バビロン/ベアトリス・アンドレ=サルヴィニ

こんにちは。

バビロンは、古代オリエント世界において最も繁栄した都市の一つです。

その映画は後代まで響き渡り、「バベルの塔」、「空中庭園」、「バビロン捕囚」などが多くの作家、芸術家、宗教家の心を惹きつけてきました。


本書『バビロン』はそのバビロンの実態を、最も繁栄した新バビロニアのネブカドネツァル2世(紀元前7~6世紀)に焦点を当てて紹介しています。

個人的に面白かった個所をまとめていました。

『バビロン』の内容要約 古代オリエントの中心として

内容は主に下記の通りに分類することができます。

  • (序論)バビロンは長きに渡って威信を保ってきた都市であること
  • (第一章)バビロンを知るための史料、
  • (第二章)バビロンの歴史、
  • (第三章)ネブガトネツァル2世統治下のバビロンについて

という感じです。

では、見ていきましょう。

序論

バビロンは紀元前二千年紀末において、既に圧倒的な知名度を誇っていました。

語源も古く、シュメール語で「神々の門/門」であったカ・ティンギルがそのままアッカド語で同じ意味の「バーブ・イリ」に転じたものです。


ただ、カ・ティンギルという言葉はシュメール語ではない可能性も指摘されており、さらに古い原ユーフラテス的な言語に由来するのかもしれません。

第一章

バビロンについて知ろうとするとき、その材料となる史料は主に三つに分類できます。

  1. 楔形文字の文書を中心とした、バビロンの住人達による史料(歴史書、神話、碑文、行政文書等)
  2. イスラエル人やギリシャ・ローマ人といった外部者の観察に基づく史料(聖書、ヘロドトスやストラボンの著書)
  3. 近代以降の考古学調査

また、上記と併せて中世以降のヨーロッパ系、イスラエル系、アラブ系旅行者等の証言も重要になってきます。

第二章

『初期バビロニア歴代誌』においては紀元前24世紀末のアッカド王サルゴンがバビロンの起源とされています。

しかし、実際にはバビロンが古代オリエントにおいて傑出した地位を獲得したのは、バビロン第一王朝ハンムラビ王の時代(紀元前18世紀)であると考えられています。

バビロンの国家神となったマルドゥクと祭祀団のもと、哲学的/神学的/文学的知識がバビロンに集積されていきます。
そして、『ハンムラピ法典』の詩的文章に代表されるような文芸的創造活動のセンターとなっていきます。

そして、それはハンムラビと彼が築いた王国が権力を失った後も変わりませんでした。

その後、カッシートやアッシリアなどがバビロンを支配し、破壊し、略奪をしていきます。
しかし、彼等は例外なくバビロンに魅了されます。

カッシートはバビロンの文化に同化していき、アッシリアは「バビロンの王」を名乗るようになります。

古代オリエントを統一したアッシリアの崩壊後、ナボポラッサルが新バビロニアを興し、バビロンを統治します。
そして、ナボポラッサルの息子ネブガトネツァル2世のもと、バビロンは最盛期を迎えることになります。


その栄華は古代世界に轟くことになります。
そして、イスラエル人やギリシャ・ローマ人のオリエンタリズム的な視点を通して大きなバイアスをかけられつつ、現在の私達のもとまで届けられることになります。

その後、新バビロニアでは数人の王が入れ代わり立ち代わり即位します。
しかし、ペルシャ王キュロスに滅ぼされ、百年足らずの栄華は幕を閉じることになります。

第三章

ネブガトネツァル2世

ネブガトネツァル2世の治世は43年にも及びました。
彼は偉大なる先王(サルゴン、ハンムラビ、ネブガトネツゥル1世)を自らの手本としていたそうです。

公正な判断を行い、汚職やわいろをなくし、民を喜ばせたと公文書には記録されています。

各地の神殿の維持管理に努め、支配した各地の有力者を王宮に集めることで帝国の統一性を高めていました。

バビロンの都市計画

バビロンはユーフラス川の両岸に渡って広がっており、10の街区に分かれていました。
古い街区はシュメールやアッカドの古い都市名に由来する名称がついていますが、新しい街区は民間起源の名称になっています。

町は計画的な構造になっており、町を南北に貫くマルドゥク行列道路とナブー行列道路がありました。
家は日干し煉瓦製で粘土の漆喰で固められていたそうです。

バビロンの巨大建築物

ネブガトネツァル2世は主に3の巨大建築物の造営/修復を行いました。

  1. 街を取り囲む外側及び内側の周壁
  2. 王宮群
  3. マルドゥク神殿、エギサラ神殿及びその付帯施設、エテメンアンキという多層搭(ジックラト)。

瀝青と焼成煉瓦と固めた周壁については「山のごとき高くした」とネブガトネツァル2世が自賛しています。
その峻厳な高さは旧約聖書において強敵として描かれています。

また、地盤の安定しない土地に四苦八苦しつつもイシュタル門の修復/改築し、各施設の修復や治水関係の整備も行っています。

贅を凝らした大きな王宮も各地に建設されます。
その中には卓越した治水設備によって高所に設けられた庭園もありました。「空中庭園」の伝説に繋がるものもあったと想定されています。


世界各地の豪奢な品を集めた美術館が存在していた可能性も高いと考えられているそうです。

主神マルドゥクの神殿を「蒼穹に輝く星々のように」輝かしいものとし、エギサラにはありとあらゆる各地の神(失権した神や太鼓の怪物)が安置されました。

また、エテメンアンキの多層搭(ジックラト)の再建をしています。それは高さ90メートルに及ぶものだったと自負しています。

頂上では聖結の儀式が取り行われる寝室があったことも確認されているそうです。
そして、この多層搭(ジックラト)が「バベルの塔」物語のもとになったと考えられています。

感想 『バビロン』を読み終えて 幻視された最古の大都市 古代オリエントの残り香

バビロンは何かと実態とかけ離れた姿を想像されがちな都市です。

ある程度、仕方ない面もあるでしょう。

なぜならバビロンを知っていた人々は既に滅んでいるのですから。

そして、聖書に歪められたバビロン観を長く持ち続けたヨーロッパ文明は、現代社会において最も強い影響力を持っています。
彼等のバイアスは、しばしば最も権威あるもの/優れているものとみなされます。



紀元前から続くバイアスは、バベルの塔のように高々と積み重なっています。



それから、黒人層のカルチャーであるヒップホップにおいても、バビロンは資本主義社会における既得権益保持層を表す隠語として用いられます。

ただ、そのバビロンはバイアスのかかっているバビロンです。
それも一つの事実かと思います。


それでは。

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