傭兵団の瞳に映る、古代オリエントの日常『アナバシス』その内容に注目しながら


こんにちは。


紀元前文学 第7回は古代ギリシャの軍記文学『アナバシス』です。

古代ギリシャ世界で名をはせた軍略家クセノポンの自伝の一部分です。
ペルシャ奥深くに取り残されたギリシャ傭兵団が、6000キロの彼方にある故郷を目指す物語です。

成立は紀元前4世紀頃、ギリシャ文学黄金期を成す名著の一つです。

『アナバシス』のあらすじ(内容)

では、まずはあらすじを簡単にまとめます。

(1)ペルシャ王家の内紛に従軍

ペルシャ王アルタクセルクスは、些細な行き違いにより弟キュロスに謀反の疑いを抱きます。
憤慨したキュロスは本当に反旗を翻すべく軍を集めます。
その中にギリシャ傭兵団がいました。

彼等は真相を知らされないまま報酬に釣られ、異国奥部のバニロニアまで赴きます。
そこでペルシャ王軍と戦いますが、雇い主キュロスはあっさりと戦死してしまいます。

(2)困難を極める帰郷への旅路

・ギリシャへの帰還開始と指揮官達の謀殺

敵地の只中に取り残されたギリシャ傭兵団は、故郷ギリシャを目指します。
しかし、しかしそこは敵地ペルシャの只中。簡単に帰れるはずがありません。
想像を絶する困難が次から次へとやってきます。

食糧だってありません。

ティグリス川やユーフラテス川といった大河を渡ることもままなりません。
というか、そもそも道も分かりません。
ペルシャ軍は隙を見ては攻撃を仕掛けてきます。
さらには罠にはめられ、指揮官達が殺されてしまいます。



・若きクセノポンの台頭と前進

意気消沈した一同を弁舌巧みに励ましたのが、年若い著者クセノポンです。
彼の演説に傭兵達は心奪われ、クセノポンは総指揮官に任ぜられます。
そして、クセノポンは規律の引き締めや隊列の統率化などにより、軍を立て直すことに成功します。


彼等は再びギリシャ目指して進んでいきます。
野を超え、谷を越え、山を越え。
時に内輪もめをしながら。迫りくるペルシャ兵をかいくぐり。
村々を略奪し、火をかけながら。


・ペルシャ人の支配地域外へと

ペルシャ人の支配地域を抜けた後も困難は続きます。
山岳地帯では頭上から投げられる巨石に苦しめられたり。
大雪に悩まされたり。

ギリシャ人の植民都市に着いたのに露骨に迷惑がられたり。

総指揮官、本当に大変だったでしょうね…。

(3)ギリシャに入れず再度戦いへ

・ギリシャに拒否されるギリシャ人の傭兵達

ギリシャ傭兵団は、ギリシャ世界の入り口である現在のコンスタンティノープルまで帰ってきます。

しかし、当時ギリシャ世界で覇権を握っていたスパルタから街に入ることを拒否されます。
どこにも所属していない一万近い数の兵士など、何をしでかすか分からないからです。

実際に、傭兵達は無理矢理街に入ってた挙句、大暴れしかけて結局は追い出されてしまいます。


・再度異国の戦場へ。そして、ギリシャ軍への編入

そこで本当は軍を離れるつもりだったクセノポンは呼び戻されます。
規律を失いかかっている軍をどうにかするよう依頼を受けます。

そのころ、クセノポン達の評判を聞きつけたトラキアのテセウス王からオファーが届きます。
待遇が良かったため傭兵団はテセウス王の配下となり、再びアジアで戦いに従事します。
しかし、報酬の支払いの件でテセウスと傭兵団は折り合いが徐々に悪くなります。

ちょうどその時、スパルタはアジアとの戦いに乗り出します。
そして、クセノポン達の傭兵団はスパルタ本国の軍隊は吸収され、再びギリシャに帰属することができたのでした。

そして、物語の幕は閉じます。

『アナバシス』の魅力 聡明な青年の眼差しに切り取られた人々の暮らしが内容に

『アナバシス』は聡明な青年クセノポンから見た戦場での日々の克明な記録です。
彼の聡明な眼差しを通した遠い昔の様々な出来事や人々の生活に触れられるのが、本作の一番の魅力です


そんな魅力が出ているシーンを項目別にいくつかみていきましょう。

(1)古代の戦争

・戦場の臨場感

文章が活き活きとして克明なため、戦いの臨場感が伝わってきます。
現代の我々には絶対体験できない古代の戦争です。
特に物語冒頭部のペルシャ王との戦いは必読です。

開戦直前、軍隊同士が今にもぶつかり合う緊張感がその場にいるかのように伝わってきます。
一糸乱れる隊列で近づいてくる相手の大軍。隊列を整える自軍。
あわただしく自分を駆け巡る合言葉や掛の結果。ついに湧き上がる戦歌や鬨の声。

さらに戦闘が始まった後も息つく暇もありません。
一瞬の判断が命取りになりかねない緊迫した状況や、気が急いた判断をしたためにキュロスが死んでしまうまでの流れなど、見事に描き出されています。


・誰かを踏みにじる戦い

当然ですが、戦いは理想論では語れません。

主役たるギリシャ人達は当然のように行く先々で食糧や人の略奪を行います。
女や美少年だって奪い去っていきます。
さらに敵と村を奪い合っている状況なら火をつけることだってあります。
そこで暮らしている人々の生活はめちゃくちゃになっていることでしょう。


ただ、ギリシャ人だってそうしなければ国に帰れないのです。

(2)傭兵の目から見た、人々の細やかな記録

・娘のために絶対に口を割らなかった捕虜

山岳地帯に入り込んだギリシャ傭兵団は捕虜達に道を尋ねます。
しかし、とある捕虜は(おそらく)拷問をされているのに絶対に口を割りません。
彼はついに他の捕虜への見せしめとして殺されてしまいます。
そして、そのあとに絶対に口を割らなかった理由が発覚します。
ギリシャ人が行くべき道には、彼の娘が嫁いだ町があったのです。

彼は名前すら残されていません。
登場した数行後には切り殺され、二度と出てきませんでした。


・「ここが私の生国なのだと思います」

ギリシャ傭兵団が川を渡ろうとするとき、言葉の通じない異民族が向こう岸から石を投げてくる場面があります。
そのとき、(おそらくは幼いころに)奴隷としてギリシャにきた男が、自分には彼等の言葉が分かると言うのです。
「ここが私の生国なのだと思います」と言って交渉役を引き受けます。

彼の心中はこの物語では語られません。


・海が見えると感激のあまり泣き出す傭兵達

最後に微笑ましいエピソードも。

ギリシャは半島と島嶼が大部分を占めています。
当然、彼等にとって海は見慣れた光景です。
そして、ペルシャ内奥部から陸路を歩いていた彼等は長らく海を見られませんでした。

長い旅路の末に、とある山の頂上でギリシャ傭兵団はようやく海を目にします。
すると目にした者からすさまじい叫び声をあげます。
山頂に着いた者から順々に声を上げるものだから、声量はどんどん大きくなります。


総指揮官たるクセノポンもこれには大慌て。
容易ならざる事態が起きたに違いないと慌てて駆けつけてみると、皆が喜び抱き合って大声で泣いていたのです。

内容のまとめ 『アナバシス』行間から匂う、戦いと日常生活

『アナバシス』には歴史に埋もれてしまう普通の人々の暮らしが描かれています。

そこには幻獣も神もありません。
理不尽で過酷な紀元前という日常を懸命に生き抜く、一人一人の人間達の顔がほんの少しだけ見えるのです。



それでは。

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