「アラブの春」と音楽/中島信孝



こんにちは。

『「アラブの春」と音楽』は2010年以降にアラブ諸国で勃発した民主化運動(いわゆる「アラブの春」)が、主にエジプトのポップ・ミュージックに及ぼした影響について記した著作です。

エジプトの政治や社会が大衆音楽に及ぼした影響を丹念にまとめています。

大変興味深い内容だったので、個人的に面白かった部分についてまとめてみました。

『「アラブの春」と音楽』の内容概略

『「アラブの春」と音楽』の内容は、ざっくり下記のように分類できます。

  1. エジプトのポップミュージックの特徴と発展(ゼロ年代まで)
  2. ポップミュージックの愛国化(ゼロ年代~革命前夜)
  3. 革命運動と共に噴き出したプロテストソング
  4. 革命後の音楽的な潮流

では、この順番に見ていきます。

1.エジプトのポップミュージックの特徴と発展(ゼロ年代まで)

七月革命によって共和制エジプトを打ち立てたナセル大統領の統治下において、エジプトの国民的歌手が彼の統治を正当化するような歌を歌っていました。

女性歌手のウンム・クルスームと男性歌手のアブドゥルハリーム・ハーフェズです。

70年代に入ると、自由主義社会の導入により貧富の差が広がっていきます。
それと合わせて、元々は田舎の祭りや結婚式で使われていた、伝統音楽シャアビーの人気が広がっていきます。

80年代以降の大衆音楽は中東的な旋律を色濃く残しながらも西洋的なポップスの影響が強くなっていきます。

セクシーさを売りにする歌手も増え、中東以外の地域のミュージシャンともコラボレーションも現れるようになりました。

驚くべきことにJames Brownとのコラボレーション作もあったようです。

2.ポップミュージックの愛国化(ゼロ年代~革命前夜)

ゼロ年代にアラブのポップミュージックは特殊な変化を見せるようになります。

ナセル大統領の頃のような、愛国的な要素が再度強まってくるのです。


例えば、イスラエル戦争の結果として大量のパレスチナ難民がアラブ諸国にあふれ出した「大厄災ナクバ」の50周年の節目にリリースされた「アラブの夢」などでは、柔らかな言葉づかいをしつつもアラブの同胞への悲しみとイスラエルへの敵意をにじませていました。

その一方、露骨な言葉でイスラエルへの敵意と自国の大統領への好意を表現する庶民派歌手シャアバーン・アブドゥッラヒームなども現れました。

そして、2005年頃からアラブ全体の団結を歌う言葉から徐々にエジプトという地域性へのアイデンティティを叫ぶ歌手も登場します。

愛国的な歌はムバラク大統領体制のプロパガンダとして利用されるようになりました。

しかし、それと同時にムバラク大統領の長期政権への否定を表明するデモも行われるようになっていました。

3.革命運動と共に噴き出したプロテストソング

著者は「アラブの春」をきっかけに、エジプトの若者が自国の政府を批判するプロテストソングを発表するようになったと述べています。

街頭デモの中心となったタハリール広場では歌ったフォークロック歌手のラーミー・エサームやラッパーのドンジュワンの言葉は、Twitter、Facebook、Youtubeを通じて革命を望む若者たちの間で支持を広めていきました。

そして、ムラバク大統領が辞任する前夜には、若者たちのまばゆい未来への機能を歌い、革命の象徴する歌となった「自由の声」がYoutubeに投稿されます。

一方、既存の有名歌手は若者をたしなめるような歌を発表していました。

4.革命後の音楽的な潮流

革命達成後には若者たちの間にはポジティブさが満ちていました。
しかし、老獪な政治家にからめとり、なし崩し的に独裁政権へと戻っていくにつれて、その音楽が含む空気感も変わっていきました。


著者はその変遷を「自由の声」を書いたアミール・イード率いるロックバンド Cairokeeの歌詞から分析しています。

革命直後にリリースされたアルバム『指導者を求む』に収録された「翼を広げて」では多幸感に満ちた未来への希望を歌っていました。

しかし、新体制への移行が遅々として進まないことに若者が苛立ち、再びタハリール広場でデモを繰り広げられるようになった後に発表された「広場よ」では、もう一度奮起を促すような内容になっています。

さらに長引く革命に「サイレントマジョリティ」から非難を浴びせられるようになると「俺はヤツらとは違う」という曲で自分たちは現状を打破すべく必死に足掻いていると悲壮に歌っています。

革命がしぼんでいく様が見事に歌詞の変遷に現れています。

また、革命後の潮流としては、それ以前にはなかったインディーロックシーンが勃興するようになったことが挙げられています。

カイロキー以外にもウエスト・エルバラド、マリヤム・サーレフなどが活躍をするようになりました。

『「アラブの春」と音楽』を読んだ感想

俯瞰的にエジプトの社会情勢を見られている点が本書の素晴らしいところだと感じました。

著者は革命を望んだ若者に感情移入をしているように感じました(私も)が、彼等の影響力を過大評価せず、「サイレントマジョリティ」の存在も冷静に分析しています。

また、アラブの春に感化された自由を求める若者に対してエジプトでは「ひとつの手」というキーワードで連帯感を求めていましたが、東日本大震災時の「花は咲く」等に見られる「絆」との概念との類似性も見出しています。

連帯感を持ち出し、社会の分裂を防ごうとする集団的な心理。
著者は音楽におけるこの点について、日本はエジプト以上に抑圧的であると指摘しています。

非常に的を射ていると感じました。

私見を付け加えさせると、日本文化における社会活動の良くない点として、たとえそれがどのような肩書を持っている者であれ、社会を考えるときに自己愛的ナルシズムが付きまとっているように感じます(そして、そのことを俯瞰視できていない)。

自分に対する周りや自分自身の評価を無意識のうちに気にしています。
問題のことを考えているつもりで、その実、問題に投影した自分のことしか見ていない。

廻りの視線を気にせず、成したいことを成そうとするエジプト文化を見習う必要があると思います。


それでは。

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