2018年のエジプト奇譚(アクセル旅行記)part.8 列車からの脱走と無垢な男の子編

※過去の記事はこちら

アブ・シンベルへの旅路

アスワンへの列車

翌朝、私はアブ・シンベルに向けて旅立った。

まずは列車でナイル川沿いにアスワンまで南下し、そこから飛行機で最南端のアブ・シンベルへ向かう。

飛行機は高い。
ゆえに本当は使いたくはなかったのだが、ガイドブックにアスワンからアブ・シンベルまで陸路で行く場合はテロ防止のため警官の車両による警護が付くと書いてあった。

怖くなってやめた。

そもそも砂漠のど真ん中を突っ走っていて、警官がいるだけでテロを防げるのであろうか。

さて。
恐ろしいIfの話をしていても砂漠並みに不毛である。
私はルクソール駅に向かい、まずは窓口で切符を買った。
ここで言葉がちゃんと通じなければ飛行機に間に合わない。緊張をしたがスムーズに買えた。

だが、しんどかったのは駅のホームに来てからであった。

電車を増す駅もかなりアウェーな雰囲気だった。
ホームは人でごった返していて、全員エジプト人。
街にはあれだけたくさんいた外国人観光客がマジで見当たらない。

たぶん、エジプトに観光で来る人はみんなお金を持ってて、列車なんて使わないんだろう。

ルクソール駅は日本の駅よりもはるかに騒々しく、独りぼっちでアウェーな空気感の中にいるのは心細い。
この辺りで全く写真を撮っていないのは、そんな当時の私の心情が現れているのだろう。

印象的だったのは、エジプト人の男性が大声で遠くの友人?に話しかけていたことだ。
日本であんな大声出したらめちゃくちゃウザがられると思う。
あと、女性はそういうことをしていなかったので、日本以上に男性優位な面もあるのかもしれない。

電車も時間通りに来ないしね。
不安に思いながら待っていると、見知らぬエジプト人が声をかけてきた。
年齢は50代くらいだろうか。お洒落ではないけれど、清潔感のある服装をしていた。

乗るときはここから乗ればいいとか、こっちの車両に乗ると追加料金が発生するとか、そんなことを教えてくれたような気がする。(ちょっと記憶があいまい)

エジプトに来て思ったのだが、親切にしてくれるエジプト人は、他のエジプト人よりも服装に気を使っている気がした。
自分の服装も気を付けたいところである。

どうにかこうにか列車がやってきて、どうにかこうにか乗り込めたのだけど、席が空いてなかった。


しょうがないので車両の間で立っていた。
到着まで数時間かかる。立ちっぱなしは正直しんどい。
そう思いながら、私は立ちっぱなし。

しかし、愚かな私とは正反対の、賢い人たちもいた。
以下の写真を見てほしい。


乗客が、寝ている。

おそらくここは本来荷物置き場のようなスペースだったのだろう。
しかし、エジプトで荷物を手元から放すのはなかなかデンジャラスであり、ここにものを置く奴はいない。
じゃあ、空いているスペースを有効活用してあげよう、と思ったようである。

その精神は見習いたい。

また、この車両間のスペースには難病か障害を持つ子供とその母親がシートを引いて座っていた。
通りすがりのエジプト人の男性がふとその家族に気付き、「力になってあげたい」という親身さと共感に満ちた目線で見ていたのが印象的だった。

手元に、お金を握っていたのも覚えている。

結局、彼はそれを渡すことはなかったけれど、それがどうしてだったかは分からない。
彼なりに色々考えた末の決断なのだろう。

ただ、日本より他者や弱者に対する共感が文化として根付いているのだろうとは感じた。
他人に冷たい日本では、こうはいかない。

私はここまで、エジプトの良くない面も結果として色々書いてしまった。
けれど、このように日本よりも優れている面が存在するのも事実だ。

あと、道中でスペイン人のハネムーンの夫婦と話をした。
私の下手な英語を、一生懸命聞いていくれたのは嬉しかった。
若干めんどくさそうだったけどね。
この旅全般における私の個人的な印象としてはアジア系の人のほうが、私に興味を持ってくれていたように思う。

で、ぼけーっと突っ立って待っているとまたさきほどの50代と思われる男性が声をかけてくれた。

「あそこの席、空いてるよ」

なんと、まあ、わざわざ教えてくれたのだ。
何ていい人なのだ。

ありがとう、と伝えて席に座る。

「君があまりにもナーバスそうにしていたから、ついつい声をかけちゃったよ。それじゃあね」

と言い残すと、彼は足早に去ってしまった。

かっこいいな、と思った。
何をやっても能がない私だけれども、せめてあんな優しさくらいは持ち合わせていたいと思った。

そして、私は座席に座って目的地に向かう。
マナー・モードという概念がないのか、あちこちで着信音が鳴っていたのが印象的だった。

列車からのアディオス

しばらく経つ。
「アスワンに付く」と告げていると思われるアナウンスがあった。
何を言っているかは分からなかったが、アスワンアスワンと連呼されれば気づく。

ただ、結構早いタイミングでアナウンスがあったらしく、車両出入口で待っていてもなかなか着かない。
気の早い連中は私以外にもいたけど。

駅のホームもめちゃくちゃ長い。
ホームについて、ドアが開いて、それでも電車が止まらない。
(止まってないのにドアが開いてるの、おかしいよね)

しかし、まあ、短気な者もいるもので、そして驚いたもので、走っている電車から飛び降りている連中もいるのだ。

結構衝撃的な瞬間だった。

日本でやったら大問題になりそうだ。

しかし、まあ、結構馬鹿な者もいるもので、「あれ、楽しそう。自分もやってみたいな」と思う連中もいるのだ。

いったい誰なのか? 私である。

スーツケースを片手に私はひょいと飛び降りた。

その瞬間、誰かが制止ような鋭い声を私にかけたが、時すでに落とし。

私としては、優雅にホームに着陸したつもりだった。

しかし、この世界には慣性の法則なるものが存在する。
足がアスファルトに触れた瞬間、凄まじい勢いで体が後方に引きずられていった。

もちろん立ってなどいられるはずがない、まるで両足を掴んで引っ張られるようにして私は物理法則に引きずられていく。

地面とぶつかり続ける身体が、すんげえ痛い。

頭の冷静な部分は「これ、やべえんじゃね?」と警鐘を鳴らすが、体の方にはなすすべもなく。

体感として10数秒くらいだろうか。
ようやく止まった。

変な沈黙が周りには流れ、強く打った左ひじがすごく痛い。

「大丈夫?」とエジプト人の少年が声をかけてくれた。
もはや恥ずかしさを感じる余裕もなかったが、意地と根性でイエスと応えて左ひじを押さえながら改札へと向かった。

良い子は真似しないようにな!

そして、駅前でタクシーを捕まえて空港に向かう。車にはシートベルトがなかった。
少数民族ヌビア人のおっちゃんが運転手だった。
何度も「帰りも俺のタクシーを使えよ」と勧誘してきて、何度も同じように断っていたのだが、ある時ミスチルばりに感情をこめて「トゥモロー・ネバー・ノウズ」と言ったら笑ってくれた。

アブ・シンベルでの時間

空港とアブ・シンベルの空気感

そして、何はともあれ飛行機に乗り、ようやくアブ・シンベルについた。

事前に予約をしていたホテルのシャトルバスを待っていたのが、ヌビア人のタクシー・ドライバーに「ホテルのシャトルバスはここには入ってこれない」と言われる。

最初は自分のタクシーを使わせるための手引きかと思っていたら、わざわざ私が泊まるホテルに電話をして「うちはそんなのやってないよ」とホテルの人間に言わせていた。

怪しい感じがむんむんしたが、どうやらタクシーのお兄ちゃんの言っていることが正解だったらしい。
だったら、あの予約は一体なんだったのか……。謎は膨らむばかりである。

あと、体感として少数民族の人たちはエジプト人たちほどぼったくろうとしてこない。
だから、アラブ系のマジョリティと同じ感覚でバチバチ交渉しようとすると失礼にあたることがあるようだ。

タクシーの運転手と値段交渉をしようとしていたら、空港の職員が「自分も途中まで乗せてくれ」と言ってさりげなくタクシーに乗ってきて、「アブ・シンベルじゃ、だいたい何でも値段が高いんですよ」とさりげなく私をいさめてどこかで降りていった。

まあ、もちろん町ぐるみでぼったくっている可能性もあるのだが、私の体感としては、たぶん本当に素朴な人たちなんだろうなという感じがした。

あと、当然だけど、例外もいるから。気を付けてね。

ホテルはこんな外観。

こっちが部屋の中。

特にやることもないのでチェックインだけ済ませると、私はアブ・シンベル神殿へと向かった。

アブ・シンベルの街はこんなかんじ。遠くから眺めた感じでは「小さな街だな」という印象だった。

こっちは馬。

神殿周辺のお土産ロード。

いざ、神殿へ

そして、こちらがアブ・シンベル神殿。

これを建てたのは、この旅行記でもたびたび名前が登場しているラムセス2世である。
ちなみに建造は紀元前1280年頃、彼が作らせた建造物の中でも最高傑作と言われているらしい。

外観も立派だけど、内部が壮観。

神殿内部はそれなりに暑かった気がする。


で、このアブ・シンベル神殿の隣には、ラムセス2世の奥さんネフェルタリを祀った神殿もある。

綺麗な女性。とても3000年以上前に描かれたものとは思えない。

ラムセス2世には、分かっているだけでも20人以上の奥さんと100人を超える子供がいたそうだけど、ネフェルタリは特別な存在だったのだろう。

こんな神殿を自分のために作ってもらうのって、どんな気分なんだろう。


二つの神殿の距離はこんな感じ。

砂漠と青空の対比は素晴らしい。

ナスル湖。ナイルの治水を安定させるために作られた人口湖。

ダムのおかげで氾濫はなくなったし水分供給も安定したけれど、多くの神殿が湖の底に沈んだし、栄養を含んだ土が運ばれることもなくなってしまった。


一応、実際に足を運んだ証拠も。
Tシャツには絶対に触れてはならない。

ホテルと男の子

かなり長い間アブ・シンベル神殿にいたけど、疲れたので宿に戻った。

そして、夕食。

味は、いわゆるエジプトで食べるご飯の味。
食事後、部屋に戻る途中にフロントの男の子が声をかけてくれた。

「少し話をしない?」

10代っぽい感じの少数民族ヌビア人の男性であった。
感じのよさそうな少年だったので、私としても断る理由はなかった。

「僕は日本人に興味があるんだ」

と彼は言った。

「ホテルの受付をしてると、日本人は他の国の人と違うなーって感じる。嘘ついてお金をごまかそうとしない、良い人ばっかりだ。だから、どんな人たちなんか気になるんだ」

随分と過大評価されてるなー、正直に言うとそう思った。
そんなにご立派なじゃないよ、大部分の日本人は。

それに、その純粋な過大評価を壊したくないとも思ったし、彼の理想とする振る舞いをしなくちゃという義務感を覚えてしまって、ちょっとしんどかった。
ただ、彼がその時口にした日本人の良さには、私が理想とする人間の在り方と通じるものがないわけでもなかったので、嬉しい気持ちがあったのも事実だ。

同じくらい苦い気持ちにもなったけどね。

日本語を教えたり、日本人はこんな生活をしている。そういう話をした。
あと、日本人の彼女が欲しいとも言ってたっけ。

そうだ。ヌビア人のカルチャーについて教えてほしいって言ったら、「カルチャー!?」と困ったように笑って話題をそらされたりもした。
そりゃそうか。誰もが自分の国の文化に詳しいわけじゃないし、別に詳しくてはならない義務があるわけでもない。

「でもさー、あんなに遠くから来るなんてすごいよね。チケット代だって僕たちからしたら、凄く高いのに」

ギザのイサークやルクソールのラムセスの顔が脳裏をよぎる。日本とエジプトでは、あまりにも物価が違う。
彼は、多くの日本人のように気軽に外国に行くことができない。

「この国の政府はクソなんだ」

多くのエジプト人が口にしてきた言葉を、彼もまた口にしたのも印象的だった。

「毎日世界中から観光客がやってきて、毎日送り出す。僕はそんな生活をしてるんだ」

男の子は少し疲れた様子で言った。色んな国のお客さんを相手にするのはストレスになっているのかもしれない。

「ホテルで働くのは大変そうだね」

私がそう言うと男の子は肩をすくめた。

「まあね。でも、僕は体育大学の学生だし、学費を稼ぐためには仕方ないよ」

毎朝アブ・シンベル神殿の周りを走るのが好きで、アブ・シンベル神殿のことが大好きだと言っていた。

窓の向こうに広がる夜のアブ・シンベル。
遠いアフリカ大陸に位置するエジプトの最南端の街。
気が遠くなるように離れた場所で暮らす体育大学の学生と、今私は会話をしている。

ずいぶん遠くまで来たものだ。

感慨深げに窓を眺めていると、目の前の道路を大きなトラックが通り過ぎていった。

「あのトラックは、スーダンに行くんだよ」

男の子は言った。キラキラした目だった。
彼の言葉を聴いた私もまた、ワクワクした。

すごくワクワクした。

こんなに純粋な高揚感を胸に抱いたのは、本当に久しぶりだった。
エジプトに来て、本当に良かった。

大切な何かを掴みかけている。

私はそんな気持ちにさえなっていた。

最後に男の子は「明日、どうやって帰るの?」と訪ねてきた。
男の子の態度は純粋さを残しつつも、仕事モードにシフトチェンジしていた。

私は、
「タクシー頼める? アブ・シンベル空港まで行きたいんだけど?」
とお願いした。

彼は、
「良いけど、いくら出せるの?」
と訊き返してきた。

今、自分は日本とは違う文化圏にいる、改めてそう思った。


部屋に戻った後、彼がくれたコーヒーを飲んだ。

代わりに、自宅から持参していた「コーヒー」とカタカナが書かれたTシャツをプレゼントした。
頬を緩めて「可愛い!」と連呼していた。

今でも大事にしてくれていたら、嬉しいな。

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