アマテラスの誕生/溝口睦子

こんにちは。

天照大神。アマテラスオオミカミ。

一度くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか。日本神話における主神であり、近現代においても色々な意味で存在感を持っている存在です。

『アマテラスの誕生』は、アマテラスという女神がどのようにして現代の我々が知る姿へ変貌を遂げていったのかを論じた一冊です。


個人的に面白かったところをまとめてみました。

『アマテラスの誕生』について

構成

本著『アマテラスの誕生』は、序章から第六章までの構成になっています。

そして、弥生時代から律令制度の成立まで時代において、少しずつ現代の我々がアマテラス像が成立していった過程を抉出しています。

  • 南方からやってきた弥生文化を反映している最古層(四世紀まで)
  • 朝鮮半島を通じて伝わった北方騎馬民族の神話が重なった時代(五世紀から七世紀まで)
  • 律令制度と共に渡来した中国文化と外来文化へのカウンターとしての日本古来の女神の擁立(七世紀以降)

上記のような節目の転換点として、4世紀における高句麗との戦いの敗北と7世紀の白村江の戦いにおける唐・新羅との敗北であるとみなしています。

「敗戦」によって社会や政治は大きく変化せざるを得なくなり、神話内容もそれに合わせて変容し、その多様な変化の結果として現在の我々が知るアマテラスオオミカミが出来上がった。

それが本署の主張です。


では、その過程をざっくりと追っていきましょう。

1.北方騎馬民族の神話を導入した過程

東アジアの社会情勢

三国時代の後に中国を支配していた西晋が滅んだ後、中国北部は五胡と呼ばれる北方の騎馬民族の国々が統治していました。

幾多の国家が乱立する時代であり、騎馬民族たちが中国から文字などの先進文化を吸収していた時代でもありました。そして、その影響は朝鮮半島最大の大国だった高句麗を中心にして、朝鮮半島南部や日本列島にも大きな影響を及ぼします。

高句麗は強国であった騎馬民族から神話を取り入れていました。そして、その影響のもと、百済や新羅なども同じモチーフの神話を取り入れていました。

具体的には大君が天からやってきたという思想を持つ天孫降臨神話と呼ばれる、天・日・月等を象徴する神を子孫とする王権が大地を支配するものです。
このモチーフは男系の王権を正当化する趣旨を秘めていました。

倭国の敗北

一方の倭国は、男女が比較的平等で多様な価値観が支配する神話を有していました。
また、社会的にも強力な王権による支配ではなく、緩やかな豪族連合体のような体制をとっていました。

しかし、倭国は広開土王の碑によれば朝鮮半島に進出するものの高句麗に敗れてしまいます。

そして、この頃から古墳の埋葬品もこの頃から一気に朝鮮半島的なものになっていったそうです。

また、社会も各地の有力者同士の緩やかな結びつきから統一王権的な様子を持つ者に変わっていきます。
高句麗に負けないようにするために統一的な国家体制が必要だったのでしょう

新たな主神

そして、その変容の一環として、北方民族的な要素を持つ主神と思想を神話の世界に迎え入れました。
それがタカミムスヒです。

一般的に日本人はアマテラスオオミカミを日本の主神と考えていますが、日本書紀や古事記にはアマテラスオオミカミとタカミムスヒの名前が並列されている箇所も少なくありません。

天皇に対して地上に降りて地を支配しろと命じたのは、本来であればタカミムスヒであると本書では述べられています。
天孫降臨神話と全く同じモチーフです。


北方系騎馬民族の神話において天と同義である主神は、秩序の頂点に立つ存在でした。

つまり、男系的な支配体制の確立も象徴しています。

古層に存在する原アマテラスオオミカミ

魏志倭人伝などの世界である四世紀以前の世界を、日本書紀や古事記の古層部分から見ることができると本著では述べられています。

イザナギ・イザナミの神話は中国南部、東南アジア、ニューギニアなどの南方系の文化と類似しています。
また、それは様々な価値観が存在し、男女間にも上下がない「多神教的世界」でした。
日本列島の創造をはじめ、海が登場することが多いという意味でも北方の神話とは異なっています。

ただし、この古層の神話においては、アマテラスオオミカミはあくまでも地方の神にすぎず、立ち居振る舞いも決して国家神のように超然としているわけではありません。

四世紀以前において神々のボスのような立場にあったのはオオクニヌシであったとされています。
ただ、彼ももあくまでもボスであり、絶対的な「主神」であったわけではありませんでした。

主神化するアマテラス

地方神としての存在感

大和から遠く離れた伊勢の地に祀られていたアマテラスですがその存在感は大衆の間に根強く残ってらしいことを、日本書記の記述から著者は推測しています。

都で猿のようなうめき声が聞こえて、でも猿の姿はどこにもないという不思議なことが起きたそうです。そして、これをアマテラスの使いに間違いないと人々は噂をしていたそうです。

ここで重要なのは何か奇妙なことが起きたときに、その原因とされるほどの存在感が人々の間にあったことです。

そして、アマテラスとスサノオが子供を産み対決をしたウケヒ神話のモチーフの異伝を対比し、本来はスサノオが男児を産む展開であったものがアマテラスが産む展開に代えられた可能性を示唆しています。

なぜか? 男児がいないと男系の天皇・豪族たちの「始まり」が起こらないからです。


なぜアマテラスを「始まり」にする必要があったのか?  タカミムスヒが「始まり」として適切ではなくなったからです。

それはなぜなのでしょうか。

白村江の戦いの戦いによる敗北

それは白村江の戦いによる敗北とそれに伴う中国文化・律令制度の導入に起因しています。

社会的・政治的・思想的な最新文化の導入はもちろんのこと、当時の人々にとって重要である神話の体系化も行う必要がありました。そして、人工的に導入された タカミムスヒは広く浸透しているわけではなく、渡来系氏族に信奉される派閥的な神でした。

一方、アマテラスは身分の差なく多くに人に親しまれていた太陽の女神です。求心力としては非の打ちどころがなかったのでしょう

そして、倭国は朝鮮半島を経由した北方騎馬民族系の古い外来文化を脱ぎ捨て、新たな外来文化である中華圏の天命思想を受け入れていきます。

天照大神を天皇を象徴とする存在としながら。

『アマテラスの誕生』の感想

ダイナミックな展開が魅力的

論理構成がシンプルかつダイナミックであるため分かりやすかったです。

弥生時代由来の日本古来の文化では、日本神話は多様な価値観があって男女も比較的平等で。

しかし、4世紀に騎馬系北方民族の影響を受けた高句麗に敗北した倭国は国家体制を変える必要がある。
先進国であり敵対国家でもあった高句麗由来の文化を吸収する。
男神と男系的な社会が構築される。

さらに7世紀に唐と新羅に敗北したことにより、今度は中国文化の影響を受け入れざるを得なくなる。
さらには古い外来文化である男神を排除し、そのカウンターとして古来の神を持ち出す。
アイデンティティの主張と先進文化の受容という過程が見られる。

そして、それは太平洋戦争における日本の敗戦後にも見られる流れであると著者は述べています。

非常に面白い展開です。

裏を返せば……

しかし、裏を返せばやや記号的に単純化しているようにも感じました。

八世紀に成立した日本書紀や古事記から四世紀以前の神話を読み解くなど、はたしてできるのでしょうか。

本書でも触れられているとおり神話のモチーフは長く継承されることもありますが、時々の都合で形を変えることも珍しくありません。

そのあたりの分析がほぼ過去の「拙著参照」になっているのが、歯がゆいところでした。

また、過去の倭国の社会変容を、著者自身が体験した「敗戦」に着想を得ているところが気になるところです。

二十世紀の日本と、四世紀や七世紀の日本では文化が大きく異なります。
「敗戦」に対して同一の反応を示すのか。何とも言えないところです。
本書が専門家からどういった受け取られ方をしているのか、気になりました。

ただ、重ねて申し上げますが、とても迫力のある内容でしたし、「天照大神は古来から日本神話の主神だった」という人口に膾炙したイメージを覆す素晴らしい一冊でした。

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