古代エジプト産ネガティブ・ポエム『生活に疲れた者の魂との会話』



こんにちは。


紀元前文学 第9回です。

今回は古代エジプト産のネガティブ・ポエム『生活に疲れた者の魂との会話』です。
印象的なタイトルのとおり、現代文学にも通じそうな重たさを秘めています。

成立年代は紀元前1937年から紀元前2040年までの間、エジプト史における第一中間期と呼ばれる時代とされています。

『生活に疲れた者の魂との会話』のあらすじ

詩は彼の魂の会話で成り立っています。

簡単に言うと…、
男「もういや死にたい」
魂「いいから生きなさい」

というやり取りで成立しています。

ちなみに男が死にたい理由は明かされません。
ただ、生活に疲れていたんでしょうね。タイトルから察するに。

男のターン(1)

男は生への絶望の嘆きと共に、生きる苦しみを理解していない魂を非難します。
また、魂が自分の元を去ろうとしていることも痛烈に口撃します。
そして、死後の準備(お墓などの準備)を整えてから死ぬつもりであることを表明します。

男はとにかく悲観的です。

現世に絶望し、死後の世界で楽になりたいという思いが強く表れています。

生命は断片だ。木々ですら倒れる。

『生活に疲れた者の魂との会話』より

魂のターン(1)

一方、魂は男を「まるで富豪のように死後の生命に気を配っている」と諭します。
死者のために作られた祭壇や墓だって、やがては祈る者もいなくなり朽ちていくと諭します。
そして、死後の世界での幸福を求めることを遠回しに否定します。

幸せな日を追い求め、悩みごとを忘れなさい。

『生活に疲れた者の魂との会話』より

さらに、魂はたとえ話をします。
荒れた湖から船を夜通し守っていた漁師が、その隙に家族をワニに食べられてしまったこと。
うまくいかないなりに諦観と共に一緒に暮らしている夫婦のこと。

そうやって、世は押しなべて無常であることを伝えています。

ただし、男の元を去ろうとしていることについては、何も答えていません。

男のターン(2)

しかし、男は納得しません。
「我が名はそなたの故に悪臭を放つ」と、古代エジプトで臭いと考えられていたものに喩えながら、懊悩の詩情たっぷり非難します。

さらには、魂だけでなく社会への悲嘆を口にします。
誰もが人をだまし、他人の持ち物を奪い取る世の中になってしまったこと。
誰もが兄弟や友人さえ悪行をなすから、もう誰も信用できないこと。

このあたり、翻訳されてもなお強烈な恨みつらみを感じます。

今はだれに語りかけよう。

私は悲惨を背負わされている。

信頼できる友を持たぬがゆえに。


『生活に疲れた者の魂との会話』より


そして、最後に死への渇望を口にします。

魂のターン(2)

魂は再び諭します。

嘆きは木釘に釣るしなさい。

『生活に疲れた者の魂との会話』より

そして、男が死を選ぼうと生を選ぼうと傍にいることを告げます。

男が死ではなく生を選んだかは分かりません。

ただし、魂は彼のもとを去るのを止めました。

そして、物語は終わります。

『生活に疲れた者の魂との会話』 の魅力 古代エジプトと現代

現代にも通じるテーマ

死を望む者に対して生きることの大事さを伝えるというテーマは、求心力があります。
そして、苦しむ男が救われたのか明言しない結末も、現代人の心には響くかもしれません。

「我が名はそなたの故に悪臭を放つ」と自分の魂を延々と責め立てる状況は、誰かを罵倒しているようで完全に自分自身を罵倒しているように見えます。


見よ、 我が名はそなたの故に悪臭を放つ。

夏の日、天の白熱するとき、ハゲタカの匂い以上に。

見よ、我が名はそなたの故に悪臭を放つ。

ワニの匂い以上に。岸辺のワニの群れに座るとき以上に。


『生活に疲れた者の魂との会話』より

自分の意にならぬ自分の魂への中傷。
人間心理の複雑さが、投影されているのかもしれません。

古代エジプト的なテーマ

エジプト人の魂と死生観

エジプト人は魂を2つに分けることができると考えていました。
<カア>と<バア>です。


<カア>は現在の感覚でいう生命力です。
身体を生かすエネルギーであり、死後もミイラに宿り続けます。
<バア>は個性・人格です。死後に肉体を離れて飛び回ることができます。
この二つが揃ってはじめて、ミイラになった後の死後の命は更新されるものと考えられていました。

そして、本作に登場する魂は<バア>です。
その<バア>が、男の身体を去ろうとするのです。
さらに、墓や祭壇による儀式に疑問を呈します。
これは大変なことです。
何故なら、そんなことになれば死後の命は潰えてしまうからです。


これは古代エジプト人にとって一大事です。
古代エジプト人にとって死後の世界で安寧を得ることは重要であり、そのためには独特な品々や儀式が必要でした。
ピラミッドやミイラなどは分かりやすい一例でしょう。


つまり、死後の生活という伝統的な価値観が否定されているのです。

一体なぜそんな物語が書き記されたのでしょうか?
それは本作が成立した時代背景と関連付けることができます。

古代エジプト社会の変動

本作は、第一中間期と呼ばれる時代の激動を反映していると言われています。

第一中間期は強大な王権を形成しピラミッドを創った古王国が崩壊し、エジプト全土を覆う権力が存在しない時代でした。
本作の重々しく厭世的な色彩は、その不穏な社会情勢を反映しているとも言われているのです。


強大な古王国によって維持されていた、様々な社会システムが崩壊していたはずです。
治安も悪化していたはずです。
幸せな死後の世界にいる祖先の墓は荒らされ、高価な品々は持ち去られていたでしょう。

そんなことになれば、死後の命は更新されません。
でも、死後のために辛いことに耐えてきた人だってたくさんいたはずです。
「自分たちの人生は一体何なんだ」
そんな風に考える人もたくさんいたのでしょうね。

男の元を去ろうとする魂には、4000年前の厭世的な絶望が反映しているのかもしれません。

結び  『生活に疲れた者の魂との会話』について

重苦しい内容だったと思います。
腹の奥に響くタイプの物語ですね。

そして、現代の日本でも響く内容だと思います。
古代エジプト人とは少しだけ違う共感のされ方をするかもしれませんが。


それでは、また。

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