2018年のエジプト奇譚(アクセル旅行記)Part.3博物館と高速蛇行タクシー編

※前回についてはこちらを。

エジプト考古学博物館

というわけで、2日目はエジプト考古学博物館に行くことにした。

なんせ本場エジプトの博物館である。どれほど心躍らせる浪漫に溢れた発掘物が展示されているのであろうか。
なんて心中で呟きながら、前日までの冒険譚ですっかり萎え萎えの心をどうにか昂らせて眠りについた。

しかしながら、ド頭から上手くいかなかった。

翌日、私はすさまじいノック音が私の眠りを蹴破った。
時計を見る。ホテルのフロントと確認した出発時刻の1時間も前である。

もう一度寝る。だが、ノックは止まらん。あと、大声出すな。

ドアを開けないと静かにならないのは明白であった。だが、開けたくなかった。この後の展開が目に見えていたからである。

しかし、ドアを開けないとイベントは進まぬようである。しゃあないので、開けた。
そこには、チェックインのとき私にキレ散らかしたフロントがおった。

しかも「約束の時間だぞ。タクシーの運転手はもう着いてる」とのたまってな。
昨日の段階で嫌な予感がしていた私は「わざわざ●●時に集合だよな?」って何度も何度も確認したというのにな。
徒労であったな。

もう、どうでもいい。「いや、俺は●●時だって約束した」っと形だけ抵抗しておいて「まあ、もう来てるならしゃあない、行くわ」と俺は準備をした。

そして、急いでタクシーに飛び乗った。

タクシーはギザからカイロに向かって旅立った。


どんな話をしたのはか覚えてないが、「お前、いくつ? 何で結婚してないの?」とド直球に聞かれたことはなかなか印象的であった。
前の嫁はイギリス人であったと自慢げに言われたことも印象的であった。

正直、このタクシードライバーにちょっとイラっとしていた。
だが、もっとちゃんと向き合えばよかったなと今は思う。
当時の私は、エジプト文化に翻弄され、まだうまく適応できていなかった。

何はともあれ、カイロ考古学博物館に到着した。

ここでの時間は本当に素晴らしかった。言葉では表すことはできぬ。何千年も前の、時には6000年前の素晴らしい芸術品が目の前にあるのだ。


その一つ一つがじっくり眺めたい魅力に満ちており、2時間もあれば周れると言われたのに、私は5時間も滞在した。

ついで、確かに滞在したという証拠も挙げておく。

蛇行するタクシー

問題が起きてしまったのは、その帰り道であった。

宿に帰るには、タクシーを捕まえる必要があった。
日本なら難しいことは何にもない。

だが、ここはエジプトである。言葉も通じない。しかも、私はめっちゃ疲れていた。
そして、近くにはタクシーを拾えそうな空間が全くなかった。

という、タイミングで「……タクシー?」と声をかけてきたおっさんがいた。
しかも、「メーター……?」とか言ってくる。

ちょっと怪しいけど、メーターがあるのはありがたい。
ま、いっか。お世話になろう。
私は思った。

今になって思えば、これが致命的なミスだった。

私が席に着くと、ドライバーはやたらめったらあわあわした様子で「ペプシかコカ、どっちがいい? ごちそうするよ」などと聞いてくる(いらんから断った)。

で、「良い? 今からメーター回すよ?」とワザとらしく聞いてくる。
もう、嫌な予感はムンムンしたが。まあ、多少ぼったくられるくらいなら、もうどうでもよかった。

が、多少とかぼったくりとか、そういう問題じゃなかった。
こいつは、明らかにヤバいヤツだった。
ヤバいところが色々あるのだあ、まず運転がヤバい。
前を見ないで、「自分は本当は警察で拳銃を持ってるけど副業でタクシードライバーを」うんちゃらかんちゃら話しまくる。

とりわけ、幾度か人を引きかけたのは仰天であった。
引かれかかった人がどういう顔をするのか私は初めて知ったし、数パターン知った。

停車中には隣からクラクション鳴らされたり、さらには大声で怒鳴られたりもしていた。
ドライバーはちょくちょく落ち込みながらも、すぐに立ち直る。

で、何度も「自分は本当は警察で拳銃を持ってるけど副業でタクシードライバーを」うんちゃらかんちゃら話しまくる。

当然であるが、私はかなり怯えていた。

で、戦々恐々としている私のことなど気にも留めず、車は高速道路に入る。

車の速度が上がったせいか、ドライバーはさらにハイになった。
「見ろよ、あの車、カーセックスしてんぜ、あははは!」と笑いながら、いきなり車を蛇行運転させ始めたのである。

異国で、タクシーで、高速で、蛇行運転。
しかも、ドライバーはなんかキマってる。

私、ひょっとしたらここで死ぬかもしれん。
そんな未来が脳裏をよぎった。痛くない死に方が望ましいが、それは叶わぬかもしれんとも。

ノーノー・ストップストップと私は慌てふためくが、そんな私の反応を見ながらゲラゲラ笑う。
頭がイカれてるうえ、私のことを舐め腐っておる。

ブチ切れたいところだが、私は完全にビビッておる。
だって、こいつ、どう考えてもヤバいだろ。テンションの上がり方が半端じゃない。
ちょっとタガが外れすぎておる。

しかも、高速を降りた後も「せっかくだからナイル川見えるところに連れて行ってやるよ!」とかなんとか、勝手に目的地と違う方向に走り出す。

おまけにここぞとばかりに私のへたくそイングリッシュを聞き取れないフリをする。

私は、ゆっくりゆっくり一言一言絞り出すようにしてホテルまで連れていくように頼んだ。

ディス・ホテル。ホテル・ピラミッド・イン。ノット。ディス・ウェイ。

寝物語のようにゆっくりと、さりとて命乞いのように真剣に、私は語った。

するとどうでもあろう、クレイジー・ドライバーは「オーケー」と行き先を変えてくれたのだった。

私は一安心をした。
どうやら死なずに済むチャンスが巡ってきた。
後は、こいつがよそ見運転をせず、途中問題が起きることもなく、つつがなく、おだやかにホテルに着くことである。

ちなみに言うとメーターは明らかに改ざんされてる。既に行きの倍以上の金額になった。
しかし、金はもうどうでもいい。大切なのは命である。

ところで、ここがどこだかよく分からん。まあ、遠くにピラミッドは見える。近づいているのだろう。
なんて思ってると「ここが目的地だ」とクレイジー・ドライバーはおっしゃった。
メーターを指す。

トチ狂った金額である。私は呪いともに金額を渡す。

「チップよこせ」と言う。命には代えられん。渡す。
「もっと、よこせ」と言う。イヤ、さすがに無理。

すると奴は「もっとよこせ!!!」と言ってキレてきた。目がヤバい。
しかも、奴は徐行をしているものの車を止める気が全くない。

その時、私の中で何かが壊れた。
ここにいたら死ぬ。
その決意のまま、走行中しているタクシーのドアを開けたのである。

後ろからは「ノーノーノー」と焦った声が聞こえるが私は何も言わずに飛び降りた。
なかなか常軌を逸している行為であるが、既に私は無の境地であった。

徐行中であることが幸いし、派手に転んだだけで済んだ。

馬車の少年にぼったくられる

目の前の茶屋のおっちゃんが「大丈夫か?」と尋ねてきた。
英語は分からん。しかし、ピラミッドまで行けばよい。私は「ベーラミッ?」と尋ねた(アラビア語ではピラミッドをそんな風に言う)。するとおっちゃんは行く先を示した。私は「シュクラン」とアラビア語で感謝を述べ、指さす方に向かった。

ちなみに言うと、私の精神は既に限界であったが、もうすぐホテルに着くというメンタル的ニンジンに釣られ、かろうじて足を進めることができた。

だが、絶望はあっけなくやってきた。

私はたしかにピラミッドの傍にいた。だが、ホテルとは全く別の出入り口にたどり着いていた。

あの、ファッキン・タクシードライバー……。
いやいや、まあまあ、落ち着け。私の伝え方が良くなかったのかもしれぬ。

と冷静に考える余力があったのは、一瞬だけであった。

周りの目がなければ崩れ落ちたいところであった。

ただ、崩れ落ちたところで誰が助けてくれるわけではない。
死力を尽くしながら、ヘタクソな英語で警察っぽい人にこのホテルに行きたいと髪を見せながら説明する。
私は今自分がどこにいるのか知りたかった。

ので、あるが警察っぽいおっさんは「めんどくさいったらありゃしない」という顔で近くを通った馬車引きの少年たちに何事かを伝えた。

おそらくはローティーンの少年たちは私より流暢な英語で結構な値段を吹っかけてきた。交渉をすべきだと思ったが、もう性根尽きていた。

私は馬車に揺られ、ホテルへの旅に出た。

そして、着かぬ。ホテルになかなか着かぬ。下町のような場所をうねうね通り、っていうか、これ遠回りされてねえか。

しかし、本当に遠回りなのか、私には確かめる手段はなかった。

あと、正直言うと、かなり打ちひしがれていることもあり、この中を歩くのは怖かった。
観光客の姿は全くなく、馬車に揺られて通る私は明らかに浮いていた。

少年は「いやー、あのホテル遠いんだよー」と調子良さそうに言う。怪しい。

どれくらいの時間が過ぎたのか覚えとらんのだが、ようやく着いた。降りるときに値段を吹っかけられたが、もうどうでもよかった。

「●●ポンドつうのは1人当たりの金額だ、俺たちは2人だろ?」
とのこと。
ただ、私はもう十分すぎるほど消耗していた。金に気を遣う余力はなく、言い値で払った。

そして、逃げるように立ち去った。

おそらく相場よりもかなりぼったくったのだろう。
連中は罪悪感を覚えたのかもしれぬ。
「俺たちはいい取引したよな!?」と背中に声をかけられた。

何かを答える気力もなく、私はホテルの部屋にかけこんだ。
残りの日程を生き抜く気力を、私は完全に失っていた。
エジプトに来たことを、ただただ後悔していた。


私が本当の意味で異国と触れ合ったのは、翌日のことであった。

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