【再読】トム・ジョーンズの「コールド・スナップ」を読んで

この世には正義なんてものはないし、どんなボクサー、どんな戦士もそれをちゃんと知ってるが、それでも――マジかよ。

トム・ジョーンズ『ダイナマイトハンズ』「コールド・スナップ」河出書房,P.292

トム・ジョーンズは私の最愛の作家だ。

出会ったのは比較的最近だが、会社の昼休みに自席で読んだ『ロケットマン』の凄さは今でも忘れられない。

そのあと即座に「コールド・スナップ」を読んだ。すげえ感動した。


それから何年経った。
随分と長い間、読み直していなかったはずだ。

なぜか。小説に拒絶反応が出るようになってたから。

小説はたぶん書き手の自意識が最も強烈に表れる媒体だと思うのだけれど、それがしんどかった。
何を読んでもダメな時期が続き、ああこりゃ俺は小説を卒業ちゅうか強制終了だと思って読まなくなった。

ただ、ちょっと思うところがあって大好きなトム・ジョーンズの本を読んでみようと思った。
日本語訳が出てる「拳闘士の休息」と「コールド・スナップ」だけ。別にどっちでもよかったんだけど、最初に目についたのが本棚の上で平積みされてる「コールド・スナップ」だった。

とりあえず冒頭を飾る表題作『コールド・スナップ』(トム・ジョーンズは短編作家)を読んでみる。

最初に思ったこと。
あれスルスル読めるな。
多作家の作品への拒絶反応がウソみたいに頭に入ってくる。

次に思ったこと。
訳者のキャラが結構出てるな。という印象。これは初読時も思ったけど。
かの舞城王太郎、そのフィルターを通ってるなという匂いがバンバンする。賛否はありそうだけど、個人的には嫌いじゃない。

その次に思ったこと。
トム・ジョーンズすげえ。
あとはもう夢中になって読み切っていった。

『コールド・スナップ』はアフリカで医者をやってたのに躁鬱病を炸裂させちゃったせいで免許をはく奪された兄と、元々メンヘラ気味だったのに自殺未遂をしでかしたせいで脳に障害を負った妹のお話。

まあ、どうにもならないわけだ。

兄はモテてるんだろうなっつうインテリヤンキーな雰囲気を漂わせているんだけど、病気のせいで世界を見る眼差しがまるで定まらない。破滅が近づきつつある。

妹だって美人なのだけど、施設の中で誰かが見てないとどっかに行ってしまう。

あんまり書くとネタバレになるからアレだけど、救いの見えない二人に刹那のような希望が舞い降りて去っていく。


救いがないからこその救いっていうのかな、それがすげえと思った。

まあ、他の作品も独創的で面白いんだ。

アフリカでヒヒと酒盛りする医者とか、
ブートキャンプの理不尽なしごきに耐える新兵とか、
世界タイトルを狙うボクサーのスパーリングパートナーとか、
お文学なお小説にはなかなか出てこないマッシブな登場人物が全身全霊で描き出す、人生の真理。


あんまり詳しく書くつもりはないけれど、もしもこれを読んでる方で未読の方がいたら、是非貴方の読書リストに加えることを検討してほしい。


トム・ジョーンズがどんな作家なのかは、その経歴を紹介するのが分かりやすいと思う。

イリノイ州オーロラ生まれ。アマチュア・ボクサーとして活動後、海兵隊に入隊する。持病のてんかんのために除隊後、ワシントン大学を経てアイオワ大学創作科を卒業する。その後、コピーライター、用務員を経て小説家となる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E5%AE%B6)

パワフルで、病んだ雰囲気もあって、酸いも甘いも噛み締めて人生の何たるかを知っている。

哲学が好きみたいだ。

そして、個人的にはとても重要なことだと思っているんだけど、文章に男の色気がある。

たぶん、本人もめちゃくちゃモテたんだと思う。

カッコイイ、素直にそう感じた。


特に小説が読めない間、インターネットの音楽関係文章という男の色気の対角線上にいるような文章に多く触れていたせいか本当に新鮮に感じた。(あの辺りの文章、そのまんまな人も俺はモテるマウントを取る人もマジで危ない人も、老若男女問わず一定の傾向がある。もちろん俺にも)

色気だけじゃないにあらず、とにかく自分の在り方について深く考えるきっかけになったと思う。

ま、色気に関してはもう一生つかないと思うけど、それはそれで悲しいけど、大事なのはそういうことじゃない。

トム・ジョーンズの小説は基本的に救いがない。

それは登場人物にも問題があるし、社会だって甘くない(というか理不尽)だし、それらの複雑怪奇な合わせ技でそうなってる。

だけど、最後の最後まで皆エネルギッシュだし、どんなに絶望的になってもナヨナヨすることがない。
世間的にはかなりダサい感じになってるやつでも、ヤバい感じになってるやつでも、たとえ正解のルートから外れようとも突き進んでいる。

なんだろう。上手く言えないけど、どうしても言語化できないんだけど、自分の姿勢はもっとちゃんと矯正しなくちゃいけないモノなんだってことが分かった。気がする。



他の作家の作品に目を通してみたけど、ダメだった。

しばらくはトム・ジョーンズのお世話になるかもしれない。

日本語版が出てないのも、手を出してみようかな。

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