古代オリエントの宗教/青木健

こんにちは。

『古代オリエントの宗教』は、旧約聖書・新約聖書・クルアーン(いわゆるコーラン)の「聖書ストーリー」が、2~3世紀以降の古代オリエントに伝播していく過程で起こった思想/宗教の勃興を描いています。

著者の青木健先生はゾロアスター教、イラン・イスラーム思想を専門としており、静岡文化芸術大学・芸術研究センターに所属しています。

大変興味深い内容だったので、個人的に面白いと思ったところをまとめてみました。

『古代オリエントの宗教』の内容要約

本書『古代オリエントの宗教』は、序章+1~6章+終章という構成になっていますが、内容については大きく下記の2つにまとめられます。

  1. 古代オリエント各地に伝播していく「聖書ストーリー」と「各民族の神話ストーリー」 の衝突がもたらした影響(序章から4章)
  2. 古代オリエントを覆いつくしたイスラム内部における思想の奔流(5章から終章)

では、見ていきます。

1.古代オリエント各地において、伝播する「聖書ストーリー」と「各民族の神話ストーリー」 の衝突がもたらした影響(序章から4章)

概要

イスラエル民族がもたらした「聖書」は古代オリエントの宗教/思想世界に大きな影響を及ぼしました。

地中海世界では比較的すんなりと聖書の教えを受け入れたのに対し、古代オリエント世界では聖書はあたかも触媒のように作用し、各地で様々な思想宗教を生み出しました。
もちろん、ゾロアスター教のような既存の宗教にも大きな影響を与えています。

土着の宗教と混ざり合ったり、想像力豊かに聖書を解釈したり、そんな思想の攪拌は各地で巻き起こりしましたが、グノーシス主義的な思想を多く生み出されたという特徴があります。

それでは個別の宗教ごとに見ていきます。

マンダ教

マンダ教は旧約聖書を批判するユダヤ教徒から端を発した宗教です。
彼等はもともとヨルダン川沿いに住んでいましたが、おそらく周囲のユダヤ教徒との軋轢が原因でイランを経由して3世紀にメソポタミア南部に移住します。

彼等は旧約聖書を否定したことにより、その後に続く新約聖書やクルアーンも否定せざるをえなくなりました。
メソポタミアがイスラムの支配権に入った後、「聖典の民」か否かを峻別される際に教義の再構築に苦しむことになったのです。
なにせ、聖典の宗教を端緒としているものの、彼等は全ての聖典を否定していたからです。

ただ、マンダ教徒達は洗礼者ヨハネの教えを受けた者であり、クルアーンに書かれているサービア教徒であると擬態して、イスラム社会の只中で生きていくことになります。

彼等の世界創生神話は、聖書的宇宙論を逆転させたものです。
「光の世界」と「闇の世界」が対立するグノーシス主義的なもので人間の創造は下位の光の神が悪の神の力を借りて行ったとされています。

マーニー教

マーニー教はパルティア王家の出でユダヤ・キリスト系教団出身の始祖マーニーの複雑な自意識を反映した教義を持っています。

マーニーは自分はイエスを継ぐ者であるという自負とともに(彼はマーニー教ではなく真のキリスト教と自称した――)、聖書に独自の解釈を加えていきます。
例えば、マーニーには「聖なる者はイエスであるべき」という強い観念があったまめ、複数の神話の主人公にイエスの名前が冠され、マーニー教には複数のイエスが存在しています。

また、新約聖書は承認するものの旧約聖書は否定しているため、人類の始まりは楽園追放ではなく「光の父」と闇の眷属との戦いから始まります。

ただ、この戦いは人間達には忘れられています。
この天上の戦いを伝え、人間存在の真意を明かすのが特別に選ばれた使徒であり、ザラスシュトラ、仏陀、イエスなどがその役割を担ったと考えられています。
そして、イエスに続くのがマーニー自身になります。

むろん、新約聖書に書かれていないため、地中海世界には受け入れられませんでしたが。

ゾロアスター教の変化

実態としてのゾロアスター教は、ササン朝の国家運営上に必要に駆られてペルシア人の習慣を宗教に昇華したものです。
それゆえ、聖典側の宗教のように理論だった教義はありませんでした。

しかし、5世紀になるとローマ帝国から流入してくるキリスト教徒達への対応を迫られるようになり、教義が文書化されます。
当初は、いわゆるゾロアスター教のイメージに伴う二元論は感性されておらず善の側オフルマズドが勝利を治めます。
しかし、9~10世紀には緊張感を伴う善悪の闘争が繰り広げられています。


これはそのままゾロアスター教を取り囲む状況を反映しています。
5世紀においてはササン朝の国教としての栄華を、
9~10世紀においてはイスラムに取り囲まれ、徐々に消えゆくという緊張状態を、
それらが世界観に再定義していると言えるでしょう。

ミトラ信仰

古代のアルメニアの歴史はあまり分かっていませんが、パルティアの藩王国になったあたりから徐々に輪郭がはっきりしてきます。

数多のイラン系の神々がアルメニアに流入していきましたが、特に人気を博したのがミトラです。
特に貴族層を中心に熱い信仰を集めていました。

3世紀にはキリスト教やマーニー教が流入しましたが、ミトラ信仰からの反抗については特に記録が残されていないようです。

民間信仰レベルではミトラの形跡は残っているようですが。

古代オリエントを覆いつくしたイスラム内部における思想の奔流(5章から終章)

イスマーイール派

7世紀以降、オリエントにおける宗教的な覇権はイスラム教が力強く握りしめました。

しかし、9~10世紀において突如としてイスラム教内にグノーシス主義が発生します。
それがイスマーイール派です。


イスマイール派は元を辿ればシーア派であり、イマームを政治的な主導者につけたいと願っていましたがなかなか実権を取れず、イマームに宗教的な優位性を付与しようとします。
そして、それが後にグノーシス的神秘思想をまとう一助となります。

長い潜伏帰還の間に、グノーシス主義の影響を受けた教義や神話世界を創り上げたイスマイール派はやがて組織も構成します。
そして、各地で布教を行い、勢力を広げていき、ついにはファーティマ朝の設立に至ります。

彼等の世界創生においては、世界の始まりは女性形の女神クーニーです。
彼女は自分が全能の神と勘違いし、世界を創造します。アッラーは運命を意味する男性を派遣し、人間の創造が始まります。


また、思想的な特徴としてイマームたちが受け継ぎ、決して明かされぬ「秘儀」の存在が挙げられます。
高度すぎるため少数のエリートのみが認識するものであり、万人が理解できるものではないと考えられていましたが、具体的にはどんなものかというと、「天上界の記憶」を呼び覚ます「神的な叡智」であったようです。
また、宇宙には七つの周期があり、それぞれに応じて黙示者が「秘儀」を明かしていたようです。

さらにはプラトン哲学とも結びつき神秘性を深めていったものの、組織が内部分裂を繰り返し、崩壊していきます。

そして、イスマーイール派も消えていくことになりました。

ゾロアスター教のイスラム教への習合

9世紀にササン朝ペルシャが滅ぼされると、ゾロアスター教徒達も上層部から徐々に改宗していきました。

ネストリウス派のキリスト教徒達は、宗主ザラスシュトラを旧約聖書におけるモーセの同時代人モアブ族だと位置づけてもいます。
要するに、出エジプトに成功してカナンをさ迷うユダヤ民族の邪魔をする存在です。

一方、イスラム側も最初はキリスト教と同様の解釈をしていましたが、徐々に好意的になっていき、徐々にアブラハムへと位置づけられるようになります。

こうして宗教的に一定の権威ある立場を与えられたゾロアスター教徒は徐々にイスラム社会へと取り込まれていくことになります。

そして、十三世紀頃にはイスラム教スンニ派がオリエントを覆いつくし、2~3世紀に聖書ストーリーが訪れてから巻き起こっていた思想の奔流が終わることにありました。

まとめ 『古代オリエントの宗教』 個人的な感想

大変面白かったです。

ついつい私達は、キリスト教、イスラム教、マニ教、ゾロアスター教等々は独立した別個の存在でそれぞれ独自のカラーがあり、独自の世界を持って完結しているように認識しがちです。

でも、宗教は地域や時代によって全く異なるものであり、境界線も非常に曖昧なのです。
そして、それぞれの宗教内においても違いがあるし、それぞれの宗教を跨いだ共通点もある。

本書においては、グノーシスが一つのキータームだったように思います。


それでは。

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