宇宙世紀インスタ戦争(2019~)

中年バイブス

これをご覧になっている方々には、若者を自負する方もいらっしゃるかもしれぬ。
ということは、若者文化に精通する方もいるかもしれぬ。

しかしながら、私はそうではない。
理由は簡単至極、私はおっさんだからである。

おっさんであるゆえ、しかもうだつが上がらないゆえ、バイブス上げてくカルチャーには素っ頓狂である。
その一例として、インスタグラムなるものを挙げるべきであろう。

数年前、映えるというイケイケてるワードともに世を席巻した頃、私は若者かどうか微妙な年齢に突入し、しかも友人も少なく、恋人もおらず、職場は高齢化著しく私がぶっちぎりで最年少という有様であり、全くインスタグラムに接点はなかった。

まあ、良い。そんなわけでバイブス映え映えカルチャー・インスタグラムとは縁遠い生活を送っていたのであるが。

ある日、突然インスタグラムを使うことになる。

それが2019年のことである。

京都とフィリピン

その時、私は独りぼっちで京都に観光をしていた。
なぜか? 京都に行きたい衝動に身を任せたからである。
つまり、何も考えてなかった。

楽しく京都周辺を観光し、ちょっと大江山まで足を伸ばしたりし。
その日は羅生門の跡地を見た後、帰り際に東寺にでも寄ろうとしていた。

で、東寺の前に着いた。

門、閉まってる。

閑散、閑散、閑古鳥。

見上げれば、門の向こうに大きな五重塔がある。だが、門は閉ざされ、うんともすんとも。
時間を見たら、確か5時を回っていただろうか。
まあ、閉まってもしょうがないわなという時間である。
相手は寺であり、コンビニではないのだから。

まあ、また今度来ればいいや。私はそう思って、素通りしようとした。
その時だった。

「ヘイ」だったであろうか。
どんな声のかけ方をされたのかは覚えていないが、とにかく私は異国人から声をかけられた。

東南アジア系の、育ちが良さそうな青年であった。
彼は日本人向けのシンプルな英語と分かりやすい仕草で写真を撮ってくれと言った。
スマホを差し出すときの笑顔が、なんとも屈託がなかった。

というわけで、快くオーケーと答え、五重塔を背にした彼を写真に収めた。

で、ありがとう、いえいえ。みたいな会話をして別れたのだが我々の行く先はどちらも駅であった。
必然的に一緒に歩くことになる。

私は基本的に内向的でコミュ障なのだが、このときの私はやたらにアッパーであった。
ガンガン行こうぜと言わんばかりに、私は彼とコミュニケーションをとっていた。

無論、英語などほとんど話せぬ。
しかしながら、私はなぜかアッパーであった。
そして、果敢にも会話を試みる。

彼の名前がパウロであること。フィリピン出身であること。京都観光中だが、明後日東京にも行くこと。等々について理解した。

それだけではない、驚いたことに彼が東京に来た日二人で飲みに行く約束をしたのである。

その時、連絡はインスタグラムを通してしてくれ。と言われた。
私はスマートフォンに最初からインストールされていたインスタを使い、パウロをフォローした。
そして、彼のアカウントを通して連絡を取ることになった。

Tokyoナイト

そして、彼が東京に来た夜、我々は新宿で酒を飲み語り明かした。
すまぬ、嘘である。ちょっとだけ、格好をつけた。
当たり障りのない会話ならできたが飲みながらするようなやや深い話になると、私の英語力ではとんと足りぬのであった。

あまりに意思疎通できず、若干パウロはキレ気味であった。

でも、自分も同じような歓迎を受けたから分かるのであるが、異国で現地の人から親切にされるのは嬉しいものである。
パウロもなんだかんだ言って、長い間私と一緒に酒を飲んでくれた。

パウロはしょっちゅう自分のインスタグラムを見てくれと言っていた。
パウロにとって、インスタグラムは重要なものであったらしい。

世界中を旅して、映えなスポットで満面の笑みを浮かべているパウロの写真が延々と連なっている。
どんだけ自分のこと好きなんじゃ、お前。
圧倒的な自信に満ちた笑顔が、もう本当にひたすら続いている。

ちょっと、困惑してしまったというのが本音ではある。

ただ、陰キャの私にはイマイチ理解できぬが、自分を大切に思えるのは良いことである。

最後に我々は写真を別れた。
今度は私がフィリピンに行く。だから、案内をしてくれと約束をして。
思い出フォルダに、楽しい出来事がまた一つ積み重なった。

ちなみに。
これは想像を絶するほどの余談であるが、この翌週に私は彼女から別れを切り出されたのであった。
私の生涯独身が確定した瞬間であった。

Fin.

ダメ、押し付け、ゼッタイ

そして、月日は流れる。
世情は変わり、旅行をするのが難しくなり、また私自身の状況も悪くなり、そう簡単には海外には行けなくなった。

ただ、時折インスタグラムで嬉しそうにしている彼の顔を眺めるのが、ちょっとした楽しみではあった。
正直言えば、あまりの自分大好きナルシスっぷりにクスっとなってしまうのであるが、それも含めて楽しい思い出の一つであるのだから。

時折、私も写真を投稿などしたりもした。
まあ、ほとんど誰も見ていないのであるが。

ただ、おっさんなのでインスタの使い方がイマイチ分からぬ。
パウロの顔と中東のミュージシャンと綺麗なお姉さんしかタイムラインは、まあ、それなりに悪いものではなかったし、その中心にいるのは間違いなくパウロであった。

まあ、たまにしか見ないのであるが、だからこそ良かった。

しかしである。私は先日気づいてしまった。

いつの間にか、私がパウロにフォローを外されていることに。


……。

…………。

……………………。

…………………………………あれ。

あらあら、まあまあ。
あらまあ、あらまあ。

おいおい、おいおい。
マジかよ、マジだよ。

発見したのは、2021年である。
つまり、下手をしたら2年ほど私だけが一方的に彼のナルシスティック青年スマイルを見ていたことになる。

………いや、別に。
別に良いのだ。
人間関係で一番やってはいけないのは感情の押し付けである。

彼が私と同じような楽しさを共有していたと仮定するのは、非常に良くないことである。
違ったのであれば、しょうがないというだけの話である。
ただ、ちょっと楽しかった思い出であるだけに、ちょっと凹むのであるコンチクショー。

祇園精舎の鐘の声かな、諸行無常の響きかな。

でも、まあ、楽しかったのは今でも変わらないし、これからも変わらない。
パウロ、何か機会があればまた一緒に飲もうぜ。

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