エレクトロニカの歴史を振り返る。  水面を漂う小さな波のように姿を変えゆく音楽。~おすすめの名盤とともに~



こんにちは。


エレクトロニカという音楽のカテゴリーを御存じでしょうか。

カテゴリーの持つイメージは時代や地域によって異なりますが、《電子音と生音を両方使った幻想的な音楽》という理解をされることが近年の日本では多いようです。

Telefen Tel Aviv、I Am Robot And Proud、Fenneszあたりが日本でも通りの良いエレクトロニカのアーティストになるのでしょうか。

本記事ではエレクトロニカの歴史を振り返りつつ、代表的なアーティストによる名盤について紹介します。

エレクトロニカの歴史を振り返る前に、まずは状況の整理から ~前史のおすすめ名盤達~

エレクトロニカってどんな音?

本記事におけるエレクトロニカ(おそらく2019年の日本におけるそれとほぼ同義)とはどういう音楽なのか、典型的な例を一緒に聞いてみたいと思います。

メロウで、生音と電子音が両方あって、ノスタルジック。
ざっとこんなところになると思います。

エレクトロニカ前夜

エレクトロニカはインディーミュージック界隈の小勢力です。
勢力図を塗り替えるビッグ・ウェーブではなく、その煽りを受けて泡沫のように生じる無数の余波の一つとも言えます。


その小さなうねりはたえず他のうねりと混ざり合いながら形を変えていきます。
それゆえ、大きな波であるパンクやグランジのようにその動きを単純化し、シンプルに物語化できるような過程を見い出すことができません。

というわけで、少し長くなりますが、まずはエレクトロニカがどんな背景・土壌のもとにポップミュージック界に芽吹いたのか考えてみることにしました。

それでは、エレクトロニカの源流をいくつか見ていきます。

1. IDM

IDM(Intelligent Dance Music )とは、Warpの面々等を端に発するカテゴリーです。
知性的なダンスミュージックという言葉から分かるようにカテゴリーとして曖昧模糊としていますが、フロアで踊ることのみを主眼に置いているわけではないテクノ・ミュージックと定義づけることはできます。

感性的にしてアーティスティック、抽象的な電子音楽。
というのがIDMの人口に膾炙したイメージではないでしょうか。
本記事の文脈に沿う典型的でおすすめの例を2つほど見ていきましょう。

まずはAphex Twinです。

続いて、Autechreです。

いかがでしょうか。

個人的にはIDMという名前が冠されたのも感覚的に分かるような気がします。
知性的で実験精神にあふれ、ストイックで、未知の音世界に触れているようで聴き手の探求心を刺激します。


本記事で定義するエレクトロニカは、このあたりを直接の祖先にしているアルバムが非常に多いです。

2. グリッチ

グリッチの隆盛も重要です。
グリッチとは、音楽をコンピューターで制作する際にエラーが起きることによって発生したノイズを音楽に取り込んでいくことにより確立したジャンルです。

本来音楽に存在しないはずのエラー由来のノイズや微妙な音トビに音楽の中心に添えています。
もののあわれ的な感覚でしょうか。「失敗の美学」とも評されています。

ここでは代表格にしてメロディアスなOvalを。

ノイズをメロディアスに使うという感覚が非常に印象的です。

3. 同時代の他ジャンルからの影響(ポストロック、ポストクラシカル、シューゲイザー)

コンピューター・インターネットの発展が安価で手に入る機材の普及をもたらし、それに伴いアカデミック層には属さない多くの人々が音楽によって多彩な表現をできるようになりました。

その結果として今までにないインディーミュージックを数多く生み出した、
という流れは1990年代から2000年代における音楽ジャンルに多くみられます。

また、インターネットは以前とは比べ物にならないスピードでの音楽の拡散を可能にした媒体でもあります。
様々な音楽家が様々な影響を受けていくようになりました。


そのなかでもシューゲイザーの代表格Slowdiveが1995年に電子音楽の影響を感じさせるアルバムをリリースしているのも注目に値します。

こういった電子音楽の影響を受けたインディーロックを聞いたアーティスト達は、自らの作品にその影響を反映させたでしょう。

様々なエッセンスが溶け合った音楽が当時の音楽シーンには存在していたということも、エレクトロニカ誕生の大きな要因でしょう。

4. エレクトロニカ前史まとめ

インターネットという新たな情報受発信媒体の影響を受けて、IDMやグリッチをベースにしつつ1990年代の様々な音楽を昇華したのがエレクトロニカということになるかと思います。

ただし、先ほども申し上げましたがエレクトロニカはあくまでも小さな波です。
様々な波が渦巻くなかでふと気付いたら、いつの間にかそこにあったような。

エレクトロニカ誕生の瞬間

エレクトロニカというジャンル自体はふわりと始まりました。
おそらく明確な始祖を挙げることはできないのでしょう。

ただし、直系の先祖たるIDMとの間に起きた変化については、ある程度明確化できるほどの差異があります。

IDMは実験性・先鋭性を追求していたのに対し、エレクトロニカは幻想・ノスタルジーを描くことに力を注いでいました。

Aphex TwinやAutechre達が誰も聞いたことがないような音楽を創り続けていたのに対し、エレクトロニカとラベルを付されることになる音楽家達はただひたすらに美しいサウンド・スケープを描いたのです。

ケーススタディ:Telefon Tel Avivの場合

ただ、文字では分からないと思うので非常に分かりやすい具体例を一つ。

後ほど改めて紹介しますが、Telefon Tel Avivはエレクトロニカ誕生期において大きな存在感を示したアーティストです。

そんな彼等の2001年リリースの1stアルバムが後にリイシューされた際、リリース以前に創られた古い曲がボーナストラックとして収録されています。

そして、古い曲はかなりIDM的なのでサンプルケースとしておすすめです。

では、まず古い曲から聴いてみます。




続いて2001年リリースから。

いかがでしょうか。
IDMからエレクトロニカへの変化が分かるのではないでしょうか。

本記事においては2001年リリースの特徴を備えた音楽をエレクトロニカとします。

本記事におけるエレクトロニカの定義及び本記事の目的

本記事におけるエレクトロニカの定義

本記事ではエレクトロニカの定義を幻想・叙情・ノスタルジーの表現としての柔らかく心地よいサウンドを用いていることとします。

電子音楽或いは生音をどれだけ使用しているか等についてはエレクトロニカであるか否かを判断する際の決定的因子とはしません。

本記事の目的

本記事の目的は

  • エレクトロニカの歴史を簡単に振り返りつつ、
  • この分野を開拓して色々聞いてみたい方の一助となること

とします。

稚拙な部分等は多々目に付くと思いますがご容赦いただければと思います。
(明確な事実誤認等があればこっそり教えてください……)

本記事におけるエレクトロニカをまとめる基準

エレクトロニカというラベルを付されることが多いアーティスト達が生み出す音楽は非常に多彩です。
そのうえ、リリース時期が変われば作風も大きく変わることが少なくありません。


ということを踏まえ、体系的に語るに当たって以下の点を原則としました。

  • アーティスト単位ではなく、アルバム単位で考える
  • おもに大きな流れ/動きを考える(微細な流れまでは現実的に追えない)

以上です。


また、年代を以下のように3区分したうえでまとめます。

  1. エレクトロニカ誕生期(2000年頃)
  2. エレクトロニカ発展期(2000年頃~2010年頃)
  3. エレクトロニカ成熟期(2010年頃~)

ただし、あくまで大まかな流れを見やすくするための区分であり、各作品の年代は多少前後します。

それでは、まずはエレクトロニカ誕生期にあたる2000年前後から見ていきましょう。

1. エレクトロニカ誕生期(2000年前後) 金字塔的な名盤が揃う時代 

この時期からエレクトロニカとラベリングされるアーティストが多数世の中に出てきます。

誕生期に出てきた音楽家については下記の4タイプに分類します。

  • 王道型
  • ノイズ型
  • クリックハウス型
  • インディーポップ型

上記の分類ごとに見ていきます。

王道型

王道型は、エレクトロニニカという言葉からイメージするサウンドに近い音楽です。
耳触りの良いビート、電子音と生楽器の融合、ボーカルレス等々を特徴としています

この時期の作品は後の時期と比してカテゴリーとしての統一感がやや薄く、カテゴリーのイメージに埋没していないオリジナリティがあります。

Kettel/Cenny Crush

本作は軽快でありながらも感傷的なサウンドを特徴としています。

淡くノスタルジックなブレイクビーツ、
優雅な旋律を奏でるピアノ、
気だるくメランコリックなシンセ。
どことなくセピア色を感じさせるぼやけたサウンドスケープを構成しています。

ブレイクビーツの存在感が強く、IDM的な先鋭さもまだ色濃く残っています。
感傷的ではありますがまだまだ幻想世界に行き過ぎている感じはなく、こざっぱりとした幻想性が印象的です。

mum/Yesterday Was Dramtic Today Is OK

初めてのエレクトロニカはmumでした、という人も多いのではないでしょうか。

本作の特徴は童話的な幻想性の高さを強さが特徴です。
心地よく転がるエレクトロニカ・ビートとアコーディオンやグロッケンシュピールなどの生楽器を組み合わせ、 時には双子の姉妹による天使のような声を振りまきながらメルヘン的な純朴さと残酷さを奏でます。

後期のアルバムが朗らかな雰囲気なのに対し、本作は童話性・幻想性の濃度が非常に高く、美しさだけでなく妖しい雰囲気も濃霧のように立ち込めています。

Telefon Tel Aviv/Fahrenheit Fair Enough

エレクトロニカという言葉の代名詞とも言えるとてもおすすめのアルバムです。

はっとするほど美しい絹や蝋のような質感が鮮烈です。
艶やかなローズピアノと不規則に揺らめくグリッチビートが奏でる甘美な世界は、息をするのも忘れそうなほど美しく完成されています。

クールでロジカルな音色の奥底で妖艶なロマンの織火が揺らめいて、情熱を注いで創られたサウンドスケープは冷たく澄んでいます。
そんなアンビバレンツな魅力に満ちている、完成された危うさが美しいアルバムです。

Tsujiko Noriko/Shojo Toshi

グリッチの影響を色濃く残しつつ、Shojo Toshi少女都市の名に相応しい豊かで繊細な感受性を前面に押し出したアルバムです。

ノスタルジックな電子音をグリッチ/ノイズなビートで刻みこみ、メロディを残しつつ豊かな情感を前面に出した女性ボーカルがゆらゆらと漂います。

しかし、本作の特徴は感情の揺れ幅がアルバム全体として表現されていることです。
荒ぶる感情を表現するように激しい曲調に転じることもあれば、美しい感情の揺らめきを表すように澄んだ音色を響かせることもあります。
さらには日本の原風景を感じさせるノスタルジーを立ち昇らせる瞬間さえもあります。

ノイズ型やインディーポップ型にも通じる多様性をまといつつも、根底にはあるのは繊細で若々しい感性であるように思います。


このカテゴリーにおける他の主要アルバム

Manual/Until Tomorrow, Isan/Lucky Cat, Plone/For The Beginner Piano, Fonica/Ripple, B.Fleischmann/Pop Loops for Breakfast, gel:/-1

ノイズ型

グリッチアーティストからの影響力がより強いタイプのカテゴリーです。

本来は不快なものでしかないノイズを甘美でノスタルジックなサウンドに変換しています。

Fennesz/Endless Summer

このカテゴリーの金字塔と言えるのがfenneszのEndless Summerです。

従前のノイズミュージック/グリッチミュージックをエレクトロニカ的感性で蒸留することにより陶酔的なまでに美しく、甘美な郷愁に溶け行くようなサウンド・スケープを構築しています。

強烈なエフェクトに埋もれたギターはそれでも生々しさを失わず、その上にコンピューター由来のノイズが繊細で温もりのあるテクスチャーのように折り重ねられます。
それらは混ざり合い、幻想的なウォール・オブ・サウンドを築き上げています。

ノイズの奥に閉じこもり、揺蕩うように、揺らめくように、かすれた昔のフィルムを見つめるように。
切なくも優しいひと時を過ごすことができます。

Tim Hecker/Haunt Me

Tim Heckerによる本作の特徴は聴き手をいざなうような深い幻想性です。
淡いノイズが森に立ち込める霧のようなメルヘン性を含み、時に不穏な気配をそっと連れてきます。

夜の木々のざわめきのように、怪しげなノイズが終始揺らめいているのが印象的です。
そんなアンビエントにも近い密やかさな雰囲気から始まり、薄暗い森をおそるおそる歩き、湖や洞窟に辿り着き、そこで妖精に出会い、言葉を交わし過ぎ去っていくような緩やかで叙情的なノイズの起伏が繰り返されます。

ノイズでメルヘンを物語っているようなアルバムです。

Ben Frost/Steel Wound

大ヒットしたAuroraの攻撃的なイメージが印象に残りますが、デビュー時は穏やかなサウンドスケープの中にノイズを時折覗かせるというスタイルでした。

本作は基本的には全編を通してノンビートになっており、揺蕩うオーロラを思わせる荘厳なノイズがゆったりと続いていきます。
じわじわとディレイ・リバーブがかかったノイズや苦悩するような女性ボーカルが重ねられていき、幻想的なノイズが幾重にも折り重なり、物憂い幻想性を色濃く漂わせます。

近年の作品のように大爆発をすることはなく、終始物哀しい神々しさが宿っています。


このカテゴリーにおける他の主要作品

Icebreaker International&Manual/Into Forever, Yellow Swans/Going Places(時期は新しいですが是非これを!), Pita/Get Out,

クリックハウス型

クリックハウスとはノイズ・グリッチを用いたハウスミュージックです。

ダンスミュージック的なビート感をささやかな安らぎに変換し、エレクトロニカ的幻想観と混ぜ合わせているのが他のタイプにはない特徴です。

Jan Jelinek /Loop-Finding-Jazz-Records

本作Loop-Finding-Jazz-Recordsはエレクトロニカにおける名作と称されることもあります。

熱を含みながらも静謐なダンスミュージック、というのが特徴です。
古いジャズのレコードから緻密にサンプリングして生み出されたループと繊細でフェティズムなグリッチノイズが混ざり合い、静けさの中に生々しい鼓動を感じられるようなサウンドになっています。

囁くようなひそやかな4つ打ち、艶めかしいアナゴグレコードの気配。
エレクトロニカ的幻想感に肉体的な陶酔感がひだのように絡みついています。
抑制された音色の奥底で蠢く、知性的な情熱を楽しめる一枚です。

Shuttle358/Optimal.LP

心地よい波を思わせる、非常に穏やかなサウンドスケープが魅力です。
溶けるように伸びやかに広がっていく電子音と、そよぐ風を思わせる優しいグリッチ。
アンビエントにも近い優しい音色には、緩やかに紡がれる叙情性と逃避的な甘美さが揺らめいています。

繊細な電子音響が生み出す仮想世界の生々しいノスタルジー。
抜け出せなくなるような感覚さえ覚える、柔らかで美しい作品です。

Pole/R

Jan JalinekのリリースをしているレーベルScapeの主催者でもあるPoleはこの界隈における鬼才枠の筆頭格と言えるでしょう。

奇々怪々にミニマルに、ダビーでエキセントリックに、抑制的でありながらも軽やかなポップネスもあり。
脈打つような静けさという特徴は一貫してあるもののサウンドは絶えず変化していき、言葉で定義づけるには複雑怪奇な魅力を放っています。

また、ストイックで静謐なサウンドスケープから、ひたひたと滴り落ちるメランコリーも魅力的です。
ノスタルジックな湿り気を軽く帯びたサウンドスケープには、荒涼としたかっこよさがあります。


このカテゴリーにおける他の主要作

loscil/Triple Point, Pola/Meme, Alva Noto/Transform, Taylor Deupee&Frank Bretschneider/Balance

インディーポップ型

こちらはインディーポップから派生してきた歌モノエレクトロニカです。
morr musicというドイツのレーベルが多くのアーティストを世に送り出してきたことも特筆すべきでしょう。

ポップな作品が聴きたい方におすすめのカテゴリーです。

Lali Puna/Tridecoder

このカテゴリーの筆頭株は間違いなくLali Punaしょう。
そんな彼女の記念すべきデビュー作が、1999年リリースのTridecoderです。

その魅力は、気だるく繊細ながらも軽やかな心地よさです。
生ドラムス・打ち込みビートのゆるいビートに波打つようなエレクトロニカサウンドが乗り、ギターや物憂げなボーカルから滴り落ちるメランコリーが静かに広がっていきます。

大きな起伏や感情を揺さぶる激情などとは縁のない、アンニュイ・インディーポップ・スタンスです。
後の作品に比べるとまた粗削りですが、彼女特有のスタイリッシュな魅力はもう十分に溢れています。

Her Space Holiday/Home is Where You Hang Yourself

Lali Punaが文化系少女的だったのに対して、Her Space Holidayは文化系少年と言えます。
内向的で夢見がちな感性そのままに、ギターと繊細な歌声を軸にしてシンフォニックな楽曲を創っています。

エレクトリックギターの切ない旋律とふわふわと舞うようなエレクトロニカビートを組み合わせたり、
ポップな高揚感を煽るシンセとバンドサウンドを組み合わせたり、
シンフォニックなストリングスをインディーポップな曲調に落とし込んだり。

エレクトリック・ギターを片手に歌う少年と、そのふわふわとした空想を具現化したようなエレクトロニクス。
ボーイズ・インディーポップの金字塔とも言うべき一枚です。

Postal Service/Give Up

Death Cab For Cutieの中心的人物ベンとDntelによるユニットで、商業的にも大きな成功をしています。

大ヒットするのも納得できるような求心力の高いインディースタイルのポップソングが次から次へと繰り出され、息つく暇もないほど瑞々しく甘酸っぱい感傷の波がやってきます。

耳触りの良いシンセ・電子音、
優しく響くアコースティックギター、
軽やかでスイートな打ち込みのビート、
胸の奥のノスタルジックな部分を直撃するインディーメロディ。

メランコリックさは失わぬままに全体的に小気味よい曲が続くこともあり、感傷的な陶酔感がずっと続いているような錯覚を楽しめます。

溶けない魔法のような胸の甘い痛み。とても素晴らしく、おすすめのアルバムです。


このカテゴリーにおける他の主要作

Electric President/S.T, The The Go find/Miami, Styrofoam/ I’m What’s There To Show That Something’s Missing

エレクトロニカ誕生期まとめ

この時期は、エレクトロニカという言葉が生み出す共通イメージがなく、それぞれが影響を受けたアーティストのカラーが強く出ています。
グリッチであったりインディーポップでありヒップホップの匂いもあったり、実に多才です。

統一性がまだ薄く、エネルギッシュな魅力がある時期だと思います。

2. エレクトロニカ発展期(2000年頃~2010年頃の動き) 脂が乗った名盤が揃う、おすすめの時代

この頃は、エレクトロニカというジャンルの発展期にあたります。
素晴らしい音楽を創るうえでの効果的なよりスタイルが構築されるようになりましたが、裏を返せば様式化が進んだとも言えます。

また、この時期の作品の傾向として以下の4点に分類しました。

  • 続・王道型
  • ポップエレクトロニカ型
  • シューゲイザー型
  • ポストロック型

なお、本記事では触れませんが、誕生期におけるカテゴリーであるノイズ型、クリックハウス型、インディーポップ型も継続して作品がリリースされています。

それでは、見ていきましょう。

続・王道型

いかにもエレクトロニカ的なサウンドが数多く登場するのは、この頃からになります。

誕生期の頃のアーティストのようなエッジの効いた個性はやや控えめにまりますが、安定して高水準の作品に出会えるようにもなりました。

Helios/Eingya

ポスト・クラシカルのGoldmund名義でも活躍しているキース・ケニフによるエレクトロニカ名義の作品です。

クラシカルな気品を感じさせるピアノやハープ、
穏やかなフィールド・レコーディングス、
エレクトリック/アコースティックギターが織り成す繊細な音色、
慈愛に満ち、つつましやかなリズム。

それらが織り成すのは果てしなく広がる山々のように壮大でありながらも、箱庭的な内向性を感じさせるノスタルジックな風景です。

透明感に満ちて繊細な美しさを秘めながら、曲は少しずつ展開していきます。
水晶細工の小舟がゆっくり進んでいくように。

音数は決して多くなくシンプルな構成ですが、メランコリックで幽玄なサウンドを生み出しています。

A Lily/Wake Sleep

burnt toast vinyl recordsからリリースしているポストロックバンドYndi Haldaのメンバーによるソロ・プロジェクトです。

幻想的なまどろみ世界の最奥部まで沈み込んでいるような陶酔性が特徴です。

メランコリックな色彩を帯びたサウンドがとにかく心地よいです。
グリッチな質感の柔らかいビートが揺れ動き、
優しげな旋律を描くシンセ・エレクトロニクス、
長く棚引くシンセの音色、
時折入る女性のウィスパーボイス、ギターの音色。

柔らかい絹地のようなサウンド達が緩やかに混ざり合ってはノスタルジックに溶けていきます。
また、艶めかしい質感が時折感じられるのも、息を呑むほど美しい瞬間です。

アルバムが進んでいくにつれ、広がる波紋が徐々に小さくなっていくように曲の展開がアンビエントになっていきます。
そして、それがまたサウンドスケープに溶けていくような心地よさを与えてくれます。

メランコリックで美しい眠りの底へ落ちていくような感覚になれるアルバムといえます。

Near The Parenthesis/ Of Soft Construction

この頃よりエレクトロニカシーンの一大勢力となるレーベルn5MDの中心核を担うのがNear The Parenthesisです。

本作は「王道」のエレクトロニカという言葉がぴったりとハマりますが、そこに加わった透き通るように冷冽なサウンドスケープが一際魅力的です。

川のせせらぎのような優しく流れるビート、
凛とした響きを高らかに奏でるピアノやエレクトリックギター、
透明度と浮遊感の高さを感じさせるシンセ・エレクトロニクス。
柔らかくも美しい音色の狭間から浮かび上がるノスタルジーが、胸に染み渡る様に玲瓏な感傷を感じさせてくれます。

心地よく揺蕩うサウンドを通して、幻想的な透明感を浸ることができます。

Kiln/Dusker

こちらもエレクトロニカ界隈で強い存在感を放つGhostly Internationalからのリリースです。

緩やかな躍動感を土台にしつつ、アナログな質感を持つサウンドレイヤーを積み重ねた浮遊感のある温もりが特徴です。

時にダビーだったりハウスだったりシューゲイズだったりポストロック風味がするときもあったりと、ウワモノは実に手札豊かです。
しかし、全てKiln流に消化/昇華されており、良い意味で多様な感じはしません。

徹頭徹尾、のんびりしつつも心地よい生音・電子グルーヴと生音・電子音混合のウォーミングなサウンドを織り交ぜています
そして、そのバランスを保ったままなだらかに曲が始まり、なだらかに次の曲へと移行していきます。

kiln(かまど)に相応しい、心地よく温かいエレクトロニカサウンドを体現しています。

※本作についてはこちらでも語っています。もしよければご覧ください。


このカテゴリーにおける他の主要作

Seven Ark/Noise of The New, Aus/Lang, The Boats/We Bade It For You, Flica/Windvane & Window, Ghost And Tape/S.T, Last Days/Sea, Tickles/Today the Sky Is Blue and Has s Spectacular view,レイ ハラカミ/【lust】

ポップ・エレクトロニカ型

開放的かつ軽やかな明るさを持ったアーティスト達の存在感が、この時期から特に目立つようになります。

トイトロニカなどとも呼ばれるカテゴリーとも重なる部分があるかと思います。

I Am Robot And Proud/The Electricity In Your House Wants To Sing

開放的なポップさを非常に分かりやすくなおかつ魅力的に体現しています。
子どものような無邪気さを感じさせるサウンドです。

丸みを帯びたビートが軽やかに飛び跳ねて、シンセ、キーボード、ギターなどが優しくも楽しげなメロティを織り成していきます。

おもちゃの楽器や古いTVゲームのサウンドを思わせる無邪気なノスタルジックさがあって、キュートなのにほんのりセンチメンタルさを感じさせます。

そして、忘れてはいけないのが本作がとてもグルーヴィーであることです。
もちろん元来の無垢さはそのままなので、微笑ましい気持ちを喚起させてくれます。


エレクトロニカ界の「可愛い」枠で燦然と輝き続けるおすすめのアルバムです。

※本作The Electricity In Your House Wants To Singについてはこちらでも語っています。もし良ければご覧ください。

The Books/Thought for Food

サンプリング/コラージュを用いた、ノスタルジックでポップなサウンドスケープが印象的です。
アコースティックギター、ピアノ、ストリングスなどの柔らかな旋律を基調にしつつ、カットアップされた台詞、笑い声、ノイズが断片的に差し挟まれています。

唐突な曲展開が多く実験的ではありますがユーモアさと軽やかさを常に内包しているため全体としてはポップに仕上がっています。
ただし、その上を覆うレイヤーからは古びたフィルムから映し出されたセピア色的なメランコリーが感じられます。

淡く、朧気で、子供の頃の楽しい思い出のようです。

古びたおもちゃ箱をひっくり返したようなサウンドスケープと言えます。
レトロで可愛くて、見たことがあるようで実は全くなくて、懐かしくて新しくて、そして時々壊れていて。

虚飾の無い、ありのままの無邪気さを感じられるアルバムです。

Lullatone/ Plays Pajama Pop Pour Vous

こちらは名古屋在住の男女二人組アーティストです。
トイポップ・エレクトロニカと評されることもあるようですが、それも納得の可愛らしいサウンドです。

鉄琴や鍵盤ハーモニカ、リコーダー等々おもちゃの楽器を用いてキュートな音色をつくりあげ、そこにエレクトロニクス・シンセによる心地よいサウンドが混ぜられます。
そして、その上に囁くような女性ボーカルがまるでショートケーキのイチゴのようにちょこんと鎮座しています。

キュートでポップだけども眠りの底へといざなう心地よさもあり、非常に魅力的な一枚です。


このカテゴリーにおける他の主要作

Qua/Painting Monsters on Clouds, Jatoma/S.T, Marz/Love Streams, 宮内優里/ワーキングホリデー

シューゲイザー型

このタイプにおける二大巨頭とも言うべきUlrich SchnaussとManualは最初は王道寄りのサウンドでしたが、徐々にシューゲイザー的な陶酔サウンドを押し出していくようになりました。

従来型のエレクトロニカサウンドからの分岐・離脱という動きが大きな意味を持ったという点において、興味深い発展を経たタイプのサウンドだと思います。

Ulrich Schnauss/A Strangely Isolated Place

シューゲイザー的なぼやけたドリーミーさをシンセで表現している点において、非常に個性的だったと言えるでしょう。

幻想的な揺らめきが、彼のサウンドの最大の特徴です。
控えめに刻まれたダウンビートなリズムの上で、リバーブ・ディレイがかかったシンセ、ギター、ピアノが濃霧のように折り重なり夢幻的で壮麗なサウンドスケープを立ち昇らせています。

壮麗な音色を用いて音の空間を幅広く使い、儚くも壮大な叙情性を醸し出しています。

なお、彼のスタイルがフォロワーを生んでいることも重要な点でしょう。

Manual/Azure Vista

Manualもまた当初はmorrから王道エレクトロニカ的な作品をリリースしていましたが、徐々にシューゲイザーの影響を色濃く反映させたアルバムもリリースするようになります。

本作Azure Vistaはノスタルジックで逃避的な匂いはしますが、陰鬱さはありません。
Azure Vista(蒼い景色)というアルバムタイトルそのままの、架空のリゾート地への憧れを曲にしたようなファンタジックな希望に満ちています。

幾重にも重ねられた深くリバーブ・ディレイがかり、スロウで幻想的な浮遊感を持つエレクトリックギター、
美しい日差しのようにきらきらと輝くシンセの音色、
朴訥としたアコースティックギターのアルペジオとストローク、
時折散りばめられる天使みたいな女性ボーカル、
等々がまばゆい南国の色彩をつくりあげています。

柔らかでドリーミーなサウンドですが、陰性な雰囲気は皆無です。
シューゲイズ的深い陶酔感を爽やかに楽しめます。

※Manualの全アルバムについてこちらで語っています。もし良ければご覧ください。

Nathan Fake/Drowning In a Sea of Love

クラブミュージック的な質感を色濃く反映させているのがNathan FakeのDrowning In a Sea of Loveです。

静謐で柔らかながらもダンサブルなビート、
軽やかで透明感に満ちたサウンド、
そして時折放たれるシューゲイズ的な質感を持った分厚くメランコリックなシンセ。
過ぎ去った過去のような優しいサウンドスケープの中に心揺さぶる叙情的な旋律が不意に現れることもあり、そのギャップが徐々に陶酔していくような深みへと連れ去っていきます。

Boards of CanadaとM83に影響を受けているとのことですが、確かに両者の特徴を兼ね備えています。

ブレイクビーツを何処までも甘美に、重層的なシンセは幻想的に。
ずぶずぶとのめりこむ様なキラキラとした陶酔感が強烈に感じられるアルバムです。



このカテゴリーにおける他の主要作

Guitar/Sunkissed, Yppah/You Are Beautiful At All Times, Lights Out Asia/Tanks and Recognizers, Winterlight/Hope Dies Last

ポストロック型

ポストロック側からの接近あるいはエレクトロニカ側からポストロックへの接近などなどパターンは様々ですが、ポストロックに拠りながらエレクトロニカ的な要素を強く感じさせる作品が多く登場しています。

The Album Leaf/In A Safe Place

The Album Leafにとっての出世作となった作品です。

アイスランドでレコーディング・ミキシングをされており、幻想的な氷世界を思わせる冷たくも優しい質感が特徴です。
心地よいドラムスと打ち込みビート、ローズピアノの艶やかな音色、グロッケンシュピールの澄んだ響き、荘厳なオルガンに伸びやかなストリングス。

ポストロック的なしなやかさがエレクトロニカ的な柔らかさや透明感を帯びており、オーロラのような穏やかな美しさを感じさせてくれます

※The Album Leafについてはこちらでも語っています。もしよければご覧ください。

Lymbyc Systym/Love Your Abuser

Lymbyc Systymは一貫してポストロックとエレクトロニカの汽水域において美しいサウンドを追求しています。

デビュー作でもある本作では力強い生ドラムスと複雑精緻な打ち込みビートを巧みに使い分けて聴く者の胸を高鳴らせる壮大なリズムを生成し、その上にヴィンテージシンセ・キーボードの温もりある音色を幾層も重ねています。
そして、緩急使い分けるビートが壮大な物語性を描き出しています

アナログ的でウォーミングな質感と、スケールの大きな叙情性が特徴になっています。

Tycho/Dive

Tychoはエレクトロニカ的なサウンドで世に出ましたが、本作Diveよりポストロック的な要素も多く取り込んでいくようになります。

その特徴はやはり浮遊感でしょう。
生ドラムスと打ち込みを使い分けたビート。
ディレイ・リバーブがかかったふわふわと広がるシンセ。
煌びやかに広がるエレクトリックギターの澄んだ音色。
それら全てに透明感がありつつも陶酔的なサウンドを奏でています。

ポストロック的な生音要素が音像の芯を引き締めつつも、その周りをエレクトロニカ的な浮遊音が柔らかに飛び交っています。
その硬さと柔らかさのバランス感覚が絶妙です。

※Tychoについてはこちらでも語っています。もし良ければご覧ください。


このカテゴリーにおける他の主要作

To Destroy A City/Sunless, Miaou/All Around Us, I’m Not A Gun/Mirror, American Dollar/A Memory Stream

発展期まとめ

最初に述べたように、この時期はエレクトロニカの方法論が確立され、表現が深化した時期でした。
他の時期に比して、叙情性の高さが印象的です。

しかし、方法論の確立は表現方法の画一化も招いたという側面もあります。
また、この時期の特徴として、他の時期に比してインディーロック側からの影響が強かったことも挙げられます。

エレクトロニカにはインディーロックとの間に共通するメンタリティがあったのでしょう。

インディーロックが好きな方は、この時期の作品がとくにおすすめです。

3. エレクトロニカ成熟期(2010年頃以降~) 深化しつつ時代の急流と混ざり合って生み出された、エレクトロニカ最先端を感じるのにおすすめの時代。

エレクトロニカというジャンルの深化と様式化は進む半面、新たな流れはほぼ見られなくなります。
その一方、ビート・ミュージック側から非常にエレクトロニカ的な傾向を持つ音楽家が数多く登場します。

この時期のエレクトロニカの新たな潮流としてはビートミュージックに内包されるものが中心になります。


本記事では以下の4パターンへの分類を試みました。

  • 続続・王道型
  • ビートミュージック/クラブミュージックからの近接型
  • ダーク・エレクトロニカ(ウィッチハウス)型
  • チルウェーブ

また、別観点からの特徴として、日本の存在感が顕著になることも挙げられます。
日本人や日本在住者はもちろんのこと、日本のゲームやアニメ文化、ボーカロイドの影響が以前より頻繁に見受けられるようになります。

日本のオタクカルチャーとエレクトロニカカルチャーのメンタリティには類似性があるのかもしれません。

また、本記事では触れませんが、誕生期と発展期の各カテゴリーについても引き続き作品をリリースしています。

続続・王道型(2010頃~)

先述したように、この時代より多彩になっていくビート・ミュージックの影響を受けた作品が多く出るようになります。
(もっともカテゴリーの区分は今まで以上に曖昧になるため、ビートミュージックの中にエレクトロニカ的な作品が数多くあったとも言えるかもしれません)

ただ、従来のエレクトロニカ的な作品も数多く世に出ており、そちらも非常に素晴らしい作品が揃っています。

Serph / Vent

Serphは日本におけるファンタジックエレクトロニカの嚆矢とも言える存在です。

ポップでファンタジックな夢想世界を体現する無垢な飛翔感は本作最大の魅力です。
メロディアスで起伏のある展開においても、童話的でありながらもアッパーな感性においても、エレクトロニカ的な幻想感を一際深く感じさせつつエレクトロニカが伴いがちな物憂さはありません。
逃避的/空想的でありながらどこまでも希望に満ちています。


また、幻想性の中に日本的なアニメ・ゲーム的な感覚が色濃く織り込まれているのも特徴です。
過剰なまでにメロディアスでエモーショナルで、強烈に心を揺さぶる物語性はあまりにも魅力的です。

なお、Serphに続いてFetic、agllis、Lupeux等ファンタジックさを前面に出したエレクトロニカ諸作品が日本から現れることも注目したい動きです。

※Serphについてはこちらで全アルバムについて語っています。もしよければご覧ください。

Gold Panda/Good Luck And Do Your Best

カテゴリー/ジャンルという言葉をあざ笑うかのような多彩な音楽スタイルと、幻想的でありながらも小気味よいサウンド構成が魅力的です。

幅広い影響を感じさせる色鮮やかなサウンドでありながらも、自然体で肩の力の抜けた自然体さが聴いていて非常に心地よいです。

優しく転がっていくようなビート、
トライバルでエキゾチックな楽器の音色、
夜のネオンを思わせる多様で幻想的なシンセの音色等々、
カラフルなレイヤーが揺蕩いながら混ざり合い、どことなくレトロな雰囲気も感じられます。

また、幻想的でありつつも生身の人間の体温が横切っていくような感覚があるのも印象的で、まるで殺伐さのない都会のような不思議な雰囲気を生み出しています。

気持ちの良い酩酊感にも似た、温かい温度を伴う非日常感を楽しめる作品です。

Baths/Cerulean

[Post-Foetus] やGeoticとしてもアルバムをリリースしているWill Wiesenfeldの主要名義Bathsとして1stアルバムです。

内省的でありながら軽やかな、なおかつ澄んだ音色の楽曲が次から次へと現れるのがおすすめのアルバムです。

Anticonからのリリースということもありインディー・ヒップホップなブレイクビーツがやや強めな存在感を放ち、その上でエレクトロニカ的な透明感のあるシンセやピアノ、アコースティクギターが心地よくポップな旋律が時折カットアップされつつ散りばめられています。
しばしば姿を見せるボーカルもメロディを歌う主役というよりも、まるで楽器のように楽曲に添えられた花の一つになっています。

そして、それら全てに通底しているのは繊細な感性です。
アブストラクトなビートに感じられるフェチな耳触り、ウワモノ全体に共通する透徹とした気配、ボーカルに込められた物憂い感情などなど、徹底したこだわりが生み出した清涼感からは気品と艶やかさが漂います。

憂鬱な雰囲気が深く立ち込めながらも、優美で儚いサウンドスケープを醸し出したアルバムです。

Cuushe/Butterfly Case

本作Butterfly Caseは微熱のような気だるさが絶妙に心地よいアルバムです。

淡々としつつも熱っぽさを秘めた旋律を奏でるシンセ・エレクトロニクス、
ひそやかに蠢く4打ちのリズム、
ディレイ・リバーブのかかった囁くような女性ボーカル。
同じような展開を繰り返しつつ、少しずつなだらかに起伏する曲の数々。
キラキラとしていながら強烈にダウナーでもあり、ひたすらに落ちていくような甘美さを感じられます。

しなやかで、軽やかで、メロディアスで、アンニュイで、躍動的で。
繊細な心の在り様と生きることの苦悩や美しさがあふれ出ているとさえ感じます。

完璧に美しくも、どこか歪さもある気がします。
しかし、そんなところに非常に心惹かれるようなサウンドスケープです。


このカテゴリーにおける他の主要作

Dae Kim/Solace, Okada/Love Telepathic, Polar M/Hope Goes On, Preghost/Ghost Story, Mokhov/Future Hope, moskitoo/Mitosis,Applescal/For, kidkanevil & daisuke tanabe/kidsuke

ビート・ミュージック/クラブ・ミュージックからの近接型

本記事では近接という表現を用いました。
しかし、ジャンルというものが形骸化し、どの音楽家もどのカテゴリーにも当てはまらない音楽が自由に生み出されている状況が2010年前後から顕著になっておいます。
そして、当然エレクトロニカもその波にのまれています。

このカテゴリーはビートミュージック/クラブミュージックのうねりとエレクトロニカのうねりがぶつかったものでしょう。


なお、この流れは2010年よりやや早く動き出していたことも補足しておきます。

Bonobo/Black Sands

いかにもなNinja Tune系ヒップホップDJとしてキャリアをスタートさせたbonoboですが、リリースを重ねるごとに徐々にメロウになっていきBlack Sandsで一気にその方向製でのアクセルを踏み込みます。

オリエンタルで壮麗な物語のように、スケールの大きさを感じさせるアルバムです
胡弓の音色で幕を開け、ピアノやシンセの澄んだ音色と共に壮麗な旋律を紡いでいきます。
さらに緩やかながらもダンサブルなブレイクビーツが加わり、絶妙なバランス感覚で絡み合いながら波打つように少しずつ姿を変えるように曲は進んでいきます。

従来のギーク・ヒップホップ的でスタンスを時折見せつつも、幅広い楽器の音色で織り成れた多彩なサウンドは色鮮やかで、艶やかで華やかなサウンドスケープを構築しています。

雨に濡れたネオンの街並みのような、ロマンティックに変わりゆく色彩を楽しめるアルバムです。

Floating Points/Shadows

本作Shadowsのセンシティブな質感は、非常にエレクトロニカ的です。

囁きのようにソフトでありながら鋭さを感じさせる4つ打ち/2ステップ、
知性的ながらも官能的な熱を含んだローズピアノ、
心地よい浮遊感を感じさせるシンセ、
深めにかかったディレイ・リバーブ。
強烈な緩急はなく、淡々と美しくアンビエント的な曲が繰り出されていきます。

また、聴き手を包み込むような冴え冴えとした優しさがあるのも印象的です。

ふわふわと揺らめく様な酩酊感が、木霊のように深い余韻を聴き手の胸に残していきます。

終わることのない余韻のような、静謐で甘美な味わいをひそやかに楽しめます。

DE DE MOUSE/Tide Of Stars

2007年リリースと年代的には少し早いのですが、とてもおすすめしたアルバムなのでここで触れさせてください。

日本的ノスタルジーを無垢な輝きと共に描き切ったアルバムと言えます。

Aphex TwinやSquarepusherへの真っすぐな憧れを感じさせるビート、
瞬く星々を思わせるキラキラとしたシンセ、
アジアン/オリエンタルなボイス・サンプリング。
それらの根底にあるのはきらきらとした少年のような感性が存分に力を発揮し、心浮き立つようなポップなメロディを創り上げています。

DE DE MOUSEはのちにジブリ映画の『耳をすませば』で使われた『カントリーロード』をカバーしていますが、そのチョイスをするセンスが本作にも存分に発揮されています。

郊外で暮らす日々、胸が切なくなるような青春。
そんなノスタルジックな体験を経ているかは別として、現代の日本社会で生きていれば否応なく刷り込まれてしまう過去への憧れがビートの隅々まで注ぎ込まれています。

あったかどうかも分からない、待ち受けているかどうかも分からない。
そんな日々に向けて手を伸ばすような、力強さとセンチメンタルさを兼ね備えたアルバムです。


このカテゴリーにおける他の主要作

Jon Hopkins/Immunity, Sublime/Here We Go Sublime, Cinematic Orchestra/To Believe, Dorian Concept/Joined Ends, Ross From Frineds/Family Portrait

ダーク・エレクトロニカ(ウィッチハウス)型

この時期、ウィッチハウスとも呼ばれる耽美的・ゴシック的・暗黒幻想的な音楽家が多く登場しました。
そういったダークな潮流に影響を受けたアーティストの中には、エレクトロニカ的性向を持つものも存在しました。

ノスタルジックな印象の強い作品が多いエレクトロニカ界隈では、異質のグループと言えます。

Andy Stott/Luxury Problems

ダークなシンセとトライバルなビートが重なり合って、妖しい暗黒サウンドスケープを生み出している。というのが本作の特徴でしょう。

闇夜の儀式めいた陶酔感とほの暗い妖艶さが魅力的です。

暗闇の奥底からかすかに聞こえるようなドローン、
切れ味鋭く奇怪なリズムを刻むビート、
艶やかに蠢く女性のウィスポーボイス、
黒絹が波打っているかのような甘美な色彩のシンセ、
音の隙間を魅せるミニマルなサウンドプロダクションは見事に功を奏し、音が持つ一音一音が持つ色香を濃厚に漂わせています。

いわゆるエレクトロニカとは異なるダークな幻想が素晴らしいです。

この界隈で最初に聴くアルバムとしておすすめしたいです。

Actress/R.I.P.

ダークSF的な質感を基調にしつつも、肉感的な色香も感じさせるのがActressの特徴です。

金属質なシンセの音色、
不可思議なタイミングで入り込むトライバルなサウンド、
妖しいグルーヴをうねり紡ぐベースサウンド、
夜更けの濃霧のように捉えどころがなく幽鬼めいたビート。
時にダンサブルになったりもしますが、全体としては沈み込むような柔らかさにサウンド全体が覆われています。

漆黒に染まった妖艶な揺らぎを淡々と紡ぎ、それを繰り返し、少しずつ聴き手をダークな幻想世界へと引き込まれていきます。

ダークで、金属質で、柔らかくて、幻想的。
複雑な要素を完璧なバランスで身にまとった怪作です。

Forest Swords/Compassion

ずぶずぶと暗闇にのめりこむ様な質感ではなく、インディーミュージック的な瑞々しい流動性を感じさせるのが特徴です。

暗黒ファンタジー感はもちろん強烈ですがオリエンタル・トライバルな感じはやや控えめになり、ポスト・クラシカル的な荘厳性も顔を出すようになります。

実に様々な音色が暗黒サウンドスケープを作ります。
トライバルでオリエンタルな匂いをほんのりまとったダウナーなビート、
突然現れてはカットアップされて消えていく聖歌的なコーラス、
荘厳ながらもポップス的な旋律を奏でるストリングス、
ジャジーな色彩を描き加える管楽器、
等々数え上げたらきりがありません。
しかし、それらの要素が極めて整然と配置されており、カオスは存在しません。

暗黒世界に築き上げられた王城と清潔な城下町を眺めているような、そんな印象を覚えるアルバムです。


このカテゴリーにおける他の主要作

Holy Other/Held, Leon Vynehall/Nothing Is Still, The Haxan Cloak/Excavation, Raime/Quater Turns over a Living Here,Demdike Stare/Elemental

チル・ウェーブ

チープな打ち込みに、ゆるくてノスタルジックなメロディを乗せたチルウェーブがこの時期に現れます。

いわゆるエレクトロニカの流れに沿って出てきたとは言いにくく、サウンドも似ているようで異なります。
しかし、幻想的で心地よいサウンドという特徴はその根底においてエレクトロニカと限りなく同質だとは言えるでしょう。

Washed Out/Life of Leisure

チル・ウェーブの代表作とされるEPです。

チープでありつつ、夢想的でノスタルジックなサウンドが特徴です。

シンプルな打ち込みのビート、
幾重にも重なる、揺らめくように曲を彩るシンセ、
深くリバーブががった男性ボーカル、
仄かに香る80’sスタイル。
全てが嘘のように優しく、桃源郷のような幻想性を非常に深く帯びています。

発展途上的な部分も感じられますが、そんな不完全さも含めての圧倒的な完成度を誇ります。
端から端まで逃避的なのでそういったものを好まない人には望ましい音楽ではないかもしれませんが、ハマる人には強烈にハマる音楽でしょう。

チル・ウェーブの最初のアルバムとしておすすめです!

Toro y Moi/Boo Boo

Toro y MoiはWashed Outと並ぶチルウェーブの代表格です。

彼の特徴としてはチル・ウエーブ勢の中ではブラック・ミュージック的なグルーヴ感が強いということが挙げられますが、本作はエレクトロニカ寄りの浮遊感・陶酔感が最も出ている作品です。

音色の節々にはコズミックなシンセや打ち込みのビートにはディスコファンク的な匂いが漂い、それと同時に80’sメインストリーム的なキラメキも感じます。

何より魅力的なのは、その根底にある瞑想的で奥行きの深い陶酔世界です。
逃避的な心地よさがあるのはもちろんですが、それと同じくらい自己の内面を突き詰めていくような深淵性も感じます。
きらびやかでコズミックなサウンドの奥から漂う逃避とストイックさ、独特の二面性を漂よわせる危ういバランス感覚に心奪われます。

チル・ウェーブの異色作と言えるでしょう。

※Toro y Moiの全アルバムについてこちらで語っています。もし良ければご覧ください。

Blackbird Blackbird/Tangerine Sky

ジャンルの代表格ではなく一歩引いたところにいるblackbird blackbirdらしい、不器用な雰囲気が漂うがゆえの名作です。

誰かが創り上げた小宇宙を感じさせる宅録インディー感が迸っていて、なおかつメロディには迫真の願いが込められているかのような切実な美しさがあります。

チープな4打ち、
ふわふわと夢幻に揺れ動くシンセ・シーケンサー、
ほっこり優しいベースギター、
胸を打つ旋律を爪弾くエレクトリックギター、
そして、朴訥とした歌声のボーカル。
それらが織り成すのは、耳馴染みの良いセンチメンタルな曲の数々です。

突出した稀有な何かあるわけではありません。
ただし、本作には、懸命に美しい作品を生み出そうととする凄みのある純粋さがあります。
それが何よりの魅力です。

至らぬところは多々あれど、地き抜ける何かが込められているアルバムです。


このカテゴリーにおける他の主要作品

Neon Indian/Era Extrana, Teen Daze/The House on the Mountain, Memory Tapes/Player Piano, Millionyoung/Replicants

成熟期まとめ

従来の王道型エレクトロニカが新たな潮流を生み出すことはありませんでしたが、幻想性をより深めて叙情的で美しい作品が多く送り出されていたように思います。

一方、ビートミュージック特有の自由なアプローチの一端として、従来のエレクトロニカ的需要も満たす音楽も多数登場しました。

結果として、ビートミュージックがより大きな影響を持つようになり、エレクトロニカという言葉が持つ質感は大いに変わったように感じます。

エレクトロニカの歴史を振り返って まとめに代えて、数多の名盤に触れた個人的な所感 

エレクトロニカの流れから感じる印象

エレクトロニカの歴史を振り返る

ダンスミュージックへのオルタナティブとして発生したIDMを主な影響源としつつも、先鋭性や実験性の代わりに幻想や心地よさをオリジナリティとするという過程を経てエレクトロニカは生まれました。

私は世代ではないので分からないのですが、この境目で聴き手の層もある程度入れ替わった(あるいは新たな層が一気に流入した)のではないでしょうか。
なぜなら音楽のメンタリティが大きく変わったからです。

その結果、発展期ではシューゲイザーやポストロックというロックカテゴリーとの融合が進むという新たな展開も見せますが、比較的早い段階で目新しさは消失してしまいます。
ただし、ちょうどそのタイミングで隆盛を誇るいわゆるビートミュージックがエレクトロニカというカテゴリーに強い影響を与えるようになりました。

これは何もエレクトロニカが衰退したことではなく、あらゆるカルチャーにおいてインターネットがもたらした同時的な多様化/画一化の流れに飲まれたと見るべきでしょう。
その流れに飲まれ、従前のエレクトロニカへの需要に対する供給の多くをビートミュージックが担うようになったのです。

また、日本のオタクカルチャーとの接近も同様の多様化/画一化の動きとして起きたことでしょう。
両者が共通して持つ内向性が共鳴したと仮定するのはそれほど不自然ではないはずです。

そして、そこから類推をするのであれば、エレクトロニカは誕生して以来一貫して内向的なメンタリティを持った音楽であったとも言えるかもしれません。

カテゴリーは必要か?

エレクトロニカはあらゆるカテゴリーから影響を受けて泡のように生まれ、波に揺れるように様々なカテゴリーから影響を受けてきました。

エレクトロニカは決して大きな流れではありません。
時代が生み出す新たな流れに飲まれ、形を変えていくようです。
ひょっとしたら消えてしまうこともあるかもしれません。

ただ、これほど音楽が多彩である時代に特定のカテゴリー/ラベリングにこだわる必要もない気がします。

それに幻想的な音楽を求める需要があれば、似たような何かは絶えず存在し続けるような気もします。

課題:今回触れられなかったこと

ヒップホップからの影響は絶えずあったように感じます。
IDMの後ろ側が現在に至るまでその存在感は明らかです。


また、nujabes等のジャジー・ヒップホップやlo-fiヒップホップをどう捉えるのか考えるのも意義深いと思います。

ただ私の知識不足と情報処理力の低さのため今回は出来ませんでした。

最後に

エレクトロニカの歴史に関する文章は、私自身がずっと欲しいと思っていたものです。

今回私が書いた記事を誰かがほんの少しでも参考にしたうえで、もっと素晴らしいものを書いてくれたならとても嬉しく思います。


それでは。


主要参考文献およびサイト

書籍

三田格監修.『IDM definitive 1958 – 2018 (ele-king books) 』,Pヴァイン,2018
金子厚武監修. 『ポストロック・ディスク・ガイド』,シンコーミュージック・エンターテイメント,2015
Campbell, Michael . “Electronica and Rap“. Popular Music in America: The Beat Goes On (4th ed.). Cengage Learning,2012

サイト

https://block.fm/news/Electronica_about
https://www.weblio.jp/content/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%AB
http://subsol.c3.hu/subsol_2/contributors3/casconetext.html
http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.885.3110&rep=rep1&type=pdf

2 件のコメント

  • 最近エレクトロニカというジャンルにはまり、色々なサイトを見て、たくさん聞いてみているのですが、一番感動したサイトなのでコメント失礼します。
    曲単位やアーティスト単位でなくアルバム単位での紹介が私の音楽の聴き方にマッチしていて、また年代別やジャンル別での紹介も系統だっていてわかりやすくよかったです。それぞれに愛情を感じるレビューもとても参考になりました。
    この紹介から、何枚も素晴らしいアルバムに出会わせていただくことが出来、感謝します。他のページも見てみたいと思います。

    • こんにちは。

      レイさんの音楽の聴き方にあっていたとのこと、とても嬉しく思っております。
      今読み返してみると拙い文章・構成なのですが、頑張って記事を書いてよかったと感じています。

      コメントいただき、どうもありがとうございました。

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