています。
2021年6月現在、Fenneszは8作のフルアルバムをリリースしています。
本記事ではその全てを見ていきます。
目次
Fenneszのアルバム一覧
これからリリース順にFenneszのアルバムを見ていきますが、文字だけでは分かりにくいと思って相関図を作成してみました。

では、本題に入りましょう。
(1st)Hotel Paral.lel
デビュー作にあたる本作Hotel Para.lelは、Fenneszの作品の中でも音響空間デザイン的な趣が深い作品です。
荘厳さを帯びたアンビエント・ノイズなドローンサウンドを土台としつつ、その上で細やかなグリッチ・電子音・エフェクティブ/ディストーション的なギターがアーティスティックに揺らめいています。
メロディアスな要素ではなく音の響きとその組み合わせ・強弱で聴き手を引き込むような、幽玄で先鋭的なサウンドを絶えず棚引かせています。
当然、分かりやすいキャッチーさがあるわけではありません。ただ、響きへのフェティッシュなこだわりの奥底に滲むエモーショナルさが隠し味程度のエモさを加えており、絶妙のバランス感覚でナイーブな陶酔感を生み出しています。
響きへの衝動を心のままに投影した、初期衝動的な作品なのかもしれません。
瑞々しい感性が、無垢な探求心のままに迸っているようにも感じられます。
個人的にはFenneszの中でもかなり好きなアルバムです。
(2nd)Plus Forty Seven Degrees 56′ 37″ Minus Sixteen Degrees 51′ 08″
前作の先鋭的・抽象的な要素を推し進めた、実験的なニュアンスが強まっている作品です。
音の響きが生み出す空間はそのフェティッシュなデザイン性を増し、サウンド・テクスチャーの繊細さは高められています。
アンビエント的/ノイズ的なドローンサウンドを土台としていることや細やかなグリッチ・エフェクティブなギター等が装飾音となっていることには変わりありませんが、前作よりもややミニマル・シンプルになっているのも印象を受けます。
その結果、神秘的というよりも侘び寂びが漂う内面世界的な精神性をサウンドが帯びているようにも感じます。
瑞々しさはあるもののエモーショナルさはやや下がり、探求精神やストイックさが静寂を引き締めるようにピリっと漂っています。
深呼吸や精神の奥底に潜り込むような透明感を帯びつつも、求道的で曇りのないアンビエント/エレクトロニカを今作においてFenneszは展開しています。
(3rd)Endless Summer
Fenneszのみならずエレクトロニカ史という文脈から見ても金字塔として、しばしば扱われるアルバムです。
メロディアスな方向に舵を切っているのが過去作からの大きな変化でしょう。
実験的で先鋭的なニュアンスを残しつつもエモーショナルな響きを厚くし、ノスタルジックなノイズをゆったりと奏でています。
深くエフェクトをかけた電子的・ノイズ的な響きを帯びたギターが紡ぐ感傷的なサウンドスケープが、前面に出ているところに本作の特徴があるでしょう。
それこそ「終わりなき夏」という言葉が含むメランコリーがエモーショナルなノイズから蜃気楼のように立ち昇ってくるような、感傷的でメロディアスなテクスチャーに浸ることが出来ます。
フェティッシュな音響へのこだわりと繊細な精神性が見事にマッチし、
遠いあの日の情景のような、
本当はなかったはずの美しいあの日のような、
手を伸ばしても決して届かない、とても愛おしい「何か」を投影しています。
儚くメランコリックな精神世界を濃密に描き切った、ポップミュージック/インディーミュージックという文脈においても重要な意味を持つアルバムではないでしょうか。
(4th)Venice
感傷的でメロディアスな雰囲気はそのままに、サウンドの厚みを薄くして繊細さを上手く表現しているアルバムです。
全体的にマイルドな響きになっており、いわゆるエレクトロニカに接近しているとも解釈できるかもしれません。
ゆったりと揺蕩う電子音的なギター、
細かく揺れるエレクトロニクス、
感傷的なドローン/アンビエント・サウンド。
フェテッシュ的なこだわりを感じさせる音色が優しい囁きのように紡がれ、リラックスしたムードを創り出しています。
前作に比べて濃度はややさっぱりしていますが、蜃気楼のように立ち昇るメランコリーも健在です。
そして、そのさっぱりとした感じが塩梅の良い清涼感にもつながっています。
水晶のような透明感とも言い換えることが出来るかもしれません。
ソフトで、情景的で、さざ波のようなメランコリーがあって。
優美でナイーブなアンビエント・サウンドスケープを楽しめるアルバムではないでしょうか。
(5th)Black Sea
静謐だった前作Veniceに比べ、深く加工されたギターの音色が前面にでるようになっています。サウンドテクスチャーから芳醇なノスタルジーが醸し出されているのが、本作Black Seaの特徴でしょう。
また、今までよりもしっとりとして柔らかな雰囲気になっているのが特徴です。ゆったりとした優美な雰囲気が一際強くなっているのも見逃せない点かもしれません。
ざわめきのようなノイズ、揺らめくようなドローン、蜃気楼のようなメランコリー。
その全てが濃霧のようにしっとりとした叙情性を帯びています。
アルバム全体として壮麗・荘厳な響きを含んでおり、うっすらと神秘的な光輝を帯びています。
また、優しくも解像度の高い響きはいつも通りのフェティッシュな質感を生み出しており、Fenneszらしいキメ細かく囁くようなノイズを楽しむこともできます。
(6th)Becs
エモーショナルさがさらに前面に出ており、アンビエント的でありながらも緩急のしっかりついた作品になっています。
エフェクティブなギターの存在感が強いという意味では3rdのEndless Summerに似ています。ただ、Fennesz的な感性が迸っていたEndless Summerと違い、叙情的で優美になっている印象を受けます。
また、構成がしっかりしていることもあり物語性も感じられ、荘厳ながらもパーソナルで質感を帯びているのも特徴でしょう。
蜃気楼のようにノスタルジックなエフェクティブなギター、
ざわめくように幽玄なグリッチ・電子音、
優しく荘厳なアンビエント・テクスチャーを基底としつつ、時に神秘的で柔らかなウォール・オブ・ノイズを築き上げ、潮が満ちるようなカタルシスを形成しています。
ゆったりとして、鮮明な神々しさを湛え、オーロラのような美しいノイズの揺らめきを感じます。
(7th)Agora
緩急がしっかりついた叙情的だった前作に比べ、おおらかでなだらかな雰囲気に満ちているのが特徴でしょう。
最も優しいテクスチャーとも言い換えることができるかもしれません。
深く加工されたギターが波のように揺蕩い、荘厳なアンビエント・サウンドスケープを醸成しています。
ゆったりと伸びていくドローンサウンドを基底にして、朧気で幻想的なノイズ・電子音が時折揺らめいては消えていきます。
どことなく解放感を含んでいるのも印象的で、神秘的ながらも風通しのよいニュアンスを帯びています。
物語的というよりもテクスチャーの美しさや、その揺らめきで魅せるようなサウンドそのものを聴き手を引き込むタイプの音楽であるように思います。
もちろん、Fenneszらしい蜃気楼のようなエモーショナルさは凛とした霧のように立ち込めており、美しいサウンドヴェールの合間で感情が微かに揺らめているような印象を受けます。
淡く澄んだ魅力を湛えたアルバムではないでしょうか。
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